「……チャカ様、今、なんて?」

彼女にしては珍しい問い返し。
そう問われることが分かっていたとでもいうように、彼女の主君は艶然と微笑んだ。

「聞こえなかった?もう一度言うわね」

ゆっくりと。
言い聞かせるように。

今度は聞こえているでしょう、と言外に示すように。

「ミケを、殺してきてちょうだい」

「最近、社交界を賑わしている女性がいる、という話を聞いたことがあるか」

久しぶりに兄弟全員がそろっての食事だった。父は残念ながら、仕事で不在にしていたが。
時折近況を交わす和やかな空気の中で、若干唐突にそんな話を始めたのは、長兄のグレシャム。
「社交界を賑わす女性…ですか?」
きょとんとしているノーラ。
「私、そちら方面にはあまり詳しくなくて…」
困ったように眉を寄せる。まあ、神官職である彼女に社交界の情報はあまり流れてこないだろう。
その言葉には、隣のクローネが続いた。
「あー、もしかして、あれかな?社交界デビューしたての貴族の女の子たちがこぞって心酔しちゃう、外国からのお客様」
「おそらくそれだ」
グレシャムは淡々と言って頷いた。
「故郷ではそれなりの名家であるらしいが、どの国の出身であるかは誰も知らないそうだ。ただ、羽振りがいいのは確からしく、身に着けるものはすべて外国産の質のいいもので、本人が相当な美女であることも手伝って、ちょっとした話題になっている。
その仕立てのいいドレスや宝飾品を、貴族の子女に比較的安価で譲っているのだそうだ。デビューしたてで右も左もわからず、自分に何が似合うのか、何が好きなのかもよくわからない者たちに、彼女の見立てで似合うものを身につけさせ、またそれがよく評判になるのだとか」
「まあ…とても親切な方なのですね」
微笑んで手を合わせるノーラ。
クローネは苦笑した。
「そこまでで終わるならね。彼女にいろいろ見立ててもらって、それが評判になった若い貴族の子たちが、次に見立ててもらうのは服じゃない」
「服じゃない…というと、何を見立ててもらうのです?」
ノーラは不思議そうに首を傾げる。
クローネは、この無垢な女性にどこまで吹き込んでいいものなのかと若干のためらいを見せつつ、続けた。
「音楽、絵画などの美術に始まって、学問、宗教……最終的には、思想だよ」
「思想……」
「最初に服を見立てるのは、単なる入り口でしかない。彼女の見立てるものには、つまり、彼女の言うことに間違いがないと心酔させるためのね。
そうして誘導された、何も知らない若い貴族たちは、彼女の選ぶもの、彼女の言うことには何も間違いがないと思い込む。それがイコール、自分の思想となるのにそう時間はかからない」
「…よくわからないけれど、良いものを選ぶ方のお考えなら、良いものなのでは?」
ノーラの純粋な疑問には、グレシャムが淡々と答えた。
「それが、本当に良いものなのか…誰が判断する?
最初の見立てが、彼らを思想に染めるための囮なのだとしたら…ゆくゆくは、王家の転覆をはかるような思想を、これからの国政を担う貴族たちに植え付けるのが狙いだとしたら?」
「まあ…!」
想像もしていなかった、というように、ノーラは開けた口を手で隠す。
「その方が本当に、そのような恐ろしいことを?」
「さあ、まだ何を考えているのかは、誰にもわかっていないよ?」
飄々とした様子で、クローネが肩を竦めた。
「ただ、短期間であまりに話題になるから、そういう可能性もあるって警戒してる貴族がいる、っていうこと」
「我々は騎士がゆえ、この類の情報が入ってきづらい。逆に言えば、我々の耳に入るということは、相当話が大きくなっている、ということだ」
嘆息して、グレシャム。
「私の耳に入ってきたのは、先日護衛を務めた公爵が、社交界デビューしたばかりの娘がその女性に傾倒している、と愚痴をこぼしたからだ。なんでも、彼女は定期的に、若い貴族たちばかりを集めたサロンを開催していて、彼女の『見立て』に世話になった貴族の子女たちがこぞって参加をするのだとか。
貴族としての務めも果たさず、頻繁に彼女の私邸を訪れては、酒ではないものに酔ったような顔で帰ってくる…と、心を痛めておられる様子だった」
「なるほどねぇ…だけど、それだけなら、社交界デビューしたてのお嬢様が羽目を外しているだけ、とも取れる」
クローネは意味深に言って、グレシャムの方を見た。
「つまり、兄貴が一家団欒の席でわざわざそんな話をし始めたのは、それだけじゃない段階になってきたから、でしょ?」
にまりと口の端を吊り上げる弟に、無表情で頷き返すグレシャム。
「そうだな。今日、その公爵の令嬢が、ついにその女性の私邸に泊まり込んで帰ってこなくなってしまった、という話を聞いた」
「あれまー。穏やかじゃないね」
軽い口調ながらも、かなり真剣な表情で頷くクローネ。
「オーケー。俺の方でも調べてみるよ。っても、その女性のこと詳しく知ってるわけじゃないんだよね。
私邸の場所とかはわかってるんでしょ?名前は?」
「私も正式な名前は知らない。通名…というか、令嬢がそう呼んでいた、というものしか」
ふむ、と、グレシャムは記憶をたどるように視線を滑らせた。
「彼女は着ているドレスに必ず、同じ花の刺繍をあしらうのだそうだ。その花と、彼女の名になぞらえ、心酔者たちは彼女をこう呼ぶらしい」
ゆっくりと、その名を口にする。

「レディ・ホワイトリリィ、と」

ぶう。

今の今まで完全に、遠い世界の大変な出来事、という風情で話を聞いていたミケが、口に含んでいたスープを盛大に吹いた。
「まあミケ、どうしたの?!そんなお行儀の悪いことをして!」
隣にいたノーラが、叱り半分、心配半分の様子でミケの背中をさする。
げほげほ、と苦しそうに咳をして、ミケは涙目でグレシャムとクローネを見上げた。

「すっ……すいません……その人…僕の案件のようです……」

ただごとでない弟の様子に、グレシャムとクローネは思わず顔を見合わせるのだった。

「……なるほど?つまり、ヴィーダ時代にひと悶着もふた悶着もあったその子が、ミケを追いかけてザフィルスにやってきて、国を引っ掻き回そうとしてる、と」
「おっしゃる通りです…」
食事のあと。
グレシャムとクローネは別室で改めてミケの話を聞いていた。
しゅんと肩を落とすミケに、首をひねるクローネ。
「良く知ってるよね、ミケがザフィルスに帰ってきてるなんて」
「…継承祭の日にお会いした時に、故郷に帰るとご挨拶を……」
「……前々から思ってたけど、お前さー……」
「すみません、おっしゃりたいことはよーくわかります。返す言葉もございません」
実際に国の危機を招きかねない事態になっているだけに、申し開きもできずにうなだれるミケ。
クローネの隣で静かに聞いていたグレシャムが、ふとミケに問うた。
「……リリィ、というのは、中央広場で最後に遭遇した、マーメイドの女性のことか?」
「あっ……グレシャム兄上は会ってたんでしたね。そうです。あの人です」
「ホワイトリリィがマーメイドだという話は聞かないが…」
「人間の姿をしているんでしょう。あの時の姿は16歳ほどの少女でしたが、それでは社交界で信用を得ることは難しい…マーメイドという種族も悪目立ちしてしまう。だから、兄上たちと同じくらいの人間の女性に姿を変えているんだと思います。彼女の仲間には、変形術に長けた者がいますから」
「なるほど……とはいえ、本当にそうなのか?お前の話が本当なら、魔族の配下なのだろう?そのような者が、曲がりなりにも貴族の子女から心酔されるほどの信用を得られるものだろうか?」
「ええ、彼女はかつて、リゼスティアルの女王でしたから」
さらりと言ったミケの言葉に絶句するグレシャム。
ミケは確信を持った表情で、続けた。
「王侯貴族としての慣習も振る舞いも、彼女ならば熟知し、そして身についています。彼女の主よりずっと。
そして、僕のいるザフィルスで、わざわざ女王時代の愛称である『ホワイトリリィ』を名乗り、人々を心酔させて闇に落とす、という見知った手口でことを起こす……明らかに、僕に対するアピールでしかない。彼女の仕業です」
ともすれば自意識過剰とも取れるその言葉も、ミケのあまりに真剣なまなざしが説得力を持たせていた。予想ではなく、確信。彼はそういう経験を数えきれないほど経てきたのだろう、と思わせる、そんな表情だった。
「彼女は罠を張り、僕が来るのを待っているのでしょう。クローネ兄上、調査に向かうのであれば僕も同行していいですか」
「や、いいけど……」
クローネは複雑な表情で頭を掻いた。
「行くんだとしたら、彼女の私邸を突き止めて、潜入…っていうことになる、のかな?」
「いや、それはやめた方が良い」
冷静に首を振るグレシャム。
「現段階で、彼女はまだ『何もしていない』。限りなく怪しくはあっても、彼女に思想を吹き込まれたとか、良からぬことをさせられた、という話はまだ上がってない状態だ。その段階で、彼女の私邸に忍び込み、仮に見つかって、不法侵入と言われてしまえば……こちらの分が悪い。我々の立場で不正を声高に叫ばれれば、騎士団全体の威信にもかかわる」
「見つからないように忍び込んで、調べて出てくるのは?」
「……いや、まず難しいでしょうね…」
難しい表情で、ミケ。
「彼女は、魔族によって人間を超える力を与えられています。膨大な魔力と、恐ろしく切れる頭脳とで…屋敷に入った時から、彼女の手の上だと思った方が良いと思います」
「やけに肩入れするね?」
「事実ですから」
さらりと言って、ふむ、と考え込むミケ。
「僕を待っているなら、正面から堂々と殴り込んでも行けそうな気がしますが」
「ちょっとちょっと、物騒な手段はやめてよ?そこには公爵令嬢がいるんだよ?他の貴族の子女も」
「そうでした……面倒ですね」
「面倒とか言わない。お前、魔術師のくせに脳筋だよね」
「うっ……」
「うーん、そうすると、そこにいる貴族の坊ちゃん嬢ちゃんたちは、半ば人質みたいなもんだよね…参ったな」
クローネは困ったように頭を掻いた。
「そうだな…力任せの侵入は逆効果だろう」
同様に、困ったような無表情で、グレシャム。
「それは魔道の力であっても同様だし…もっと言えば、言葉の力であっても同様だ」
「言葉の、力?」
彼の意図することを図りかねて、ミケは首を傾げた。
グレシャムはそちらを見て頷く。
「言葉を弄し、貴族の子女を説得するのは、おそらく無理だろう。彼らは彼女の言葉を信じ切っている…洗脳と同じだ。それを正面から糾弾したところで、彼らをよりかたくなに信じ込ませるだけだろう」
「なるほど……」
神を盲信している信徒にその神は邪神だと告げても、攻撃されるだけだろう。グレシャムの指摘は的を射ているように思えた。
「じゃあ、どうすれば?」
「正面から行くのは賛成だ。ただし、力ずくではなく、相手のやり方に沿って入り、出方を見る。現時点では、これが最も有効な策だろう。あくまで今の目的は、彼女が何をしようとしているのかを知ることなのだから」
「そう……ですね。わかりました」
長兄の言葉に素直に頷き返すミケ。
グレシャムは無表情のまま浅くうなずくと、視線を窓の外にやった。
「では、私は公爵に連絡を取り、令嬢を救うために助力を請おう。ホワイトリリィのサロンは紹介制なのだそうだ。令嬢の友人に、同じようにサロンに通う子女がいないか当たって頂こう」
「さすがですね。お願いします」
ぺこりと頭を下げるミケに、視線を戻してから、今度はクローネを見て。
「クローネは令嬢の友人として紹介してもらい、ザフィルスの高名な魔術師をホワイトリリィに引き合わせたい、という名目で彼女の屋敷に入れるよう取り計らってもらう」
「りょーかい」
「ちょ、待ってください、高名な魔術師って…」
「お前のことだよ?」
「なんで!」
「そういう餌でもなきゃ紹介してもらえなさそうでしょ?社交界デビューしたてでいろいろ吹き込まれて何もかも分かった気になってる、意識高い系の頭でっかちな坊ちゃん嬢ちゃんには、さ」
「兄上…実は結構怒ってますか?」
「怒ってないよー?お前と同じで、面倒だなとは思ってるけど」
「まあ、そう言うのではない」
なだめるように言って、グレシャムは真剣な表情を二人に向けた。
「調べて、何もなければそれでいいのだ。ホワイトリリィの目的がミケならば、ミケが行って話をすれば手を引く可能性もある」
「どうかなー……話だけで終わる気は全くしないんですが」
「そこはまあ、どうにか頑張ってよ」
「軽く言いますね…善処します」
仕方なさそうに息をつくミケ。
その意識はすでに、多くの若い貴族をたぶらかす白百合の女王に向いていた。
おそらく彼女は、ミケが来ることを予想している…というより、待っている。その目的がわからないのはいつものことだが……

