胸の奥に隠した真実
本当の気持ち、なんてものは。
饒舌に主張するもんじゃない、と俺は思っている。
言葉に出した瞬間に、それは輝きを失う。
どんなにきれいに飾っても、それは飾りだけのまがい物になってしまう。
それは、俺が今まで、まがい物ばかり口にしてきたから、かもしれないが。
だが、あいつは違う。
自分の気持ちを、隠さずまっすぐに口にする。
それでいて、その言葉には偽りも飾りもない。
あいつの心と同じように。
「こちらへはよくいらっしゃるんですか?」
菓子屋の前で声をかけられた女性に、笑顔で対応する。
こんな、必要のないところまで顔を繕う癖が付いてしまった自分が少し歯痒い。
相手は上機嫌で、この店のお勧めのケーキのことを話して聞かせる。
正直、この手の菓子はあまり好きじゃない。
あいつが好きだからこの手の店に顔を出す機会も増えたが、店から漂う香りも出来れば避けたい。
「……がとっても美味しいんですよ。あなたも食べたことありますか?」
女性が訊いてきたので、特に内容もわからず反射的に笑顔を返す。
「……ええ、好きですよ」
ほら、簡単だ。
心にもない言葉なら、いくらでも口からついて出る。
薄っぺらい笑顔なら、いくらでも作って見せてやれる。
そんな飾りだけのもので満足するなら、いくらでも持っていくといい。
内心呆れながら他に目を移すと、向かいの店から出てくるあいつの姿を見つけた。
「リー。お待たせしました」
待ち合わせをしていた訳でもないんだが、そう言って手を振り、目の前の女性を振り切る口実を作る。
「では、連れが来ましたので、僕はこれで。楽しい時間をどうもありがとうございました」
彼女は少し名残惜しそうに、だが笑って礼をすると去っていった。
俺は少し嘆息して、黙ったまま立っているあいつの方へ歩いていく。
「…助かりました。行きましょうか、リー」
笑顔を向ければ、今初めて俺に気付いたように、びくりと身体を動かした。
「え、ええ…」
「…ケーキ、好きなの?」
唐突にそんなことを訊かれ、そちらを向く。
「は?」
数秒考えて、さっきの女性との会話のことだと思い当たり、苦笑して。
「ああ、聞いてたのか。知ってるだろ、俺は動物性のものが好きじゃない。卵や牛乳がふんだんに使われる菓子は出来れば避けて通りたい一品だね。ああ、ナノクニの菓子は米や豆を使ったものが多かったな、あれは嫌いじゃないが」
あいつは複雑そうな表情で少し黙り込んだ後、咎めるような視線を俺に向ける。
「…じゃあ、あの人には嘘をついたの?」
あいつの意図が読めず、肩を竦める。
「あのまま茶に行くような雰囲気でもなかったしな。適当に話を合わせてやれば満足するだろうと思ったまでさ」
ますます複雑そうな表情になるあいつ。
数秒、見つめて。視線を逸らす。
「あなたは、嘘つきね」
本当の気持ち、なんていうもの、は。
饒舌に、口にするものじゃない、と思う。
口に出したとたんに、それは輝きを失った、まがい物になってしまう、から。
けど、あいつは、違う。
自分の気持ちを、隠さずに、まっすぐ、ぶつけてくる。
喜びも、悲しみも。憂いも、怒りも。
それは、まっすぐで、偽らないからこそ。
酷く鋭く、俺の胸を抉る。
…そして、同時に。
「ああ、俺は嘘つきだね」
俺は笑って、あいつに近づく。
まだ目をそむけたままのあいつの耳に唇を寄せて。
「…だから、お前には本当の気持ちを言わないだろう?」
見る見るうちに、紅く染まるあいつの頬。
…そう、胸を抉ると同時に。
それは、酷い喜びでもある。
いつも冷静で優しいあいつの顔が、俺の前でだけ、表情を変えることが。
喜びに微笑み、切なさに揺れ、嫉妬に狂うことが。
言葉の鋭さ以上に、俺の胸を暖かく満たしてくれる。
恨めしそうに俺を睨むあいつの顔に、満面の笑みを返して。
それでも、俺はその気持ちを口には出さない。
本当の気持ちなんてものは、胸の奥に隠しておくものなんだからな。
2006.6.23.KIRIKA