「しっかし、お前が風邪ひくとはなぁ」
体温計の目盛りを感心したように眺めながら、ガウリイはそう言った。
うっさいわね。あたしはあんたと違ってデリケートなのよ。
もはやそう言うのもめんどくさいほどに、体がだるい。足の先から髪の毛の先までが火をつけたように熱くて、汗で張り付いた髪の毛が鬱陶しい。
そう、あたし、名前を聞いただけで泣く子も顔を引きつらせて笑う…じゃない、世界のアイドル・天才美少女魔道士リナ・インバースは、不覚にも風邪をひいてしまったのだ。
「だらしねえなぁ、たかだか1日雨ざらしで歩いたくらいで」
「あんたみたいな脳みそまで筋肉で出来てるのと一緒にしないでくれる」
さすがにこれには反論した。
この、あたしの自称保護者、ガウリイ・ガブリエフ。脳みそがスッカラカンなかわりに、その剣の腕と体力は文句無しに超人級。
それに付き合わされてしまったか弱い乙女は、こんなまともな魔法医もいないような田舎町に足止めを食らうことになってしまった、っていう訳。
うー、治ったら迷わずどつき倒す。
「魔法で治せないのか?いつもみたいにさ」
「リカバリイのこと?あれは『治す魔法』じゃなくて、『治す力を活発にする魔法』なのよ。かけたら風邪の菌まで元気になって、余計に悪化するわ」
「ふ~ん…」
確か前にも説明したと思うけど…まあ、こいつのことだから忘れてんだろうな…しかもこの顔は絶対判ってないな…
とりあえずもうそのことは諦めて、あたしは溜息をついた。
「あー。あついだるいきもちわるい~」
「薬は飲んだんだろ?」
「飲んだからってすぐ効くものでもないでしょ。一週間は絶対安静だって」
「一週間か…」
くそぅ、あのやぶ医者。何で風邪ぐらいちゃちゃっと治せないのよ!
いろんなものに悪態をつきながら、あたしは毛布を寄せなおした。
「魔法でも薬でもどうしようもないなら、おとなしくじっとしてるしかないな」
「そゆこと。誰かにうつすと早く治るとか、聞くけどね~」
あたしは茶化して言った。そんなの気のせいだって。うつして風邪の菌が減るわけないんだから。
「うつす…か。おい、リナ」
「あ?」
ふいに呼ばれて、じんじんと火照る顔をガウリイに向ける。
と、前触れもなく視界が暗くなった。
剣士でいるにはひどく不釣り合いな、さらさらの長い金髪が目の端を掠めて。

一瞬。

「…っちょっ…」

制止の言葉も、軽くふさがれた。

どきん。

初めて訪れる感覚に、耳で聞こえるくらいに心臓が激しく動く。

何をされたか理解したのは、それが離れてから数秒後だった。

「…っていきなりなにすんのよあんたわあぁぁぁっっ!!」
必死で掴んだ枕ごと、ガウリイを部屋の端まで吹っ飛ばす。
彼は心外そうな顔で、枕攻撃を受けたおでこと壁にぶつかった後頭部をさすった。
「ってぇなぁ、そんなに怒るなよ」
「怒るわあぁぁぁっ!!」
「だってほら、キスすると人にうつるっていうだろ?」
…っはあぁ?!
「だからっていきなり…っ!………キ……っっ!」
そ、そんな理由であたしの…ファ、ファーストキスを…っ?!
おにょれガウリイ、許せんっ!
あたしは目に涙を浮かべつつ、竜破斬の呪文詠唱を…
ぐら。
そこが限界だった。
再び強烈なめまいに襲われ、仰向けに倒れこむ。
そこに、枕を持って戻ってきたガウリイが、絶妙のタイミングで頭の下に枕を当てなおした。
「ほら、無理して起き上がったりするから」
その表情はあくまでも「保護者」のもので。
あたしは無言で彼を睨み付けた。
彼は言い訳するでも開き直るでもなく、単純に心配そうな表情で、続ける。
「うつせば治るんだろ?じゃあ、早く治して楽になったほうがいいじゃないか」
しばし、無言で彼を睨みつけて。
…諦めて、背を向けた。
「…うつんないわよっ。
だってガウリイ、風邪ひかないじゃない」
そうよ、こんな脳みそクラゲの筋肉バカ、風邪の方が嫌がるわ。
「…早く治るといいな」
背中からかけられた声は、あくまでも優しくて。
あたしは、こいつに何を言っても無駄なのだと悟った。

…まあ、今回だけは許してあげるわ。
あついしだるいしねむいし。
頭もよく働かないし。
体も思うように動かないし。
熱の性でどつき倒す気力もありゃしない。

さっきからやたら体が熱いのも。
心臓がうるさいくらいにばくばくいってるのも。

きっとみんな、この熱のせいなんだから…

「Because of Fever」2002.9.26.Nagi Kirikawa

おまけ

数日後。
「助けてもらっといてなんだけど、やっぱりコイツって…」
熱でうんうんうなされるガウリイを、半眼で見下ろすあたしがそこにいた…。

スレイヤーズで同人活動をしていた頃に出したコピー本の漫画を小説に直したものです。私が唯一書いたガウリナw
あの頃は割と精力的にスレイヤーズ本出してた気がしますが、たぶんガウリナを書いたのはこれだけでは…?自分ではあまり書きませんがガウリナは大好物です。リナちゃん可愛い。百万回でも言う。可愛い。