…なにか、いつもと違う、嫌な予感がした。
それが何とは、言葉にすることはできなかったが。

「ところで、ミケ」
先ほどまでとは異なる軽い声音で、グレシャムはミケを呼んだ。
「なんですか?」
「貴族の子女の集うサロンに行くのはいいが…お前、貴族のマナーは心得ているか?」
「………えっと」
先ほどとは別の意味で返す言葉を失って沈黙するミケ。
その後ろで、クローネがにこりと微笑んだ。
「んじゃ、兄貴の手配が終わるまで、ミケはダンスとマナーの特訓ね?」
「ちょっ、ダンスもですか?」
「大きめのサロンだとダンスがある場合があるからね。大丈夫だよ、俺女の子のパートもできるから」
「そういう心配はしてません!」
「はい、じゃあさっそく行くよー」
有無を言わせずにミケの手を引いて立ち上がるクローネ。
「ちょっ、グレシャム兄上!」
「クローネ、我が家の家名に恥じない程度には仕上げておくように」
「御心のままに♪」
「あにうえー!!」

ミケの切実な悲鳴は、あっという間に部屋の外へと移動し、やがて聞こえなくなった。

「おーおー、外国のお客様の割にずいぶんと豪華なお屋敷だねえ」

数日後。
クローネと訪れた屋敷は、彼らの実家よりも数段大きな、それこそグレシャムが仲介してくれた公爵の屋敷にも引けを取らないほどの大きな建物だった。
「一体どっから調達したんだか…こりゃー相当の曲者みたいだねえ、そのリリィちゃんとやらは」
ぽすん、と隣のミケの頭を小突くと、ミケは青い顔を逆側に背けた。
「すみません今頭に衝撃与えないでくれますか…詰め込んだものが零れ落ちそうで」
「何言ってんの、お前ほどの頭脳に、覚えきれない物なんかないだろうに」
「魔術を会得するのと、難解な貴族のルールを覚えるのとでは、使う頭が違うんですよ…なんですかあの異世界」
「異世界って」
「何のためにあんな回りくどい言い方するんですか本当に」
「あーお前、素で受け取って令嬢泣かせちゃいそうだもんね、気をつけなよ?コートを預からせてください、は、貴族の令嬢の遠回しな夜のお誘いだからね?」
「マジですか。そんなんもう何も言えないじゃないですか…」
「男から女性に『本気になったあなたを見せて』って言ったら、将来の結婚を見据えての夜のお誘い文句になるからね?軽々しく言ったらダメだぞ?」
「嘘でしょ、まったく意味が分からないんですけど!…というか兄上は何でそんなに夜のお誘い文句ばかり豊富なんですか」
「モテる男はかわしかたも一流じゃないとねー」
「ソウデスカスゴインデスネー」
「まーそれは置いといても、慣れてなきゃそんなもんかもね。人は興味のないものは頭に入ってこないっていうし。そもそもお前脳筋だから、魔法もカラダで覚えるタイプだろうし?」
「兄上が言うと3段階くらいいかがわしいですね」
「突然の風評被害ィ」
軽口を交わしてから、2人は改めて屋敷を見上げた。
白亜の城、とまではいかないが、白を基調とした石造りの堅固な屋敷のようだ。もちろんクローネの言う通り、『外国のお客様』が一朝一夕で造ることが出来るものではないため、ありものを譲られた、というところだろうが。
そしてその前に厳しい表情で立つ二人もまた、白亜の城に似つかわしい礼装を纏っていた。曲がりなりにもサロンに招待されているのだ。クローネは白を基調としたタキシードを、ミケは黒の燕尾服を着て、いつもは緩めにまとめている髪をきちっと編み込んで垂らしている。姿勢よく立つその様子は、それなりの身分のおぼっちゃまに見えた。実際そうなのだが。
ちなみに、さすがに動物連れはまずいだろうということで、ポチは実家でお留守番である。
「よし、じゃあ、行くよ」
「……はい」
表情を引き締め、玄関へと向かう。
ごん、ごん、と重たいノッカーを鳴らせば、しばしの間が空いて、ぎぃ、と重い音を立てて扉が開いた。
「ようこそ、おいでくださいました」
扉を開けたメイドの女性が、恭しく礼をして二人を迎える。
まず声をかけたのは、クローネだった。
「メリーヴェル・フォーゲント伯爵令嬢のご紹介でご招待いただきました、クローネ・デ=ピースと申します。レディ・ホワイトリリィにお取次ぎを」
「伺っております。こちらへ」
メイドの女性は丁寧に礼をして、2人を先導すべく歩き出した。

「こちらでございます」
豪奢な扉が開いた先に広がっていたのは、舞踏会かと見まごうほどの広いホールだった。
高い天井にかけられたシャンデリア。ダンスホールでは楽団の生演奏をバックに、煌びやかなドレスやタキシードを纏った若い男女が数組ダンスに興じている。その向こうは立食パーティーのようになっているようで、いくつかのテーブルでシェフが料理の腕を振るい、人々が楽し気に会話に興じながら舌鼓を打っていた。
ホールの奥に階段があり、両側から続くその先にはステンドグラスの大窓とひときわ豪奢なシャンデリアが見えて、特別なフロアがあることを想像させた。
「ご案内いたします」
メイドはさらに一礼して、ダンスホールを避けるように歩き始めた。それに続くように、二人も足を踏み入れる。
「これは……想像以上だねぇ。まるで王宮の舞踏会だ」
少し呆れたような声音で、クローネ。
それはこのような豪奢なサロンを開催することに対して、というより、短期間でここまでの規模のサロンを開催できるほどの力をつけたことに対して、ということであろうが、ミケもそれに同意する。
「ずいぶんとまあ…張り切ってますね…」
「ねえミケ…お前何したの…?」
「僕に訊かないでくれます?」
乾いた声で乾いたやり取りをしながら、ミケとクローネはホールを進んでいく。ダンスフロアを避けて、ビュッフェのエリアを抜け、階段を上って上のフロアへと足を進めていき、やがて。
「クローネ・デ=ピース様をお連れいたしました」
階段を上りきったところでメイドが恭しく礼をすると、フロアの奥から高く澄んだ声が響いた。

