むかしむかし、あるところに、美しい少女がおりました。
少女は優しいお母さんと実業家であるお父さんに囲まれ、幸せに暮らしていました。
ところが、お母さんが亡くなり、お父さんが新しい女性と結婚すると、少女の暮らしは一変します。
継母と、彼女が連れてきた二人の姉が、お父さんの留守をいいことに少女を召使のようにこき使ったのです。
粗末な服を着せられ、夜は暖炉に残った灰をかぶって寝た少女を、継母も姉たちも名前では呼ばず、灰かぶり……シンデレラと呼んだのでした。
そして、ある夜…。

「なぁ、ちょっといいかな」
「なんだい火原」
「普通、こういうのって女の子がシンデレラで、俺が王子役やるんじゃないの?」
「それは仕方が無いよ。君が姫ボジショ…いや、クジで決まったことなんだからさ」
「でもなー…何か男として納得が」
「考えてもごらん。コンクール参加者は男子の方が多いだろう?仮に日野さんがシンデレラだとして、継母に冬海さんを配役したとしよう。どう見てもキャスト逆だけれどまあそれはいいとして。
女性の参加者はそれで終わり。あとの姉や魔女の役はどうしても男子がやらなきゃいけない。だったら最初から性別を入れ替えてやれば、みんな平等に恥ずかしい思いをして、むしろ笑劇として親しみのあるものに仕上がるということさ」
「でも、それなら柚木とかの方がお姫様には似合うんじゃ…」
「何を言っているんだい火原。君のほうがよっぽど…いや。クジで決まったことなんだ。さあ、早く始めよう」
「そ…そうか~?じゃあ…」
「…火原先輩、言いくるめられてますね」
「相変わらず柔らかな切り口で黒を白と言いくるめるやり方はさすがだな」
「柚木先輩だけは、なるべくしてあの配役、といったところか…」

愛のコルダ劇場 「シンデレラ」

「シンデレラ、舞踏会に着ていく服の用意はまだ出来ていないのかい?」
「はっ、はい、アズマお姉様」
シンデレラは慌てて箒を置き、義姉の呼ぶほうへと駆けていく。
長い黒髪をした美貌の義姉は、いつもの優雅な立ち居振る舞いの中に少しだけ不機嫌さを露わにしている。
「相変わらず仕事が遅いね、シンデレラ。まあいい。ドレスを出してごらん」
「は、はい」
シンデレラは言われるままに義姉のクローゼットからドレスを出す。
と、アズマはにこりと笑った。
「じゃあ、着せて」
「はあっ?!」
思わず素っ頓狂な声を出すシンデレラ。
「な、何言ってんだよ柚木、そんなん台本に」
「冗談だよ、『シンデレラ』。ドレスくらい自分で着るさ。君は小物の支度をして」
笑顔で流されて、慌てて芝居に戻るシンデレラ。
「は、はい、お姉様」
「………シンデレラ………」
慌てて小物の支度をしようとするシンデレラに、戸口の方からぼそっと声がかかる。
「し……ケイイチお姉様」
それは、もう一人の義姉・ケイイチ。可愛らしい巻き毛の下の眠たそうな瞳が、二人をじっと見つめている。
「…僕のドレスも…用意してください。あと…ちょっとお腹すいたんですけど」
微妙に敬語の義姉。
「わ、わかりました、ただいま」
「おい、シンデレラ」
その後ろからにょっと顔を出したのは、妙にガタイがでかい義母・リョウタロウ。
「何をもたもたしてるんだ。掃除と洗濯は終わったのか?」
「すみません、お洗濯はまだ」
困ったようにシンデレラが答えると、義母はふん、と鼻を鳴らした。
「俺達が舞踏会に出かけるからってさぼるんじゃないぞ。帰ってきたらチェックするからな。
もっとも、舞踏会でアズマたちが王子の目に止まれば、それどころじゃないとは思うが」
「嫌だな、お母様。王子の目に止まれるほど、僕は美しくはないよ」
アズマが苦笑しながら、それでもしゃららんと髪をかきあげてみる。
その様子は、言葉とは裏腹に「この僕が王子の目に止まらないわけが無いじゃないか」と言っている。
義母は一瞬顔を引きつらせて、しかし無理やりに笑ってみせた。
「…相変わらずアズマは謙虚だな。ケイイチもがんばれよ」
「……はい……なるべく」
ケイイチの返事にはいまいち士気がない。
シンデレラは、そのやり取りを聞きながら、はあ、とこっそりため息をついた。

