「ミーケさん♪」
「また出た…」

いつものやり取りは、いつもの出だしから始まる。
「なんですか、人を化け物みたいに」
「化け物に謝って下さい」
うざったそうに、背後から腕を回してきたリリィを首を捻って見やって。
ぎょ、とする。
「な、何ですか、その格好」
目に飛び込んできた少女は、いつもと違う雰囲気をまとっていた。
いつも丁寧に整えられて垂らされている長い長い亜麻色の髪は、明らかにわざと乱したあとがあり、しかもところどころ薄汚れている。
着ているのはもはやハギレと表現して良いくらいボロボロの服。いつも着ているリュウアン風のローブとは違うフェアルーフ風の服が新鮮と言えなくもないが、ところどころ穴が空いていたり破れていたり、しかも泥汚れや血のりがべったりついているのでは雰囲気が違うどころの騒ぎではない。
無論、薄汚れているのは髪や服だけではなかった。額からは本物なのか偽物なのか(まあ偽物だろうが)顎や首にかけてまでだらだらと流れた血が乾いて固まっており、服の間から垣間見える肌にもあちこちに血や泥汚れのようなものがついている。
まるで、今墓の中から蘇ってきましたというような。
つまり。
「ゾンビですv」
「決定的な一言を吐かないでください!なんですか、若い…いえ若くないですけど…いい年した女性がそんな格好で!」
「すごく引っかかるフレーズがてんこもりでしたけどまあいいです。
ほらー、今日ハロウィンじゃないですか」
「はぁ?」
「去年は魔女のコスプレであまり意外性もなかったので、今年は思いっきり本場を目指して怖くしてみましたv」
「本場?」
「はい、本場のハロウィンはあんなに可愛らしいものじゃないんですよ、オバケに襲われないためにオバケの格好するんですから。
ですから、カーリィさまに手伝って頂いて、おもいっきりキモ怖いメイクをしていただいたんですv」
「あー、あの無駄に器用なお兄様、でしたっけ……」
思い当たって、嘆息する。チャカの兄ならば、少なくとも見た目は二十歳そこそこほどだろうか。美丈夫なのは想像出来るが、どうにもエスタルティと器用というイメージが結びつかない。
いやまあ、会ったことあるんですけどね。
「…それは判ったんですけど…ちょっと怖すぎじゃないですか?軽くヒきますよ?」
カーリィお手製の無駄にリアルなメイクが、ニコニコしたリリィの表情とあまりにミスマッチ過ぎる。
というか、怖い。
どんな材料を使ったというのか、この血のりの生々しさ。
青ざめるミケに、リリィは楽しそうに笑った。
「うふふふv喜んでいただけて何よりですv」
「喜んでません」
「じゃあ、ミケさん。さっそくですが」
ミケの話は全く聞いていない様子で、リリィはずい、とミケに近寄った。
「Trick or Trick?」
「選択の余地すらない?!」
「やだなあ、そんなのいつものことじゃないですか」
「開き直るなー!!化け物の格好なんかして、ふっ飛ばしてあげましょうか?!」
「うふ、できるものなら。ああでも、今ならミケさんが私に傷をつけたように見えてお得かもしれませんねv」
「む、むかつく……!!」
「うりうり、イタズラしちゃいますよ~」
「やーめー……うわ!」
ずい。
抵抗するミケをまったく意に介することなく、リリィは血のりのついた指先をミケの口元に突き出した。
「何す……んー!」
血のべっとりついた指を口にねじ込まれて、仰天する。
しかし。
「ん……れ?」
口いっぱいに広がった味に、ミケはきょとんとして動きを止めた。
「甘い……?」
「うふふ、よくできてるでしょう?カーリィさまお手製なんですよ」
ミケが舐め残した血のりをぺろりと舐めて、リリィはまた微笑んだ。
「ジャムをベースに、食べても大丈夫な甘い血のりでデコレートしてもらったんです」
「……じゃあ、そのドロ汚れみたいなのも……」
「ベースはココアパウダーですよ。舐めてみます?」
くすくす。
笑いながら泥のついた手の甲を差し出すが、ミケは憮然としたまま黙り込んだ。
「…さ、ミケさん?」
するり。
もう一度、今度は正面から彼の首に腕を回して。

「イタズラか……甘いお菓子か。どっちになさいます?」

甘い血のりと甘い泥を纏った彼女が、にこりと妖しい微笑みを浮かべれば。
はあ。
彼はいつものごとく、諦めたようにため息をつく。

「…仕方がありませんね。甘いお菓子を、頂きましょうか」

彼女はそれはそれは嬉しそうに微笑んで。
「この血のり、体中にデコレートしてもらいましたから。
がんばって、全部食べてくださいね?」
甘くて紅いソースのついた唇を、柔らかく重ねた。

“So Sweet Treat”2008.10.31.Nagi Kirikawa

「……体中に、つけてもらったわけですか。チャカさんの、お兄さんに」
「そうなりますねえ。…あらやだ、ミケさん妬いてるんですか?」
「……まあ、いいですけど。全部取ってやりますから」
「うふふ、がんばってくださいねv」

ハロウィンに何かやるのが恒例になってきた模様です(笑)そもそもはお化けの格好をするお祭りですよね、ということで(笑)
アメリカではかなり本格的に怖い仮装をするそうで、そんな感じで無駄に器用なカーリィお兄様にデコレートしていただきました(笑)
大丈夫ですよ、彼は三次元に興味は無いですから(笑)