「お通ししてください」

その声音で、完全に理解する。
もちろん、解ってはいたことだけれど。改めて腑に落ちたような感覚。
そこにいるのは、間違いなく『彼女』である、という。

ゆっくりと足を踏み出すと、奥のカウチに数人が集まっているのが見えた。カウチに悠然と座っているのは、ひときわ目を引く白いドレスの女性。
年は、ミケの言っていた通り、クローネと同年代ほどに見えた。長い亜麻色の髪はごく一部を結い上げたほかは綺麗に垂らされていて、白百合の刺繍が施されたドレスと共にふわりとカウチに広がっている。
そしてそれを取り囲むように、同じような豪奢なドレスを着た令嬢がカウチの傍に座り、タキシードを着た若い男性は彼女にかしずくようにカウチの後ろに陣取っていた。
階段の終わりで礼をしたまま控えているメイドの横をすり抜け、クローネがそちらへ歩いていくと、彼女は鷹揚に微笑んで立ち上がった。
「ようこそ、いらっしゃいました」
にこりと綺麗に微笑んで、丁寧に礼をする。その口調も所作も完璧なまでに美しく、敵であることが解っていても思わず見惚れそうになった。
その正面で、クローネもまた完璧な礼をして見せた。首を垂れたまま、女主人に挨拶を述べる。
「突然のご連絡にもかかわらず、快くお招きいただき、恐悦至極に存じます。クローネ・デ=ピースと申します」
ミケもそれに倣い、礼をしたまま目を伏せた。メインの客が挨拶をしている間は、おとなしく控えていなければならないらしい。貴族の面倒なルールには閉口するが、とにかく様子を見て状況を把握したい現状では悪くないルールだった。
クローネの礼を受けた彼女は、綺麗に微笑んで礼を返す。
「こちらこそ、おいでくださってありがとうございます。リーリア・ホワイトブロムと申します。どうぞ、他の皆様のようにホワイトリリィとお呼びくださいませ」
(リーリア・ホワイトブロム……)
当然だが偽名を名乗っている。人間に身をやつしているのだからリゼスティアルの名は出せないようだ。
ホワイトリリィはクローネの後ろに控えるミケには目もくれない様子で、礼を解いて姿勢を正したクローネに微笑みかけた。
「フォーゲント伯爵令嬢のご紹介だそうですね」
「メリーヴェル様の?」
その言葉に反応したのは、カウチで彼女の傍に座っていた若い令嬢だった。
顔だけを彼女に向け、微笑みを返すホワイトリリィ。
「ええ。素敵な方をご紹介くださるというから、とても楽しみにしていましたの」
「まあ…!あとでわたくしも、メリーヴェル様にお礼を言わなくてはなりませんわね」
嬉しそうに顔をほころばせる令嬢。あれがくだんの、グレシャムに愚痴をこぼした公爵の娘だろうか。自分の友が、ホワイトリリィを喜ばせたということを純粋に喜んでいるようで。
紅潮した頬と陶酔した瞳。それは、『彼女』が彼女の主君に向けるまなざしによく似ていて、謎の苛立ちを感じる。
「それで…ご紹介くださるのは?」
ホワイトリリィに水を向けられ、クローネはようやくミケを振り返った。今まで二人を遮る位置に立っていたところを、一歩下がって直接対面させる。
「こちらです、ホワイトリリィ。我が弟にして、ザフィルスが誇る稀代の魔術師。ミーケン・デ=ピースでございます」
(盛りすぎですって……)
内心でツッコミをいれつつ、ミケは再び丁寧に礼をした。兄に叩き込まれた礼儀作法が役に立っている。
「…ミーケン・デ=ピースと申します。魔術師という職業柄、皆様のマナーには不慣れゆえ、ご無礼がありましても何卒ご容赦いただければ」
「ご丁寧にありがとうございます。どうかお顔をお上げになって?」
ホワイトリリィの言葉に顔を上げるミケ。
いつものような、からかうような微笑みではない。気品と礼節を兼ね備え、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた「外国のお客様」を完璧に演じている。
「今日は、高名な魔術師様のお話を聞けると伺って、とても楽しみにしておりましたの。どうぞ、あまり畏まらずに楽になさってくださいな」
ホワイトリリィはそう言って、彼女のカウチの正面にあるソファを指し示した。
「どうぞ、おかけになって。お飲み物は何になさいますか?お紅茶か……シャンパンもございますわ」
「あの、お気遣いなく……」
「ミケ、ここでご馳走にならないのは失礼にあたるよ」
クローネがそばから優しく咎め、ホワイトリリィに微笑みかけた。
「では、紅茶を。貴女がお勧めのものがあれば」
「かしこまりました。ちょうど、故郷から取り寄せた茶葉がありますの。とても香りがよくて、皆様にお勧めしておりますのよ」
ホワイトリリィは気分を害した様子もなくそう言うと、メイドを呼び寄せて茶の準備を命じた。
「さ、どうぞ」
手で示され、ソファに座るクローネとミケ。
ここからが本番だ。

