「…あれ、そのブローチ」
女王の胸元に光るアクセサリを目ざとく見とがめ、侍従長は言った。
「可愛らしいですね。初めてつけますか?」
「ええ」
気づいたことが嬉しい、という様子で微笑むリリィ。
「出入りの商人が下さったの。ガラスだけど、ほら、綺麗に光るでしょう」
「本当だ」
彼女の胸元のアクセサリに埋められた小粒のガラスは、上手にカットされているのだろう、光を反射してきらきらと光っている。
「桜、ですか」
シルバーのモチーフを指して、ミケ。
「可愛いですね。ガラスの色とも合ってる」
「ええ、私もとても気に入ったわ」
「ここの庭園には、桜はないんですね」
「そうね、植えることは出来なくはないのだけれど、桜は1本だけあってもさびしいでしょう?」
「確かに……」
「一度、ナノクニに行った時に見た桜はとても綺麗だったわ。大きな通りにずらっと並んで、道に吹雪みたいに花びらを降らせるの」
「ええ、あれはとても綺麗ですね」
ミケも自身の過去の旅を思い返しながら、しみじみと言う。
「それに……とても、あなたに似合っている、と思いますよ」
「私に?」
「ええ」
「桜が?」
「はい。なんというか…あなたのイメージ、だと思います」
「そう?」
不思議そうに首を傾げるリリィ。
「私、あまり暖色系のものは身に着けないけれど」
言葉の通り、彼女が普段公務で身につけるドレスは青系のものが多い。暖色系の服もアクセサリーもあまり身につけることはないのだが。
しかし、ミケは意見を変えなかった。
「いえ、それでも何故か…あなただという感じが、します」
「そう?」
不思議そうに首を傾げるリリィ。

桜色。
普通のピンクとは違う独特の色合いは、可愛らしさよりもむしろ儚さを匂わせる。
いつもは寒色系のドレスを身にまとう彼女も、この色を身につけたらとても似合うのではないかと思った。
それほどに、この桜の色は、身にまとうドレスよりもずっとしっくり着ている気がした。

それが、なぜなのかは、わからない、けれど。

頭の奥がちりちりするような感覚を振り払うようにして、にこりと微笑むミケ。
「それをあなたにお贈りした商人は、センスがありますね」
リリィは少し黙ってミケを見つめ返してから、おもむろにブローチを取り外した。
「…どうしたんですか?」
「はい」
外したブローチをミケに差し出すリリィ。
「これ、ピンブローチなの。男性がつけていても大丈夫だと思うし、あなたがつけていて?」
「はっ?」
予想もしなかったことを言われ、きょとんとするミケ。
「え、これを、僕が?」
「ええ」
「女性向けのデザインだと思いますが…」
「そう?シンプルで小さいし、男性がつけていても大丈夫だと思うわ?」
「でも…あなたのものでしょう?」
彼女が何を考えているかわからす、不審げに問うミケ。
リリィはにこりと微笑んだ。
「私のものというか、私なんでしょう?」
「は?」
「桜は、私なのよね?」
「ああ…はい、まあ。あなたのイメージですね」
「だから、あなたがつけていて」
ミケの手を取って、それを握らせて。
「私は、これをつけているから」
さらり。
首にかけた、雪の結晶のネックレスに指を滑らせる。
う、とミケが言葉に詰まった。
にこり。
再び、綺麗な笑みを見せるリリィ。

「私は、あなたを身につけているから。
あなたも、いつも私を身につけていて?
いつも、一緒にいられるように」

「………」
ミケはしばらく無言で彼女を見つめ返して、それからふいと視線を逸らした。
その目元はかすかに紅潮している。
「ミケ?」
「こういうところで、そういうことを言わないように」
海からの光がこぼれ入る執務室。
言うまでも無く、2人は今公務の真っ最中だ。
くす、とリリィが笑う。
「どうして?」
「どうしてもです」
「ここでないならいいの?」
「場所によりますけど」
「じゃあ、どこならいい?」
「いいから早く仕事に戻りなさい」
「ふふ、はーい」

上機嫌で再び書類に目を通す女王。
再び、紙が擦れる音とペンを滑らせる音だけが部屋に響き始める。
「次は?」
「これです」
渡された書類を受け取るために、顔を上げて。

背の高い侍従長の胸元に光る桜に、女王は嬉しそうに目を細めるのだった。

“Always with you” 2011.3.11.Nagi Kirikawa

相川さんから頂いたバレンタインネックレスのお返しに書きました(笑)
ガラスの森に行ったら、可愛らしい桜に小さなガラスをあしらったデザインのピンブローチが売っていて、おおこれはお返しにちょうどいい、と思い購入。
ホワイトデーに贈るお茶と一緒に送ろうと思っていたのですが、震災があったので1ヶ月遅れで送ることになりました(笑)
小説を書いてから、ワードで編集して製本のための面付けをし、イラストも描いたのですが、ワードの使い方をすっかり忘れていることに愕然としました(笑)
喜んでいただけて何よりです(笑)ありがとうございましたv

こちらがイラストでございます。