部屋に帰ってきたミケは、届いていた手紙に目を通すなり顔を引きつらせた。

『ミケさん、お誕生日おめでとうございますvというわけで、ください』

桜色の便箋に可愛らしく書かれた文字。
「い、意味がわからない…!」
常識の範疇を軽く超えた文字列に頭痛がする。
そして、テーブルの上には、いつかと同じように見覚えのないものが。

「はあ……またですか……」

諦めたようにつぶやいて、ミケは……

  1. テーブルの上の巻き貝を手に取った
  2. 机に置かれたノートを開いてみた
  3. 窓に張られた符を剥がした
  4. 「ドレスカタログ」と書かれた冊子に触れてみた

相川さんにお送りした誕生日プレゼント2014年版です。送ったの10月ですけど…(笑)
2013年版「4種類ウェディング」のお返しとして、「4種類逆転ウェディング」を書きました(笑)男女が逆転しているというモチーフで全種類書くのがなかなか難しくて難航しましたが、 結構楽しく書けたと思います。
別ページにすることも考えましたが、間めっちゃ開けてアンカーリンクにします。びょーんと飛んでくださいw

試着はご本人にお願いします

「……なんですか、これ」
「ウェディングドレスです」

王宮の奥まった場所にある衣裳室は、海からこぼれる光が室内を美しく照らし出すつくりになっている。
その中央に、美しいレースで彩られた純白のドレスが置かれていた。大きめのパールをふんだんに散らし、おそらく手編みであろうレースが細部にまで用いられていて、この1着を作るのにどれほどの費用と時間が費やされたのか考えるのも恐ろしい。
「…いや、ウェディングドレスなのは見ればわかりますけど」
「なんか、送られてきちゃったの。私宛に」
「あなた宛に?」
「正確にはミケ宛かしら」
「はあ?」
眉を寄せて傍らの女性を見下ろすと、彼女はしれっとした様子でその目を見返した。

彼より頭一つ小さなその女性……少女と言っても差し支えないほどに年若く華奢な彼女は、彼が仕える主であり、そして可愛い恋人でもある、リゼスティアル王国の若き女王、リレイア・イクス・ド・リゼスティアル。
そして彼はといえば、人間の身でありながら侍従長の位に就き、女王を公私共に支えている、名をミーケン・デ=ピースといった。

「お見合いの話が来たのよね」
「お見合い、ですか。そんな話は聞いてませんが」
「聞いてたら握りつぶすものね?」
「そうで……いや、今はそういう話じゃないでしょう」
「否定しないんだー」
「いいから話を戻しなさい」
「親族を通して、私に直接来たんです。お見合いをしないかって」
「そんなルートが…今後はそちらにも目を光らせなければなりませんね」
「ミケが悪い笑い方になっている……」
「それで?そこから何故ウェディングドレスが送られてくるんですか?」
話を元に戻すと、リリィは急に眉を寄せて手を組み、涙目でミケを見上げた。
「私、お見合いしたくないの」
「はっ……はい?」
急な豹変に戸惑うミケ。
リリィは訴えかけるように続けた。
「ミケも、私にお見合いして欲しくないでしょう?」
「それは……まあ、そうですけど」
「だから」
そこで、急ににこりと微笑む。
「お見合いには、この絵姿を送っておいたの」
言って、差し出したのは。

「……な、なんですかこれーーーーー?!」

そこに描かれていたのは、栗色の長い髪をきっちりと編み込みでまとめ、紺色のゆったりとしたドレスに身を包んだ女性。というか、その顔は誰がどう見てもミケだった。
「ミケをモデルに、絵師に描いてもらったの。素敵でしょう?」
「ちょっと待ってください、いつの間に?!」
「こないだ、王室発行のメモリアルブックのために私の仕事姿を残したいって絵師が入ってきたでしょう。あの時」
「あれ嘘だったんですか?!」
「私の仕事姿も描いてもらったけど、ついでにミケも描いてもらったの」
確かに、女王と一緒に彼も真剣に仕事をしていたのだから、絵姿に描かれたミケも真剣な表情をしてバリバリと仕事をこなしているように見える。
「お見合いに送る絵としてはどうかとも思ったんだけど、なんだかかえって気に入られてしまったらしくて。真剣な表情で国のために働く姿に感動しました、ぜひお話を進めてもらいたいって、いきなりこれを送ってきたんです」
「なんか、いろいろおかしくないですか…?」
お見合いをする前からウェディングドレスを送ってくるとか、サイズはどうしたとか、そもそも現在の彼女の年齢を本当に知らないのかとか、ツッコミどころは山ほどあるが。
「……今すぐ謝って返してらっしゃい」
びし、とドレスを指差して言うミケに、リリィは不満げに口を尖らせた。
「えー。今更ウソだったなんて言えないわ?」
「嘘なんですから仕方ないでしょう。国を率いる女王がこんな大それたことを。国際問題になったらどうするんですか」
「相手の方はそこまで偉い人じゃないから大丈夫よ。でも親族と縁が深いらしくて、なかなか無碍にお断りすることもできないの」
「だからって、偽の絵姿を送りつけてどうするんですか。しかもこんなドレスまで送ってこられて」
「これは私に送られてきたんじゃなくてミケに送られてきたようなものでしょう?」
「なんのフォローにもなってません」
はあ、とため息をつくミケ。
「…で、どうするつもりなんですか。謝って送り返す以外の妙案があるとでも?」
「せっかく送ってくださったのだから、一度くらいは袖を通してあげないと可哀想でしょう?
一度でも着てあげて、それを絵姿に残してあげて、申し訳ないけどこのお話はお受けすることはできないってお返事すれば、親族の顔も立つし」
「ちょっと待ってください」
がし。
心なしか嬉しそうに話すリリィの肩を掴んで、ミケは正面から彼女を睨んだ。
「…一度袖を通すって、着るのは……?」
「もちろん、絵姿の本人が着るべきよね?」
視線に臆することなく満面の笑みを返すリリィ。
ミケは何かをこらえるように額を抑えてから、おもむろにきっぱりと言った。
「嫌です」
「えー」
再び不満げなリリィ。
「嫌に決まってます!何考えてんですか!」
「でも、私が着るには大きいし、ミケが着ればぴったりだと思うのよ?」
「そういう問題じゃありません!」
「これをこのままつっ返すのも角が立つでしょう?」
「偽物を送った瞬間から角が立ちまくってるでしょう!」

