パイの日、というものがある。
男性から女性に、思いを込めたパイを送るこの風習。
……例えば、そこにどんなものでも強い思いが入れば、今日という日に相応しいと。
そう、思った。

「…………」
「ミケ殿。それは、上下逆だが」
「え、ああ、セイカさん。こんにちは。……そうなんですか?」
ナノクニの書庫を開けてもらって、書物を読ませてもらっていたミケは、目を丸くする。
「何て読むんだろうって、考えていました」
ギルド長は、心眼の使い手だ。きっとずっと困っている気配なのを察して声をかけてくれたのだろう。
「セイカさん、例えばこれって、どこからどこまでで一文字なのですか?」
「……ふむ。草書はなかなか読みにくいと思われるかも知れないが、実際はそれほどではない。そもそも……」
すらすらと流れていく説明を聞いて、それでもこの流れるような筆跡がさっぱり読めるとは思えなかった。
「……え、ええと、つまり、漢字がちゃんと読めないと駄目と言うことですね。……難しい」
「まぁ、そうかもしれぬが」
「文字って、元は絵って本当ですね。コレとか勾玉みたいで……」
「『か』だ。『可』という文字のくずし字だ」
「…………」
なぜ、それがこうなるのか。
よく分からないまま、はぁそうですかと答えて。ちょっと勉強してから出直そうと思った。

「いる?」
「います。すみませんね、兄上」
「いやいや、珍しく弟から頼まれ物なんかされたら断れないじゃん?はい、頼まれてた辞書」
ぽんと渡された辞書を受け取って、ミケは素直に礼を言った。
「すみませんね。あ、のー。……実はちょっとお金が無くて茶葉もまともに買えなくて、お茶も出せないんですよー……」
「……いいよ。無くても。その代わり」
にや、と笑う。
「草書体の辞書が欲しいなんて、何に使うんだ?その情報でお使い賃はただにしてあげよう」
「弟にたかるんですか。プライバシーは」
「夕飯一緒に食べる?奢ってあげるけど」
「パイを送る相手に、ちょっと和歌でも付けようかと思いまして。僕ちょっと前までナノクニに行ってたんでチャレンジしようかなーって」
あっさりと口を割っておいた。
「…………隅に置けないねー。うん、面白い。頑張れ。いやー、兄貴に素晴らしいお土産ができた感じv」
「いや、あの、土産にしないでくださいよ」
なんだか嫌な予感がひしひしした。

「んーっと…………」
「あ、じゃあ、その辺でくつろがせてもらうね」
「どうぞー」
辞書を引き始めたミケにクローネも書類を出して。

数刻経過。

「こんなもん、かな。で、パイの実とチョコパイ付けて」
「おや、結構かかったね。まぁ、草書体って珍しいしね」
ひょい、と何気なく覗き込んだクローネの笑顔が引きつる。文面は普通の文字だったのだが。
「え、ええと。パイを贈る相手って、どんな子?」
「殺してやる、といつも思っています……ええ」

