「姫、助けに来ました!」
「ミケ、さん……?」
ごつごつした岩でできた城の中。その一室の扉を開けてきた侍従長に、そっと姫は顔を上げた。
「……帰っちゃったって、聞きましたけど。……そう、違ったのね」
彼の腕には、未だに鉄枷がはまっている。風の魔法で引きちぎって来たのだろう。……そうとう暴れたと見えて、血が滲んでいる。他にも……服も裂け、あちこちに深い傷ができているところを見ると……。彼は無理矢理侵入してきたのだろう、それも、一人で。
「遅くなって……ごめんなさい……」
「……」
帰ろう、と伸ばした手を悲しげに見つめて、リリィは小さく呟いた。
「どこへ?」
「え」
「どこへ、帰るって言うんです!私は生け贄なんですよ!?ここから逃げたら……国が。それに、……みんな、みんなみんなみんな!私を……捨てたんですよ?私は……いくところなんて!」
悲鳴じみていく叫びを上げる彼女を肩を掴んで叫び返す。
「良いから!良いから、逃げましょう……?僕と一緒に。リゼスティアルじゃないところへ。……手っ取り早く、地上へ。こんな国、知りません!一人で、国を背負って頑張っていたあなたを切り捨てるような国なんて」
「何故……一緒になんて。私は必要のない姫なんですよ。……誰からも必要とされていないのに」
「僕には、あなたが必要ですから。だって……あなたを」
「私は!もう、綺麗じゃないんですよ?汚されて、全部滅茶苦茶にされて!そんな風に、言って貰える価値も、なくなってしまったんですよ?」
怯えたような顔で手を振りはらって……後ずさりしていくリリィをミケは捕まえる。そうして、無理矢理抱きしめた。
「好き、です。誰よりも何よりも。いつでも頑張ってきたあなたを知っている。その綺麗な誇り高い心も知っている。お願いですから、逃げてください」
その腕の中で、徐々に少女の身体が震えて……けれど、縋り付きもせずに立ちつくしたその少女を、誰よりも愛しいと思った。

「逃げましょう!」
「はい……でも、ミケさん。どうやってここまで。水は?」
「あ、ええと……リュウアン風の服を着た女性が、魔法をかけてくれて。海の中でも呼吸ができるようにしてくれたんです。それに今、この城の中だけ、水がないんですよ。水の中に出てしまえば、あの魔物はあなたに追いつけないでしょう」
「うんっ」
「……逃ゲル気カ」
ぞっとする声。2人は慌てて振り返る。
「調教ガ足ラナカッタカ……」
「……姫、窓からは」
「開いても水がないから、出たら大怪我しますね」
そうだ。そんな側面もあった。
「引きつけますから、先に行ってください」
「……ちゃんと、追いかけてくる?」
「頑張ります」
自信があるわけではない。けれど。
「……分かったわ」
「風よ、彼の元に加護を」
水の中を行くには必要のない……けれど空気のある場所でなら意味のある魔法をかけて。
「行きなさい!」
叫びと共に放った魔法が、魔物を一瞬縫い止める。その隙を突いてリリィは出口に向かって駆け出した。



「はぁはぁはぁはぁ」
「あら、こんにちはお姫様」
「あなたは……」
ミケはリュウアン風の服の女に魔法をかけてもらったと言った。それが彼女なのだろうか。
「首尾良く、本当に逃がしてきたのね……」
「はい。ミケがお世話になりました……」
「ふふ、いいのよ。アタシは可愛いカップルの味方だから。きゃははは」
どこかその笑いは怖かったが、リリィは頭を下げる。
「あら、逃げないの?」
「……ええ。彼を……待ちます」
「ふぅん」
空気と水の境で。祈るようにして彼を待つ。時折揺れる壁が、未だ上で戦っているのだと……教えてくれた。
「…………」
「遅いわね。あなたも、見てみる?」
ゆっくりと取り出した水晶玉を……2人で覗き込む。


