ラヴォスを倒してから、早いもので一月が経った。
あの混乱などどこ吹く風で、みんなもすっかり落ち着きを取り戻し、平和な日々を送っている。
マールは城へ戻り、クロノはバイトに、ルッカは発明にと忙しい日々を送る中、折を見て集まっては、壊さずに済んだシルバードでタイムパラドックスが生じない程度に仲間に会いに行ったりもしていた。
穏やかに緩やかに、時は予定された調和の中を過ぎていく。
全てこの世はこともなし。
…の、はずなのだが。

勇者様には、ひとつどうしても憂鬱なことがあったのである。

「…………」

クロノは少し不機嫌な様子で、無言でずんずんと歩みを進めていた。
歩みの先には、ルッカの家。
今日はリーネ広場で実演ショーがあるとかで、家にいないのはわかっている。
勝手知ったる幼馴染の家、鍵もかかっていない無用心な家の扉を押して入り、ずんずん奥へと進んでいく。
そして、裏口の戸を開けて、辿り着いたのは。

時を駆ける船、シルバード。

時空を越える機能を搭載した飛行船。冒険の途中で手に入れたこの船は、ラヴォスによる時の歪みを修復した時点で破壊しようという意見もあったのだが、いろいろあってそのまま置いてある。
クロノは少し感慨深げにシルバードを見つめていたが、やがてひらりと飛び乗ると、慣れた様子でスイッチを入れた。
行き先の時代を示すダイヤルを、きりきりと回して。
行き先は…中世。

「よ」
短く言って手を上げると、その家の主は嬉しそうに喉を鳴らした。
「おお、誰かと思ったら、クロノじゃないか!久しぶりだな」
「カエルも元気そうでよかったよ。やっぱりここに住んでるんだな」
「ああ、やっぱりここが一番落ち着くよ」
決して形容でなく、喉を大きく膨らませて鳴らしている、クロノの背丈よりやや小さな、カエル。
魔王の呪いで姿を変えられた、まぎれもない「勇者」である。本来の名は、グレン。だが魔王が同じ者を敵とする仲間となり、結果彼の呪いは解けず、もともとの仕官先であるガルディア城にも戻らずに、出会った頃に暮らしていた森の奥深くの穴蔵に今も住んでいるのだ。
もちろん、再士官の話が無かったわけはないだろう。だが何よりも大切なリーネ姫のためにも、この姿の自分が側にいるのは相応しくないと考えたに違いない。クロノはそう思って、それについては追求しなかった。
「何だ、今日は一人か?珍しいな」
「俺だって一人で来ることくらいあるさ」
むっとした様子でクロノが言うと、カエルはきょとんとして、それから椅子に座った。
「何だ、何かあったのか?」
言われて、クロノは一瞬ぐっと言葉につまり、やがてふてくされたように視線をそらせた。
「…ルッカに、なに言ったんだよ?」
「なに?」
カエルは言葉の意味がわからずに首をひねった。
「ルッカが、どうかしたのか?」
「どうも、こうも…」

『すき、よ』

時の最果てで、唐突な「告白」をされたのは、もう戦いも終盤に差し掛かった頃のことだった。
それもほとんど、すれ違いざまで言って去られてしまったので、戦いの忙しさもあり、悠長に確認している余裕などなかった。
というよりは、話を切り出そうとするとルッカの方ではぐらかされてしまうと言った方が正しい。
かと思えば、ことあるごとに

「買い物?あたしは発明で忙しいのよ、マールと一緒にでも行ってくれば?」
「あんたねえ、もうちょっと女の子の気持ち考えてあげなさいよ。ほら、マールを慰めに行ってくる!」
「あたしにはこんなの似合わないわよ。マールにあげなさい、きっと喜ぶわよ?」

と、こんなことを言う始末だ。
要するに、「あんたのことは好きだけど、あんたがマールのこと好きなのはわかってるから、あたしは潔く身を引きます」的な態度を取りつづけているわけである。

