目が合うと、どきどきして。
触れ合うと、体が熱くなって。
あたしは確かに、この人に恋しているのだ、と思う。

彼について、知っていることは意外に少ない。
天界からやってきた、生粋の天使で。
お父様は天界の重要な役職についていて…昔、ママの婚約者だった、らしい。
お父様の命で、ママを連れ戻すために現世界に降りてきて…そして今、あたしと一緒に旅をしている。

対象の神経に作用する「幻術」を得意とする魔道士で。
暖かい色合いの服は魔道士なのに露出が多いと思う。たまに、少し恥ずかしくなる。
さらさらの金髪を後ろで括っていて、青い瞳にはいつも力強い光が湛えられていて。
あたしを見るときには、いつもからかうような少し皮肉げな表情で、でもまっすぐに見つめてくる。

食べ物の好みは、意外にあっさりしたものが好きらしい。
少なくとも、今まで一緒に食事をしてきた中で、彼が肉を食べているのを見たことがない。
小食で、甘いものもあまり好きじゃないみたい。
でも料理は上手で、たまにあたしの好きな甘いお菓子を作ってくれることがある。

あたしは、男の人と触れ合うのは彼が初めてだけど…彼は、女の人の扱いに手馴れてる、と思う。
それは、彼がいつもかぶっている、優しげで人当たりのいい「仮面」のせい。
彼は、相手が何を自分に求めているのかを瞬時に察して、その通りの「仮面」をかぶることが出来る。
だから、彼に夢中になる女の人は少なくなかった…んじゃないかと思う。

他人に対して「仮面」をかぶるのは、彼が今まで生きていく中で培った「処世術」なのだと言っていた。
相手の望む「仮面」をつけていれば、自分の立場を有利に運ぶことが出来る。世の中を上手く生きていくための「アイテム」なのだと。

そう言って、「仮面」に騙される人を蔑んでおきながら、あたしには彼がとても悲しそうに見えた。
自分の表面をしか見ない人たちに、彼は絶望してしまっているのだと。
そういうものだと受け入れるには、彼の心はあまりにもまっすぐで、だからそうやって自分が曲がるしかなかったんだ。

そういう彼と対峙しているとき、あたしはとても彼を抱きしめたくなっている自分に気付く。
切なくて、でも自分にはどうすることも出来ないもどかしさで、胸がいっぱいになる。
あたしがそうしたところで、どうなるとも思えない。でも、何かしたい。気持ちを伝えたい。
これが、愛しいという気持ちなんだろうか、と思う。

「……何だ、じっと見て」
食事の手を止めて、彼はあたしの方を見た。
「え、ううん、別に」
あたしは慌てて、止まっていたフォークを動かす。
彼はくすくすと笑った。
「別に見とれていても構わないぜ?」
「そんなことありません」
「素直じゃないな」
「あなたに言われたくないわ」

そう。彼はめったにあたしに対する気持ちを口にしない。
態度には、もういいっていうくらい出してるんだけど。
一応女の子である身としては、言葉が欲しい時もあるし。
…余裕げな態度が癪に障るときもある。

「…心外だね。俺はこんなに素直なのに」

あたしの口に出さない呟きが聞こえた、というわけでもないのだろうけど。
そんな言葉を言った彼を見上げると、彼は片手で頬杖を付いて、あたしを見ていた。
嬉しそうな、いつくしむような。
まっすぐな青い瞳に、どきりとする。
「…そう?あたしも、素直でいるつもりだけど」
それを気取られないように、目を閉じてフォークを動かせば、
「そうか」
なんて返事と共に、またくすくす笑って。
きっと見抜かれているんだと思うと、やっぱり少し悔しい。

目が合うと、どきどきして。
触れ合うと、体が熱くなって。
愛しくて、抱きしめたくなって。
何かしたくて、気持ちを伝えたくて。

あたしはまだ、恋と愛の曖昧な境界線の上。

2006.6.6.KIRIKA