などという押し問答が衣裳室に延々と繰り返され。

結局。

「なんだかんだ言っても着てくれるんだから、ミケ大好きv」
「……全く嬉しくないのは僕のせいじゃないと思うんですけどね」

衣裳室の中央、先ほどウェディングドレスが飾られていた場所には、ウェディングドレスの中身がすっぽりと収まった状態で鎮座していた。
ご丁寧に髪も結われ、メイクも施され、アクセサリーも完璧である。さすがは王室所有の衣裳室といったところか。
「うーん、やっぱり似合うわ。女としての矜持がぐらついてしまいそう」
「まったくもって嬉しくないですってば」
ミケはもう一度ため息をついてから、楽しそうにあちこちぺたぺたと触っているリリィを複雑そうに見下ろした。
「こんなところでいいでしょう?さっさと絵姿を描いて、終わらせてくださいよ」
「ふふ。まあまあ、とにかく座って?」
言われる通りに、傍の椅子に座るミケ。
リリィは楽しそうに、彼が来ているウェディングドレスに指をすべらせた。
「…いつか、私もこんなふうに、こんなドレスに袖を通す日が来るのかしら」
「っ……」
その視線が、語気が、あまりにも柔らかく愛しげで。
ミケは思わず言葉を失って、その表情を見つめ返した。
再びにこりと微笑むリリィの表情は、先程までの楽しそうなものから穏やかなものに変わっている。
「その時に隣にいるのは、あなただと思っていていいのよね?」
「…僕は、そのつもりです」
先程までとは異なる、真剣な響きを孕んだ言葉に、彼も真剣な表情で応える。
リリィは嬉しそうに微笑んで、ミケの頬に触れた。
「…病める時も、健やかなる時も」
海の光が差し込んでくる美しい部屋に、どこか神聖な響きを持った言葉が音楽のように流れていく。
「富める時も、貧しい時も。良い時も、悪い時も。
愛し合い、敬い、なぐさめ、助けて、変わることなく愛することを誓いますか?」
ミケをまっすぐに見つめながら、歌うように問うリリィ。
ミケは今この場所も、自分の姿も忘れ、その美しい声に誘われるように、彼女をまっすぐに見つめ返した。
「……誓います」
迷うことなく返された言葉に、嬉しそうに微笑むリリィ。
ミケはさらに言った。
「…あなたは?」
ゆっくりと、探るようにその瞳を見つめ返す。
「病める時も、健やかなる時も。富める時も、貧しい時も。良い時も、悪い時も。
愛し合い、敬い、なぐさめ、助けて、変わることなく愛することを誓いますか?」
「……誓います」
同じように、ミケを見つめ返して迷いなく答えるリリィ。
二人はしばし見つめ合い、やがてふっと瞳を閉じると、どちらからともなく吸い寄せられるように唇を重ねた。

「……遅いですね……」
絵師を連れてくる、と言って部屋を出たリリィを、ミケはそわそわしながら待っていた。
このようなところにあまり人が訪れるとは思わないが、それでもできれば必要な人以外にはこの姿を見られたくない。
そんなミケの心配をよそに、ふいにがちゃりと衣装室のドアが開いた。
「あ、リリィさ……」
だが、部屋に入ってきたのは、待ち人とよく似た、しかし確実に違う人物だった。
「え、エミリア様?!」
「え……ミケ?!」
部屋に入ってきた妹姫は、衣裳室にミケがいたことに、そしてさらに彼が純白のドレスをまとっていたことに、驚いて目を丸くした。
「その姿は……」
「あ、あの、あの、これはですね」

「素敵!それ、お母様のドレスね?!」

「………はい?」
目を輝かせながら言ったエミィの言葉に、足を止めて眉を顰めるミケ。
エミィはその様子に気づくことなく、頬を紅潮させてミケに駆け寄った。
「ああ、やっぱり素敵!お母様がご結婚なさった時のドレスだと聞いていたから、わたくしもお姉様も、結婚する時にはこのドレスを着られるといいねとお話していたの。ミケにもとてもよく似合ってるわ」
「………あの」
いろいろと、ツッコミどころはあるが。
まず最初に突っ込んでおかなければならないことは。
「……これは、リリィさんのお見合い相手の方が送ってきたドレスではないんですか?」
「え?お姉様、お見合いをなさるの?ミケと結婚するのだから、全て断るようにって、親族にもきつく言っておられるのに?」
きょとんとするエミィ。
ミケの眉が更に寄る。
エミィは更に続けた。
「このドレスは、お母様がわたくしたちにお残しになった数少ないものの一つなの。さっきも言ったけれど、わたくしたちが結婚をするときはこのドレスを着ようねって、お姉様ともお話していたのよ。お姉様、先にミケに着てもらうことにしたのね」
「………」

ツッコミどころだらけの発言には、もはやつっこむ気力すらないが。
ミケは再び何かをこらえるように額を抑えると、やおらばっと顔を上げ、腹の底から声を上げた。

「陛下ーーーーーーーーっっ!!!」

ということで、女王と侍従長版です。なんか、一番ラブラブなのに一番ミケさんが可哀想になってしまった…(笑)ほら、いつもの調子でないと、ミケさんに女装させる口実が見つからなくて(笑)…すいませんごめんなさい(笑)
相川さんから「実家に帰らせてもらいます」と言われてしまいました(笑)嫁か(笑)