「…本当だ、いい香りですね」
給仕された紅茶の香りに、クローネは感心したようにホワイトリリィの方を見た。
「故郷の…とおっしゃっていましたが、どちらの?」
「オルミナです。小さな国ですが…」
「オルミナですか。確かに面積は大きくはありませんが、軍事・貿易共に大国にも引けを取らない。私も何度か行ったことがありますよ。水が美しい、整然とした街並みが印象的でした」
「そう言っていただけて光栄ですわ」
(オルミナ出身…という設定、なんですね)
リゼスティアル出身と言えばどうしてもマーメイドであることを示してしまう。ザフィルスほど大きくなく、また距離的にも離れていて様子が掴みにくい国であれば、身分を偽るのはもってこいと言える。
ホワイトリリィはさらに続けた。
「父が貿易商をしている関係で、わたくしも小規模ではございますが、オルミナ産の質の良いものを皆様にお届けする事業をしておりますの」
「その関係で、ザフィルスに?」
「ええ。幸運なことに子爵様のパーティーにお招きいただいた際に、わたくしのお持ちしたものに興味を持ってくださる方がいらっしゃって。その後もお声がけを多くいただいたものですから、しばらくザフィルスに滞在することにいたしましたの。
皆様、とても良くしてくださって。ありがたく思っておりますわ」
「そんな!わたくしたちこそ、レディ・ホワイトリリィにご紹介いただいたものでとても豊かに過ごせておりますもの!お世話になっているのはこちらの方ですわ!」
先ほどの公爵令嬢が大仰にかぶりを振って言い募る。身分のこともあり、彼女はホワイトリリィにとってかなりの「支援者」であることが伺えた。
ホワイトリリィはそちらに丁寧に礼を言ってから、ミケの方を向いた。
「わたくしのことはよろしいでしょう。本日は魔術師様のお話をお伺いしたいわ」
にこり、と微笑んで。
「ミケ様、とお呼びしても?」
「えっ」
唐突に愛称を呼ばれ、きょとんとするミケ。
「ふふ。先ほどクローネ様がそうお呼びになっていらしたから。お可愛らしい、と思いましたの。いけませんかしら?」
「……いえ、家族は皆そう呼んでおりますので。どうぞご随意に」
「ありがとうございます、ミケ様」
ホワイトリリィは嬉しそうに手を合わせて、ミケの話をせがむように身を乗り出した。
「ミケ様はザフィルスきっての魔術師であるとお伺いしましたわ。魔術は長く勉強されていらっしゃいますの?」
「そうですね…子供の頃から。母の魔術書を読んだりしていました。騎士の家系ですから、そういう方面は独学に頼るしかなく…」
「そういえば、クローネ様は騎士団でいらっしゃるのでしたわね。さらに上のお兄様も」
「…よくご存じですね」
「ふふ、ここにいらっしゃる皆様のお噂で。騎士団にとても見目麗しい騎士の御兄弟がいるというのは、よく伺っておりましたわ」
(それってクローネ兄上だけを餌にしても来れたっていうことなんじゃ…)
じろり、とクローネを見るが、彼は素知らぬ顔でホワイトリリィの話を促した。
「高貴な方々のお眼鏡にかなうとは光栄至極です。ミケはそういうわけで魔術を志し、我が家では十分な教育が出来なかったものですから、早くから家を出て師に教えを仰いだのですよ」
(物は言いようですね…)
実際は父を殴り倒し家出して魔術の師匠の元に転がり込んだ、のだが。
クローネはさらに続けた。
「そこから魔術を身に着け、冒険者として長く活動しておりました。様々な依頼を受け、時に魔族と対峙することもあったとか」
「っ……」
人の良い笑顔で真っ向から切り込んでいくクローネにぎょっとするミケ。
だが、ホワイトリリィは少し青ざめた顔で恐ろし気に口元を覆った。
「まあ…魔族ですか?恐ろしい……」
知っている二人だからこそ白々しく聞こえるその言葉も、その前提が無ければ未知の魔の恐怖に怯える令嬢に見えるだろう。
事実、ホワイトリリィの周りにいる子女たちも同じような表情で話を聞いている。
ミケは表情を引き締め、クローネの切り込みに乗ることにした。
「ええ……手ごわい相手でした。いくら魔力が強いとはいえ、人の身では魔族には傷ひとつつけることはできないでしょう。私も、逃げたり注意を他に向けてやり過ごすのが精一杯でした」
「そうなのですね…恐ろしい……」
「とはいえ、皆様方に危害が及ぶようなことはまずないでしょう。魔族がこの世界に現れることはそれこそ稀で、直接手を下すことはまずありません」
「では、魔族はどうやって悪事を働くというのです?」
なおも青ざめた顔で、ホワイトリリィが言う。
ミケは真剣な表情で、それに答えた。
「その力に囚われた人間をしもべとし、力を与えて命令をするのです」
「そんな…魔族に与する人間がいるというのですか…?」
「ええ。大きな力は人を恐れさせ、そしてまた魅了もします。私が多く関わったのも、そうした力に魅了され、心までも魔に落とされた少女でした」
ホワイトリリィがつけた「怖れ」という仮面を射抜くように、その瞳をまっすぐに見返して。
「彼女はかつて、ある王国の女王でした。若くして母を亡くし、若い身空で国の重責を一身に背負って、それでも懸命に頑張ってきた……しかし、彼女の臣下は、彼女の国を襲う魔物に、女王である彼女を売り渡したのです」
「………」
ホワイトリリィの傍にいる令嬢たちが、ひどい…と小さく漏らす。
ミケは続けた。
「彼女は魔物に売り渡され、ここではとても言葉に出来ないような酷い目に遭いました。そこを救ったのが、その魔族であったようです」
「魔族が……人を?」
ゆっくりと問うホワイトリリィ。
ミケはそれに呼応するように、ゆっくりと頷き返した。
「ええ。そして魔族は、絶望に沈んだ彼女をしもべとして引き入れました。おかしな話ですね。彼女の国に魔物をけしかけたのは、他でもないその魔族であったというのに」
「………」
凄惨な話に、ホワイトリリィの周りにいる子女たちが青ざめて感想を言い合う中、ミケとホワイトリリィはただまっすぐに見つめ合っていた。
お互いのどんな一言一句、一挙手一投足も逃さない、というように。
が、やがて。
「お可哀想なお話ですね……」
ホワイトリリィは悲しげに眉を顰め、首を傾げた。
「その…女王であられた女性は、ひとというものに絶望してしまったのですね。だから、闇に囚われてしまった…」
「ええ。ひとは時に魔族よりよほど残酷で、無慈悲になれる。運が悪かった…という言葉で片付けてはいけないのでしょうが…」
「ですが……もしかしたらその女性は、女王でいた頃よりも幸せでいらっしゃるのかもしれないですわ」
「……というと?」
唐突に方向を変えた話に、ミケのみならず、クローネも子女たちも興味深げにホワイトリリィの方を見た。
「誤解なさらないでくださいましね。その方が臣下に裏切られたこと、そのものはとても悲しい出来事であったと思いますの。
ですが、その出来事によりその方は、その方の命を、人生を、女王という重責ではなく、己のために…己の愛しい人のために使うことが出来るようになった、とも言えるのではないでしょうか」
にこり、と綺麗に微笑んで。
「ひとは誰しも、責を抱えて生きていかなければならない…ここにいらっしゃるような、ノブレス・オブリージュの中で生きていらっしゃる方々でしたらなおさらですわ。ましてや女王などと、わたくしなどには想像もつかないほどの重責であったことでしょう」
傍らにいる貴族の子女たちを、いたわるように見つめて、続ける。
「ですが、ひとは本来、自由であるべきなのです。学びたいことも、愛する人も、欲しいものも…すべて諦めて、責務を全うするだけの人形となる…そのようなこと、お可哀想でなりません。
これからは、王族も貴族も変わっていかねばならない…ひと本来のありかたに立ち返るべきであると…わたくしは思いますの。人の尊厳を無視して責務に縛られることなど無くなるように…ここにいらっしゃる方々が未来を紡いでいくことが出来るよう、わたくしもできる限りのお手伝いをさせていただきたいと考えておりますわ」
「素晴らしいですわ、ホワイトリリィ…!わたくしたちの力で、未来を変えていきますわ…!」
公爵令嬢が感極まったように賛美し、周りの子女たちもそれに同調するように賛美の言葉を贈る。
ミケが語っていた凄惨な話が、いつの間にかホワイトリリィの政治信条にすり替えられていた。
「………」
ミケは無言でクローネに視線を送り、クローネもそれを受けて頷きを返す。
つまりは、魔族に操られて悪事を働いていようと、「責務に縛られず己のやりたいことをやる」ことが正義だと言っているのだ。このような考え方が国の中枢である貴族に広まれば、国家として成り立たなくなってしまう。
事態は、思っていたよりも深刻になっているようだった。
周りの子女たちから一通りの賛美を受けた後、ホワイトリリィは再びミケに向き直った。
「そのような者たちと戦ってきたミケ様は、さぞかしお強くていらっしゃるのでしょうね…ザフィルスが誇る魔術師というのもうなずけますわ。まだ冒険者としてご活動を?」
「えっ……あ、いえ、今はザフィルスの魔術師ギルドで主に活動を…」
「魔術師としての力をつけたミケを、国外に置いておくことが適切ではない、と、国が判断したのですよ」
クローネが少し誇らしげに言い、にこりとホワイトリリィに微笑みかける。
「ですから、フェアルーフを拠点としていたミケに無理を言って、ザフィルスに帰ってきてもらったのです。いずれは我々騎士団と同様、貴族の皆様方とかかわることもありましょう。まだまだ皆様のマナーは不得手ではございますが、最初にホワイトリリィとお目通りできたのは幸運でございました」
「まあ、ではミケ様は、こういった場は初めてでいらっしゃるのですね」
くすり、と微笑んで、ホワイトリリィは再びミケの方を向いた。
「ダンスのご経験は?」
「……ここに来ることになり、付け焼刃ですが」
「まあ、正直でいらっしゃること。今後は、見栄でもダンスは得意ですとおっしゃるべきですわ」
くすくすと可笑しそうに笑い、ダンスホールの方に視線をやる。
「ちょうどダンスもできますし……よろしければ、練習なさっては?わたくしでよろしければ、お付き合いいたしますわ?」
「えっ」
そんな方面から話が振ってくるとは思わなかったミケは、虚を突かれて言葉が出ない。
すると、傍らにいた公爵令嬢が、楽しそうに手を合わせた。
「まあ、羨ましいですわ、魔術師様。レディ・ホワイトリリィはとてもダンスがお上手でいらっしゃるのよ。是非お相手なさってくださいな」
「えぇ……」
困ったようにクローネを見ると、クローネはあきらめろとばかりに苦笑して首を振る。
はぁ、と嘆息し、ミケはソファから立ち上がった。
「では……レディ・ホワイトリリィ。ファーストダンスをお願いしても?」
ホワイトリリィに手を差し出すと、彼女は嬉しそうに微笑んでその手を取った。
「ええ、喜んで」

「とても初めてとは思えませんわ。お上手でいらっしゃいますよ」
「…そうですか?お相手が良いのだと思いますよ」
「ご謙遜なさって」
くすくすと笑いながら、ワルツの音楽に合わせて優雅にステップを踏んでいく。
そのステップに合わせて足を動かしながら、ミケは謙遜でも何でもなく、事実彼女のダンスの手腕によるものだと思っていた。クローネと踊っていた時には、もちろん彼が無理に女性パートを踊っていたからだとは思うが、やはりやりづらく、何度か足を踏んでしまっていたから。
それが、彼女と踊っていると驚くほどスムーズに足が動き、そして息が合っていることを感じる。本来ダンスは男性がリードするものだが、それと気づかれずに彼女がリードしているのだろう。
彼女の白いドレスは、床に着くすれすれのかなり裾の長いものであったが、それを踏む気配もない。ザフィルスの貴族令嬢が身につけているような、スカートがふわりと広がるタイプのものではなく、エンパイアラインといったか、胸元から切り返しがあり、スカートがすとんと落ちるようなデザインのものになっている。成人女性に姿を変えていても、いろいろな意味で控えめで華奢な彼女の体型によく似合っていると言えた。
ターンをするとふわりと広がる裾には、白百合の繊細な刺繍が施されている。
ターンから戻り、再びミケに身を寄せたホワイトリリィは、視線を合わせて軽く微笑んだ。
ダンスを踊るのだから、当然かなり体を密着させることになる。自分より背の高いクローネと練習をしていた時は、正直言ってかなり居心地の悪さを感じていたが、ホワイトリリィは成人女性であるとはいえ、自分よりも背も体も一回り小さい。腕の中にぴったりと収まるサイズ感が、クローネとは異なるステップの踏みやすさを生んでいるのだろうか、と思う。多少不本意ではあるが、心地よいと感じることは確かだった。
「……貿易商人のご令嬢にしては、マナーもダンスもお上手ですね」
彼女の「設定」に合わせて、ちくりと言ってみる。
ホワイトリリィはにこりと微笑んだ。
「商家ではございますが、父はその功績を認められて爵位を賜っております。幼いころからパーティーに招かれることも多く、一通りのことは教えられましたわ」
「そうなんですか…」
案の定さらりとかわされ、口をつぐむ。
今のところ、彼女の掌の上であることは否めない。何か、それ以上のものが得られないか、と思考を巡らせる。
こんなにも密着しているのに、彼女の目的も思考も、何一つわからない。
ただ。
「……彼女は、本当に幸せだと思いますか」
ダンスを続けながら、低く問う。
ホワイトリリィはそちらに視線をやり、それから横に逸らした。
「彼女とは…先ほどのお話の、女王であらせられた方のことですか?」
「…そうです」
ミケも同じように、逆側に視線を逸らしながら、続ける。
「彼女は…女王でいたころよりも幸せであると、あなたは思いますか」
「さあ…何を幸せと感じるかは、ご本人にしかわかりえないものですわ」
「僕は、あなたの意見を聞いています」
取り繕った遠回しな口調も捨て、逸らしていた視線を戻すと、彼女も同様に視線を合わせた。
「あなたが…彼女だったら。今、幸せだと思いますか」
沈黙が落ちる。
なおもワルツは続き、緊迫したやり取りとは無関係に二人のステップも続く。
ややあって、ホワイトリリィはおもむろに口を開いた。
「そうですね…わたくしが彼女であったならば」
考えの読めない、はしばみ色の瞳。
「……幸せなのだと思いますわ。責務から解き放たれ、その方は魔族の元を逃げ出すことも、その力を捨て命を絶つことも自由ですもの。それでもなお、魔族の元にとどまっているのならば…それが、その方の幸せであるという他はございませんわ。たとえ、誰にも理解されなかったとしても」
「……そう、ですか」
「ただ……」
苦い顔をするミケに、うっすらと笑みをたたえて、続ける。
「ひとは…変わるものですわ。彼女の臣下が、彼女を見捨てて魔物に売ったように。その方にとって、救ってくださった魔族が絶対の存在だったとしても…変わらないものなどございません。
新たな手が差し伸べられたのなら…それを取るか取らないかは、彼女次第である、と…そう、思います」
「っ、それはどういう……」
ミケが問い返す前に、ホワイトリリィは体を離し、深々と礼をする。
いつの間にかワルツが終わっていたことに気づいたのは一瞬後だった。
「ダンスのお相手、ありがとうございました。楽しい時間でございました」
にこり。
丁寧な礼から顔を上げて、綺麗な笑みを浮かべるホワイトリリィ。
「……っ」
その笑みに、無性に苛ついた。
偽りの名、偽りの姿、偽りの経歴。偽りの信条を語り、偽りの考えを述べる。
綺麗に整えられていても、本当の顔も、本当の想いも何一つ見せず、からかうように煙に巻いて。
彼の国で、彼にかかわる人たちを巻き込み、彼を呼び出すようなことをしておいて、未だに何一つ真実を見せないなど。

