「……」
「ミケ?どうしたの?」
「ちょっと……寝不足なだけです……」
釈然としない、そして疲れた顔の侍従長に、女王は心配そうな顔を向ける。
「今日は、お休みでも、いいのよ?」
「まさか」
「大丈夫、わたくしは、我が儘の言わない淑やかでおとなしい女王ですから」
嘘くさい。
そう言わんばかりの視線で見られて、リリィは苦笑する。
「で、どうして寝不足なんですか?」
「夢見が、良くなくて」
「まぁ」
「でも、その夢、よく覚えていないんですよ。だから、余計にもやもやして」
酷く不愉快な夢だった。
未だにイライラする辺り、相当不愉快だったのだろう。なのに、欠片も思い出せない。
「……僕は大丈夫ですから。ご心配なく」
「だから、休みでも良いって言ってるじゃないですか。お給料減らしたりしませんよぅ」
「お給料は普通にください!いざ、何かあって職を追われたときにお金がなかったらなにもできないんですからっ!」
「職を追われるって、例えば?わたくしは、あなたを解雇する気は全然、これっぽっちもないんですけれど」
心外そうに言う女王は、いずことも知れない場所に給料の大半を確保しているらしく、手元にお金が来ないので、正直怖い。
「……お給料を渡して、お金が貯まって、あなたがどこかに行ってしまったら困りますもの」
「……本当にあなたを浚って逃げようと思ったときにどこにも行けなくて困るのに」
同時にそんなことを呟き、2人でちょっと沈黙。
「そういうときは相談してくれたら、ちゃんとお渡ししますよぅv何か欲しいものがあるときも言ってくれたらv」
「プライバシーとかサプライズとか無縁ですよね!全く。……大丈夫、働きます。働くからちゃんとお給料くらい全額ください」
「使い道を聞いてからです」
「いいからっ!今月分くらい何も聞かずにください!」
「えー。分かりました、雇用主としてたまには渡してあげます」
「うわ、超偉そう」
「偉いんです、女王なんですから」
……正しい。正しいんだが。
なんだか一層もやもやした。……これは彼女絡みの夢だったのかもしれない。
「まぁ、いいんですけどねー。サプライズプレゼントとかは期待しないでくださいよね」
「……くれる気だったんですか?だったら」
「もーいいです。一応生活できていますし、必要最低限の欲しいものは手に入りますしね。お金の心配のない生活ですから、何かそういうイベントをやろうとしたときにちょっと困る以外は問題ありません」
「んー……うーん……悩みどころです。あなたにこれ以上の金額をお渡しすると、貯蓄する余裕ができちゃう……逃げられないようにするには……後はもう、金券にするしか」
ぶつぶつ言う内容は半分も聞き取れなかったが、何か不穏な空気があった。
「あなたが、どこかに保管しておくって言うなら、それでいいですよ。僕は生活には困らないわけですし」
「ほんとですか?」
「それに、最近仕事している気分じゃないですからねぇ。正しく養ってもらっているような気分ですよ。……正直、どうなんだ、これ……」
男としてのプライドとか。
魔導師としてのプライドとか。
何かもう色々問題があるのだが、雇い主が彼女では。
「嫌じゃないならいいですよね。じゃあ、今まで通りで」
「……彼女の我が儘聞いて、四六時中一緒で、好き放題側にいられる。確かにこれでお給料もらったら、本当に悪い気がしてますから」
「まぁ」
「何か贈るにしても、アクセサリーなんてとても手が届かないし、花だって囲まれているし、服なんかそもそも僕が買って贈れる物なんて、着る機会がないし。……ふ、お金があってもどうにもならないんですねー、あはは」
ちょっと気が遠い。
「じゃあ、ほら、ミケ。物じゃない贈り物とか」
「物じゃない?」
「わたくし、あなたとの子どもが欲しいです、きゃ」
盛大に吹き出した侍従長に、お世辞にもお淑やかとは言えない爆笑を返したリリィ。
「あははは、もー、ミケってば。その顔が何よりもプレゼントです。そういう顔、見たいですねぇ、もっと」
「あなたはーっ!……もう少し、国内が落ち着いたら、その贈り物、あげても良いですけど!」
「ほんとに?」
「あなたが、欲しいのなら」
「じゃあ、くださいね、約束ですよ?」
動揺するかな、と思いきや。
いともあっさり返されて、ああ、敵わないなと白旗を上げて。
「そのときもまだ。もっと綺麗になったあなたが、僕でも良いと言ってくれたらね」
「まぁああ、当たり前じゃないですか!で、わたくしは欲張りなんですけれども」
「はい?」
「わたくし、いっぱいあなたからの贈り物は欲しいんですけどv」
「…………は?」
「まさか、子どもは1人、なんて寂しいことは言わないでくれるのよね?ここはやっぱり2人以上は欲しいですよねー。頑張ってくださいねv」
これはもう、死んでも敵わないなぁ、と。
心地よい敗北感のまま。
「……すみません、女王陛下。やっぱり今日はお休みください」
「いいですよ。じゃあ、ゆっくり……」
白い手袋を外して。
目の前の女王の頬に触れる。
「愛しています、僕のリリィ。きっと、贈り物は一つ二つじゃすまないと思うので。今から、覚悟しておいて」

今日はお休みだから。
侍従長ではない、1人の男として。
幸せそうに笑って、彼女を抱き寄せて、キスを落とした。

「というわけで、帰って寝ますv女王陛下はお仕事頑張ってくださいね、無理しちゃ駄目ですよー」
「…………いやー、お仕事行きませんっ!ずるいーーーーーーっ!」


後書き10-2
手袋を外すとき

→「おやすみなさい」

そうか、なるほど、理解した。任せろ。

これも、違うんですよねぇ……(笑)