逆転ウェディング

「ミケ先生、探しましたよー」

唐突に名を呼ばれ、ミケと呼ばれた彼は足を止めて振り返った。
そして、微妙に嫌な顔をする。
「……来瀬さん」
「やだミケ先生、仮にも教え子を前にそんな嫌そうな顔することないじゃないですか」
「嫌そうな顔なんてしていません。つか、仮にもって何ですか。あなたのクラスも数学は僕が担当でしょう」
「私はミケ先生に何か教えてもらった覚えはないんで」
「やかましい」
ぺし。
来瀬さん、と呼んだその小柄な女生徒を、彼は持っていた名簿で軽くはたいた。
ふふ、と笑って見上げる彼女。
「体罰反対です」
「どうぞ、教育委員会にでも訴えて下さい」
「うーん、悩ましいですね。ミケ先生が懲戒免職になっちゃったらもうミケ先生で遊べなくなっちゃいますし」
「百歩譲って遊ぶまでは許しますがせめてミケ先生『と』にしなさい」

苦々しい顔で言ったのは、エスタルティ学園高等部の数学教諭、宮田慧。今年赴任したばかりの新人で、その風貌の可愛らしさから早速生徒には「ミケ先生」と呼ばれ親しまれている。
そして、彼の前でニコニコと機嫌よさそうに微笑んでいるのは、高等部2年の来瀬百合。その名から「リリィ」と呼ばれている彼女は学年トップの成績を誇る優秀な生徒だが、なぜか最近ミケがお気に入りらしくよくこんな風に絡まれる。

「…で?なぜ僕を探していたんですか?」
「ああ、そうでした」
今思い出した、というようにぽんと手を叩くリリィ。
「ミケ先生に、モデルになっていただきたくて」
「モデル?」
眉をひそめるミケ。
「どういうことですか?」
「今度やる舞台の衣裳が届いたんですけど、役の人が今日いないんですよ。でも、衣装の修正点とかあったら今日中に言わなくちゃいけなくて」
リリィは演劇部の部員である。そのために何度か散々な目にも遭っているのだが。
「トルソーに着せただけだとやっぱり実際に動く感じとかわかんないんですよね。
で、ミケ先生がちょうど体格がぴったりなんですよ」
「……なるほど」
「放課後、時間あります?うちの部室に来てもらっていいですか?」
「…わかりました。放課後、用事を片付けたら伺います」
「ふふ、ありがとうございます。だからミケ先生大好きv」
「いいように動く道具として、でしょう。では、また後で」
満面の笑顔のリリィを軽くかわして、ミケは再び歩きだすのだった。

「……な、なんですか、これ」
放課後。
演劇部の部室を訪れたミケは、トルソーに着せられていた衣装を見て絶句した。
花模様のレース地をぜいたくに使った、Aラインの真っ白いドレス。背中の編み上げが美しく、背の高い女性が着たらさぞかし映えるだろうと思われる。
カタカタと手を震わせながら指さすミケに、リリィはあっさりと答えた
「なにって、ウェディングドレスです」
「見れば分かります」
「わかってるなら訊かないで下さいよ」
「僕が言ってるのは、何でこれを僕が着なくちゃいけないんですかということです!」
確実に判っていて言っているであろうリリィに半ギレで返すミケ。
リリィは楽しげににこりと笑った。
「だって、私が着てもサイズ合わないじゃないですか」
「女性が着るものでしょう、これ!」
「違いますよ」
「へっ」
リリィは笑顔のまま持っていた冊子の表紙をミケに向けた。
「……逆転ウェディング……?」
冊子に書かれていたタイトルを読み上げると、リリィがにこりと笑みを深める。
「今度のお芝居。トランスジェンダーの男女が結婚するコメディです」
「………というと?」
言葉の意味は分かるが、脳に浸透しない。
思わず訊き返すと、リリィはニコニコしながら解説を始めた。
「女性の心を持った男性と、男性の心を持った女性が、周りの反対にあいながらも愛を貫いて、最後には結婚するんです。
この衣装は結婚式のシーンで着るんですよ」
「……つまり、このドレスを男性が着て」
「はい。私がタキシードを着るんです」
沈黙。
「………おもしろ、そうですね」
「全く気持ちのこもってない感想をありがとうございます」
「いや、話としては面白そうだと思えますけど…」
それを自分が着るとなれば話は別である。
自分がウェディングドレスを着て、そしてリリィがタキシードを着る。
……まあ、自分はともかくとして、目の前のこの小さな少女が白いタキシードを着るというのは、一種倒錯的な気さえしてきた。
「…似合うんですか、これ。あなたに」
「似合わないからコメディになるんじゃないですか」
「…まあ、そう言われればそうですけど…」
「ミケ先生は似合いそうですけどね」
「やかましい」
「実際に着るのは、ミケ先生と同じ背丈のもうちょっと男っぽい先輩ですから大丈夫ですよ?」
「そこの心配をしてるわけじゃありません」
「じゃあ、ちゃちゃっと着替えちゃってください。私もあっちで着替えてくるんで」
軽くそう言って、タキシードを持って退室するリリィ。
ミケはその後ろ姿を見送ってから、軽く絶望的な気持ちで視線を移す。
トルソーには真っ白いドレスがつるされたまま、袖を通されるのを待っていた。

