「ねぇ、みけさん」
「なんですか、忙しいんですけど!」
「でもぉ、ほら、誰も私と遊んでくれなくて寂しいんですよ」
「そんなの、あなたが見えないように暗示かけてるからじゃないですか!」
式神と札を作っていたみけの袖を横から引っ張るりりにみけはとりあえず叫んだ。女房の皆様の間でなんといわれているか考えると頭が痛い。

天邪鬼が出るといわれて見に行ったら、どうやらそう言う物ではなかった。その上、逆に取り付かれてというか、ついてきてしまった。
こころを聞き、こころを操る暗示が使えるところまでは知っているが、その他は未知の存在である彼女を、今、どうして良いのか分からないまま、結局家に置いている。
虚空に向かって喋る自分は、周囲から見て果たして大丈夫な陰陽師なのか、心配だ。

「分かりました。じゃあ、あなたは連れてきた妻、ということでみなさんに暗示をかければ」
「止めてください、本当に」
「でも、今流行っているのでしょう、都では」
ほらほら、と出した物語は、今を時めく高貴な男性が、まだ幼い姫を浚って妻として養育するという物語。
「真に受けないでください」
「そうしたら、この家に居やすいですねぇ」
「ちょ……っ」
流石に、血の気が引いたそこへ、1人の女房が声をかけてきた。
「あの、お文が届いておりますけれど……」
「あ、はい。ありがとうございます、そこへ置いておいてください」
そうふすまの向こうへ声をかける。うう、またやってしまった。
「ええと、誰もいない、ですよね?」
「だから、私の姿なんか誰も「見て」いませんよ」
「うるさいですっ」
こそっとふすまを開けての呟きは、ころころと笑いながらの言葉に、つい怒鳴ってしまってから、ため息。やや諦めて、置いてある文箱を開けると、ふうわりと漂う芳しい香り。橘の枝に結ばれている
「誰からですか?」
「え、ああ、……橘の姫君ですね。先日呪われていた」
橘を木を家に擁したその家は、通称で橘さまと呼ばれており、その家の美姫と評判が立った姫君の呪いを解いたことがある。分かりやすい木に結んできた物だと思った。
「……どうしよう、先日祓った物が祓えてなかったとか」
「……そんなに、腕が悪いんですか?」
「……そんなつもりはないですが、無いとは言い切れないですね……相当根深かったし」
彼女に懸想する男が生き霊になって、木にも呪いをかけて一緒になれないなら共に死のうとまで追い詰められていた一件。姫に男性が近づいただけで生き霊が襲ってくるので、本当に質が悪かった。
「で、なんて?和歌ですか?ここの文は回りくどくていけませんね。良く分かりませんよ」
「まぁ、あなたはそうですよね」
和歌など触れる機会もなかったのだろう。
「んー、『あれ以来胸の苦しみが引きません。物煩いも酷くなりました。もう一度来てください』というような主旨ですね」
「……やだもー、恥ずかしがらなくても良いんですよvごまかさないで、はっきり私にも手紙の内容を教えてくださいよぅ」
やけににやにやと、りりは伺うようにみけを覗き込む。
「……新しい呪いか、やっぱり払えてなかったって事でしょうか……。どーしよう、兄上がせっかく紹介してくれた仕事だったのに」
「……みけさん」
がっくりと項垂れると、ぽん、と紅梅色の袖から垣間見える指が自分の肩を叩いた。
「あなたは、多分、色恋に疎いとか、そういう文を書いたことがないとか、風流が分からないとか言われたことはないですか?」
「……関係ないでしょう!」
「いえ、今のは流石に私でも分かります。これは、恋文でしょう」
「え。あー、そういう風にも読めるのかな」
「みけさん、式神作ってましたよね。猫さんに、お兄様のところへ文を出して聞いてみると良いですよ」
「ええ!?」
「例えば、そう言う意味でも意味でなくても、お仕事を持ってきた方に先方の様子を伺うのが、よろしいかと。返事は出しても出さなくてもまずいんでしょうし。本当に悪化していたら、お兄様が大変です」
「そうですね、忠告ありがとうございます。いやー、でも無いと思いますよ」
「……」
からからと笑った彼を、りりは見る。彼の心は読めない。本当はどう思っているのか、嬉しいのか信じていないのか。
心の声を聞くことができたから、その言葉が嘘か誠かすぐに分かったのに、彼の心中だけは様子から察するしかない。それでも。
「……どうしました?」
「いいえ、なんでも」
りりは笑いながら、その文を手に取った。
「見えます。きっと恋煩いです」
「……あなた、物に込められた思念まで……!?」
「そんなこと、できるわけが無いじゃないですか」
「…………嘘つきっ!いい加減出ていけっ!」
「いやでーすv」

そんないつもの……端から見ればただの独り言を繰り返して。

後から、やってきた玖朗がやけにげっそりとしながら、「りりちゃんに」と綺麗な着物を持ってきて、「…………お前こそ、和歌の勉強、もう一回した方が良いよ?一般教養だよ?」と文句を付けに来たという。

相川さんから頂きましたv天探女奇談、りりみけ話です。
みけさんはやっぱり色恋に疎そうで、文の裏とか読めなさそうですよね、という話(笑)平安時代でそれは致命的なんじゃないですかね、と言ったら、だから全然出世できないんですよと言われました(笑)納得(笑) だからお兄様はもてるし出世もできるんですね(笑)