「…いい加減にしませんか」

その綺麗な顔を睨みつけ、絞り出すように告げる。
「化かし合いも腹の探り合いももうたくさんです。何が目的ですか。はっきり言ったらどうですか」
突如妙なことを言い出した魔術師の客人に、周りで踊っていた子女たちもざわざわとざわめきだす。
だが。
「そう…ですわね」
ホワイトリリィは、今まで見せたどの笑みよりも嬉しそうに笑って見せた。
すい、と、右手の人差し指を、まっすぐに魔術師に向けて。

「そろそろ、始めましょう。貴方とわたくしの……終わりを!」

その指先が、何かを描くように滑らかに動いた。
「…魔術文字!」
ミケが呟くと同時に、彼女が描いた文字が空中で光を放つ。

「落・睡・呪!」

ばつん。

唐突に、そんな音が響いたような気がした。
同時に、何の前触れもなく、シャンデリアの照明が消える。
「?!」
それに戸惑う間もなく。

どさ。どさどさっ。

あたりから何かが倒れるような音がして、ぎょっとしてそちらを向くと。
先ほどまでダンスを踊っていた貴族の子女。生演奏を披露していた楽団。ビュッフェで腕を振るっていたシェフ。食事に興じていた者たち。
そのすべてが、まるで糸が切れた人形のように、次々と床に倒れ伏していた。
「なっ……?!」
あまりのことに言葉を失うミケ。
すると、上のフロアからクローネの声がした。
「どうしたんだ、ミケ?!」
「兄上!」
おそらく上のフロアにいた者たちも同様に倒れていったのだろう。こちら側の様子を見降ろしたクローネが、唖然とした様子で声を漏らした。
「…っ、な、んだ、これ…っ」
「あら。お兄様はお飲みにならなかったのですね?」
楽しそうに言ったのは、フロアの中央に立っていた、ホワイトリリィ……いや。
先ほど証明が落ちた時だろうか。何かの術を使ったその瞬間に、彼女の真っ白いドレスは、外から漏れる光でも明らかにわかるほどに、黒いドレスに変貌していた。
白百合の刺繍は、濃い紫色の百合……黒百合に。
「飲む……って、まさか」
彼女の言葉にピンときたミケが呟くと、嬉しそうにそちらを見やって。
「皆様、喜んで飲んでくださいましたのよ。わたくしの故郷の、とても香りのいいお紅茶」
「やっぱり、か……」
歯噛みして、クローネ。
あらかじめ、彼女の屋敷で勧められたものは何一つ口にしない、と、ミケに言い含められていたのだが、まさかその予測通りの事態が、しかもこんな形で起きるとは。
「彼らは……」
「ご安心くださいな。眠っているだけですわ」
にこり。
黒い装束に身を包んだホワイトリリィが、先ほどまでと変わらない様子で微笑む。
「とても……いい夢を見ていらっしゃるかもしれませんわね。例えば……そう、勇者になって、魔女を倒しに行く夢…ですとか」
「なっ……」
その言葉が示すのは明らかだった。

かつて、彼女が、自らの血族の末裔に対してかけた、決して目覚めぬ呪い。
そこから救い出すために心の中の世界に入ると、そこには世界を支配せんとたくらむ魔女と、それを打ち倒すべく立ち上がった勇者がいた。

「呪いを…かけたというんですか?!この人たち全員に!」
「なっ……」
ミケの言葉にぎょっとするクローネ。
ホワイトリリィはにこりと微笑み返した。
「皆様に、良い夢を見せて差し上げているのですわ。もうずっと目覚めたくないと思うほどの……とても、良い夢を」
「なぜ……そんなことを」
「あら」
くす。
白い指先で口元を覆い、楽し気に鼻を鳴らす。
「お分かりになっていらっしゃるのかと思っておりましたわ。だから、ここにいらしたのでしょう?」
「まさか…本当に、僕を呼ぶために、こんなことを?!」
理解できない、というように、ミケ。
ホワイトリリィはそれすらも楽しむように、ころころと笑った。
「ええ、おっしゃる通りですわ。思いのほかお越しが早くて驚きました。おかげで、思うより早く事を運ぶことが出来ます」
「なぜ!」
ミケはなおも、理解できない、というようにかぶりを振った。
「僕一人が目的なら、僕のところに直接来ればいいでしょう!なぜこんな、多くの人を巻き込むようなことを!」
「簡単ですわ。ここまでお膳立てしなければ……」
す、と。
ホワイトリリィは再びミケを指さし、ゆっくりと告げた。

「貴方は、わたくしを殺す気で挑んでは来ないでしょう?」

「……………は?」

今度こそ。
完全に理解不能な様子で、息を漏らすミケ。
ホワイトリリィは彼を指さしたまま、続けた。
「わたくしの呪いを解呪するには、二通りの方法がございます。ひとつは、かつて貴方がリゼスティアルの皇女を救ったように、心の中に入り、呪いの中心となる存在を撃破すること」
「……」
確かに、それは方法のひとつで、実績もある。
しかし、この人数の一人一人にそんなことをしていたら、とてもではないが終わりそうにない。全員終わる前にミケが消耗しすぎてしまうだろう。
「そして、もう一つが」
にこり、と笑みを深めて。
「呪いをかけた術者の命を絶つことですわ」
「っ……」
言葉を詰まらせるミケ。
ホワイトリリィは、彼を指さしたその指先を、再び空中に滑らせた。
「わたくしを殺さなければ、この方たちは永遠に眠り続けたままでしてよ。
選択肢は、一つですわ」
魔術文字が完成し、ふわりと彼女のドレスがなびく。
「お待ちしておりますわね。珠・動」
ふ、と。
黒いドレスが跡形もなく消え、フロアに静寂が戻る。
「ミケ!」
そこに、上のフロアから降りてきたクローネが駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「……ええ、大丈夫です、僕は」
思うより冷静にそう言って、あたりを見まわすミケ。
そこには、ホールにいた多くの人々が、横たわり昏睡している光景が広がっていた。
「…僕のせい、ですね」
「何言ってんの、お前のせいじゃないでしょ」
「…でも」
「落ち着け、ミケ!」
ぺし。
ミケの両の頬を軽く叩いて、クローネは正面からミケの瞳を覗き込んだ。
「何だかよくわからないけど、彼女は……ミケに殺す気でかかってほしくて、こんなめんどくさいことを始めたんだよね?」
「……はい」
「それは彼女の仕業であって、原因は彼女でしかない。お前は関係ない。わかる?」
「…ええ、頭では」
ぐっと目を閉じて、そして開いて。
「…大丈夫です。やるべきことは一つです。彼女を…止めます」
どこか心あらずなその様子を、心配そうに見やるクローネ。
ミケは何かを振り切るようにかぶりを振ると、その目をまっすぐに見返した。
「…行ってきます。この方たちの呪いは、必ず解いて見せますから。兄上は、この方たちをお願いします」
「お願いったって、この人数なぁ……了解」
弟の無茶な頼みを苦笑して聞き入れ、クローネは弟の背中をトンと押した。
「頑張ってきなよ。待ってるからね、お前が帰ってくるのを」
「……はい」
「…死ぬなよ?」
「…善処します」
死地に赴くような面構えの弟に冗談めかして声をかけるが、彼にとっては全くもって冗談ではなさそうで。
クローネは複雑な表情で、廊下に消えていく弟の背中を見送った。

