「みけさーん」
「なんですか」
「暇です」
「そうですか」
「ひまですううぅぅ」
「わかったからへばりつくのをやめなさい」
背中に水飴のようにへばりついて暇を訴えるりりに目もくれずに、みけは目の前の仕事を淡々とこなしていた。
りりは背中にはりついたまま、みけの肩越しにその様子を覗き込む。
「お仕事ですか?」
「そうです」
「お仕事場に行かなくてもいいんですか?」
「誰かさんのおかげで外に出づらくてですね」
「まあ、酷い人もいたものですね」
「………」
わかっているのかいないのか、いや確実にわかっているのだろうが、いけしゃあしゃあとそう言ってのけるりりに、みけは無視を決め込むことにした。
その肩に顎を乗せて、さらに自己主張をするりり。
「みーけーさん」
「………」
「無視するなんてひどいですー」
「………」
「………」
「………」
「てい」
「うわひゃっ」
わき腹をくすぐられて、妙な悲鳴をあげながら身体をくねらせるみけ。
書きかけの筆が盛大に横に滑って、見事に台無しになる。
「なにすんですかあなたはもー!」
「だってー、みけさんが相手してくれないから退屈なんです」
「仕事中だと言ったでしょう!」
「じゃあ私は何したら良いんですか?」
「知りませんよ、じっとしててください」
「じっとしてるのが退屈なんですー」
「じっとしてるのがあなたの仕事です!」
「私の仕事、ですか?」
「そうです」
「…わかりました」
言って、りりがすっと背中から離れたので、みけは嘆息して紙を取り替え、再び筆を墨に浸す。
と。

もそ。

「ちょ」
もそもそ。
りりは何を思ったか、ごろりと横になるとそのままみけの膝の上に頭を乗せた。
文を書いている体勢だから当然腕が邪魔だが、その腕を押しのけるように頭を突っ込んでもそもそと動き、ちょうど良く収まる場所を見つけて落ち着いたように息をついた。
「ふー」
「何すんですか!」
「だから、じっとしてるのが私のお仕事なんですって」
「じっとしてろというのは、僕の仕事の邪魔をするなという意味です!」
「みけさんのお仕事のお手伝いをしてるんですよー」
「それの何がどう手伝いになるというんですか!」
「働く女って良いですよねー」
「ちょ、聞いてるんですか!」
「身を粉にして働く私」
「どこも粉になってません!」
「命をかえりみず…」
「どこに命の危険が?!」
「息ぴったりですねえ」
「っ………!」
結果的に調子よく相槌を打ってしまったことに気づき、ぐっと喉を詰まらせるみけ。
りりはくすくすと笑って、みけの膝に頬をすりよせた。
「さ、みけさんはお仕事を続けてください、私は私のお仕事を続けますから」
「………っ、勝手にしなさい!」
毎度のことだが、もう何を言っても無駄と悟り、みけは膝の上に乗っている頭を意識から排除して仕事の続きをすることに決めた。
正直、邪魔なことこの上ない。が、相手をしてやってはますます彼女の思う壺ではないか。
心頭滅却すれば火もまた涼し。心を強く持てば恐れるものは何もない。
膝の上にのしかかる僅かな重みも、そこから伸びる柔らかな亜麻色の髪も、僅かな笑みをたたえてゆっくりと呼吸を繰り返す桜色の唇も、存在しないと思い込めば気にならない。否、気に、しない。
みけはそう自分に言い聞かせて、ひたすら筆を走らせた。

「……ふう」
さあ、と風が吹き込み、紙束を揺らす。
外に目をやれば、いつの間にか薄暗くなっていた。どれくらい集中していたのか。
お陰で溜まっていた仕事はすっかり片付いた。
「うー………んっ、と」
無理な体勢ですっかり固まってしまった身体を伸ばしてほぐす。
と。
膝に違和感を感じて見やれば。
「……まだやってたんですか…」
りりはまだしつこく、みけの膝の上に頭を乗せていた。
規則正しい寝息が聞こえる。どうやら眠っているようだ。狸寝入りかもしれないが。
目を伏せて眠るその姿は、どう見ても年相応の可愛らしい少女で。床に広がる亜麻色の髪さえなければ、誰が心を読む天邪鬼だなどと信じるだろうか。
さら。
なんとなく、その髪に指を絡めてみる。
自分の髪よりも細く柔らかいその髪は、指先にしっとりと心地よく絡んだ。
「…こうしていれば、可愛らしいと言えないこともないんですけどね…」
思わずぽつりと呟いてから、聞かれはしなかっただろうかとりりの顔を覗き込む。
変わらぬ寝顔に少しほっとしつつ、りりの肩に手をかけて揺らした。
「ちょっと、いつまで寝てるんですか。足が痺れてきたんですけど」
「んー……」
が、りりは少しけだるげに唸っただけで、全く起きる様子は無い。
足は痺れたどころの話ではなく、すでに感覚が無くなっていた。このまま立ち上がったら大変なことになるに違いない。
「…まったく……」
呆れたように言いながら、その頬をそっと撫でる。
起こすことも出来ず、かといって無理に立ち上がるのも気が引けて、ため息をついて。

「…何やってるんでしょうね、僕は……」

辺りが夕闇に包まれていく中、みけは一人、自嘲気味にそう呟くのだった。

“My work” 2011.9.6.Nagi Kirikawa

膝枕祭その13。りりみけです。なんかもう当たり前に相川さんの話設定で話が進んでますが、心を読む鬼を使役するということで宮中の人から怖がられて仕事来なくてもいいと言われてます(笑)その代わりに怨霊調伏のお仕事はたくさん来ているようですが(笑)
モデルというか元ネタというか、「くるねこ」の胡ぼんちゃんという猫ちゃんがいつもこんな風に飼い主さんの膝に乗って「今日も必死に働く素敵なボク」ってやってるので、そんなノリで書いてみました(笑)邪魔うざいどけ、でも何故か邪険に出来ない、そんな猫です(笑)