陽が傾いて、世界の全てが違う彩りを見せるこの時間が、一日で一番美しいと思う。
山も湖も、人も街並みも、全てが美しい朱に染まる。
働きに出ていた者は家路を急ぎ、子どもたちも友達に別れを告げ、夕飯の買い物をした女性が慌しく道を駆けていく。
愛しい人たちに会うために。
紅い日差しが人々を照らし、長い影を作って。
長い影が道を行き交う、この時間が一番好き。

彼があたしの前を歩く。
あたしたちの前に影が出来ている。
並んで歩く、2つの細い影。
動きに合わせて形を変える影が面白い。
横に動いてみたり、手を伸ばしてみたり。

そうして、あたしの影の手が、彼の影に触れて。
あたしは、不意に立ち止まる。
彼に触れていないのに、彼の影に触れるあたしの影。
並んで歩く、高さの違う2つの影。
立ち止まったあたしに気付かずに、どんどん離れていくもう1つの影。

ちくり、と胸を刺す寂しさ。

「…どうした。早く帰ろう」

不意にかけられた声に、はっと我に返る。
立ち止まったあたしに気付いて、振り返って手を差し伸べる。
何のことはないその仕草が、締め付けられていた胸を暖かく解いていく。

「…ええ」

ふわりと地を蹴って、彼に追いついて。
その手を取り、そっと寄り添う。
並んで歩いていた2つの影が、ぴったり寄り添って1つの影になる。

うん、こっちの方がいい。

並んで歩く2つの影より、寄り添って歩く1つの影の方がいい。

2006.6.14.KIRIKA