恋というのは、なかなか治ることがない病気のようだという。
心がかき乱されて、他の事が何も手につかなくなって、相手のことしか考えられなくなって。
幸せと憂いが同居する。自分で自分の心が制御できない。
そんな、よく判らない病気のようだと。

その話を聞くたびに、あたしは不思議でたまらなかった。
自分の心が自分で制御できないのは、心が弱いからでしょう。
それを恋のせいにするのはおかしいわ。
あたしは絶対に、そんなことはしないって。

だから、あたしは一生懸命自分に言い聞かせる。
あの人のことで苛々するのも、腹立たしいのも、泣きたくなるのも、全部あたしの心の弱さが招いたこと。
あたしが心を強く持てばいいんだから、その原因を彼に求めるのは間違ってる。
それは、間違いじゃないと思う。

だから、面に出しちゃ駄目。
それが彼の考え方で、生き方で、彼という人なんだから。
あたしの考え方を彼に強要するのはおかしいし、それはしてはいけないこと。

そうやって、一生懸命平静を保とうとするのに。

「…妬いてるのか?」

あっさり見破って、そんなことを言ってくるものだから。
あたしはまた、自分の心の弱さを思い知らされる。

「…そんなに、顔に出てた?」
あとでそんなことを訊いてはみたけど。
彼はニヤニヤして答える。
「いいや。一生懸命出さないようにしていたように見えたね」
「そ、そんなことまで…」
見破られていたことにこっそりとうなだれる。
彼はまた、嬉しそうに笑った。
「判り易い、とは言わないが。だが、もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないのか?」
「肩の力…って」
「お前のことだから、どうせ嫉妬なんて醜い感情は面に出すべきじゃないとか杓子定規に考えてるんだろうが。
面と向かって妬かれるのも、悪くないぜ?」
「…そんなもの?」
「ああ。それだけ、俺がお前の心を動かしてるってことだからな」
それを知られたくないから、平静を装うのに。
軽く睨めば、また余裕の笑みが返ってくる。
「だが、そんなもんだろ、人を想うっていうのは。それは別段、悪いことじゃないと思うがね」
「そうかしら。良い関係を続けていくためには、嫌な感情は表に出さない方がいいでしょう?」
「それが杓子定規だと言ってるんだよ」
彼は言って、あたしの額をこつんと小突いた。
「好きな奴のことで一喜一憂するのは、ごく当然の感情だ。
繰り返すが、それは悪いことじゃないと、俺は思うね。
むしろ、変に気を遣って押さえ込まれる方が不愉快だ」
特に痛いわけじゃないけど、小突かれた額に手のひらを当てる。
「…あなたも、そうなの?」
「何が?」
軽く首を傾げる彼に、視線を向けて。
「…あたしのことで、一喜一憂…するの?」
相変わらずの余裕の表情は、とてもそんな風には見えなくて。
もっとも、彼が仮面をつけるのが得意なのは…知ってるけど。
彼はしばらくきょとんとした後、また、にっと余裕の笑みを浮かべる。
「……さあな?」
「…もう!」
憤慨して見せれば、ははっと軽く笑われて。

そう、自分でもわかってる。
嫉妬なんて、面に出すべきじゃない…そんなのは、建前。
本当は、あたしばかり一喜一憂してるように思えるのが、悔しいだけ。

建前で飾って、理屈で鎧って。
それでも、こともなくそれを剥がしてあたしを見つける。
それが、少し悔しいだけ。

それでも…それが少し、嬉しいと思えてしまうから。
やっぱり、恋というのはよく判らない病気だと思う。

2006.6.26.KIRIKA