「ミケせんせー?入りますよー」
こんこん。
ノックをしても返事がないことから、入ってもいいのだと判断したリリィはさっさとドアを開けた。
すると。
「うわぁ。思った通りびっくりするほど似合いますね」
「……自分でもそう思っていたところなのであまり突っ込まないでください……」
リリィの言葉に、半分うなだれかけていた姿勢をさらにうなだれさせるミケ。
背が丸くなっているのが少々不格好だが、今のミケの姿はどこからどう見てもきれいなウェディングドレスを纏った背の高い女性だった。
「ふふ、まあそうしょんぼりしないで、ほら、ちゃんと立ってくれないと服の様子がわかりませんよ?」
「はいはい……って」
顔を上げたミケは、そこで初めてリリィの姿を見て硬直する。
タキシードを纏った彼女は、背中までの長い髪をどうやってか短髪のカツラにしまい込み、軽くメイクもしているのか、普段のかわいらしい彼女の様子とは少し雰囲気が違う。小柄で華奢ではあるものの、きちっとしたタキシードを纏ってたたずむその姿は男装の麗人を思わせた。
「……思ったより……似合います、ね」
思わず、そんな感想が口から洩れる。
リリィは驚いたように目を見張ってから、ふっと微笑んだ。
その様子すら、いつもの可愛らしい笑い方とは違う勝気な雰囲気が漂い、どきりとする。
「ミケ先生の口からそんな言葉が出るなんて、意外ですね」
「……正直な感想を、述べたまでです」
口に出してしまったのは失敗だったな、と思いながら視線を逸らすミケ。
リリィはすっと背筋を伸ばすと、手を差し出した。
「じゃあ、花嫁さん。俺がエスコートするから、ちょっとそのまま歩いてみてくれるかな」
役柄を演じているらしく、男性の口調で言う。
ミケは少し面喰ったが、とっさに返せる言葉もなく、黙ってその手をとった。
リリィは手を取ったまま、先導をして歩きだす。ゆっくりと歩くその立ち居振る舞いは、姿勢や足さばき、手の差し出し方に至るまで男性を思わせるもので、成程、彼女が演劇部で主役級を頻繁に演じる実力があるのだなと感じさせた。
「そこ、危ないよ」
「えっ……うわ」
さらりと注意されて足元を見ると、僅かな段差。普通に足をあげて上ろうとするが、裾の長いドレスではうまくいかずに見事に踏んでバランスを崩してしまう。
「…っ」
「おっと」
倒れそうになったミケの体をふわりと支えるリリィ。
その拍子に、彼女の長い髪から、甘い花のような香りが鼻腔をくすぐった。
「……っす、すみません」
「気をつけて?俺はいつでも君を守る気でいるけど、残念ながらこの身は本当の男性ほどの力はないから」
男らしくそう言って、いたわるように微笑むリリィに、なぜかどきりとしてしまう。
二の句を継げずにいるミケをよそに、リリィは眉を寄せて足元を見下ろした。
「うーん……少しドレスの前を上げないと舞台では危険ですかねぇ…」
ぶつぶつ言いながら、ドレスの裾を少し持ち上げたりしてみる。
「3センチ…いや、5センチかな……うん、参考になりました、ありがとうございます」
素の表情に戻ってにこりと微笑むリリィに、ミケはわけもなくうろたえた。
「も、もういいですか。歩きにくいし、居心地が悪いので脱ぎたいんですけれども」
「せっかくだから、もう少し付き合ってくださいよ」
「え」
「はい台本」
軽い調子で台本を渡され、思わず受け取ってしまうミケ。
「ここからです」
リリィが指差した場所は、二人きりの結婚式をするシリアスなシーン。全体的にコメディタッチの話であるが、ここだけは真摯に二人が愛を語り合うという、この劇一番の見せ場だ。
「花嫁のセリフは短いですから、棒読みでもいいですよ」
「ちょ、まだ手伝うとは」
「いいからいいから」
すとん。
リリィはいつの間にか持ってきた椅子にミケを座らせ、軽く見下ろすような格好になった。
唖然として彼女の顔を見上げると、すっと表情が変わる。先ほどの、男性の雰囲気を感じさせるものに。
「誓うよ」
よく通る、涼やかな声。
その声が、一瞬にして、ここを2人だけの小さな教会に変えたような気がして、軽く目眩がする。
「病める時も、健やかなる時も。どんなに日差しの強い日も、どんな嵐が来ようとも。君のそばにいて、この力を尽くし君を守る」
なめらかな滑舌で歌うように紡がれるセリフは、男性の心を持つ女性の、性別を超えた深い愛を感じさせた。
「俺たちの結婚は、誰にも祝福されない。神にさえ誓えない。でもいいんだ。俺は、君にさえ誓えればいい。君が俺に誓ってくれればそれでいい」
細い指先が頬に触れる。
真っ直ぐな眼差しは、いつも彼女が向けるそれとは違って。ただそれだけのことが、妙に気持ちをざわめかせる。
「君もそうなんだと…言葉を、くれるか。君も同じように、誓いの言葉を。
それだけで、俺は強くなれる。君の言葉が、俺に力を与えてくれるんだ」
切なげに細められる瞳。
ミケは熱にうかされるように、先ほど台本に書かれていたセリフを口にした。
「……誓い、ます」
そのセリフに、嬉しそうに微笑むリリィ。
「……嬉しいよ」
低い囁きと共に、顔が近づく。
(……え)
まだ夢の中にいるような心地だったミケの脳裏に、かすかな警鐘が鳴った。
それがなんなのか判断するまもなく、ゆっくりと顔が近づいて。

「ちょ、ちょっと待ったーーっ!!」

鼻先が触れるほどまで近づいてようやく、ミケはリリィの肩を掴んで思い切り引き離した。
「ど、どこまでするんですか一体!」
リリィは不満そうに眉を寄せる。
「んもー、いいところだったのに」
「いいところじゃないでしょう!つか、本番もまさか…」
「あはは、そんなわけないじゃないですか、フリだけですよ、フリだけ」
「今のもフリだけのつもりだったんですよね…?」
「うふふ」
「うふふじゃない!もういいですよね、着替えますよ!」
ミケは憤慨しながら立ち上がると、ドレスの裾を持ち上げて歩き出した。
「あ、ミケ先生」
「なんですか!」
怒りながらも律儀に返事をしてしまうところが彼たる所以なのだろうが、振り向いたミケにリリィは楽しそうな笑みを向けていた。
「フリじゃないのは、本番まで取っておいてあげますから」
「は?」
「だから、先生もちゃんと言ってくださいね、誓いの言葉」
「何を、一体」
意味が分からず戸惑うミケにゆっくりと歩み寄りながら、リリィはにこりと笑みを深める。
「私も、あなたが私に誓ってくれればそれでいいですから」
「っ………」
その視線の揺るぎなさに、気圧されたように言葉をなくすミケ。
だが。

