「もうこれきりだって言ったじゃないですかぁ…昴さぁん…」

セントラルパークは今日もいい天気だ。平日の午後、さすがに人通りは休日ほどではないが、子供連れの女性やうららかな日差しを楽しむ老夫婦の姿がちらほら見える。
その中で、その二人連れは少し異彩を放っていた。年のころは10歳にも満たない…否、東洋人は若く見えるというから、それでも15、6は行っているのかもしれない。黒髪を肩で切りそろえた少年と、それに寄り添うようにして並んで歩いているブロンドの少女。少年より少女のほうが少し背が高い。
先ほど、泣きそうな声で連れの少年に訴えたのは、そのブロンドの少女のほうだった。可愛らしい顔立ちを情けなくゆがめて、ハスキーな声で続ける。
「前の時だって、演技の練習したいっていうのも嘘だったし…どうしてまた僕が、プチミントの格好をして外を歩かなくちゃいけないんですか、昴さん」
少年の顔を覗き込むようにして言う少女を、少年は横目でちらりと見てまた視線を前に戻す。
「さあ…どうしてだと思う?新次郎」
あいまいに返す少年に、少女は今度は眉を吊り上げた。
「また昴さんはそういうこと言って…この格好で昴さんと歩いてると、ダイアナさんがまた危険な目つきで二人の愛のためにご協力しますわ、とか言っちゃうんですから、勘弁してくださいよ…必要がないなら、もう脱いでもいいですよね」
「それは困る」
「だから、その理由を言ってくださいよ。サニーサイドさんがこの格好で舞台に出ろって言った時は反対してくれたのに、何で…」
「当然だ。君のその姿は僕だけのものだからね」
「えっ…」
唐突に言われて、足を止める少女。
少年も足を止め、彼女のほうを向く。
それまで手に持っていた扇で口元を隠して。
「昴は言った。その姿をしている時の君も魅力的だ…と」
たちまち、顔を真っ赤に染める少女。
「す、すすすすす昴さん?」
どもって言う彼女に、少年はにんまりと笑って、持っていた扇でその額を軽く小突いた。
くつくつと笑って、言う。
「…本当に君は思うがままだな、新次郎」
「す、昴さん…」
からかわれていると理解しつつも、頬を真っ赤に染めたまま返す言葉を失う少女。
少年はそれをいとおしげに見やって、言葉を続けた。
「まあ、いいじゃないか。たまにはこうして、僕の酔狂に付き合うのも。ダイアナは今日はラチェットとサニーと一緒に賢人機関の研究所に出張だ。サジータは大きな裁判があると言っていたし、ジェミニとリカは連れ立って映画を見に行くと言っていた。君が大河新次郎だと知る者はこの辺りには存在しない」
「…しょうがないなあ…これきりにしてくださいね、昴さん」
少女はため息をついて苦笑した。

シンジローと風変わりな名前で呼ばれたその少女は、今をときめくリトルリップ・シアターで幻のスターと噂されている「プチミント」。
しかしてその正体は、リトルリップ・シアターのモギリであり、紐育を織田信長から守りきった紐育華撃団の隊長である、大河新次郎その人である。
そしてプチミントと連れ立って歩いていた少年は、こちらもリトルリップ・シアターの花形スターであり、紐育歌劇団の一員。
そして、大河新次郎の恋人でもある、九条昴であった。

「あっ、昴さん、アイスクリームですよ。食べませんか?」
なんだかんだ言いつつ昴とのデートを楽しんでいる様子の新次郎に、昴はこっそり嘆息する。彼のこの順応性も、長所のひとつではあるのだけれど…などと、無理にこの格好をさせておいて思う。
新次郎は昴と2人分のアイスクリームを嬉しそうに持ってきて…
…そして、立ち止まって表情を凍らせた。
「?」
彼に何が起こったのかわからず、わずかに眉を寄せる昴。
ぼた。
手に持っていた、買ったばかりのアイスクリームが地面に落ちる。
「い…」
「い?」
新次郎は、何か恐ろしいものでも見るような表情で、告げた。

