「ただいまぁ」
「おかえりなさい」
部屋に入ると、メイド服姿のメイ…サツキが出迎えた。
メイドとしての彼女達のために与えられた部屋。無駄に大きな屋敷だけあって、使用人たちにも個々に部屋が用意されている。当然、チャカはここにはいない。
「遅かったですね」
「ちょっと寄り道しちゃったから」
答えながら、上機嫌のリリィ。
「寄り道?」
「ミケさんのところー」
弾んだ声に、眉を寄せるメイ。
「またからかいに行ったのですか…ほどほどになさいませ」
「からかいにだなんて、人聞きの悪い。大事なお話をしにいったのよー?」
「大事なお話?」
訝るメイに、リリィはふふ、と可愛らしく笑った。
「メイなら、どう答える?寿命の違う人を愛してしまったら、どうする、って聞かれたら」
「寿命の違う人を……ですか?」
「ええ。私達はチャカ様を愛しているけれど、力を与えられているにしたって、きっとチャカ様よりずっとずっと早く死んでしまうわ。
それは、悲しくない?悔しくない?メイだったら、どう答える?」
「意味が判りませんわ」
きっぱり。
メイは即答した。
「わたくしは命の限りチャカ様を愛し、チャカ様のお役に立てればそれで幸せです。
わたくしが早く死ぬことの何が悲しいのか、悔しいのかがわかりませんわ」
「うふふ、メイは根っからのマゾだもんねー」
「ねっ……」
リリィの言葉に、頬を染めるメイ。
リリィはくすくすと楽しげに笑った。
「私はね」
す、と踊るように足を運んで。
「私も、実はメイと同じ。死ぬまでチャカ様のお役に立てて、少しでもチャカ様に笑って頂ければ、それで幸せ。
いつ死ぬかとか、死んだあとどうするのかなんて、考えても仕方がないわ?命が尽きるその瞬間まで、したいことをしたいようにする、ただそれだけでしょう?」
「…それで、あの魔術師殿はどう答えたのですか?」
僅かに苦い表情で、メイ。
リリィはくす、と笑った。
「相手が私なら、殺してやる、ですって」
その答えは、少なからず彼女を驚かせたようだった。返す言葉が見つからずにきょとんとするメイ。
リリィはまた楽しそうに肩を揺らした。
「私を残して死ねば、私はミケさんのことなんかすぐに忘れて幸せになるだろうから、悔しいから殺してやるって」
「……相当溜まっていますね…」
半眼でもっともな感想を述べるメイ。
「そうねー、でも、私もそう思うわ?」
「そう思う、とは?」
「ミケさんが死んだら、私はミケさんのこと忘れると思うの」
どこか遠い目で、夢見るようにリリィは言った。
「死んだら諦められるくらいの想いなら、命が尽きたらそれで終わりでしょう?
そんな軽い想いなんか、欲しくないから」
つい、と移された視線は、この上なく楽しそうで。
それでいて、この上なく冷たい輝きを宿しているような気がした。
ぞくり、とメイの背に悪寒が走る。
「死んでも諦められない、相手の意思なんか関係なく、その手に死の瞬間を刻み込むほどに欲しいと思ってくれるなら……
…それを対価に、私の命を捧げることは…悪くない、と思うのよ?」
「リリィ……」
メイは今度ははっきりと、眉を寄せた。
「貴女は……チャカ様を、裏切るというのですか?」
「裏切る?」
リリィは心底心外そうに目を丸くした。
「わからないわ。何が裏切ることになるの?
私はチャカ様のものよ。頭のてっぺんからつま先まで、みんなね」
くすくす、とまた楽しそうに笑って。
「でも、人の心なんてどう動くかわからないわ。明日も同じだなんて確証はどこにもない。だから…楽しいんでしょう?」
「リリィ……」
それは、彼女達の愛する主人とまったく同じ考えで。
リリィはまたついと視線を移し、歌うように言った。
「チャカ様という鎖に望んで絡め取られた私だけど。
でもそれほどに強い想いなら…何かが、変わるかもしれない。それが、この上なく楽しみなのよ」
にこり。
楽しげで、そしてどこか空虚な笑み。
メイはまた、冷たいものが背中を走ったような気がした。
「この鎖を引きちぎるほどの強い力…強い想い。
それは、死んだら諦められるような、相手を思って引き下がれるような、そんな弱々しい想いじゃないの。
そんな想いならいらない。興味ないわ」
くす。
楽しそうに、鼻を鳴らして。
「それほどの強い想いは…きっと相手だけじゃない、自分も変えてしまうことでしょうね。
でも、それは仕方のないことじゃない?自分は安全なところにいて、リスクを犯さずに何もかもを手に入れようなんて虫が良すぎるわ」
その瞳は、メイを見つめているようにも、もっと遠くのものを見つめているようにも見えた。
「世界を変えるほどの、強い想い。
それが何もかもを壊してしまうのを、本当は……待っているのかもしれないわね」
「……リリィ……?」

夢見るように語る彼女は。
この上なく楽しそうで、そしてこの上なく、恐ろしく見えて。

メイは、それ以上彼女に深く訊ねることが出来なかった。

“The Will to change the world” 2010.5.22.Nagi Kirikawa

ということで、お返事SSでございます。
リリはなー、20のお題でも言いましたが本当に、掘り下げると危険な人です(笑)チャカと同じくらいに(笑)
彼女自身のスタンスについては、まあ追い追い描いていくとして(笑)
メイは実は、リリをこんな風に変えてしまったミケさんを、あまりよく思ってないと思います(笑)彼女は単純で、保守的思考なので、リリがたぶらかしたようでたぶらかされてるんじゃないかと心配してるんじゃないかな。
と、そんな微妙な人間模様も織り込んでみました(笑)相川さん、こんなのでよければ返礼としてお納めくださいませv