「…なーんて言ったら、ちょっとグラっときちゃいます?」

すぐにいつもの笑みであっけらかんと言ってのけたので、ミケは再び顔を真っ赤にして憤慨した。
「大人をからかうなー!」
「いやですねえ、大人をからかってるんじゃなくて、ミケ先生をからかってるんですよ?」
「なお悪い!もう、金輪際あなたの手伝いなんてしませんからね!」
「そんなこと言って結局手伝ってくれるのがミケ先生なんですよねー」
「やかましい!」
自分でもちょっと否定できなかったのでそう言い置いて、ミケは今度こそ踵を返し、控え室へと歩いていく。
「ありがとうございました~」
ひらひらと手を振るリリィを忌々しげに見やってから、ぴしゃりとドアを閉めた。
「まったく……!」
ごす。
閉めた扉に拳を軽く打ち付けて、頭を抱える。

この自己嫌悪は、無体な彼女の頼みを断りきれないことに対してか。
それとも、男性を演じる彼女のしぐさにどきりとしてしまったことに対してか。
はたまた、思わせぶりな言葉を真剣な瞳で放つ彼女にぐらりときてしまったことに対してか。

自分の気持ちを見定められぬまま、ミケは深い溜息を付くのだった。

学園パロ版です。今更ですが演劇部とか都合のいい設定をつけたねわたしブラボーと思った(笑)
女王といいこいつといい、ミケさんの操縦……もとい使い方……いやもうなんでもいいですが、貧乏くじを引くタイプのミケさんを顎で使っているなあと思います……ご、ごめんなさい…(笑)
ところで、「逆転ウェディング」て逆転裁判の話にありそうなタイトルですね(笑)ウェディングドレス着たなるほどくんがタキシード着た冥ちゃんの横で「異議あり!」って言ってるんだ(笑)

後朝の文

「みけさんは、通う女性はいらっしゃらないんですか?」

ぶう。
りりの唐突な問いに、みけは思わず食べていた粥を吹き出した。
「げほっ!げほげほっ……な、なにを、いきなり……うー、鼻に入った」
「やだ汚い」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
正面で眉を寄せる自分の「式」に怒鳴りつけてから、みけは器を置いて嘆息した。

都のはずれに居を構える彼は、現在は諸事情で宮中にも入れずに入るが、一応宮仕えの陰陽師である平弥謙。
そして彼の正面にいる少女の姿をしたものは、先日めでたく彼の「式」として仲間入りした「天邪鬼」こと、りりといった。

「で?なんなんですか、いきなり」
「みけさんが字を教えてくださったから、とりあえず暇な時にこの家にある書物を読ませてもらってるんです」
「そうですね、そうしててくれると助かります」
「…今はつっこまずにおいてあげますね」
にこり、と笑って続けるりり。
「京の風俗や生活習慣は面白いな、と思って。一応、みけさんも貴族にあたる身分の方なんですよね?」
「まあ、うちは武家なので、宮様とは格が違いますが。一応、殿上が許される身分ではありますよ」
「ということは、結婚するときは、お目当ての姫君のところに通うのでしょう?」
「……まあ、そういうことになりますが」
苦い顔をするみけ。
りりは不思議そうに首をかしげた。
「お兄様はもう結婚していらっしゃるんですか?」
「そうですね、兄は割と早くに、それなりの血筋の姫君の元に通って、婚姻を結ばれましたよ。
 出世のためには、良いご縁を得ることも重要ですからね」
「なるほど、だからみけさんは出世できないんですね」
「やかましい」
「でも、みけさんもいいお年ですよね?通う姫君のひとりやふたり、いないんですか?」
「……いません、けど?」
「そうなんですか」
りりはあっさりと言って、持っていた書物に目を落とした。
「京の男性は、複数の妻を持つことができるんですよね?」
「まあ、そうですね。正妻はあくまで一人ですが」
と、そこまで答えて、眉を顰める。
「……あなたのところでは、違うんですか?」
京では常識とも言えることをわざわざ聞いてくるということは、彼女の常識はそうではない、ということだ。
今まで、彼女の生まれのことを何度聞いてもはぐらかされたが、この流れなら聞くことができるだろうか、と思う。
しかし、彼女は首をかしげてさらりと答えた。
「私のところというか、海の向こうの遠い国では、一人の男性は一人の女性とのみ婚姻を結べるんです。別の女性と結婚したい場合は、一度縁を切らなければならないんですよ。婚姻というのは、一生をこの人と共にしますと誓う行為なので、誓った相手から心変わりをして別の女性と結婚をすること自体、あまり歓迎されません。不誠実な人だという烙印を押されるんですよ」
「へぇ……」
異なる常識の話に、みけは興味津々だ。
「では、海の向こうの国では、基本的には、男性と女性は一人ずつで結婚し、一生共に暮らすということですか?」
「まあ、海の向こうの国にもいろいろありますから、もちろんこの国のように、ひとりの男性に対して複数の妻がいる国もありますよ。逆に、ひとりの女性が複数の男性を夫にする国もあります」
「そんなところもあるんですか!」
感心したように言うみけ。
りりは頷いて続ける。
「この国でも、一夫多妻が認められているのは貴族だけであるように、多くの妻と婚姻を結ぶには、その妻を養う十分な富がなければいけません。妻に十分な暮らしをさせてあげられない甲斐性無しは、複数の妻と結婚することはできないそうですよ」
「ああ、なら僕も無理ですねえ」
みけは苦笑して言った。
「通う姫君がいるいない以前に、僕には女性を養うだけの甲斐性はありませんから。複数の女性なんて、夢のまた夢ですよ」
「そうなんですか?」
「そうでしょう」
みけはどうということもない、というように、さらりと言った。

