アイツがボクのところに来る、っていうことは。
その先は、口にしなくてもお互いわかってる。
それ以外の目的なんてないし…手を繋いでデートとか、雰囲気のいいレストランで食事とか、そんなのは全くガラじゃない。
その行為それ自体は大好きだし、向こうもそうだろうし、実際テクニックも持久力も最高だし、そのことにはぜんぜん文句なんてない。

でも、あんまりそれがパターン化してきちゃうと、逆らいたくなっちゃうのがフクザツなオトメゴコロってやつで。
来ればヤれるみたいな軽いオンナじゃないのよ、なんて言ってみたくもなるわけじゃん。
それだけのオンナだって思われるのも、何かシャクだし。
だいたい、好きな時に来て好きなだけヤって帰ってくって、なんだそれ。どこの不倫カップルよ。
まぁかといって、他に何がしたいわけでもないし、好きなんだけどさー。だけどさー。うー。

なんつってたら、来た。
いつもの気配。
つーかコイツは、いきなり現れて後ろから脅かすのがシュミなんだろうか。まじで。
そうだと正面切って言われても何の違和感もないところがすごいけど。

「や。久しぶり」
振り返って言えば、いつもの笑みを浮かべて。
「御機嫌よう。息災でしたか?」
「んー、まあぼちぼち」
いつもの会話。
いつものように近づいてきて、いつものように頬に触れる。

「ストップ」

近づいてくる顔を手で遮って、ボクは冷たく告げた。
きょとんとした顔で、首を傾げるキル。
「どうしました?」
「今日はそーゆー気分じゃないの」

会話が止まる。
コイツは自分の感情を全然表情に出さないけど、その無表情がありありと語ってた。
『何言ってんだコイツ』
…うっさいな。自分でも何言ってんだと思うよ。

「なに」
「…いえ、いきなり何を仰るのかと」
「えっちできないなら、帰る?…あ、それとも前みたいにムリヤリかな」
肩を竦めて言ってみれば。
少し間があって、キルはふっと微笑んだ。
「帰りませんよ。後者も惹かれるものがありますが…そうですね」
袖から出した指を、ボクの頬に触れさせて。
「…貴女は、嘘がお上手ではないようですから」
むっ。
「…嘘じゃないよ」
「貴女は、自分で思っているほど、心を隠すのがお上手ではありませんよ」
あくまで余裕の笑みで。す、と頬を滑っていく指。
「何の根拠があって、んなこと言うのさ」
「貴女の、瞳が」
「め?」
オウム返しにすると、キルの瞳が、す、と細くなる。
いつもの微笑とも違う、鋭くて……扇情的な、微笑。
「貴女の瞳が、口で仰っていることと正反対のことを、訴えていますから」
「…正反対、って?」
その視線にもつれそうになる舌を奮い起こして、訊く。
と、その瞳がふっと伏せられて、唇が軽く触れた。
すぐに離して、鼻先が触れ合うくらいの距離で、囁く。

「……私が欲しい、と」

ヤバ、い。
体中の血が、逆流したみたい。かっと熱くなるのが、自分でも解る。
「…なにそれ。自意識カジョー」
掠れた声で、やっとそれだけ言えば。
「そうですか?私はそうは思いませんが」
くすくすと、楽しそうに笑う。
………くっそー……
ボクはキルの髪をひと房引っ張って、睨みあげた。
「んじゃ、そうじゃなかったら、どうすんの」
「そうでなければ、とは?」
「ホントにボクにソノ気がなかったら。ヤれなかったら、帰るの?」
「…………」
キルは無表情のまま、わずかに首をかしげた。
ここは、譲れない。ボクは黙って返事を待つ。
「…貴女は、どうなのです?」
「…え?」
「貴女は、私と肌を合わせなければ、私に価値が無いとお思いですか?」
「んなワケないじゃん。えっちするだけだったら、その辺のやつでじゅうぶ……」
言葉の途中で、絶句する。
キルはにこりと微笑んだ。
「私も同じですよ。精の処理というだけなら、特に貴女に頼らずとも穴にも棒にも不自由はしていません」
不穏なことを、さらりと言って。
薄く目を開いて。また、さっきの煽るような視線で刺してくる。
「…貴女が欲しいから、来るのですよ。それだけではご不満ですか?」
う。
……くそぉ…ダメだ。
「……うー。ゴメン。ヘンなコト考えてたみたい」
目を閉じて降参したボクに、くすくすと笑いを漏らす。
「いえ。普通の女性のようで、新鮮でしたよ」
「ボクだって女の子だもん」
「はいはい、そうですね」
あやすように言って、頬から顎へと指を滑らせる。
「…ところで、そろそろ抑えが利かなくなってきたのですが。触れるお許しが出たということですか、お姫様?」
その瞳を見て、ボクもやっと、キルの言っていたことを理解する。

瞳に湛えられているのは、平静を保っているようで、その実隠しきれていない、熱い熱い欲望。

ボクはにっと笑った。
「…んふふ、だめ。ボクがいっぱい、キミに触れるんだから」
顎にかけられた手を払うように腕を伸ばして、首に絡める。

あとはもう、いつもと同じ。
隠す必要もなくなった欲望を、朝が来るまで確かめ合った。

2006.6.9.KIRIKA