「あー…おれも舞踏会、行きたいな~…」
継母たちが出発したあと。
シンデレラは窓から見える城を見つめて、ため息混じりにそう言った。
義姉たちは、きらびやかなドレスを身にまとって舞踏会に出かけていった。
それに比べ、自分はといえばぼろきれのような粗末な服一枚。
毎夜暖炉で寝ているせいで、灰まみれでとても外に出て行けるような服ではない。
こんな自分が舞踏会へ行くなど、夢のまた夢だった。
「ごちそうとか…たくさん出るんだろうな~。あー、カツサンド食いて~…」
…どうやら、色気のある理由ではなさそうだが。
と。
きらり。
窓に映る部屋の景色が突然光ったように見えて、シンデレラは振り向いた。
「…望みをかなえてやろう」
どこからともなく響いた声と共に、キラキラと部屋中が輝きだす。
「!………な、なんだ…?!」
シンデレラは驚いてその光を見つめた。
部屋中に散らばった光は、やがてシンデレラの前に収束し、ぱあっとはじける。
そしてそこには、黒いローブを身に纏った魔女が姿を現したのだった。
「な……何だお前…?!」
うろたえて訊ねるシンデレラに、魔女は不機嫌そうに答えた。
「俺の名はレン。見ての通り魔女だ。
非常に不本意だが、俺は今君を助けなければならないらしい。
すぐ終わるからじっとしていてくれ」
「おれを助けるって…ええっ?!」
シンデレラが事情を聞こうとする前に、魔女の杖が光りだした。
「…び…びびでぃ・ば…びでぶー!」
微妙に恥ずかしそうに呪文を唱えると、魔女の杖から光が溢れだし、シンデレラの体を包む。
「うわっ…!」
思わず目を閉じるが、光の洪水は思ったよりあっけなく落ち着いた。
おそるおそる目を開けてみると。
「な…なんだ、これ?!」
シンデレラは思わず素っ頓狂な声を上げた。
彼は、目もくらむような素晴らしい空色のドレスに身を包んでいたのである。
「あとは、馬車と馬と御者だな…」
魔女は事務的にそう言って、再び恥ずかしそうに呪文を唱える。
と、光は足元に転がっていた馬車とネズミを包み、ふっと消えた。
と思うと、窓の外がまばゆい光を放ち、あっという間にカボチャの形をした馬車と馬が現れる。
「す…すっげー!!」
シンデレラは目を輝かせて、家の外に駆け出した。
カボチャの馬車には、御者がひとりと馬が二頭。
御者は機嫌よさそうに手を上げた。
「や♪お城まで連れてってあげるから、あとでインタビューよろしくね」
「とほほ…何で俺が馬の役なんか」
「まあまあ、これはこれで楽しいじゃないですか」
馬が微妙にぼやいている。
シンデレラは嬉しそうに魔女を振り返った。
「ありがとう、月森く……え、ええっと、魔女の人!」
興奮のあまり言葉が少しおかしい。
魔女は相変わらずの仏頂面でそれに答えた。
「気にしなくていい。が、君にかけたのは所詮魔法だ。今日一日しかもたない。
十二時になった瞬間に、君はもとの灰かぶりに戻ってしまうから気をつけろ」
「え、そーなの?うん、わかった!12時になる前に帰ればいいんだよね!」
笑顔で安請け合いをするシンデレラ。ご馳走を食べるだけならそんな夜中までいる必要はない。
「じゃ、おれ行ってくるね!」
シンデレラは元気に手を上げると、カボチャの馬車に乗り込んだ。
御者が威勢良く鞭を振るう。
「じゃーねー!魔女の人ー!」
シンデレラは窓から顔を出して、その姿が見えなくなるまで魔女に手を振り続けていた。

舞踏会はアズマを非常に退屈にさせた。
ケイイチはさっさとリタイアして控え室で眠っている。母もあまり乗り気ではなさそうだ。
アズマは完璧な作り笑顔で他の男からの誘いを断りながら、配られたカクテルを流し込んだ。
原因などわかっている。
らしくなく苛立つ原因。
それは…
「……?!」
視界を掠めたものに、驚いて振り返る。
料理の並んだテーブルで、カツサンドを嬉しそうに頬張っているのは。
というか、王宮の料理にカツサンド?
それはともかく、アズマは驚きに目を見開き、その名を呼んだ。
「シンデレラ…?!」
いくら普段見慣れないようなきらびやかなドレスに身を包んでいたところで、アズマがシンデレラを見間違えるはずが無かった。
何故なら…。