「僕は、あなたの一生を貰ってしまってるわけですから。
 いまのところ、あなたを御するのに精一杯で、他の姫君に向かう余裕なんてないですよ」

「………」
目を丸くして絶句するりりに、みけは不思議そうに首をかしげる。
「どうかしましたか?」
「………天然ですか」
「は?」
はあ、とため息をついて、りりは顔を上げた。
「わかりました。じゃあ、まずは文を書くんですよね?」
「はい?」
唐突な話の展開についていけずにいるみけに、りりは首をかしげて言った。
「婚姻を結ぶなら、文を書くんですよね?」
「ええ、まあ、そうですね」
「そのあと、夜に姫君のもとに行き、契を交わして、朝に帰ってくる。それを3日間続ける」
「その通りです」
「……帰っちゃうんですか」
「まあ、そういう決まりになっていますからね。婚姻を結んでも、一緒に暮らすわけではないですし」
「随分淋しい決まりですね」
「その代わりに、男性は後朝の文を送るんです」
「きぬぎぬのふみ、ですか?」
「はい。夜寝るときは、自分の衣をかけて寝るでしょう。一夜を共にするということは、お互いの衣を重ねてかけるということです。
夜明けになって男性が帰るときに、重ねていた衣を分たなければならない。離れ離れになることの切なさを歌にして贈るんです」
「わかりませんねえ。離れるのが嫌なら離れなければいいのに」
「別れを惜しんで離れることが、さらにお互いの愛を深めることもあるんですよ。でも、あなたがそう言われるのでしたら、この国の独特の文化なのかもしれませんね」
「へぇ……」
ふむ、と考える素振りをしてから、りりはおもむろにみけの方を向いた。
「残念ながら、私に文は書けそうにありません」
「そうでしょうね、言葉を知っていれば書けるというものでもありませんから。まあ、大事なのは気持ちじゃないですか。言葉の枠にはめられなくても、あなたの気持ちが伝わればいいと思いますよ」
「そうなんですね」
りりは頷いて、それからにこりと微笑んだ。
「じゃあ、文は省略してもいいですよね」
「はい?」
「そうですよね、考えてみればもう私はみけさんに貰ってもらってるわけですから、今更文でお伺いを立てなくても問題ないですよね」
「ちょ、ちょっと、何の話ですか?」
「え?ですから」
りりはきょとんとしてから、再びにこりと微笑む。

「私がみけさんのところに3日間通って、後朝の文を送ればいいんでしょう?」
「はあああぁ?!」

素っ頓狂な発言に素っ頓狂な声を上げるみけ。
「なにがどうなって、そうなるんですか?!」
「え、だって、みけさんは私の一生をもらってるんですから、他の姫君には興味ないんでしょう?」
「いや、たしかにそうは言いましたけど」
「私もみけさんの一生をもらっちゃってる以上、形だけでもこの国の婚姻に合わせてきちんとしておかないと」
「だからちょっと待ちなさいと。誰があなたと婚姻を結ぶと?」
「えー、だってもう一生を誓い合ってるんですから、婚姻を結んだようなものじゃないですか」
「断じて違います」
「そんなこと言って。主様は本当に私のことが好きなんですよねー」
「違うって言ってるでしょうがー!!」
「とりあえず、今晩みけさんのところに行けばいいんですよね?」
「話を聞けー!!」

使用人のいない屋敷に、ぐだぐだなやり取りが延々と響き渡り。

結局。

「主様ー。来ちゃいました、うふ」
「本当に来たよこの人……」

その晩、みけの閨にやってきたりりに、みけは頭を抱えて突っ伏した。
「衣を重ねてかけるんでしたっけ?」
「いそいそと脱ごうとしないでください」
「あ、ごめんなさい、先にみけさんを脱がさなきゃですよね」
「待てというに」
みけの衣にかけられた手を、強く握って止める。
最初に触れた時と同様、その手は驚く程に細く、少し強く握れば折れてしまいそうだった。
「みけさん?」
きょとんとするりりの瞳を、正面から見つめ返して。
「…いいんですか」
抑えた声音で、確認するようにゆっくりと問う。
「この先に進んでしまったら、本当にあなたを離してあげられなくなりますが。
それでも、本当に進んでいいんですか?」
「………」
りりはしばし無表情のまま、彼をじっと見つめ返していたが。
やがて、その表情をふわりと緩めた。
「みけさんは、私の一生を捕らえて、縛り付けたと思っているんですね」
「……僕の心も読めるようになったんですか」
「いいえ?でも、わかりますよ、そんなこと。心の声が聞こえなくても」
くすくすと笑いながら、みけに掴まれたてをやんわりと外し、自らの指を絡める。
「でも、違いますよ。みけさんが捕らえたんじゃありません」
「……違う?」
「私が、私の意思で、みけさんに捕まりにいったんです」
にこり。
心の底から満足げな表情で、そう言ってみせるりり。
「私は山を降りて、あなたについていきました。
あなたの言うことを聞いて、あなたのそばにいました。
あなたに術を教わり、その力を使いました。
そして」
きゅ、と、絡めた指先を握りしめて。
「あなたと戦い、真名を教えて、あなたの式になりました。
すべて、私の意思で」
「…………」
不思議な色の瞳をまっすぐに見返すみけ。
しばらくして、ふっと目を閉じて、ため息をついた。
「…兄上が『捕まった』と言っていたのは、こういうことだったんですね」
「ふふ。観念して、全部捕まっちゃってください」
楽しそうに言うりりを、睨むように見返して。
「…それは、こちらの言葉です。観念して、僕に全て捕まりなさい」
「ふふ、主様は本当に私が大好きなんですね」
「…それは、あなたもでしょう?」
「そうです……と、今は言っておきますね」