「…一郎叔父…!」

その言葉に心当たりを感じて、新次郎の視線の先へと振り向くと…向こうから、大柄な女性を伴った東洋人の男性がこちらに歩いてくるところだった。
その姿には、昴にも覚えがあった。日本の帝都東京で帝国華撃団を率いて何度も窮地を切り抜けた、大神一郎指令。新次郎は彼の姉の息子…つまり甥に当たるのだと聞いている。なるほど、写真ではあまりよくわからなかったが、実際に見ると雰囲気によく似通ったところがある。
「…そういえば…」
ふと思い出したように、昴は口を動かした。
「サニーサイドは今回の会議に大神指令を呼んだと言っていたような気がするな」
「そそそそぉぉいうことは先に言って下さいよ昴さんっ!」
先ほどの数倍情けない、しかし向こうから歩いてくる大神には聞こえない程度の小声で訴える新次郎。
そんなやりとりをしていると、噂の人がこちらに気付いたようだった。
「あれ、君は…」
少し表情を和らげて、こちらに歩いてくる。
新次郎はますます顔を蒼白にした。
…が。
「失礼、紐育……いや、リトルリップ・シアターの九条昴くんじゃないか?」
彼が見つけたのは、おそらく資料か何かで目にした昴の姿だったようだった。こっそりと胸をなでおろす新次郎。
昴は薄く微笑むと、右手を差し出した。
「初めまして、大神指令。お目にかかれて光栄だよ」
大神も笑顔でそれを握り返す。
「こちらこそ。噂の昴くんに会えて俺も嬉しいよ」
「噂の…?」
「ああ。レニや織姫くんがいろいろと話してくれてね」
「ああ…彼らは元気かい」
「ああ、元気にやっているよ。今回も一緒に来たいと思っていたようだった。またゆっくり訪ねさせてもらうね」
「そちらは…確か、マリア・タチバナといったね。帝国華撃団の隊長の」
大神の後ろに控えた長身の女性に目をやると、彼女も前に進み出て右手を差し出した。
「ええ、その通りよ。初めまして、昴。よろしくね」
「指令の奥方だと聞いているけど…」
握手をしながら言うと、マリアの目じりがほんのりと色づく。
「ええ。今回は、華撃団の隊長として同行しているのだけれど」
「…そう、か」
珍しく言いよどむ昴。大神は優しい表情で、昴に話しかけた。
「新次郎が世話になっているね。あいつは元気にやってるかい?」
そちらのほうを見上げ、頷く昴。
「ああ。初めは頼りない面もあったけれど、立派に隊長を務め上げているよ」
「そうか」
大神は嬉しそうに破顔した。
「噂の、というのはね。新次郎の手紙にも、君のことが書いてあったから。どんな人なのか、一度会ってみたいと思っていたんだ」
その表情にも言葉にも、同じ紐育華撃団の仲間として、という以上のニュアンスを感じて、昴は扇で口元を隠した。
「新……いや、大河は指令宛の手紙に、そんなことを?」
「いいや。でも、普通に近況を書いてよこす手紙でも、大切な人のことを書いているとわかるものだよ。新次郎が本当に君の事を大切に思っているって、何気ない文面からでも伝わってきたから」
「………」
どうコメントしたらいいかわからず、黙って視線を逸らす昴。かすかに頬が色づいている。
だがそれ以上に、昴の後ろで彼らの会話を戦々恐々として聞いていたプチミントこと新次郎の顔も真っ赤に染まっていた。肩を竦ませて縮こまるプチミントを見て、大神が昴に尋ねる。
「…そちらの女の子は?シアターのアクターではないよね?」
シアターのアクター=紐育華撃団の一員、という含みを持たせた言葉に、昴がふっと微笑む。
「シアターの新人の職員だよ。たまにバックで踊ったりしているんだ。
プチミント、帝都の大神一郎指令だ。ご挨拶を」
目を見開いた後、泣きそうな表情で昴を見やってから…プチミントは努めて高い声で大神に挨拶をした。
「ぷ、プチミントでぇす。よろしくお願いしますぅ」
「こちらこそ。俺は…ええと、モギリの大河新次郎の叔父なんだ。新次郎をよろしくね」
「は、はいっ」
プチミントにはそれが精一杯といった様子だった。昴はふっと微笑むと、大神に言った。
「…指令は、今日は会議には?」
「ああ、俺は明日からっていうことで、今日は紐育を観光するように花小路伯爵から言われているんだ。そこの、正面のホテルに滞在しているんだよ」
「ああ…なら、僕と同じホテルだね」
「そうなんだ。今日は、昴くんはシアターのほうは?」
「今日は通常通り公演がある。今は『マダム・バタフライ』のリバイバル公演だね」
「そうか、じゃあそちらにも顔を出させてもらおうかな。新次郎の仕事ぶりも見たいし」
「ぜひ見ていって欲しい。新次郎には、僕のほうから伝えておくから」
「ありがとう。それじゃあ、俺たちはそろそろ行こうか、マリア」
「はい。じゃあ昴、よい一日を」
笑顔で昴に言うマリアに、昴も笑みを返す。
「ああ、指令と奥方も、よい一日を」
そして、大神とマリアは彼らの横をすり抜けて去っていった。
「………っはあぁぁぁ~…」
脱力して息を吐く新次郎。
「昴さん、心臓に悪いことしないで下さいよぉ…もう、どうなることかと思いました…」
「なかなか女声が板についていたよ、プチミント」
「からかわないでくださいっ。あーあ、アイスせっかく買ってきたのに…また買いに行かなくちゃ」
地面に落ちてしまった…いや、自分で落としたのだが、駄目になったアイスを恨めしそうに見やってから、新次郎は安堵したように表情を和らげた。
「でも、何とか一郎叔父にはバレなかったから、よかったです。僕、アイス買いに行ってきますね!」
またアイスクリームの屋台に駆けていく新次郎の後姿を見ながら、昴はぼそりと呟いた。
「昴は言った。……どうかな、と」