ざわ…
あたりの空気が急にざわめき、シンデレラは料理に伸ばした手を止めた。
「王子様よ…」
「カホコ王子様だわ…」
王子様?
聞こえてきた囁きに、興味を引かれ振り向くシンデレラ。
食べ物目当てで来たとはいえ、この国の王子というのに興味が無いはずがない。
赤い絨毯のしつらえられた階段の奥、カーテンの裾から、従者に先導されて出てきた人物。
「!………」
その人物を見て、シンデレラは言葉を失った。
さらさらと流れる赤い髪。意志の強そうな瞳。幾分幼くはあるが整った容貌、品よくしつらえられた服に包まれた物腰。
胸を矢で射抜かれたような感覚がした。
そう、シンデレラは、一目で王子に恋をしてしまったのである。
あれほど執心していた料理をあっさり手放して、フラフラとシンデレラは足を進めた。
王子とダンスを、という女性が山ほど群がっている輪の方へと。
王子は困ったように女性たちを見回し…ふと、視線を止めた。
どきん。
シンデレラの胸が高鳴る。
王子が、自分を見ているような気がして。
そんなはずがない。きっと、自分の後ろや近くにいる誰かを見ているのだ。シンデレラはそう思った。
しかし、それを確認してしまうのが怖かった。せめてひとときは、王子が自分だけを見ているのだと錯覚していたかった。
一歩、二歩。王子が自分の方へと近づいてくる。
その幸福と、そんなはずは無いという心の声がまだシーソーを繰り返している。
が。
王子は、シンデレラの前で立ち止まり、手を差し出した。
「…踊って、頂けますか」
信じられない幸福に、一瞬シンデレラは声を出すことが出来ず、口をパクパクさせた。
自分を指差して、素っ頓狂な声を出す。
「…おっ、おれ?」
王子はにっこりと笑って頷いた。
シンデレラはパッと顔を輝かせて、素直に歓喜の声を上げた。
「やっべ、おれ、すっげー嬉しい!」
「お名前を、聞いてもいいですか?」
王子に問われ、シンデレラは
「シン……」
と言いかけてやめ、深呼吸をして、にこりと笑った。
「…カズキ。おれ、カズキっていうんだ!」
カズキ。
それは、灰をかぶって寝るから灰かぶり…シンデレラ、と名づけられる前に呼ばれていた、シンデレラの本当の名前だった。
「では、カズキさん。一曲…お願いします」
王子の差し出した手を、シンデレラ……カズキはゆっくり取った。

二人手を取り合って踊る時間は、まさしく至福の時間だった。
美しいシンデレラと凛々しい王子、二人が踊る姿に周りの人々もダンスの足を止めて見惚れた。
王子はカズキを見つめ、カズキも王子を見つめる。
まるで夢を見ているかのような幸福に、カズキは酔いしれた。
が、夢のような時間も、突然に終わりを告げる。

ごーん…ごーん…

12時の鐘。
カズキははっと顔を上げた。

「君にかけたのは所詮魔法だ。今日一日しかもたない。十二時になった瞬間に、君はもとの灰かぶりに戻ってしまうから気をつけろ」

魔女の言葉が蘇る。
カズキは王子からぱっと手を離した。
「ごっ、ごめん!おれ、えっと、もう帰んなきゃ!」
王子は驚いてカズキを見た。
カズキは悔しそうに顔をゆがめると、くるりと振り返ってそのまま入り口へ猛ダッシュした。
「カズキさん!」
王子は慌ててその後を追う。
城の大きな入り口から下へと続く大階段。ドレスの裾を持ち上げて、早足で駆け下りていく。
「カズキさん!」
王子は懸命にその後を追った。
王子の叫び声が耳に飛び込んでくる。カズキはぎゅっと目を閉じて、足を止めたくなる衝動に耐えた。
長い長い大階段を降りきり、近くの森へと飛び込んでいく。
ごーん…
そこで、最後の鐘が鳴った。
さらさら…
カズキが着ていたドレスが、まるで砂が崩れ落ちるように消え去っていく。
残ったのは、もとの汚くてボロボロの服を着た、シンデレラだけだった。
「…でも…少しだけ、夢が見れたから…よかった、よな」
シンデレラは悲しそうに微笑んで、とぼとぼと家に向かって歩き始めた。