ぱさり。
二人の衣が外され、重ねられる。

まるでずっと離れないというように。
二人の体も、衣と同じように重ねられていった。

「……ん」
差し込んでくる朝の光に薄目を開けるみけ。
「…りり……さん?」
ぽんぽんと隣に手を置いてみるが、昨夜そこにあったぬくもりは今は消え、冷たく硬い床の感触だけが手のひらを押し返した。
体にかけられた衣も、彼女の分は分かたれそこにはない。
苦笑するみけ。
「本当に、形を合わせたんですね…」
この屋敷の中にはいるのだろうが、夜明けには帰るという慣習の通り、りりは夜が明ける前に閨を立ち去ったのだろう。
みけが身を起こすと、手元にかさりと何かの感触があった。
「…?」
手にとってみれば、それは折りたたまれた紙だった。中に何か書いてあるようだ。
「……もしかして、後朝の文……ですかね」
再び苦笑して、かさかさとその文を開く。
そこには、意味不明な文字で何かが書いてあった。
「……確かに、言葉に嵌めなくても、気持ちがあればいいとは言いましたが……意味が伝わらない領域でいいわけが……」
ぶつぶつと言いながら、みけはあとで外国の文献を漁り、この文字列の意味するところを読み解こうと心に決めるのだった。

―― I love you, my darling.

陰陽師版です。なんかもうこれで完結でいいかな(笑)
逆転というところで悩みましたが、とりあえずこんな形に。ミケさんに十二単着てもらっても良かったんですけど(笑)平安時代の結婚制度と絡めた方が面白いかなと思って。
ところで、りりは本当に、何人なんでしょうね(笑)元設定はフランス人なんですけど(笑)

あなたの色に染まりたい

「やっぱり王道はマーメイドラインですかねえ」
「………」
「いや、王道って言ったらプリンセスでしょうか。まあどっちも似合うとは思いますけど、背の高い人はマーメイドの方が素敵だと思うんですよね。ミニスカでも私は一向に構わないんですけど」
「………」
「あっ、見てくださいミケさん、この裾がすごい長いやつ、綺麗じゃないですか?バージンロードに広がったら映えそうですよねえ」
「…………」
「ちょっとミケさん、聞いてるんですか」
「なんで聞かなきゃいけないんですか!!」

たまらずに振り返って怒鳴りつけたところで、もう負けは確定した、と内心ミケは思った。

にっこり。
いつもの綺麗な微笑みを浮かべて、リリィは楽しそうに言葉を続ける。
「だって、ミケさんのドレスを選んでるんですから。ミケさんが見なくちゃダメじゃないですか」
「だ・か・ら!」
苛々した様子を隠そうともせずに、ミケはリリィに言い募った。
「その前提が理解できないと言ってるんです!何で!僕が!あなたの選んだドレスを着なくちゃいけないんですか!つか着る気なんてありませんから!」
「まあまあ、そう照れないでくださいよ」
「照れてません!僕は男なんですよ?!ドレスなんか着たって誰が得するんですか、第一似合いませんよ!」
「…ミケさん、それ自分で言ってて虚しくありませんか?」
「認めたら負けだと思っている」
「だからー、前回は私がウェディングドレスを着たので、今回はミケさんに着てもらおうと思うんです、平等に」
「平等の意味がわかりません。というか、あなたにウェディングドレスを着てくださいと頼んだ覚えはないんですが」
「ええ、私も頼まれた覚えはないですねえ。でもいいじゃないですか、楽しそうだし」
「楽しいのはあなただけでしょーが!」
「まあまあ。私はタキシード着ますから、平等に」
「だから平等の意味がわかりませんて」

