「こんにちは、ミケさんv」
「去れ魚類」
「……あら、ひどぉい」
全く気にしてない口調で一瞥すらしなかったミケに歩み寄る。彼は膝の上の猫の毛繕いをしていた。
「うん、完成v」
「…………」
「……なんですか」
ミケの膝の上ですっかり寝入っている猫をリリィはひょいと抱き上げる。毛並みはつやつやで気持ちよさそうに寝ている猫。それを見て、その飼い主に笑顔を向ける。
「ミーケさんv」
「…………いやです」
「まだ、何も言ってませんけど」
「あなたの提案が、僕にとっていいものだとは思えませんから!ポチを、返してください」
「やですーvうふふ。ねぇ、ミケさん」
有無を言わせぬ口調と微笑み。猫質を抱いたまま、リリィは楽しそうに「お願い」を口にした。

なんで、こんなことを。
イライラした気持ちのまま、長い亜麻色の髪を手にした。結った髪をほどけば、しっとりしなやかで綺麗なのだが。
「…………なんで、こんなに枝毛があるんですか……っ」
「んー、最近ちょっと痛んじゃってー。誰かさんが火の魔法とか風の魔法とかで髪にダメージ与えるからですよー。……あ、凄い。ちゃんと私にダメージを与えられてるんですよ、ミケさん!頑張ってますね!」
後ろから首を絞めてやろうか。
殺意が芽生えたが、その膝の上に使い魔がいては。そのときは遠慮無くポチに手を出すだろう。
『私の髪も、お手入れしてください♪』
その言葉を断れなかったのは、そういう理由からだ。椅子に座った彼女の膝の上で、何も知らずに寝ているポチ。…………撫でられてちょっと気持ちよさそうではあるが。
「これはもう、少し切らないとダメですね……」
「ええー、切るんですか!?せーっかく伸ばしたんですよ?」
「黙りなさい!なんですか、この毛先!ぱさぱさでっ!このまま伸ばしたってダメに決まってます!」
うちの猫の毛の方が、どれだけ綺麗だと、とぶつぶつ言うミケがハサミを持ってくる。
「ミケさん」
「なんです……!?」
ぐい、と服を引き寄せてバランスを崩したミケの髪を引っ張る。まとめていたリボンを引っ張ってしまうと広がる細くて綺麗な髪。
「……ずるい、綺麗な髪で」
「当たり前です!あなたも、自分でちゃんと手入れくらいしなさいよ!」
「大変なんですよー。それに私、姫育ちなんで、下僕……じゃなかった侍従がやってくれてたものですから」
「本音が出た……。ああそーですか、どうせ僕は下僕扱いですよねー」
「物わかりが良くて助かります」
「納得できるか」
リボンを取り返し、ひとまず軽くまとめ直す。
「5㎝くらい切りますから。いやなら次はもっとちゃんと自分で手入れしてください」
「分かりました。ミケさんのところに通ってきます。あ、心配しなくて良いですよ。トリートメントとかちゃんと持ってきますからv」
「僕にやらせるなっ!」
イライラしながら、髪にハサミを入れる。
「せっかく、綺麗な髪だというのに……っ」
「きゃ、誉めてもらえると嬉しいですねv」
「……事実は事実です。だから、もっと手入れくらいしなさい」
腹が立つが、事実は認めておく。
しゃき、と一房切って。
かなり痛んだ髪に、更にいらっとする。
リリィもおとなしく座っていて。
特に喋ることもないから、痛んでいないところまで、髪を切っていく。そのまましばらく静かな時間。
「もー、いっそ前髪も少し切っちゃいますから」
「……んー、じゃあお願いしますねー」
返すリリィがうつらうつらしていて。気分はよく分かる。髪を切られていると眠くなる。ただ。
「……寝るんじゃありませんよ。どんな髪型にされても知りませんよ!?」
「気に入らなかったら、報復するから良いです」
本当にやっちゃおうかとも思ったが、とりあえず我慢しておく。
「目はつぶっててくださいよね」
「はぁい」
綺麗だな、と思うのだ。変にニコニコしていない彼女は。笑っていても可愛いのだろうとは思うけれど、いかんせん、神経を逆撫でするから。
ため息を一つ吐いて、気を取り直す。
そっと前髪をつまんでハサミを。
「くー」
がくり。
「うわあああっ!」
動かそうとした瞬間にいきなり首ががくりとして。顔に、刺さるかと思った。
「ああああ、危ないなっ!!僕、刃物持ってるんですよ!?怪我したらどうするんですか!」
「ぅあ?あら。ごめんなさい、眠くってー」
「お願いだから、しっかりして!僕は美容師ではないんですよ!?寝ちゃっているひとの髪を上手くなんか切れないんですよ!?それ以上に、怪我するからいきなり動くのは止めてください!」
まだ心臓がどきどきする。ちょっと手が震えた。
「……うー、本当に、眠いんですよーぅ」
「も、もうちょっとだけ我慢して!ね?」
「うー」
こくっと頷いた彼女の髪をさくさく切る。もう、細かいのは彼女がはっきり目が覚めてからでいい。
そのまま本当に寝てしまったらしく、頭が動かなくなったので、毛先を全体的に調整する。ぱたぱたと切った髪を払って。そうしてから、彼女の髪を…………。