「…これは…?」
カズキが駆け下りていった階段で足を止めた王子…カホコは、足元に落ちていた靴に目を留めた。
精巧な細工が施された、ガラスの靴。
きっと、カズキが落としていったものに違いない。
「お、王子、さま…ど、どうしたんですか…?あの、突然…」
慌てて追いかけてきた従者の横を通り過ぎ、カホコは苦しげに言った。
「…悪いけど、気分が悪くなったから…庭に行きます。もう夜も更けたし…舞踏会もお開きにするように、皆さんに伝えてください」
そして、階段を降り、庭の方へと足を進めていった。

「カズキさん…」
カズキが落としていったガラスの靴を胸に抱いて、カホコは呟いた。
と。
がさっ。
庭の木が動く音がして、カホコはそちらに目をやる。
現れたのは、美しいドレスを身に纏った、紫色の長い髪を持つ美しい人物だった。
「…舞踏会はお開きです。どうぞお引取り下さい」
カホコが言うと、その人物はくす、と笑った。
「その靴の持ち主のことを、知りたいですか?」
相手はにこり、と優しげな笑みを浮かべて、言った。
「…あなたは?」
眉を顰め、カホコは言った。
「ご挨拶が遅れました。僕の名はアズマ。カズキの…義姉にあたります」
「カズキさんの?!」
驚いてアズマに近づくカホコ。
「はい。カズキの父親が、僕の母と結婚をしたのです。カズキは僕の家で、下女として働かせているんですよ。
今日、あんな姿で現れたから、僕も驚きました」
「げ……下女ですって?」
カホコの表情が険しくなった。
「なぜそんなひどいことを!」
アズマはにこりと笑った。
「当然でしょう?カズキは僕の家で働いていればそれでいい。外の世界のことも、美味しい料理も、美しい音楽も、着飾ることも何一つ知らずに、ただ僕のために働いていればいいんです」
す、とカホコの髪をひと房すくい上げて、軽く口付けをして。
「…!………」
そのままの姿勢で見上げられて、カホコは背筋に何かが駆け抜けていくのを感じた。
その瞳は、先ほどまでの柔らかなものとは違う。
相手の瞳を射抜こうとするかのような、鋭く、危険なまなざしだった。
「……そうすれば、お前のような悪い虫がつかずに済むからな」
「なっ…」
カホコは絶句した。
アズマはカホコの髪から手を離すと、ふん、と自分の髪をかきあげる。
「…退屈な舞踏会になど、来るんじゃなかったよ。母に言われて不承不承来たけれどね。
こんなことなら、カズキが決して抜け出したりしないように、家にいて見張っていた方がマシだったね」
「あ…あなたは…」
わなわなと震える手で、アズマを指差すカホコ。
アズマはふ、と不敵に微笑んだ。
「そうだよ、カズキを愛している。母が義父と結婚して、初めて対面した時から、ずっとね。
だから、俺だけの物にしておくんだよ。誰にも渡しはしない。
たとえそれが、虐待という手段しかなくても。俺はカズキを手放すつもりなんかさらさら無いよ。
もしカズキを俺から奪うつもりなら…この国の王子にだって、俺は何をするかわからないよ?」
「………」
カホコは愕然と、アズマがそう言うのを聞いていた。
「言いたいことはそれだけだから。じゃ」
それをよそに、アズマはくるりときびすを返し、庭から出ていった。
カホコはその後姿を、睨むようにいつまでも見つめていた…。

それから程なくして、国中にお触れが出された。
あの時舞踏会に訪れた美女が、大階段に落としていったガラスの靴。
そのガラスの靴にぴったり足がおさまった女性と、王子は結婚するという触れである。
この触れは国中の女性たちを震撼させた。
シンデレラもしかり、である。
「おれの靴…のことだよな……ひょっとして…!」
そして別の意味で胸を騒がせている人物がもう一人いた。
「厄介なことになったね…」
アズマは一人、自室で渋い顔をしていた。
王子は自ら、ガラスの靴を持って国中の家を回っているという。
この家に来るのもそう遠い未来の話ではあるまい。
ああは言ったものの、一介の貴族である自分が、王子に対して何が出来よう。
二人は別々の意味で胸を高鳴らせながら、王子が来るのを待った。