「…とはいえ、どこに行ったのか…お待ちしていますというなら、場所ぐらい言っていけばいいものを…!」
ミケは苛々した様子で、ひとけのない廊下を駆け回っていた。時折、執事やメイドの服を着た人々が廊下の端に倒れているのが見える。おそらくは彼らも同様に、ホワイトリリィに茶を勧められ、呪いの対象になったのだろう。
ミケはそちらを痛ましげに見やってから、再び足を進めた。
「……ん、あれは」
廊下の突き当り。
豪奢な屋敷にはあまり似つかわしくない、一輪挿しが飾られている。挿してある花は大輪の白百合ではなく…濃い紫色の小ぶりな花。
「黒百合……」
その花には、彼女の魔力の残滓があった。
芳醇な香りが漂う白百合とは違い、黒百合は悪臭ともいえるきつい匂いがする。ふわり、と鼻をかすめる香りに振り向くと、階段の踊り場にも同じ一輪挿しがあった。
「……っ…」
あからさまな招きに眉をひそめながらも、ミケはそちらに向かって駆けだす。
踊り場にたどり着くと、今度は2階から。2階にたどり着けば、出窓の隅に。柱の傍らの置物の傍に。
黒百合の不快な匂いと、彼女の魔力の残滓をたどって、屋敷中を駆け回る。体力のないミケにとっては決してたやすいことではなかったが、彼は休むことなく黒百合の花を追い続けた。
やがて、最上階となる4階まで登り詰め、大きな窓が並ぶ廊下にたどり着く。
すべて開け放たれた窓の向こう、屋上ともいえる見晴らしのいいテラスに、黒いドレスの影が見えた。
「いた……!」
息を切らしながら駆け込むと、暮れかけた空を見上げていた彼女がゆっくりと振り返った。
「やっと……見つけました……!」
息も絶え絶えに言ってから、ミケは大きく深呼吸して息を整えた。
ホワイトリリィは楽しそうにそちらを見やってから、何故か懐かし気な表情であたりを見回す。
「似ていると思いませんか…?この場所」
「…似ている?」
きょとんとするミケに、にこりと笑みを向けて。
「わたくしたちが、初めて戦った場所に、ですわ」
「っ……」
彼らが初めて戦った場所は、彼女と初めて出会った場所…ゴールドバーグ邸の広いテラスだった。確かに…この場所はよく似ていた。
しかし、彼女がそんな感慨を持つことが意外で、眉を顰める。
「本当に…どうしたっていうんですか?僕を呼ぶためにこんな大掛かりなことをするのも…僕に殺す気でかかって来いというのも、本当に理解できません」
理解できない、というのは、彼の信条として、ということではない。
いつもの彼女の様子からは考えにくい、むしろあり得ない行為だから。
彼女はいつだって、好きな時に彼の元を訪れ、好きなように彼をからかって、そして好きなだけ彼を叩きのめしていく。
少なくとも彼を呼び寄せるために、こんな時間も金も労力もかかることをするとは考えられなかった。
そして、圧倒的な魔力を持って彼を叩きのめす彼女が、彼に殺す気でかかってきてほしい、と言うのも。何もかもがありえないとしか言いようがない。
「…何が、あったんですか」
つまりは、彼と同じように。彼女もまた、普通の彼女ではない……様子がおかしい、のだ。
落ち着いた声音のミケの問いかけに、ホワイトリリィはうっすらと微笑んだ。
「聞いてくださいましな。わたくしの主が……こんなことをお命じになったのです」
「……チャカさんが?」
これまた唐突な話に、首をひねるミケ。
だが、次の言葉で、彼はすべてを理解した。

「ミケを、殺してきてちょうだい、って」

ぞくり。
これまで彼女と対峙したどの時にも感じたことのない悪寒が背中を走っていく。
先ほどまで全く感じなかった喉の渇きが、ミケの喉から言葉を奪っていくようだった。
「……っ、僕、を……殺せ……チャカさん、が?」
その言葉だけで。
彼女が……本気で彼を殺そうとしているということが、理解できたから。

これまで、彼女は本気で彼を殺そうとはしていなかった。むしろ殺してしまってはこれ以上このおもちゃで遊べないから、と思っていることもわかっていた。
圧倒的な力の差を前にミケが命を落とさなかったのも、むしろ自分から挑むような真似をして返り討ちに遭えていたのも、すべてその前提があったから。無意識に、彼女が自分を殺さないという前提の上に成り立っていたのだと、今更ながらに思い知る。
だが。
彼女の主が殺せと命じれば……彼女はためらいなく、自分を殺すだろう。
それだけ、彼女にとっての主は絶対であることもまた、ミケにはわかっていた。

「ですから、貴方には本気になっていただきたかったのです」
薄い笑みを浮かべたまま、ホワイトリリィは言葉を続けた。
「わたくしが本気で貴方を殺すのですから……貴方にもまた、わたくしを殺す気で向かってきていただきたかった。
打ち負かしたい、膝をつかせたい……そんな生ぬるい思いでなく、殺したいほど、殺さなければならないほどの必死さで…向かってきていただきたかったのですわ」
「……なる、ほど」
はは、と乾いた笑いが漏れる。

彼女の様子をおかしくさせるのも、彼女の気を変えるのも。
結局のところは、彼女にとっての唯一無二である、主だけなのだ。

「わかり、ました」
ざっ。
表情を引き締め、身構えるミケ。
「ファイアーボール!」
呪文と共に、彼の背丈を超えるほどの巨大な火球が生み出される。
そして、間髪入れずに。
「風よ、炎を纏いて魔性の黒百合を燃やし尽くせ!」
生み出された風のうねりが、火球の炎を纏ってホワイトリリィへと向かっていく。
彼女は慌てることなく、指先で魔術文字を描いた。
「解・呪・放・析」
彼女が得意とする術…すべての魔法に正反対の力をぶつけて中和させ、無効とする…ディスペルマジックだ。
その術は当然、彼女自身にかけられた変化の術をも中和していく。
「僕に殺したいほどの本気でかかって来いと言うのなら……あなたこそ、そのお綺麗な仮面を剝がしなさい」
巨大な火球が彼女を包み込み、それを打ち消されて散っていくさまが、まるで彼女の纏った黒いドレスを剥がしていくように見えた。

「偽りの姿で、偽りの名で、本気だとでも言うつもりですか!
僕を殺す気で来ると言うなら、本気になったあなたを見せなさい!」

ぶわ。
ホワイトリリィを包み込んだ炎の最後の欠片が散らされる。
そこには、桜色の装束を身に纏った、年端も行かぬ人魚の少女の姿があった。
「ふふ。それでこそミケさんですね」
いつもの表情で、いつもの口調で。

「さあ……始めましょう!」

その声音は、先ほどまでの落ち着いた、だがどこか生気を失ったような声とは打って変わり、楽しげにあたりに響き渡った。

ずん。
上階から響く振動に、倒れた面々を介抱していたクローネはぎょっとして天井を見た。
「おいおい……ずいぶん派手にやってるね……」
その後も、時折起きる揺れと、遠くから響く爆発音に戦々恐々とする。
「…ていうか…ミケが戦ってるところに遭遇するのはパパヤ・ビーチ以来か…知らない間に、ずいぶん力をつけたもんだね……」
苦笑気味に呟いて、最後の被害者をソファに横たえる。
「さて、と……」
一息ついてから、クローネは厳しい表情で入り口へと駆け出した。
「兄貴に連絡して…騎士団の派遣も視野に入れないとね。…もしミケがやられた時のために」

考えたくない可能性も考えなければならない。
国に仕えるとは、そういうことだった。

「招・雷・轟」
「風よ、いかづちを穏やかなる大地へと返せ!」
リリィが呼んだ雷を、ミケの風魔法が吹き散らす。
「静かなる大地にたたえしいかづちよ、我が呼び声に応え、赤き稲妻となれ!」
ごっ。
吹き散らされた雷が、続けて放った炎の魔法と融合していく。
「レッド・ブラスト!」
「氷・獣・檄」
ばきん。
鈍い音がして、氷の塊と炎の雷が正面からぶつかり合う。
「……っく」
その勢いに押されてたたらを踏んだが、どうにか踏みとどまって再び対峙する。
あの時はなすすべのなかった彼女の強大な魔法が、今は利用して反撃できるまでになったことに、ミケは素直に驚嘆した。
(全然成長していないと思ってましたが……意外と使えるものですね)
「麗・火」
「ファイアーボール!」
2人が同時に放った火の魔法が、空中でぶつかり合って派手な爆発音を立てる。
「風よ、猛き火に盾突く牙となれ!」
ごう。
散った炎を巻き込んで、風の獣が炎を食らいつくすように突撃していく。
そのまま、リリィを飲み込もうととびかかったところに、彼女の魔術文字が描かれた。
「散・華」
ぐわ。
おそらくディスペルマジックは間に合わなかったのだろう。展開された水の膜は、炎の獣と化した風の魔法によって蒸発し、炎の牙の一部がその衣と髪を焼いた。
「っ、はは……!」
彼女に魔法を当てることが出来た喜びに、歓喜の表情を浮かべるミケ。
とはいえ、彼自身も爆発を完璧に防ぎきれたわけではなく。よろりとおぼつかない足元は、爆発で散った無数の欠片が刺さり、痛々しげに血を流していた。
続けて、リリィが魔術文字を描く。
「流・檄・麗・河」
ざっ。
空中に空いた大きな穴から、水が濁流となって押し寄せる。
「くっ……風よ、水の流れをかわす堤となれ!」
水の流れを割るように風を展開させるミケ。水はそれに逆らわず、彼を包むように向きを変えた。
だが。
「結!」
ぱきぱきぱきぱきっ。
リリィがもう一文字描くと、流れていた水流が彼女を中心に瞬く間に凍り付いていく。
「なっ?!」
腿から下が氷漬けになったミケが、さすがに絶句して身じろぎすると。
「氷・斧・檄」
魔術文字と共に、リリィが高く掲げた手の上に、みるみるうちに巨大な氷の斧が形を成していった。
「滅!」
魔術文字と共に、勢いよく振り下ろされる斧。
ミケは身動きが取れないまま、それでも不自然な大勢で術を展開させた。
「風よ…っ、すべてを防ぐ盾を!」
がきっ。
リリィが振り下ろした氷の斧と、ミケが生み出した風の盾が正面からぶつかり合う。
「っ………」
「く……っ」
ぎりぎりという音を立てて、斧と盾が互いを削り合っていく。それは物理的なものではなく、それに纏わせた魔力同士の激しい鍔迫り合いだった。
お互いに一進一退を繰り返し、一歩も引かない。
が、やがて。
ばきん。
大きな音を立てて、鍔迫り合いの中心から力が放出されるような爆発が起こった。
「きゃあっ!」
「うぁっ!」
氷の斧自体が爆発して砕け散り、その衝撃でミケの足元の氷も粉々に飛び散った。
無論、その向こうにいた二人の体も、ものすごい衝撃に吹き飛ばされる。
どさ。どさ。
まだ氷の散るテラスに叩きつけられ、それでもどうにかフラフラと立ち上がると。
「……なかなか、やりますねぇ…ふふ、ミケさんがここまで力をつけてるなんて、正直、意外でした」
リリィも同じように、満身創痍の様相で立っている。
髪も服も焦げ、飛び散った氷につけられた無数の傷が、今までに見たこともないほどの血を流していた。
「…ははっ…!」
同じように満身創痍のミケが、可笑しそうに笑う。
「本気で命の危機に陥ると、人はそれまでにない力を発揮すると言いますけど…こんな力のつけ方は、もう勘弁してほしいですね…」
「まあ。それじゃあ私が、ミケさんを強くしちゃったんですねえ」
冗談めかしてリリィが言うと、ミケはふっと笑みを緩めた。
「傷ひとつつけられなかったあなたに、これだけのダメージを与えられたなら、何だかもうそれで満足な気がしますが」
「冗談でしょう?」
すい。
リリィは笑顔で、再び魔術文字を描き始めた。
「もっと、見せてください…本気の、あなたを!」
ふわり。
描かれた魔術文字が光を放ち、力を持つ。
「麗・火」
「風よ、炎を纏いて荒れ狂う竜となれ!」