で。

「なんだかんだ言ってちゃんと着てくれるから可愛いですよね、ミケさんって」
「麻痺させて人の服剥いどいて、どんだけ……っ」
すらりとした腰のライン。
膝下から美しく広がるレース地。
きっちりと首元を包み込んだハイネックの襟からは、控えめだが美しい装飾が胸元にまで広がっている。
マーメイドラインのドレスを着たミケは、己の姿を見下ろすのに抵抗を感じて微妙に視線を逸らした。
「うふふ、やっぱり似合ってますね。マーメイドドレスを選んで正解でした」
満足げに言うリリィは、先ほどの宣言通り純白のタキシードに身を包んでいる。
よくこんなにサイズの小さいタキシードを見つけてきたものだ、と感心するほどの、子供向けとも思えぬ仕立てのいい上質なタキシードだ。髪は後ろで一つにまとめており、髪の長い男性がフォーマルな席でするヘアスタイルに見えなくもない。
「悪趣味ですね……本当に」
彼女より頭二つほど背の高い男性の自分が女性のドレスを身に纏い、小柄で華奢な彼女が男性のタキシードを着ている様は、客観的にどう映るのだろう、と思う。認めたくはないが自分はともかく、彼女はタキシードを着たところでどう見ても可愛らしい女性そのものだ。男装の麗人にすら見えないその様相が、逆に倒錯的でさえある。
「可愛いですよ、ミケさん」
「まったくもって嬉しくないです」
「私色に染まってみますか?」
「それ、白いタキシード着たあなたにも言えることですよね」
「あはは、そうですねー」
軽く流して、リリィはさらりとミケの腕を撫でた。
「どっちが自分色に染められるかの戦いなんですねえ、結婚って」
「どんだけ夢のない発言を……結婚を修羅の道にしないでくださいよ」
「でも、そういうものじゃありません?主導権を握ったほうが勝ち、みたいな」
「だから自分基準に当てはめるなと。お互いにいたわり合い、支えあって生きていく誓いをする儀式でしょう」
「相手をいたわって、支えていくということで、自分に感謝させ、自分の思うままに動かすっていうことでしょう?」
「だーかーらー」
呆れたように息を吐くミケに、リリィはおかしそうにくすくすと笑った。
「まあ、その気がなくても、共に生きていくんですから、少しでも自分の意向に沿ってもらいたいという気持ちはありますよね。
それが北風方式か太陽方式かは、関係ないんじゃありません?」
「あなたのように穿った見方をすれば、そうとも言えるかもしれませんね」
「だから、自分色に染めたほうが勝ち、なんですよ」
楽しそうに持論を展開するリリィに、ミケは納得の行っていない様子でむっと口を尖らせる。
「それじゃあ、女性が男性を自分色に染めることもあると?」
「はい。世の奥様方は、お金を稼いでくれる旦那様のお食事を作り、お家を綺麗にして、着る服を整えて、労をねぎらって褒めちぎりながら、自分を着飾り、美味しいものを食べるお金をゲットしてるんです。
旦那様が奥様を自分の色に染めてるつもりでいて、実は染められてるのは旦那様の方だったりするんですよねー」
「女性の方が、一枚上手ということですか。それは確かに、そう思いますね」
リリィに限らず、全体的に女難の卦があるミケとしては、妙に納得せざるを得ない。
だが。
「でも、完全に染まるなんて不可能なんですよ。そう思いません?」
彼女の口から意外な言葉が飛び出て、ミケはきょとんとした。
「…というと?」
「奥様は旦那様をその気にさせるために、旦那様が喜ぶお料理を作って、旦那様が喜ぶ言葉をかける。それって、既に奥様は旦那様の色に、いくばくかでも染まっているっていうことです。奥様の色100%ではないわけですよ」
「……それは、確かに」
「だから、奥様が旦那様を染める色は、わずかでも旦那様の色が混じっているわけです。そうして、互いに互いの色に染めていくうちに、双方とも同じ色になるんでしょうね。そのご夫婦にしか作れない、彼らだけの色に」
「……言い得て妙ですね」
なんだか妙に感心してしまったミケ。
その様子に、リリィはくすりと鼻を鳴らした。
「まあそういうのを、一般的には、愛し合ってる、いたわりあって支え合ってる、と言うんでしょうけどね」
「……何が言いたいんですか、あなたは」
リリィの言動の意図がつかめず、眉を寄せるミケ。
リリィはおかしそうに笑った。
「いえ、気持ちはわかるなあ、と思って」
「何の気持ちですか?」
「私は、ミケさんを私の色に染めたいわけじゃないんですよ」
とす。
指先を、ミケの左胸に突き刺すように立てて。
「この真っ白なウェディングドレスを、ミケさんの血だけで染めたいんじゃないんです。
ミケさんの血だけで染められることが分かっているなら、そんなつまらないことはないから」
「……たまに、あなたの言うことが全くわからないことがありますよ」
「だから、さっきの理屈ですよ」
くすくすと楽しそうに笑いながら。

「このドレスのほとんどは、ミケさんの血で染まるかもしれません。
けど、あなたは決して諦めない。委ねようとしない。私に傷一つでもつけようともがきます。
それが時折、私に傷を付け、血を流させる。100%のミケさんの血に、ほんの少しだけ私の血が交じる。
それはいつか、20%になるかもしれない。もしかしたら、100%私の血になるかもしれない。
それが、楽しいんです。例えようもなく」

「………つまり」
頭痛がしてきたので額をそっと押さえながら、ミケは搾り出すように言った。
「あなたは、ほんの少しでも僕色に染まったらなんかおもしろそうだから、ちょっかいをかけている、と……?」
「違いますね。正確には、『ミケさんと私の色が混じってどんな色になるのかが楽しみ』なんです」
「説明してもらっても理解できません……」
はあ、とため息をついて。
「つか、そろそろ脱いでいいですか、これ。ここからウェディングドレスのままラストバトルが始まるわけでもないでしょうに」
「サガフロですね」
「…つまりは、やれと」
「んー、それはもう私の誕生日の時にやっちゃってるんで」
「なんだかすごく遠い昔の話のような気がしますよ」
「しっ。現実を思い出しちゃダメです」
ぽん。
どうでもいい会話を交わしてから、リリィは不意にミケの肩に手を置いた。
にこり、と微笑んで。
「脱ぎたいなら、私が脱がせてあげますから」
「お断りします」
速攻で言い返すが、もちろんそんなことを聞くような彼女ではなかった。
「まあまあ、そう照れないで、花嫁さん」
「嫁じゃありません」
「じゃあ、花婿さん?」
「婿でもありません、てかいいから出てってください、脱いでいいなら脱ぐんで」
「そんなことを言っても無駄だって知ってるのにあえて言うのは、ツッコミ待ちなんですか、お約束の美学なんですか」
「認めたら負けだと思ってるからです!」
ぼふ。
力いっぱいの宣言に反して、ベッドに押し倒されてしまう花嫁。
花婿は楽しそうにそれに跨ると、流れるような手つきで自らの白いネクタイを外す。

「新婚初夜の始まりですよー♪」
「…も、好きにしてください……」

ぐったりと花嫁が諦めたところで。
通算何度目かを数えている新郎新婦の蜜月が始まるのだった。

そして本家です。これが一番困った(笑)ミケさんに女装させるネタそのものがありきたりになりつつある(笑)
ということで、割と真面目な話をしてみました。夫婦観というか、まあそんな感じの。ドレスもタキシードも白いのは、どちらの色にも染まって、新しい色を作り上げていくという意味…だと思うのです。男女を平等にしたいあたしらしい話ですね(笑)
そういえばこないだ、会社で「男はATMなんですね!」とか言っていた男性社員に、あたしの上司(女性)が「なに言ってんの、私はそのATMに毎日食事だの洗濯だの掃除だのの世話をしてるのよ」と言っていて、この話を思い出しました(笑)