物心ついたときから一緒にいてよくわかっている。
はっきりいって、ルッカの押しは強い。
自分がこうと決めたら、とりあえず回りの意思は二の次でそれを押し通そうとする。
それが彼女の厄介なところでもあり、また魅力でもあった。
そして、その押しに弱い自分がいるのも、また事実だったのだ。
結局、強く押すことも、問い詰めることも出来ずに、宙ぶらりんの状態が続いている、というわけだ。

クロノはイライラした様子で、その状況をカエルに伝えた。
「まったく、あいつのすることが唐突で訳わかんないのは今に始まったことじゃないけど、今回ばかりは何考えてるのかさっぱりわかんねえよ…何がしたいんだよ、あいつは!」
叩きつけるように言って、クロノはがしがしと頭を掻いた。
カエルは困ったように苦笑して、手を顎に当てる。
「そうか…そう来たか。まあ、ルッカらしいといえばルッカらしいな」
「あの時…ルッカと何話してたんだよ?だからあいつ、あんなこと言い出したんだろ?」
クロノが問うと、カエルは苦笑をさらに深くした。
「大したことは話しちゃいないんだが…まあ、ルッカには何か思うところがあったんだろうな」
そうして、カエルは時の最果てでルッカとした話をクロノに話し始めた。

「勇者と魔法使い…ねえ。あいつがそんなこと考えてたとはなぁ」
クロノは後頭部で腕を組んで、溜息をついた。
「ルッカが考えてることはわからないでもないな。要するに、傷つきたくないんだ、あの嬢ちゃんは」
カエルが心得顔で解説をする。
「ま、傷つきたくないからそんなことを考えるのかもしれないけどな。俺は最初から諦めちまわないで、自分の気持ちに素直になれっていう意味で言ったんだが…とりあえず素直にはなってみたが、諦めるのは変わってなかったようだ」
立ち上がって、話をしている間に沸いた湯で茶を入れながら、続ける。
「自分がクロノを好きなことは変わらない。だが、お前さんの口から決定的な結論が出るのが怖いんだ。だから、それを言われる前に予防線を張ってるんだよ。子供っぽいっていうか…可愛いもんだな」
入れた茶をクロノに差し出して、ひやかすように笑う。
クロノは茶を受け取ると一口啜った。
「あいつは昔からそうなんだよ…押しが強いようで、でも人一倍怖がりなんだ。でもそれを知られたくなくて意地張って…つらいことも苦しいこともみんなしまいこんで、一人で我慢してる。踏み込もうとすると怒るしさ…手がかかる奴だよ」
「ま、でもこれで、ルッカの考えてることはわかったわけだろう?後はお前さんが、どう出るかだ」
カエルも自分で入れた茶をひとすすりして、クロノの方を向いた。
「で、どうなんだ?その様子だと、お前さんの答えは出てるんだろう。
王女と魔法使い、どっちを選ぶんだ?勇者様は」
クロノはことんとテーブルにコップを置いて、カエルに真剣な眼差しを向けた。
「マールのことは、嫌いじゃないよ。可愛いし、誰かと違って素直だしな。俺のこと…そういう風に思ってくれてるっていうのもわかってる。でも…悪いけど、そういう目では見れないよ。いいお友達…なんて、古臭くて虫のいい話かもしれないけど、本当にそうとしか思えない。
俺が目が離せないのは…強引で高飛車で、人の気持ちなんかお構いなしで、発明バカで、意地っ張りで…そのくせ臆病で、妙なところで優しくて、一人で空回りばっかりしてる、あいつなんだよ。
俺が嬉しくなるのも、落ち込むのも、ムカつくのも、浮かれるのも、こんな風にやきもきするのも、側にいてやりたい、もっと深くまで、全てを知りたいって思うのも、あいつだからなんだよ。他の誰でも、ダメなんだ。何でかなんてわかんないよ。理屈じゃないんだ」
「………」
カエルは多少毒気を抜かれた様子で、ややあって首を振った。
「こりゃまた熱烈だな…だがそれは俺じゃなくて、ルッカに言ってやれ。
お前の気持ちは決まってるんだ。あとはそれをはっきり言えば済む事だろう」
「それが出来りゃ、こんなところには来てないよ…知ってるだろ、あいつの押しの強さ」
「ははは。まあそれがルッカだからな。
だが、あの嬢ちゃんが一人で悶々としてるところからあそこまで勇気を出したんだ。
お前に答える気があるなら、そうしてやれ。もちろんマールにも、はっきりさせてやったほうがいい。
自分の欲しい物は、何が何でも手に入れろよ。お前には、それが出来るだろう」
「カエル……」
クロノはカエルをじっと見つめた。