「黒牛の 二つの角の まっすぐに 最後に歪みて 汝が胸を貫け
祈りを文字にして、貴女の心を貫いて呪いの楔となりますように。」

「えーとえーと、牛の角に刺されて死ね、という呪い……に見えるけど」
「そんなもんです」
クローネはちょっとため息。
そしてミケの手にあった辞書を取り上げる。ばさばさめくってめくって。
「…………これってさ、一応、ラブレター?」
「読んだとおりの物ですが」
多分、こういう意味にしたいのかなと、当たりを付けて恐る恐る聞いてみた。
「…………ラブレター……だとしても、相当悪趣味で誤解されそうだよね?」
仏頂面でふいと横を向いた弟に、ちょっとため息。
「ええと、彼女が好きなんだったら、ちゃんと好きだといった方が良い気がするんだけど。好きな女に素直に好きだと言えないようだと」
「好きじゃないですから」
これ以上突っ込んだりお節介を焼いたりしてみたかったが、多分ミケは聞きやしないだろう。
ソレが分かっていたから、クローネはもう一度大きくため息。
「……夕飯食べに行く?ついでにそれを渡しちゃえば?」
「彼女の家なんて、知りませんから」
「はい?」
家が、魔界だのと言っても信じてもらえなさそうだし、嘘は吐いていない。
「大丈夫です。勝手に持って行きますから」
「え、だって、鍵のかかった部屋で?それってどういう」
「……お兄ちゃん。僕、久しぶりにおなかいっぱいまで食べたいです……」
「…………分かった。好きな物食べると良いよ……」
聞いても答えてなどくれないだろう。
敢えてはぐらかしたからには事情がありそうだし。
だから、仕方ないので乗っておく。いつか彼が自分で教えてくれる日も来るだろう。

そうして、もう一度ミケの机の上にあるパイを見やってから、クローネは部屋を出た。

『角に胸を刺されて抜けなくなって、苦しんで死ね。そんな呪いを』。
そんな表の意味と共に。
「『二』に似た文字、牛の角に似た文字、まっすぐな文字、歪んだ文字。この言葉が貴女の心に残って、無くなりませんように」
そんなおまじないを含んでいる。

草書体の形だけの表現では、全部の意味まではきっと伝わらない。表面しか届かなかったなら、……憎しみの部分だけしか届かない。それはとてももったいない気がしたけれど。

「憎たらしいけど……好き、なのかな。素直じゃないのか素直に書いたのか」
「?」
聞こえなかったらしい弟にクローネはいつものにっこりした笑顔を向ける。
「なんでもなーいv早く行こう?」

憎くて殺してやりたいと思う気持ちがあります。けれど同時に貴女を「こいしく」も思うのです。この言葉が、祈りが。貴女の心に焼き付いて、決して抜けなくなって……僕を恋うてくれますように。そう願って。

パイは帰ってきたらどこにもなくて。
目を丸くする兄に弟は「……そーゆーひとです」とだけため息と共に言ったという。

バレンタインデーに、相川さんからリアルでチョコパイとパイの実を頂きました。その中に、この和歌が入っていたのですけれども。
去年同様、リリィは隠された意味には全く気付かず、「胸を貫いて最後に歪んだら、なかなか抜けそうにありませんね。私の心の楔になりたいのなら、清廉潔白なあなたを捨てないといけないって、あなたはちゃんとわかっているじゃないですか。…ふふ」とメールを送ってしまいました(笑)そのあとにやんわり解き方を解説されましたが、それが解き方を解説されているということすら判らないニブさ(笑)チャットで説明されても理解に3分かかりました(笑)主人が鈍いとせっかくの知力設定も台無しですね(笑)
「二」に似た「こ」、二つの角に似た「い」、まっすぐな「し」、歪んだ「く」。……わかりました?(笑)
草書?読めると思いますかあたしが?(笑)古典の成績は6でした(笑)

しかし、お兄様がお出になるとは(笑)お兄様がいらっしゃるなら、ご挨拶したかったのにーv(笑)

「お兄様ですか、初めまして、ミケさんの飼い主のリリィですv」
「ちょ、なんですか飼い主って」
「一番しっくり来る言葉だと思いません?」
「…反論できない自分が悔しい…」
「………あ、あのー、2人は、どういう仲なの……?」
「抜き差しならない仲です」
「抜いたり挿したりする仲だなんて、ミケさんだいたーんv」
「な、なんてこと言うんですかあなたは!」
「あっ、安心して下さいねお兄様、抜いたり挿したりしてるのはちゃんとミケさんのほうですから」
「それのどこがどう安心なんですかー!!」


…とか(笑)

改めまして、相川さん、素敵なものをありがとうございましたvチョコパイとパイの実はめでたくあたしの1週間分の朝食になりました(笑)今年のロゼッタは……考え中です……(笑)