「ねぇ、ミケさん」
「ぅわ!」
色々な情報を集めてきて、皆で情報交換したその夜。そのままこっそり泊まっていくことになったガイアデルト商会の廊下を歩いていたら、突然聞き慣れた声がして、驚いて飛び退いた。
「やだ、オーバーアクションですね」
「じょ、条件反射ですっ!」
部屋にいたりして、魔法で侵入してきたリリィは、攻撃魔法と一緒だったり何か痛い思い出が多かった。魔法の流れを感じたり魔法の痕跡の有無が分かるようにはなったものの、嫌なレベルアップだ。咄嗟に身体が危機回避のために動くようになったのも、実際悲しいほど動物的な生存能力であると、思う。
「って、リリィさん」
「はい」
「ユリさんの格好でなくていいんですか?」
「見られる前に魔法をかければいいことですから」
……それくらい、彼女なら簡単だろう。だから、ため息をついて真っ直ぐ彼女を見返す。
「で、なんでしょうか?」
「まぁ!そこは「立ち話もなんですから部屋に」とか無いんですか!?女の子に気遣いができないなんて!」
「あなたと2人で密室に突っ込まれるのは嫌すぎます!だから、なんですか?僕も余り暇ではないんですが!」
「いやーん、男の人って即物的なんですからー。女の子は雰囲気が大事なんですよ」
「……なんの話ですか」
「乙女心の話です、うふー」
「どこに乙女がいるのか聞きたいところですが、もういいです」
ぐだぐだになりそうな雰囲気を察して、止めておく。
「それで?」
「ええ、ミケさんも聞いたかなと思って」
「何を?」
「『自分よりも寿命の長い相手を愛したらどうしますか?』ってお話。深いですよねー、きゃ」
「どうって」
「答えてくれたら、良いこと教えてあげますよ」
うふ、と人差し指を頬に当ててウインクしたリリィにミケはため息をつく。
「どうして、それを、僕に聞くんです?」
「新年の時にちゃんと私答えてあげましたよ?愛って何かって。だから、逆に私が質問してみてもいいと思いません?寿命の違う方を愛したら、あなたならどうしますか……って」
少し考える。
彼女はチャカの側で生きることを選んで改造されて、その時の姿のままを保っているが、それでもチャカほど長く生きる訳ではないのだろう。
彼女のペットとして、彼女を愛して。少しでも長く側にいたいと、望んだのかも、しれない。
「……分かりません、そんなこと」
「まぁ」
「その人の側にいるために、永遠の命を得る。それも一つの選択かも知れない。そんなことができれば。……それができなくて、寿命の長い人を愛したなら。そうですね」
どうするだろう。
「……その人と、要相談、でしょうね。僕の寿命が短いから一緒にいたくないっていういかもしれない。それでもいいよっていうかもしれない。側にいて僕を愛して欲しいけれど、最終的にはその人が笑ってくれる方が良い。僕が死んだ後で誰かと幸せになるならそれでも良い」
リリィは、にこりと微笑む。
「それで?」
先を促すように言われて、嫌そうに顔を歪める。
「……という、理性的な考えはありますけどね。僕にそれができるかどうかはまた別だと思いますよ?やっぱり側にいて愛して欲しい。愛していたい。寿命が違うからなんていう理由で離れたくないでしょうし、他の人を愛すのだろうと思ったら、嫌に決まってます。その人の一番でいたい。いなくなりそうなら、束縛しそうな気がする。……我が儘なんです」
「でしょうね」
なんだか満足そうに頷かれて、不本意になる。
「……ま、要相談です。お互いに話し合って解決策が見つかればいい。我が儘が理由でふられるなら、それもしょうがない。諦められるかは問題ですが、それも一つの解決でしょう」
誰かを、本当に愛して。手を伸ばそうと決めたなら、きっと譲れない。その人の一番でなければ気が済まない。きっと、そんな事を、思うのだろう。
「ミケさんは、そこで永遠の命とか欲しがらないんですか?」
「……僕ね、確実に分かっていることがありますから」
「?」
「絶対に、僕は、長生きできるような人間じゃありません。絶対に無茶したりして、早く死にます。永遠の命なんて、意味がない気がするんですよね」
「…………分かっているなら自重するといいですよ……」
「うるさい」
多分、やめておけばいいのに、と思うようなことをやって、あっさり死ぬような気がするのだ。
永遠の命など、あってもなくても関係ない。確実に相手を置いていく気はしている。