相手のために、あきらめること。
相手のために、あきらめないこと。
方法は、結果はどうあれ、彼は満足できる道を貫いているのだ。

「…サンキュ、カエル。また来るよ」
クロノはどこか吹っ切れた顔で、残りの茶を一気に飲み干すと、立ち上がった。
「がんばれよ」
カエルは短く言って、微笑んだ。

「うわびっくりした。何よ、シルバード使ってたの?」
現代に戻り、再び裏口からルッカの家に入ると、ルッカはショーから戻ってきていた。
突然裏口から入ってきたクロノに驚きつつも、その理由を瞬時に理解した様子でそう言ってくる。
「ああ、カエルに会ってきた」
「何よ、一人で行ったの?マールも連れてってあげればよかったのに」
いつもの言い草にクロノは少しむっとして、それでも適当に流した。
「一対一で話したいことがあったんだよ」
「なに、男同士の話?やだ、エッチ~」
どこをどうすればそういう話になるのかは謎だが、ルッカはからかうようにそう言ってきた。
クロノはリビングを抜け、ルッカの部屋へ続く階段へと足を運ぶ。
ルッカは自分の部屋に当たり前のように入っていくクロノを、当たり前のように追っていった。
「おじさんとおばさんは?」
「父さんはショーの後片付けよ。母さんはジナおばさんと買い物」
「…ああ、そういえばそんなこと言ってたな、母さん」
クロノの母ジナとルッカの母ララは娘時代からの親友である。
「遅くなるみたいなこと言ってたわよ。夕飯、うちで食べてけば?」
「ルッカ」
いつもの会話をしていたところで、急にクロノに真剣な表情で振り返られて、ルッカは驚いて立ち止まった。
「な、何」
「話があるんだ」
「…あ、あたしも片付け、手伝いに行かなくちゃ」
真剣な様子に少し気おされるように、ルッカは踵を返して階段を下りていこうとした。
「そんなの、後でもいいだろ」
クロノはその左腕を掴んで、強引に引き戻す。ルッカは少し眉をしかめて、クロノを睨みつけた。
「痛いわね、離してよ」
「話を聞くなら離すよ」
「明日聞くわよ、離して」
「明日になったらまた明日って言うだろ、お前の言うことなんかお見通しだよ」
言われて、本当にその通りだったらしく、ルッカは恨めしげにクロノを見上げた。
とりあえず逃げる気だけはなくなったらしい。
クロノは息を吐くと、ルッカを部屋の中央に引き寄せ、自分は階段の入口に立った。
逃げられないように。
「何よ、話って」
ぶっきらぼうに言うルッカに、クロノも挑むような視線を向けた。
「だいたいわかってるんじゃないのか?」
ルッカはクロノの視線から目を逸らす。
クロノは嘆息すると、ずばり話を切り出した。
「お前、俺のこと好きだって言ったよな」
ルッカの肩が、微かに震える。
ややあって、目を逸らしたままルッカは答えた。
「…言ったわよ」
ため息をついて、肩を竦めて。ルッカは苦笑して、クロノの方を向く。
「悪かったわよ。あんなこと言って困らせて。ただ、気持ちだけ伝えておきたかったの。あんたを縛るつもりは全然ないから、気にしないで?」
「気にならないわけないだろ」
「だから、悪かったって。いいじゃない、そのくらいしたって。あんたがマールとくっついても、笑顔で祝福するくらいの見栄はあるわよ、あたしにも」
「…っ、お前は…いっつもいっつも!」
クロノは耐え切れなくなったように、ずかずかとルッカに歩みより、その肩を両手で掴んだ。
「そうやって一人で考えて、一人で決め付けて!ちっとは人の話を聞けってんだよ、このバカ!」
「バっ…」