「………っはあぁぁぁ~…」
昴とプチミントの姿が見えないところまで歩いてきてから、大神は盛大にため息をついた。
「どうしたんですか?一郎さん」
きょとんとして問うマリアに、大神は苦笑を返す。
「いや……新次郎は、いったい何をやってるんだろう、ってね…」
「大河少尉…ですか?」
「さっき、昴くんの隣にいただろう。女性の格好をしていたけど」
「え、ええっ?!あれが、大河少尉なのですか?!」
さすがに驚いて、マリア。大神は困ったように、続けた。
「紐育華撃団で新次郎が隊長になるまでには本当にいろいろあったと聞いているけど…あの姿を見て少し不安になってしまったよ」
「はぁ……」
まだ驚きの表情のまま、先ほど昴と新次郎がいた方を見やるマリア。
「でも…」
そして、大神のほうに向き直ってから、マリアはやわらかく微笑んだ。
「大河少尉は、紐育華撃団を良く纏めているような気がします。一郎さんが私たちを率いたのと同じやり方ではないけれど…」
「そう、思うかい?」
「ええ。さっきの昴の表情…大河少尉に信頼を寄せているのがわかります。レニや織姫に聞いた印象とはだいぶ違いますし…きっと、大河少尉が昴を変えたんです。一郎さんが、私や、華撃団のみんなを変えてくださったように…」
「マリア…」
微笑みあうマリアと大神。
「…そうだね。じゃあ、今夜はリトルリップシアターで楽しもう。正真正銘の新次郎の仕事ぶりを見にね」
「はい、一郎さん」

セントラルパークの午後が穏やかに過ぎていく。
…よい一日を。

“Have a nice day” Thanks 6666Hits!! 2006.4.28.KIRIKA

旧サイトのキリリク作品です。
「プチミントと大神司令」ということで。大神さんがもしプチミント姿の新ちゃんに出会ったらどうなるんだろう?という感じでリクエストを頂きました。サクラのSSは初めて書きますが、すいすい書けました♪楽しかったですv
どうなるんだろう?というリクには、「気づいてて見ないフリ」というお答えとさせていただきました(笑)指令は一枚上手です(笑)
つーか当たり前のように大神×マリア、新次郎×昴前提ですすみません(笑)昴さんと大神さんの会話は最初は昴さん敬語だったんですが、敬語は使わないかなーと思ったので全部直しました。マリアの新ちゃんの呼称とかも迷った…(笑)大神さんが最初「少尉」だったので、「大河少尉」にしましたが。結婚してる前提なので大神さんの呼び方も「一郎さん」になってます。少尉から隊長、大神さん、一郎さんと忙しいな(笑)
昴さんの愛らしさも少し描けて満足です(笑)まあ、ヒロインは新ちゃんですけどね(笑)