そして、運命の時は来た…。

「…ってなんだよ柚木この展開?!」
「まあまあ、お遊びなんだからいいじゃないか火原。これくらいのアドリブは許されるよ。ねえ日野さん?」
「…えーと…」
「それより火原。この結末は見ている人たちに決めてもらおうじゃないか」
「見てる人たちに?」
「そう。好みの結末を選んでもらって、僕たちがそれに合わせてお芝居をするのさ。面白そうだろう?」
「そ、そんなことおれにできるかなあ…」
「大丈夫だよ。君はそんなに演じ分ける必要は無いから。それでいいよね、日野さん?」
「…もうどうにでもしてください…」
「じゃ、これを見ている君に。どの結末がいいか、選んでくれるよね…?」

カズキさんをあなたなんかには渡さないわ!王子奮闘編

このサイトに来たなら見るべきでしょう!完璧三角関係編

「って何だこの選択肢ー?!」
「火原先輩…諦めてください…」

王子奮闘編

「ぴったり…ぴったり…です。お、王子様…こ、この女性…です」
カズキに靴を差し出した従者…ショウコがおずおずとカホコに言い、カホコはゆっくりと頷いて歩き出した。
あの夜とは全く違う。体も顔も煤だらけでボロボロの布を身に纏った、シンデレラの元へと。
カホコが目の前で足を止め、シンデレラは頬を高潮させた。
「お、王子様…おれ」
「カホコ」
「えっ」
「私の名前は、カホコです。カズキさん」
「かっ…カホコ…ちゃん」
シンデレラ…カズキがおずおずと名を呼ぶと、カホコはにっこりと笑った。
「私と一緒に、お城まで来てください、カズキさん。私と…結婚、してください」
「うっ…うん!ありがと、おれ、すっげー嬉しい!」
満面の笑みをたたえて、カズキは両腕を広げ、カホコを抱きしめ…
「ちょっと待ってくれないか」
…ようとしたところを、鋭い声が遮った。
二人が声のしたほうを見ると、奥の部屋からアズマが現れる。
「…お、お姉さま…」
カズキは困惑の表情で、歩み寄る義姉の方を見た。
と。
アズマはにっこりとカズキに笑いかけた。
「おめでとう、カズキ。心から祝福するよ」
「えっ…」
思いがけない言葉に驚くカズキ。
アズマは優雅に髪をかきあげると、続けた。
「それで…よかったら、僕も連れていってくれないかな。ああ、勘違いしないで。王子様を奪いたいというわけじゃないんだ。今まで君が僕によくしてくれた分、これからは僕が君のお世話をしてあげたいんだよ。血が繋がっていないとはいえ、君と僕は姉妹なんだからね。突然君が居なくなってしまうのは、寂しいから…」
ひきっ。
カズキの後ろにいるためカズキには見えないが、カホコの表情が目に見えて引きつる。
よくもまあ、いけしゃあしゃあと口からでまかせを。
否、この場合、「王子様を奪うわけではない」という言葉は本物だ。アズマが狙っているのは、カズキに他ならないのだから。
険悪な表情でアズマを睨むカホコ。そしてそれをものともしないアズマ。
が、そんな二人のムードなど全く気づかず、一人感動の涙を流すカズキ。
「あ…ありがとう、ゆの……じゃない、姉さん!おれのこと、そんな風に思っててくれたなんて…」
アズマの手を取って、ぶんぶんと振る。
「もちろん、もちろんだよ!姉さんと一緒にお城に行けたら、すっごいハッピーだよね!いいだろ?カホコちゃん!」
「えっ…え、ええっ?!」
突然自分に振られて、頓狂な声を出すカホコ。
が、カズキに手をしっかりと握られたアズマの満面の笑顔が、自分は形勢不利だと告げている。
くっ…
カホコはぎゅっと手を握り締め、にっこりと笑顔を作った。
「…もっ、もちろんです。お姉様も、よかったら…一緒に、来て、ください…」
「わぁ、よかったな姉さん!ありがとうカホコちゃん!!」
一人喜びに打ち震えるカズキ。
それをよそに、カホコとアズマはにっこりと張り付いた笑顔のまま、静かに火花を散らしていた。