ごう。
再び、テラスが爆発と衝撃に包まれた。

それから、いくつもの魔法の花が咲き、いくつもの魔力がぶつかり合い。
戦いが始まった時には茜色だった空に、煌々と月が上ったころ。

どさり。

はあ、はあ。
空中から叩きつけられたミケが、よろよろと立ち上がる。
もはや満身創痍どころではない。立っているのがやっと、という様子で。

とさ。

しかし、その正面に降り立ったリリィも、堪えきれないようにがくりと膝をついた。
ぼさぼさに散った髪は、血糊でべっとりと濡れている。
はあっ。
肩で息をしながらどうにか立ち上がり、苦しげな微笑みをミケに向けて。
「なかなか……しぶといですね」
「そちらこそ…っ」
あと一撃。
あと一撃ダメージを食らえば、命はないだろう。どちらも、そう感じていた。
ふ。
僅かに口の端を歪め、リリィはミケを指さした。
「残りのありったけの力で、来てください。私も、持てるだけの力で、あなたを殺します」
「……望む、ところです」
ひゅっ。
苦しげに肺が鳴った。

本当に望むところなのか。そんな疑問が意識の端をかすめたが、すぐに霧散する。

すい。
彼女が描く魔術文字が、スローモーションのように見えて。
自分の中を巡る魔力も、妙にゆっくりと、細胞の一つ一つを湧き立たせるように流れていくのを感じた。

「風、よ」

研ぎ澄まされた魔力が、風となって集い、凝縮して、大きな武器を形作る。
視覚も、聴覚も、触覚も。神経のすべてが、その大きな槍だけを感じていた。

「光の槍となり、哀れな黒百合の魔女を貫け!」

ふっ。

音が消えた。いや、その時には消えていた。
風の槍が光を放ちながら、彼女の描いた魔術文字ごと、その向こうに吸い込まれていく。

「……?!」

その光景に、最も驚いたのは、当のミケだっただろう。

彼女の術は力を持つことなく槍に貫かれ、そしてそのまま、風の槍は彼女の胸を貫いて抜けていった。

どさり。

乾いた音がして、そこから急激に音が戻ってくる。
風の音。
彼女が生み出した氷が溶ける音。
風の残滓がたわむれに撫でた、瓦礫の欠片。

その中心に、彼女は倒れていた。
その胸から、おびただしい量の血を流して。

「なっ……」

ふらり。
ミケはおぼつかない足取りを引きずって、彼女の元に駆け寄り。
そして、怒りの形相で声を上げる。

「なぜ、打たなかったんですか……!!」

ミケの魔法が放たれたその時。
構成途中のリリィの術は、明らかにその途中で力を失った。
そして、霧散した魔術文字を貫いた槍は、その向こうにいる彼女も貫いていった。

がくり。
彼女の傍らに膝をつき、細い肩を抱き上げる。
「何のつもりですか!途中で魔法を、止めるなんて…!魔力が尽きたわけではないのはわかっています、なぜ!」
「……ふふ」
まだ僅かに息がある様子で、リリィは楽しそうに笑って見せた。
「…なんで、でしょうねぇ…」
「いい加減にしなさい!手を抜いたあなたに勝ったところで、何も嬉しくなんかない!
言ったでしょう、本気のあなたを見せなさい、と!僕はこんなもの、認めない!」
「ミケさん、らしいですねぇ……でも」
自分を抱き上げたその手に、弱々しく自分の手を重ねて。
リリィはどこか満足げに、ミケの顔を見上げていた。
「あなたは、勝った……んだと、思います……よ?」
「は?何を……」
「変わらない、ものなど、ない……」
その瞳は、ミケを見ているようでいて。
もう何も見ていないようでもあった。
「差し出された…手を、取るか、どうかは……」
「リリィさん?」
その言葉が、最後まで続くことはなく。

ぱたり。

重ねられた手は、力を失って地面に落ちた。

「リリィさん?……リリィさん!」
がくがくと揺さぶるも、その体に力が戻ることはない。
ミケは茫然と、その小さな体を見下ろした。

と。

「……お疲れ様でございました」

後ろから声がして、ゆっくりと振り向く。
月明かりに照らされて立っていたのは、彼を最初に出迎えたメイドだった。
そういえば、先ほど倒れていた面々の中にはいなかった、と、ぼんやり思う。
「……チャカさん、ですか」
なんとなく、言葉が口から滑り落ちた。

にぃ。

メイドの唇が妖艶な弧を描き、一瞬後に、ぱきん、と指の鳴る音がする。
ふわ。
長い黒髪が風に揺れ、メイドだったその姿は、一瞬にして艶然とした女性に変化した。
特に驚きも感慨もなく、その姿を見つめるミケ。
チャカ、と呼ばれた女性は、ゆっくりと歩いてきた。横たわるリリィを抱き上げて跪く、ミケの元に。
「こういう結末になったのね」
「……なぜ」
「なぜ?なぜアタシが、ここにいるのか?」
「いえ」
ミケは静かに、腕の中にいる少女の主に問うた。
「なぜ、リリィさんに、僕を殺せと命じたんですか」
にっ。
再び楽しそうに微笑むチャカ。
「そうね…しいて言うなら、見てみたかったから」
「見て…みたかった?」
「ええ。ミケを殺してとお願いしたら、このコがどうなるのか……見てみたかったから」
「……っ」
ぎっ、と。
ミケの瞳に初めて、殺意をはらんだ怒りが灯る。
「あなたは、また……っ、そうやって、人を弄んで……!」
「そうね」
ミケの言葉を真っ向から肯定して、チャカは再び艶やかに微笑んだ。
「でも、弄ばれることを選んだのは、リリィよ」
「…っ、は?」
意味が解らず、眉を寄せる。
にこり。
チャカは笑みを深めて、言葉を続けた。
「教えてあげましょうか。アタシの『お願い』に、リリィが何て答えたか」

「……チャカ様、今、なんて?」
「聞こえなかった?もう一度言うわね」

ゆっくりと、言い聞かせるように、チャカはリリィに告げた。

「ミケを、殺してきてちょうだい」

落ちる沈黙。
リリィはしばし呆然と主人を見上げ、そしてたっぷりの沈黙の後に、苦笑した。

「…チャカ様にも、そう見えますか」
「ええ。実際はどうなの?」
「さぁ……自分のことは、自分が一番よくわからないものですよ」

肩を竦めて。首をかしげる。

「ミケさんに向けるこの気持ちが、愛玩なのか、執着なのか、所有欲なのか、……愛なのか。
私にも、よくわからないんですよねぇ」
「そうなのね。それで、どうするの?」
「どうする、って?」
「ミケを殺してくる?それとも、やめる?」
「まさか」

朗らかにそう言ってから、リリィは嬉しそうな笑みをチャカに向けた。

「私も、見てみたいです。ミケさんを殺そうとしたら、私がどうなっちゃうのか」

「……な……え?」
チャカが語った話に、ミケは絶句した。
チャカはくすくすと可笑しそうに笑い、続ける。
「リリィはアタシのお願いを聞いてくれる可愛いコだけどね。それ以前に、リリィという一つの個なのよ。
アタシの『お願い』を聞くか聞かないかは、リリィの自由なの」
彼女の『お願い』は絶対だと思っていたミケは、そうではなかったことに愕然とする。
そして。
「リリィも、アタシと同じ。ミケを本気で殺そうとしたら、自分がどうなるのか…むしろアタシよりずっと、それを見てみたかったのよ」
「嘘……でしょう」
グラグラと揺れる頭を抱えて、ミケは呻いた。
「そんな……じゃあ、直前で魔法をキャンセルしたのも」
「ええ、このコの意思でしょうね」
ゆっくりと頷くチャカ。
「最後の最後で、このコは、アナタを殺せなかった。このコが抱えていた気持ちが、愛玩なのか、執着なのか、所有欲なのか……愛なのか。最後にそれを理解したからこそ、リリィは魔法を放棄したのよ」
「………」
ミケは再び、呆然とリリィを見下ろした。
もう開くことのない瞳。血にまみれたその相貌は、どこか穏やかな笑みを浮かべているように見える。
最期に彼女が理解した感情が何だったのか、もう問いただすことはできない。
怒りなのか、悲しみなのか。寂しさなのか、戸惑いなのか。
己の中にある感情を理解できぬまま、ミケはただその相貌を見下ろしていた。