「か、は……」
「……人間ガ……1人デ水ノ底マデヤッテキテ……奴隷ヲ逃ガスナドト」
「はは、まぁ、無謀ですよねぇ」
やはり1人では荷が重い。あの魔女の力を借りられれば倒せたかも知れないが……彼女は空気で城を包む以上はできないと言った。
だから、国を守って彼女を助けるにはここで。……1人で倒さなければならないのだ。
「炎よ……我が敵を焼け!」
もう何度目かの炎の魔法。半分くらいは焼け落ちているはずなのに、どうして倒れないのだろう。
「死ヌガイイ!」
押し寄せて来る触手に絡め取られて。首を締め上げられた。……ふっと意識が遠のく……。
(駄目だ!まだ、……死ぬわけにはいかない!)


「いやああああああ!」
悲鳴が上がる。そうして立ち上がったリリィを魔女は捕まえる。
「どこへ行くの?あなたが行っても何もできないわよ?……可哀想だけど……あの子はもう駄目ね。さ、あなただけでも逃げなさいな。彼が、命を賭けて、あなたを逃がしてくれたんだもの……」
「嫌です!……っく、私に……力があれば!」
力があれば。
あの魔物にさらわれたりしなかった。
宰相などに政治を任せずにすんだ。
……彼が命を賭けて助けに来なくても済んだ。
そして、彼を……最後まで自分を惜しんでくれた彼を助けることができたのに。せめて、何かできればよかったのに。
「……ふふ、じゃあ、アタシが力をあげるわ……」
「え」
「アタシが、あなたに力をあげる。さ、いらっしゃい」
迷う余地は無かった。
これ以上は……彼が、死んでしまう。
リリィは頷くと、魔女の元に歩み寄った……。


「目を、目を開けて!」
全身が冷たい。
指の先からもう、感覚がない。
「お願い!一緒に、逃げようって、言ったでしょう!」
「……ああ」
どうにか重くなる瞼をあげて、そっと見上げる。青い血と、肉片を身体につけて自分に魔法をかけるリリィを。
「……魔物、は……」
「私が、倒しました!魔女に力をもらって!だからもう、大丈夫だから」
「……うわ、かっこ悪……」
「そんなの気にしている場合ですか!?ほら、しっかりして」
魔法の光がその手から溢れてきているのに……不思議なことにそれが届いている感じがしない。
「……ね、もう、いいですよ?」
「え」
「もう、いいんです。駄目そう」
「馬鹿なことを言わないでください。……だって、魔女から力をもらったんですから。あなたを助けたいって、もらった力なんですから」
静かに笑って何かを言おうとした口から、血が溢れた。自分でもリリィでも分かるような……吐いてはいけない量が。
「行ってください、我が姫君。それで、幸せになって?それだけ力があれば、きっとあの人たちなんか」
いなくても、やっていける、と。
もっと、喋れると思っていた。けれど、ふつりと全身が言うことを聞かなくなって。
意識が暗転した。
「ミケ?ねぇ、ミケ?やめて、嘘だって言ってよ、ねぇ」
揺すった手にべったりと、生暖かい血が付いた。床にも溜まった血の量が、もう彼が口を開けないことを理解させるには十分で。けれど、信じたくなかった。
「……ほら、行きましょう?この子の最後の願いを無駄にしちゃ駄目よ。あの人たちなんか……簡単にやっつけられる、復讐できるわ」
「……はい。でも、彼を……葬らないと」
魚に食わせるようなことはしたくなかった。この手で手厚く弔ってやりたかった。
「そうしたいのも山々なんだけど、アタシもそろそろ魔力が限界なのよ。アタシはマーメイドじゃないから帰る分の魔力も温存しないと。死んじゃうわ」
「……そう、ですね……申し訳ありません」
「それじゃ、一旦、帰りましょう」
「はい」
そうして、2人は魔法で転移していった。……空気のある近場……リゼスティアルへと。