「…………元通りに結うのが面倒だからって、僕が普段している髪型にしたら、どーするかな、この人」
呟いて考える。
…………死ぬほどからかわれる自分が目に浮かぶ気がした。
「……やめよう」
さらりと指を通る髪。今度は毛先まで綺麗で。
「…………ふー、よし、満足!」
ちゃんと結って、なんだか凄く達成感で一杯だ。
「ほら、起きなさ……」
猫と一緒になんか微笑みながら眠っているリリィを起こすのが、ちょっとためらわれた。
顔にかかる髪をそっと払ってやって、頬を指が掠めて。
その表情に、手が止まる。
そのまま3秒考える。
「……は、ま、いいか……。そのうち、起きるでしょうし」
浮かんだ考えを却下して……満足したし、とりあえずお茶でも入れようか、と踵を返した。
「あら、おしまいですか?」
「…………」
やけにはっきりした声。ああ、これは起きていたな、と理解する。
「目が覚めているなら、帰ってください。終わりましたから」
「まぁ。うん、まぁ、いいでしょう」
「……美容室いけ、最初から」
かちんとしたが、とりあえずそう返しておく。
「それにしても……寝ちゃってる私に、何かしようと思わなかったんですか?そう、まずはポチちゃんを取り返す、とか」
そっとポチを膝から近くのクッションに魔法で移動させる。
「ああ、そうですね。退かせば良かった」
しまったなーと純粋に反省する。猫があまりに気持ちよさそうだったからそのままにしていた。それこそが自分の首に突きつけられたものだったというのに。
「変な髪型にしたら怒るって、言ってたじゃないですか」
「そうじゃなくて。……寝ている私に、あなたは刃物を持っていたはずですけれど?」
きょとん、とする。
「……ああ、そのまま殺しちゃおうとしなかったのか、って?」
「はい。やるかなーと思ったんですけど」
にこにこと笑いながら聞く彼女に、ミケは。
「でも、どうせやらないと思ってたでしょう?」
「はいv」
戦場で、魔法で。彼女を倒したい、と思っているから。
こんなところで不意を打っても、仕方がない。
「後はほら、キスとかそういうイタズラは?うふふ、私、隙だらけでしたよ?」
「…………でも、どうせやらないと思ってたでしょう……?」
「はい、どうせミケさんですからv」
おのれ、と。
かなり腹が立ったが、止めておく。
怒って文句を付けるようなことじゃないだろうと。
「もーいい。早く帰ってください」
「えー、今度は私がやってあげますよぅ」
「僕は、あなたに刃物を持たせて背後に立たせるような勇気は、ないんです!」
そんな怖いこと、できる物ではない。
妙な髪型にされても刺されても、嫌すぎる。そして、どっちもあり得る。
「いくじなしー!」
「世の中当たり前の行動って言うのは、あるとおもいます。お断りします」
「……わかりました、じゃあ、今日は私も満足したので、お礼くらいはして帰ります」
瞬間的に、物わかりが良いな、という感想と。
警報。
ふわり、と飛んできた彼女は、目の前で笑って。
「ありがとう、私の猫さん」
「!?」
引き寄せて、唇を無理矢理重ねてきた。
「うふふ、このまま遊んでいこうかと思いましたけど、綺麗になって嬉しいのでチャカ様に見せに行きますねvじゃあまた」
「二度と来るなっ!」
叫んだ言葉にころころと笑いながらリリィは消える。
「っあー、もうっ!」
唇をがしがし拭って、感触を消す。
「…………ほんとに、何か、してやれば良かった……!」
踏んだり蹴ったり、だ。
最初からもっと、嫌がらせしてやれば。そうしたら。
……そうしたら?
「まぁ、痛い思いはしたでしょうけど……」
帰さずに、済んだのかな。と、一瞬思って振り払う。
「く、ひとののんびりした時間を返せっ!」
穏やかな気分を、返してくれ。
もやっとした気分をどうにもできずに、とりあえず猫を抱いて、ため息を吐いた。
「二度と来るな」

「ミケさーん、今日はちゃんとトリートメント持ってきたんで、よろしくー」
きっかり3日後。堂々とやってきたリリィに、心から叫んだ。
「出て行けー!僕はあなたの下僕じゃないんですっ!」
「まぁ、じゃあお礼すればいいんですね。うふふ、今夜は泊まっていってあげますからv嬉しいですか?」
「いりませんーーーーーーーーっ!もー、いいから、僕の平和な時間を返してーっ!」

自分の心のお手入れは。
当分無理そうだと思った。

萌えシチュの話からか…?何故髪いじりの話になったのでしょうか(笑)覚えてませんが(笑)相川さんから頂きました。
ミケさんて……世話好きですよね……(笑)猫質とられて仕方なくやってるのに、髪の痛みっぷりにぷんぷん腹を立てるあたりが萌えます(笑)そして今度はわざと髪を痛ませてやってくるんだろうな、この魚…(笑)
美味しい萌えシチュを(笑)ありがとうございましたv