「相手がどうしてもそれを望むなら、やってもいいかなと思いますけれど、そうでないなら僕は僕のまま。その人もその人のまま。時間を合わせて、その間だけでも幸せに生きていけたらいいなと思います。その人が、幸せに笑ってくれるなら、いいって。死んだ後まで、僕なんかに縛られることはない。きっと、最後はそう思うと思いますけどね」
「……つまらないですねー」
「なんですってー!?」
「永遠に僕のもの、くらいのことは言えないんですかー?殺してでも、って」
「言いません。その人の命はその人の物ですから」
にこりとリリィも微笑んだ。
「でも、それくらい激しく愛してくれたら、多少絆されて死んであげても良いかなって、思うかも知れませんよv……私でも」
「あり得ませんね」
あっさりと、ミケは切り捨てて、リリィの横を通り過ぎる。
「迷いも遠慮も絆されたとかもなく、あなたは僕を殺すと思いますから」
「まぁ、私はそんなこと、絶対思いませんって」
後ろでのんびり言ったリリィに、嘘つき、と叫びたくなるのはぎりぎり堪えた。うっかり立ち止まって拳は握ってしまったけれど。
「…………まぁ、けなげなんですね、リリィさんv意外すぎて吃驚ですよー」
「そうなんです、けなげでしょうv」
あははは、と片やのんびりと片や苛立ちが見える笑い声で笑う。
「……訂正しましょう」
「あら、なんですか?」
「例えば、もし、相手があなたなら。何が何でも、殺す方を選びます」
「あら」
「放っておいても勝手に幸せになれるでしょうから。僕が死んでも泣きもしないでしょうしね。その上、絶対次の瞬間には僕の事なんてすっかり忘れます。悔しいから一緒に死ねと言いたい。暢気にあなたが笑っているところなんて、絶対考えたくない。忘れられてまるっきり僕の存在無かったことにされるくらいなら、この手でとどめを刺して、僕を刻んで永遠にする。あなたの幸せなんて、願わない」
「そうですか」
振り返ってリリィを見る瞳が忌々しそうな光を湛えている。……普段はニコニコしているが故にとかく印象が薄くなりがちな彼が強い印象を残すのは、どんな意志であれ感情であれ、光を宿しているときなのかも知れない。楽しそうにころころ笑うリリィに、ミケは眉をしかめる。
「……まぁ、例えばの話ですけどね」
「ですね。……そもそも殺せると思えませんし?」
「恋とか愛とか全部さっ引いた状態でも、絶対この人倒したい……」
口に出して、改めて知る。殺されたら、そこですっかり自分の存在など無かったことにされるのだと。ご主人様でいっぱいな彼女の心に何かを残そうと思ったら、死んだら駄目なのだと言うことを。
例えば、彼女の心に残ろうと思ったのなら、だが。
「うふふ、楽しみに待ってますよー」
「あーあー、じゃあ期待して待っててくださいよ」
投げやりに言って、おそらく未だ続いているだろう話し合いの場に戻るべく、背を向けて歩き出す。
「ミケさん」
「まだ、何か!?」
「……私、明日はお出かけしますから」
「は?」
「でね、そうですねぇ……皆さんがご飯食べて、さぁ動き出そうか!って言う頃になったら、私もお出かけしようと思うんですv」
「……はぁ」
言いたいことが分からずに振り返ると。にこにこと、本当ににこにことしながら彼女は笑っていた。
「うふふ、その頃、もしも玄関か門の辺りにいたら、会えるかもしれませんね?」
「……別にあなたに会う用事なんかないんですけど、僕には」
「まぁまぁ。覚えておくと、良いことあるかもしれませんよv」
「訳が分かりません」
そう言って今度こそ本当に冒険者たちの元へ歩いていったミケを見送って、リリィは小さく笑った。
「さーて、どう出ますかねーv」

この後の話し合いで、自警団に行こうと思っていたミケが、彼女に頭を下げる事になるかも知れない、なんて。
今は誰にも分からないことだった。

シナリオ「Sweet Trap」2話と3話の間の話です。
本文中で、NPCカエルスが「寿命の違うものを愛したらどうするのか」という問いを投げかけており、それに対するミケさんの答え、ということでしょうか。
なんともミケさんらしくて萌えましたうふ(笑)すっかりカウと一緒じゃないですかあはー(笑)こんなに想われてリリも幸せものですねv(笑)
ちなみに、何かすっかりあることになってますがリリに変形魔法技能はありません(笑)姿を変える時は、必ずキャットにやってもらってます。元に戻る時はディスペルマジック使えば済みますが。まあその辺は深くつっこまない方向で(笑)

で、なんだかいつももらってばかりで悪いので、あたしもお返事的な何かを書いてみました(笑)→ こちら

相川さん、どうもありがとうございましたーv