「さて」
浮遊していたミケの意識を引き戻すように、場違いなまでに明るい声で、チャカはミケに笑みを向けた。
「見事ライバルに勝利したミケに、アタシからご褒美を上げるわ」
「…ご褒美……?」
眉を寄せて問い返す。
チャカはにこりと笑みを深めた。
「アタシがリリィに与えた、力。このコの時を止め、このコに人を超える力をもたらした力は、まだこのコの中にあるわ」
とす。
しゃがみ込んで、リリィの胸に人差し指を当てて。
ミケと同じ目線の高さで、告げる。
「この力なら。失ってしまったこのコの命を、引き戻すことが出来るかもしれないわ」
「っ、本当ですか」
「ええ。代わりに、このコの時を止める力も、人を超える魔力も無くなってしまうけれど」
「…それ、は……」
ミケは逡巡して言いよどんだ。

100年以上も時を止める力。人を超える魔力をもたらす力。そして…無くした命を引き戻す力。
どう考えても、普通の力ではない。魔に属する、明らかに良くない力だ。
それを使うことで、彼女に、そして己に、どんな影響があるかもわからない。

……だが。

ミケは生気の戻った瞳で、睨むようにチャカの顔を見据えた。
にこり。
チャカはこの上なく楽しそうに微笑んで、ミケに告げた。

「とっても楽しかったわ。だから……これからも、楽しませてね?」

「………で、何でこの子がここにいるのかな?」

数日後。
実家から少し離れた市街地にある、ミケの住むアパートを訪れたクローネは、たっぷりと呆れを含んだ口調で言って、ミケの隣でニコニコと茶を飲む少女を指さした。
ミケは肩を落として、困ったように首をひねる。
「はあ……なんというか…成り行きで?」
「成り行きって、お前ね…」
「そうですよミケさん、もうちょっとロマンチックな言い方はできないんですか?」
さらに呆れるクローネに便乗するようにして、少女…リリィは咎めるようにミケに言った。

亜麻色の髪から覗く桃色の鰭。膝まであった髪は背中ほどまで短くなり、後ろで緩く編まれている。白いエンパイアドレスでも、桜色の異国の装束でもない……あえて言えば、藍色の魔術師装束のようなデザインのワンピースを着て、当たり前のようにミケの隣に腰かけていた。

「事後処理は兄上に任せてしまいましたけど…大丈夫でしたか?」
リリィの言葉を無視してクローネに問うミケ。
クローネは軽い調子で手を振った。
「ぜんぜん平気ー。あのあとすぐに、全員が目を覚ましたしね。後遺症もないみたい。呪いっていうから、心配しちゃったけど」

「そうですねえ、皆さんただ眠ってるだけでしたから」

リリィが軽い調子で言った言葉に、2人は一瞬沈黙して。
「「……はあ?」」
口を揃えて、ものすごい形相をリリィに向ける。
「えーだって、あれだけの人に呪いかけるのすごく大変じゃないですか。リゼスティアルの皇女に呪いをかけるのだって、ロキ様に触媒をいただいてやっとなんですよ?何の恨みも執着もない、しかもあんなに大量の人に呪いかけるのなんて無理に決まってます」
しれっと言うリリィに、慌てて腰を浮かすミケ。
「そんな、だってあなたあの時」
「私は、呪いをかけた、なんて、一言も言ってませんよ?」
にこり。
綺麗に微笑んでそう言われ、彼女とのやり取りを思い出す。

『とても……いい夢を見ていらっしゃるかもしれませんわね。例えば……そう、勇者になって、魔女を倒しに行く夢…ですとか』

『呪いを…かけたというんですか?!この人たち全員に!』

『皆様に、良い夢を見せて差し上げているのですわ。もうずっと目覚めたくないと思うほどの……とても、良い夢を』

「ホントだ言ってない!」
愕然とするミケ。
リリィはなおもニコニコ笑いながら、続けた。
「皆さんにお勧めした茶葉は、カーリィさまがアルヴさんに卸している、とってもよく眠れるお茶なんです。だから、眠りの魔法であっという間ですよ」
「だ、騙された……」
がっくりとテーブルに突っ伏すミケを、やはり呆れたように見下ろすクローネ。
「ま、謎の麗人・ホワイトリリィは、屋敷を襲った魔物に命を奪われた、っていうことになったしね。あのテラスの崩壊具合で、みんな納得してくれたよ」
「まぁ、ありがとうございます。後腐れなく処理してくださって」
手を合わせて礼を言うリリィを、半眼で見やって。
「別に君のためにやったわけじゃないんだけどね?もう勘弁してよね、ミケを誘い出すために、国を巻き込むのはさ」
「ええ、もう私にそんな力はありませんから」
さらりと言ったリリィに、クローネは首を傾げた。
「…どういうこと?」
「私、一度ミケさんに殺されたんです。それで、生き返らせるために、チャカ様が私に下さった、人を超える力を使ったんですよ」
「……マジで?」
「マジです」
「ミケ、お前さー……」
「いいじゃないですか。魔族の枷を取り外して、人を超える力も持たない。普通のひとになったんですから」
憮然と言うミケに、またニコニコと微笑むリリィ。
「そうなんです、普通の女の子に戻ったんですよ!風魔法レベル50の化け物なんて相手にしたら一瞬で消し炭です!」
「嫌味ですかそれ!というか、僕も聞きたかったんですよ、何であなたここにいるんです!」
お前が追い出さないからだろ、とつっこみたいところを黙って見守るクローネ。
ミケはさらにまくしたてるように続けた。
「チャカさんからも解放されて、自由になったんですから、どこへでも行けばいいじゃないですか!なんで僕のところに来るんですか!」
すると、リリィは不満げに口をとがらせる。
「えー、ミケさんがプロポーズしてくださったんじゃないですか」
「ぷっ……」
明後日の方から降ってきた反論に言葉を詰まらせるミケ。
クローネはさすがに眉をひそめた。
「…お前、あの状況の中で何してくれてるの?」
「待ってください、プロポーズなんてしてませんよ!何なんですか一体!」
「ひどいミケさんっ、純情な乙女心を弄んだんですね!」
「純情な乙女に謝ってください!ていうか本当にそんなこと言ってませんよ?!なんですか、この世とあの世の境目で何か変なものでも見てきたんですか?!」
「いやですねぇ、言ってくれたじゃないですか」
リリィは満面の笑みを浮かべて、人差し指を口元にあてた。

「本気になったあなたを見せろ、って」

『男から女性に「本気になったあなたを見せて」って言ったら、将来の結婚を見据えての夜のお誘い文句になるからね?軽々しく言ったらダメだぞ?』

『僕を殺す気で来ると言うなら、本気になったあなたを見せなさい!』

『言ったでしょう、本気のあなたを見せなさい、と!僕はこんなもの、認めない!』

「ホントだ言ってる?!」
「ミケ……前々から思ってたけど、お前さー……」
「すみません、おっしゃりたいことはよーくわかります。それ以上は言わないでください後生ですから」
「あんなに情熱的なプロポーズしてくださるなんて、きゃっ、リリィ照れちゃう」
「だからプロポーズじゃないっつってんでしょうがー!!」
「ひどいミケさんっ、純情な乙女心を弄んだんですね!」
「だから純情な乙女に謝れと何度も!!」

そのままぎゃーぎゃーと言い合いを始めた二人を、苦笑しながら見やるクローネ。

「やれやれ……こりゃあ、勝ったのか負けたのかわからないねぇ」

この気持ちが、愛玩なのか、執着なのか、所有欲なのか……愛なのか。

その答えは、風の槍に貫かれた、小さな黒百合だけが、知っている。

“The last trap from Princess Black Lily” 2022.10.5.Nagi Kirikawa

ま……間にあった…?w 相川さんのお誕生日にお贈りいたしました。
たぶんトラアゲで怪獣のバラードを書いていたころには、リリミケの終わりがあるならこんな感じかなあ、と、うすらぼんやり考えておりました。
モチーフは、サクラ大戦歌謡ショウ「紅蜥蜴」です。明智小次郎と紅蜥蜴の宿命のライバルが戦い、最後に3,2,1で撃ち合いましょうと決闘を持ちかける紅蜥蜴。しかし1を数えて明智が撃った先には、上に向かって銃を向ける紅蜥蜴の姿。胸を打たれて倒れる紅蜥蜴に、なぜ打たなかったと詰め寄る明智。あなたを愛してしまったから、と答える紅蜥蜴。そして胸を撃たれてふらふらになりながら7分間の絶唱(笑)そんな名シーンになぞらえてクライマックスを考えてました。
本当に、冒頭にチャカが「ミケを殺してきて」と頼むシーンと、このクライマックスシーンだけめちゃめちゃ頭にあって、その間を埋めるのが大変でしたw紅蜥蜴の話自体はあんまり覚えていないので()紅蜥蜴のさらにモデルとなった、本家「黒蜥蜴」のあらすじを調べました。美しい貴族の少女を狙ってかどわかす怪盗黒蜥蜴。良いですねえこんな感じで話を進めていきましょう、という感じで作っていきました。終わってよかった…w
クローネさんはある程度書いたことがあるので(口調を確認はしましたがw)ちょっと出番多めになっていただきました。大変助かりましたw グレシャム兄上も書けば書くほどちょっと好きになってきたw むしろノーラちゃんが困ったなあ。またたくさん書いてくださいよ(無茶ぶり)
まあこんな感じで、魔力も長寿も失ったリリィがミケさんのところに転がり込んで、この先は普通に成長し、老いていきます。人を超える魔力はなくなったけれども、普通に人並みの魔力はあるので、ここから修行してミケさんのパートナーとなり、名を馳せていく…というところまで妄想した。ごちそうさまでした。
相川さん、お誕生日おめでとうございます。私なりのリリミケのラストを、どうか楽しんでください。