「ティレル様のデートプランも見たいです!」
「はぁ?」

唐突に熱弁を始めたアナスタシアに、ティレルは書類整理の手を止めて怪訝そうな表情を向けた。
「なんだいきなり訳のわからんことを…陽気が暖かくなってきたからな、良い医者を紹介するぞ?」
「病気ではありません、これです」
手に持っていたのは大衆雑誌。特集は『あなたと過ごす1日を彼がプロデュース!1Day最強デートプラン』と大きく記載されている。
「何だこれ」
「女性向けの大衆誌です。ヒューゴから貰ったのですが…」
「待て。ヒューゴってガルダ翼騎士団にいる奴か?枢機卿の息子の」
「そうです」
「何でそいつが女性向け雑誌なんて持ってるんだ?女装趣味でもあるのか?人は見た目によらないな」
「風評被害は控えてください。ヒューゴがこの雑誌を持っているのは、この特集のためです」
「特集…?」
言われて初めて、表紙の大きなタイトルのかたわらに小さく記載された、取材対象の名が目に留まる。
「ガルダ騎士団長、クライオス・キャソロック…アイツ何やってんだこんなところで」
「なんでも、懇意にしている雑誌社の頼みで断れなくて…と仰っていましたよ」
「…ああ、連載の絡みか…」
「連載?」
「いや何でもない。つか、ゼンまでいるじゃねーか。コイツこそ何やってんだ」
「団長の元に記者がやって来たタイミングで、頼まれごとの報告にゼンが鉢合わせて、こんなイケメンどこに隠してたんですかと一緒に取材されたそうです」
「そりゃなんつーか…ご愁傷様だな…」
ティレルは嘆息して、手にした雑誌を開くこともせずにアナスタシアに返す。
「成程、団長マニアが特集のために女性向け雑誌を買ったってことか。いいのかそんなの貰っちまって」
「何でも、これは布教用なのだそうです」
「ふきょうよう?」
「保存用と観賞用と布教用で3冊買い求めたと言っていました。私に布教用をくれたので、売り切れないうちに買い足すと言って本屋に」
「アイツ…最近ますます団長マニアの度が過ぎてきてないか…?」
げんなりを通り越してうんざりした表情で、ティレル。
アナスタシアは返された雑誌をもう一度差し出した。
「団長の記事、お読みにならないのですか?」
「何の拷問だ」
「いえその、何かの参考になるかと…」
「だから何の参考だ」
ティレルは嘆息して肩を竦めた。
「どうせアイツのことだから、着飾らせるのが好きだとか言ってブティックにでも連れ込んで、さんざん着せ替え人形にしたところでカフェで休ませ、夜は雰囲気のいいレストランで食事、メニューもサプライズプレゼントも相手の好みに合わせた…例えばお前なら肉料理の店に新しい武具ってとこか。最後は自分ちに連れ込んで朝までってコースだろ。つか日を跨いでるなら1Dayデートプランじゃねーだろうが次の日もなんだかんだ言って午後までつきあわされるんだろうし題名に偽りありだな文句つけてやれ」
「ティレル様…」
記事の隅々までを言い当てられて目を丸くするアナスタシア。
「…実はもう記事を読まれていたのですか?」
「馬鹿言うな」
「…ひょっとして団長とデートの経験が…?」
「今度その冗談を言ったら1週間地下牢にぶち込む」
割と本気だったのだが、と思いつつ、本当に投獄されかねない声音に口を噤む。
とそこで、本来の目的を思い出して再び口を開いた。
「ですから、ティレル様のデートプランも見たいのです!」
「はぁ?」
全く同じ反応を返すティレル。
アナスタシアはめげずに言い募った。
「団長は何と言うかいかにも団長でしたし、ゼンも面倒見のいい、彼らしい回答でした。せっかく2人のデートプランを見たのですから、ティレル様のデートプランも見てみたいのです」
「やだよめんどくせぇ」
「そこをなんとか!」
「つかいやにしつこいな。どういう風の吹き回しだ?お前、そういうの気にするタイプじゃないだろ」
「……っ」
ティレルの指摘に言葉を詰まらせるアナスタシア。
視線を泳がせ、言葉を探してもごもごと口元を動かす。
元より彼女を責めるつもりは無いのか、ティレルは黙ったまま彼女の言葉を待った。
やがて。
「…知りたくて」
「うん?」
俯いて小さく絞り出したような言葉に、思いの外優しい相槌が返ってくる。
そのことにいくぶんか気持ちがやわらいだ様子で、アナスタシアは言葉を続けた。
「ティレル様がどんなに優秀か、厳しく見えてその実どんなにお優しいか、どんなに誇りを持って生きているか、私はよく知っています。けれど…それだけしか、知らない」
きゅ、と唇を噛んで。
「クライオス団長は、騎士団にいる8年の間にそれなりに親しくさせていただきましたし、プライベートを垣間見ることもありました。
ゼンと過ごした時間は短いものでしたが、私がどうしようもない状況に陥った時も何くれと無く世話を焼いてくれ、彼の人柄を感じました。
だから、彼らが語るデートプランを、私はすごく『らしい』と思いましたし、納得しました」
「……」
ティレルは黙って話を聞いている。
アナスタシアはティレルの顔を見ることができぬまま、言葉を続けた。
「ですが、私がティレル様と過ごした時間は異端審問官としてのごく短い期間で、しかもその記憶はティレル様には無い…ティレル様が仰った通りです。私には、ティレル様のデートプランが想像もつかない…何が『ティレル様らしい』のかが、全くわからない…そのことに、愕然としたのです」
「……そりゃ、そういうのはあまり見せないようにしてるからな…異端審問官、つまり部下としての付き合いなら尚更だ」
「ええ。ですから、ティレル様が悪いのではないのです。ただ私が、ティレル様のことをあまりに知らないことが歯痒くて、それで」
「……」
ティレルは、しばし言葉を探して視線を彷徨わせたが、やがて仕方なさそうに苦笑した。
「…しょうがねぇな…」
ぽん。
頭頂に優しく置かれた温かい手の感触に、アナスタシアは顔を上げて目を輝かせた。
「では、デートプランを…!」
「それはやだね」
「えぇ……」
たちまちしょんぼりと眉を下げる。
その様子に、ティレルはいつもの勝気な笑みを返した。
「デートプランなんざ、わざわざ書いてやる暇も気力もねえ。百聞は一見にしかずだ。出かけるぞ」
「え……」
言葉の意味が脳に浸透してこない。
呆然とするアナスタシアに、出口に向かいかけていたティレルは顔だけ振り返った。
「何だ。行かないのか?」
「…っ」
言葉より先に、足を踏み出していた。

「…行きます!」

何も知らない。
だから、知りたい。

あなたのことを。

あなた『らしさ』を。

“Date Plan”2023.4.23.Nagi Kurokawa

B’sLOGのデートプラン特集を見て書いたものです。クリスタで初めてマンガも描きましたw こちら→ デートプラン
マンガを描いてる時に、女神の従者モードではないティレルさまのデートプランなんて想像もつかんwと思ったので、その通りのことをSSにしましたw 正直、ナスチャはティレル様とは一番関係が薄いんですよね。だからエンディングも遠慮気味だったし、彼女自身そのことに引け目を感じているのではないかと思うんです。両想いになったからには、そのあたりの空白や溝はお互いに手を取り合ってじっくりと埋めていってほしいですね(*´‐`)ファンディスクに超絶期待しています…!