「……全く、叔母様も人使いが荒い」
闇に紛れるように立っていたそれよりも幼い感じの少年が、静かにミケに歩み寄る。
「なかなかやりますね。大分回復魔法をかけてしまいましたよ、あんなクズに」
見るのも汚らわしいと言わんばかりに炎の魔法で残った肉片を灰にする。
「本当に叔母様は見る目があるというか。あのお姫様の魔法遮断しないと回復されていましたよ?この人間も余計なことも口走りかけるし。まぁ」
くすくすと指先まで隠れた袖で口元を隠しながら……笑う。
「大変、面白い余興でしたよ。愛?恋?ふふ、叔母様ではないですが、楽しませてもらいました……これから始まる本題の前座には」
そうして、おや?と首を傾げる。
「身体に時空に乱れが。……どこかから時を超えて流されて来たか……」
少し少年は考える。
「ふふ、魔法で意識を遮断しただけですから、まだ間に合いますね。治して元の時空に戻して差し上げますから、感謝なさい。ついでに頭もいじっておきましょう」
時空の流れは未来へと。
ならばいつか出会うかも知れない。
「それもまた、楽しいですね」
召還の逆で、流れに乗せて送還する。……運が良ければ、元の時空に流れ着くだろう。

「さてと。私も行きましょうか」



そして、流れは史実通りに。
「あーもー、過去まで戻って浚われたあなたを助けて、こんな歴史の流れ、断ち切ってやりたいのにっ!」
「……きゃはははは、もー、ミケさんってばー」
そうして、リリィは優しげに愛しげに、そしてどこか悲しげな笑みを浮かべて。
「あなたがいてもいなくても……歴史は変わりません。きっと今につながってしまいますよ。ふふ、まずは、あの魔物を実際に倒した私を倒してからにしてください」
そのときの笑顔はいつもの物だった。
「う。言われなくても」
「まぁ、言いましたね」
すい、と距離を取って魔術文字を書き始めたリリィにミケは驚く。いつも喧嘩を仕掛けるのは自分なのに。

「それでもその手で運命を変えられると思い上がっているのなら、いつでもかかっておいでなさいな」

そうして、あのときの続きを。……幼い世間知らずたちが望んだ幸せな未来を、紡げるものなら。

「……ええ、勿論。お言葉に甘えさせてもらいますよっ」




というわけで、素敵な小説をありがとうございました(笑)お礼にもなっていませんが(笑)

はるとき編を書く前……いつでしたかねー、TRPGをしている夢を見ました。
内容は上に送ったような状態だったんですが(笑)本当はもっと人がいて、黒百合リリィもいて。
白百合姫と知り合って、浚われた彼女を取り返そうというシナリオだったんですね(笑)
で、どーしても倒せなくてこういう感じになったと(笑)といっても視点はくるくる変わっていたんですが。
黒百合リリィに「……ミケさん、頑張りますねぇ。あれ、私なんですよー?」って聞かれたんですよ。そのときにミケは。
「将来、リリィさんになろうと関係ない。僕は今、目の前で……ずっと一人で頑張っていた彼女を助けたかった。彼女に幸せになって欲しかった。助けられなくて悔しい」と泣いていて(笑)
「やだー、泣かないでくださいよー。私いま、幸せなんですよ?幸せになれっていってくれたじゃないですかー」と(笑)
目が覚めたときに、こりゃー、いつかネタとして使えるなと思っていたのですが……まぁ、いわしの頭を使ったネタとしてかなりリメイクさせてもらいました(笑)
あのときのまま書かなくて正解(笑)良い物をいただきました(笑)
そのときのままだとどうしても色々おかしくなってきたので、プレゼントの設定に寄って書き直しておきました(笑)ちょろっと笑って読み流しておいてください(笑)

ということで、ちょっぱやで返礼が届きました(笑)
もぉ、夢にまで見てくださるなんて、ミケさんったらほんっと私のこと大好きなんですねーvとリリィが言ってます(笑)
万華鏡は彼女が見せた夢なので関係ないですが(笑)
こんな切ない展開が実はあったとか言ったら、もーリリィ転んじゃうじゃないですか(笑)美味しいものをどうもありがとうございましたーv大変萌えさせていただきましたv