バカとは何よ、と言いかけて、その言葉は遮られた。
クロノが不器用に押し当てた唇によって。

完全に固まっているルッカからゆっくりと顔を離すと、クロノは顔を紅潮させて、続けた。
「俺がいつマールのことが好きだって言ったよ?!自分だけ言い逃げしたと思ったら、今度は人の気持ち勝手に決め付けやがって、そんなに俺とマールをくっつけたいのかよ!あいにく、俺は趣味が悪いんでね!あんなに可愛くて無邪気で素直なお姫様よりも、高飛車で意地っ張りな発明バカの方が好きなんだよ!わかったか!」
一気にまくし立てるクロノを、ルッカは放心したように見つめていた。
「…って…え……?う…っそ…」
ぽつりぽつりと、言葉にならない声とともに、ルッカの膝の力ががくんと抜ける。
「お、おい!」
クロノは慌ててルッカの胴を支えた。
「何やってんだよ」
「ごめ……なんか、混乱して、力が抜けちゃっ…」
ルッカもクロノの肩にしがみついて、自分の体を支える。
「だらしねえなー、これくらいで」
「…そういうあんたこそ、手が震えてるわよ」
「…うるせえ」
クロノはまた赤くなってそっぽを向いた。
ルッカはくすくす笑いながら、クロノの肩に顔をうずめた。
「…ったく…バッカみたい…」
おかしくてたまらないといったように、肩を震わせて。
まだ笑うか、とこちらを向いたクロノの首に、腕を回す。
「…バッカみたい…一人で突っ走って…物分りのいい女のフリして…」

欲しいものは、手を伸ばせばすぐそこにあったのに。
手に入らないと決め付けて、伸ばすことすらしなかった。

ルッカが顔を埋めた肩に温かな湿り気を感じて、クロノは黙って彼女の胴を支えていた腕を背中に回した。
「お前はこれだから、目が離せないんだよ…これからも突っ走った時には、お前が嫌だって言っても止めてやるからな。覚悟しとけよ」
抱きしめた腕に力をこめると、ルッカも回した腕にぎゅうと力をこめた。
「…あんたこそ、こんなの選んで…後で後悔しても知らないからね?」
「…お互い様だよ」
腕の力を緩めて、ルッカの顔を上げさせて。
涙に濡れた頬を優しく手の平でぬぐってから、クロノはもう一度唇を重ねた。

こんなに嬉しくなるのも、落ち込むのも。
ムカつくのも、浮かれるのも。
幸せをくれるのも、胸が締め付けられるのも。
理屈じゃない。
お前だから。

赤い髪の勇者様は、魔法使いとずっと旅を続けていくことを、決めた。

「勇者様の憂鬱」 おわり。 2002.2.13.Nagi Kirikawa

プリマジの勇者様サイドです。クロノは基本喋らないんですが、それはプレイヤーの意思が100%反映させられるということですよね?もちろんうちのクロノは私とシンクロしてるので暑苦しいほどにルッカが大好きですwでもルッカが推しが強い上にめんどくさい性格をしているので攻めあぐねている可哀想な勇者様なのです。というところを全面的に押し出しつつ、2人をどうにか幸せにしたくて書きました。
この勇者様と魔法使いの話をベースにしたのが一次創作の「Princess or Magician」です。クロノとルッカをバリバリにモデルにしているので、よろしければ合わせてお楽しみください。