3人が帰った城が、今までよりほんの…ほんの少し賑やかになったのは、また別のお話。
めでたしめでたし。

もう一つの結末を見る

完璧三角関係編

「ぴったり…ぴったり…です。お、王子様…こ、この女性…です」
カズキに靴を差し出した従者…ショウコがおずおずとカホコに言い、カホコはゆっくりと頷いて歩き出した。
あの夜とは全く違う。体も顔も煤だらけでボロボロの布を身に纏った、シンデレラの元へと。
カホコが目の前で足を止め、シンデレラは頬を高潮させた。
「お、王子様…おれ…」
カホコはにっこりと笑って、シンデレラの手を取った。
「カズキさん…私と一緒に、お城に来てくれませんか?」
「うっ…うん!もちろんっ!」
嬉しそうに表情を輝かせるカズキを、一歩下がったところで複雑な表情で見つめるアズマ。
(ここまでか…)
アズマは顔を伏せて、くるりときびすを返し、その場を立ち去ろうとした。
と。
「待ってください」
その声が自分にかけられたものと気付くのに、しばらくかかった。
アズマはゆっくりと振り向くと、まっすぐ自分を見つめるカホコの視線にぶつかった。
「アズマさん…でしたね。あなたもよろしければ、カズキさんの侍女として、一緒にお城に来ていただけませんか?」
「…僕が?」
アズマは眉を顰めた。
一体どういうつもりだ?さっぱりわからない。
カホコは真面目な表情でアズマを見つめたまま、続ける。
「突然お城にたった一人では、カズキさんも戸惑われることでしょう。お姉さんが一緒なら、ずいぶん心強いのではないかと思います。いかがでしょうか?」
「…僕は…」
アズマは逡巡して視線を泳がせた。彼にとっては、願ってもない申し出。しかし、彼のライバルであるはずの王子が、そんなことをいう理由がわからない。罠なのか?その思いがアズマをためらわせていた。
「…あ、アズマお姉さま…」
心配そうなカズキの視線。
それは自分が拒否することへのものなのか、それとも承諾することへの恐れなのか。
罠にかかるのは癪だ。が、ここで拒否すれば、カズキとはもう二度と会えない。
アズマは覚悟を決めた。
「…わかりました。一緒に行きます」
「…お姉さま…!」
カズキの表情が、僅かに和らいだ。それが、少しだけアズマを安心させる。
カホコはにこりと微笑んだ。
「では、カズキさん。表に馬車を待たせてあります。どうぞ」
「うん、ありがとう。先に行ってるね」
カズキは頷くと、馬車へと駆けていった。
その後にアズマも続き…カホコのそばで立ち止まって、ぼそりと言った。
「…どういうつもりだ?」
「あなたには関係ないでしょう」
アズマとは視線を合わせないまま、低く答えるカホコ。
アズマは釈然としない表情のままカホコを一瞥すると、無言でカズキの後を追った。
はあ。
ため息をひとつついて、辛そうに視線を落とすカホコ。
それは、待ち焦がれていた愛しい女性にやっと再開出来た者の表情とは、あまりにもかけ離れていて。
「王子…?」
ショウコが心配そうに覗き込む。カホコは苦笑して、その手を取った。
「なんでもないよ…なんでも…」

確かに、あの瞬間までは、カズキのことで胸がいっぱいだった。
しかし、あの視線に貫かれてから、全てが変わってしまった。
冷たく、残酷で…しかし、強い意志を秘めた、美しい視線。その視線に貫かれてから、カホコの心はそれに捕らわれてしまったのだ。
だから、これがカホコにできる精一杯だった。
その美しい瞳は、すでに他の誰かを見ていて、逸らされることはない。
どんなに焦がれても、私を見てくれることはない。
ならば、その「誰か」の隣に、常にいることが出来れば。
たとえそれが憎しみの視線であったとしても、その瞳は私を見てくれる。
私がカズキさんと共に生き続ける限り、アズマさんは私をずっと見てくれる。
そんな茨の道を、カホコは選んだ。
「…行こう」
ショウコを促して、カホコは馬車へと足を向けた。

これからお城で繰り広げられるのは、愛しい人を騙し続ける、仮面舞踏会。
誰の想いも叶えられることのないまま、くるくると踊り続ける。

くるくる…くるくる……。

もう一つの結末を見る

“Cinderella” 2004.10.5.Nagi Kirikawa

コルダの柚木×火原サイトさんにお贈りしたSSです。こちらのサイトさんの、柚木→火原→香穂子→柚木という完璧トライアングルの構図がとても良くて、尊敬の意を込めて書きました。私の作品では珍しいBL…これをBLと言っていいのか…?wですが、楽しく書けたので満足です。