「わ。なに、珍しい」
私が姿を現すと、貴女は心底驚いたと言う風に目を丸くしました。
自分でも、珍しいことをしているという自覚はありますが。
昼間、貴女を訪ねる、などということは。

「リーは今ちょっと依頼で別行動してるんだよ」
「存じております。ですから姿を現したのですが」
「あ、いちおー嫌われてるって自覚はあるんだ」
「それはまあ」
「きゃはは、まああれだけ毛嫌いしてればわかるかー」
微笑んで返せば、貴女は無邪気に笑って。
「でも、どしたのいきなり。昼間来るなんて、珍しいじゃん。
ボク、キミは夜行性なんだと思ってたよ」
「失敬ですね。時間が空くのが夜が多いというだけの話ですよ。
もっとも、あちらはあまり昼も夜もないのですが」
「そーなんだー。で、なに、時間取れるの?それともすぐ帰っちゃう?」
「それほど急いではおりませんが」
「そっか。じゃ、どっかいこっか」
思わぬことを言われ、思わず言葉を失います。
「…どーかした?」
「…いえ、どこか、とは?」
「んー?別に、どこでもいいけど。キミと外歩くとか、そんなに無いしさ。デートしよ、デート」
デート。
あまりにも耳慣れないその言葉を、口には出さずに反芻して。
「なーにボーっとしてんのさ。そんな目立つカッコしてないでさ、ちょっと着替えようよ。
出来るだけ露出少ないやつでいいからさ」
「……はあ」
「なに、不満?」
口を尖らせる貴女に、また微笑を返して。
「いいえ、仰せのままに」

貴女は、私の衣服や髪をいじるのがことのほか嬉しいようでした。
他人に服を着せられたり弄り回されたりするのは、実を言えば少し遠慮したいところなのですが。
嬉しそうな無邪気な顔を見て、否と言える愚者がいるものでしょうか。
私は襟元の開いた袖の長いシャツと明るい色のパンツを着せられ、髪を編まれて肩から垂らされました。貴女は満足げに頷くと、(考えてみれば私の服もそうですが)どこに持っていたのか自分もいつもと違う服を身に纏い、上機嫌で私の腕に腕を絡めてきます。
「んじゃ、いこっか」
そう言って、屈託の無い笑顔を向けてくる貴女に、私も笑みを返して。
「はい。お付き合いしますよ、姫君」

本音を言うならば、どこに行こうが私にはあまり興味はありませんでした。
ただ、陽の明かりの下で見る、いつもと違う装いの貴女が、いつに無く新鮮で。
夜の薄明かりの下で向けられる扇情的な眼差しや、暗闇の中目を閉じて肌で感じる貴女の姿は、影も形も無く。
それが、少し寂しいような、そんな気もするのですが。
あれを食べよう、あれを見たい、ついてきて、と楽しそうにはしゃぐ貴女の姿は、まるで見かけの年相応の無邪気な少女で。
貴女の新たな一面を見たことが単純に嬉しいのかもしれません。
陽の光はあまり得意ではないのですが、それも気にならないほどに。

「っひゃー、ちょっとくたびれちゃったなあ」
「はしゃぎすぎるからですよ。少しお休みなさい」
「だってめったにないじゃん、キミとデートなんてさあ」
貴女は楽しそうに言って、ベンチで座る私に背を向けて噴水の方へと歩いて行きます。
「腕組んで歩いて、2人でなんか食べながら歩いて、しょーもないもん見て、ご飯食べて、とかさ。
結局最後はベッド行ってえっちするんでしょ?
そんなんおもろいのかなーって思ってたけどさ」
そこで、顔だけを私に向けて、微笑みます。

「…悪くないよね。こーゆーのもさ」

噴水の水にキラキラと反射した陽の光が、貴女の姿を逆光で照らして。
先ほどまで無邪気な顔をしていた貴女が、急に艶めいて見えます。
私がよく知っている、夜だけの貴女の顔に。

「……そうですね。悪くないです」
微笑んで返せば、貴女はまた顔いっぱいに笑みを広げて。
「んじゃ、もうひと回りゴーだね!今日は学びの庭のほうで学生のパフォーマンスがあるんだってさ。いこいこ!」
くるりと私の方に向き直ると、また楽しそうに私の腕を引っ張ります。
やれやれ、元気なことです。私は少し苦笑しました。
と。

「……今日は、夜までいられるんでしょ?」

囁くように訊いてきた貴女の瞳は、先ほどと同じように僅かに妖しく濡れていて。
まぶしい陽の光と、貴女のささやかな瞳の光のギャップに、また私は微笑みます。
「…ええ。どこまでも、お供しますよ。姫君」

再び浮かべた、満面の笑みと。
陽の光に透けて見える、夜だけの貴女の顔と。

…なるほど。
こういうものも、悪くない、ですね。

2006.6.29.KIRIKA