「ミケ」
「はい?」
楽しさを全く隠さない主君の声に……袋を抱えた侍従長は振り返る。
そして、きょとんとその姿を見下ろした。
「随分、珍しいものをお召しですね?」
「そうなの!ナノクニの使者の方がくださったの。どうかしら?」
紺地の浴衣には裾から百合の花がまっすぐに伸びている。薄い桜色の帯は鰭に合わせたものだろうか。シンプルで、けれど落ち着いた美しさを感じさせる浴衣だ。
「お似合いだと思います。百合の花をあしらっているというのは、随分粋な心遣いですね」
彼女の愛称である白百合を織り込み、大人っぽく仕立てたそのセンスは純粋に素晴らしいものだ、と思った。
「ふふふ、ありがとう」
「そういえば、ナノクニでは浴衣を着て花火などを見に行くらしいですね。浜辺とか河川で行われる花火大会は、それは風流だと」
「まぁ、素敵ね!」
「……うん、まぁ……派手な打ち上げ花火は結界の中ですし、ここでは控えたほうがいいのかもしれませんが」
「……まだ、何も言っていませんよ、侍従長」
「言われなくてもわかりますよ、女王陛下」
わざとらしくそう言った主君に、こちらもわざとらしく返す。
「花火大会、行きたいですね」
「どこぞの国から招待があればね!ちょっと陸に上がるとか、そういう距離じゃないですから」
「……ミケ」
じ、と上目づかいで見上げて、リリィは不満そうに唇を尖らせる。
「せっかく、可愛い浴衣を着たのに。もっと褒めるとか、きゅんとするとかしないの?」
「……ええと」
言葉に詰まったミケに、リリィはわざとらしくため息をつく。
「酷いですーっ、弄ばれちゃったんですね、私っ!」
「え、いや」
「もっと恋人を褒めてくれてもいいと思います、罰は当たりません!」
「ちょ、ここ廊下……っ!」
「今更ですっ!さぁ、泣かれたくなかったら今すぐ、対応策を練ってください!」
にやり、と笑って指を突き付けると、侍従長は額に手を当ててため息をついた。
「リリィ」
「はいっ!」
「これ、なんですけど」
先程から抱えていた袋を、女王に手渡す。
「?」
「その、ナノクニの使者殿から、いただいたものです。……僕が、この格好のままでいいなら、今日、一緒に遊びましょうか?」
そう言ってから、ぽつりと「って、後でこっそり誘うつもりだったんですけど」と呟いた、耳まで赤くなった恋人に。
線香花火の袋をきゅっと抱きしめて、女王は年相応の少女の笑顔で頷いた。

「あーもー、浴衣とか着てくるから、予定が狂うじゃないですかー」
彼女の部屋まで連れていく途中で、ミケは少し不満そうにそう言った。
「そうなんですか?」
「あなたが浴衣着ているのに、僕が普通の格好じゃあ、いまいちでしょう?かといって、今から普通の格好させるのはもったいないし」
「あら、結構気に入ってくれた?」
「……可愛いよ」
まっすぐ見ないでそう言った彼が赤くなっていることは、彼女の位置からは良く見える。
「夜にあなたを呼び出す口実にも、ちょうどいいし。だから、もうちょっとタイミングを見て言おうと思っていたのに」
「……わかりました、やめましょう」
「……はぁ!?」
「男物の浴衣、作ってもらいます。職権乱用しましょう。布は、ナノクニの方のご好意に甘えさせていただいて」
「い、いや、そうじゃなくて」
「で、お休み合わせて、二人っきりで楽しめるようにしましょうね。じゃあ手配して、仕事前倒しして……よし、燃えてきました。仕事に戻ります」
「ええええ?」
「なんでしょうか、侍従長」
にっこりと、女王スマイルで言ったリリィに、先程までの少女らしさはない。だから、ため息をついてミケは肩をすくめた。
「……かしこまりました、陛下」
「じゃあ、今日のところはもったいないけれど」
はい、と渡した袋を彼は受け取りながら、周囲にちょうど誰もいないのを確認して、彼女の手を取る。
「ミケ?」
首を傾げながら、自分の名を呼ぶ主君に、侍従長は。
「っ」
「……今日は、これで我慢します。その格好に、きゅんと来ないわけじゃないし、誘ってもらってうれしかったし、今日はデートできるなーと思って浮かれた分、ちょっと凹んだんです」
その手を引き寄せて、一つ深く口づけて。
拗ねた様にそう言った彼は、一つ深呼吸してから、いつもの侍従長の顔でにっこり微笑んだ。
「ま、眼福でしたね。ごちそうさまでした」
「……もー。待てもできないんですか?」
「猫には待てはできないんですよ」
からかうように言えば、こちらも冗談めかして言葉が返ってきた。ほんの少しの甘さを含んで。
「さ、やってしまいましょう」
「かしこまりました」
そのまま手をつないで執務室へ向かう二人を。

廊下の物陰では出るに出られない衛兵や侍女や、妹姫がそっと見守っていた。

日記で浴衣にドキッとしたいとか呟いたら相川さんから頂きました。……もう真冬になってしまいましたが…(笑)
ミケさんをドキッとさせようとしたらミケさんにドキッとさせられてお仕事頑張っちゃうとか、この女王は本当に可愛いですねえ(笑)ツンデレミケさんの褒め言葉もポイント高いです。普段敬語な人が肝心な一言をタメ語で言うから光るんですよねー!
なんかもうフツーにラブラブだなお前ら(笑)爆発しろ(笑)