ひょい、と目の前からワイングラスを取り上げる男の人にしては、細い指。
真っ赤な液体を睨み付けるようにしていた女王は、釣られるように侍従長を見上げる。
「苦くて飲めないなら、止めておいたらいいでしょう」
「そう言うわけにも、いきません。実際晩餐で出されることもあるんですから」
「……苦くて、嫌なんでしょう?」
むぅ、と頬を膨らませたリリィの手から取り上げたワインを、ミケは蝋燭の光に透かす。綺麗なルビー色の液体を揺らして、ああ、高そうだなぁと思った。
「雰囲気だけ楽しんでおいたらいいでしょう。まだ、早いってことで」
「まぁ、酷い。子ども扱いするんですか?」
「実際、子どもなんですから気にしなくて良いでしょう」
「まああ、じゃあ、ミケは自分が大人だって言うんですね?美味しくワインが飲めるから、大人だって。あらあら、吃驚ですよー」
わざとらしく言うリリィを見下ろして、ミケはため息をつく。
「もっと甘いワインとかありますから、そっちから始めたらいいと思います。練習するならそういうのから慣れていったらいいでしょう。一応、あなたよりはお酒を飲んだ経験がありますから」
「…………飲んでいるところなんか、見たことがありませんけれど?」
「飲むと暴れるので、アルコールは仕事柄入れないようにしています」
いつ、我が儘な姫が呼ぶか分かりませんから、と苦笑されて、リリィは機嫌を損ねてふいっと横を向く。
「そのワイン、下げてください。……で、その甘いワインっていうのを今度持ってきてください」
「かしこまりました」
すい、と頭を下げるミケはそのグラスを下げようと踵を返して。
「……もったいないから、飲んじゃってくださいな」
「え?」
かけられた声に、振り返る。
「結構高いのを、開けてもらったんです。もったいないでしょう?『美味しく飲める大人』なんですよね、どうぞ?」
「あなたがこの後呼ばないというのであれば、後でいただきますけれども」
「命令です。この場で、飲んで」
訝しげな視線を向けて、ミケは口を開く。
「女王陛下?」
「あなたは、本当にワインを美味しいって、思うんですか?本当に、飲めるのですか?思い切り子ども扱いしましたけれど、あなたはわたくしとそんなに年は変わらないはずですけれど」
「……ご命令であれば、お聞きしますけれども」
「命令ですっ」
そんなに子ども扱いしたのが気に入らなかったのか。ちょっと反省しての従者としてのその言い方も気に障ったようで、分かりやすく頬を膨らませた女王に、ため息。
「……ほんっとに、良いの開けたんですねぇ……取っておいて、慣れた頃に飲んでみるといいですよ。多分、飲みやすい方だと思います」
少しだけ口に含んでそんな感想を述べる侍従長に、つまらなそうに女王は唇をとがらせる。そんな様子に苦笑しながら、グラスを空にした。
「……じゃあ、しまっておいてください」
「かしこまりました。それから」
「?」
「僕は量が飲める訳でも、アルコールに強いわけでもありません。命令であれば飲みますが、臣下に飲酒を強制するのは感心しません」
「…………じゃあ、そう言えば良かったのに」
「そう言ったら納得してくれましたか、あなたは」
「……」
本当に大人から諭されているようで、気に入らない。年の差や身分の差を感じさせられて、酷く気に障った。そこまで不機嫌を他の人に出しはしないのだが、目の前にいるのはミケ1人だ。だから遠慮無く横を向いたが、それも子どもっぽいと思って、少し自分で落ち込む。
「お疲れでしたら、今日はもう休んでください。女官の方を呼んで参ります」
「いいです。もう少しして猫を被る気になったら自分で呼びます。……下がりなさい」
「かしこまりました。……女王陛下」
呼ばれて、不機嫌ながらも視線を向けたリリィに、困ったように笑みを浮かべた。
「僕は、今、ちょっと酔っています。その上での発言の無礼をお許しください」
「……なにかしら?」
「僕も甘いワインの方が好きですから。女王様のお仕事の延長で飲むのではないときになら、練習に付き合ってあげますけれど」
ワイングラスを持ったまま、リリィに歩み寄る。そうして、身をかがめて彼女の視線に合わせる。
「合いそうなものも見繕ってあげます。……誰かと一緒に飲むともう少し飲みやすいかも知れませんよ?飲めるようにならなきゃ、って1人で頑張るよりは」
「ミケ」
「…………なんて、女王陛下には言って良いことではありませんよね。申し訳ありません」
わざとらしい謝罪と笑顔に、リリィも苦笑した。
「女王に2人きりでお酒をって誘う侍従長も悪いですけれど、……お酒の飲めない子どもに、飲酒を勧める大人も、悪い人だと、思うのよ?」
「そうですね。だから、女王でもそんなに子どもでもない、僕の彼女に伝言をお願いできますか、女王陛下」
「わかりました、伝えてあげます」
「その代わり、悪い人のお誘いなので、どうなっても知りませんよ、とセットで」
くす、と微笑んでグラスの縁に口づける。僅かに口紅の残るそこへと。
どこかうっとりした微笑みを浮かべる彼の頬が上気しているのは、今は照れでもなんでもなく、単なるアルコールのせいだと、気がついて、リリィは苦笑した。
「分かりました、伝えますねvきっと頷いてくれますよvで、どうなっちゃうんでしょうね、その彼女は。わたくし、女王で箱入りで、しかも子どもだから分からないですv教えて欲しいな、わたくしの侍従長v」
「そーですか。子どもにはお聞かせできないお話なので、また今度ですね、女王陛下」
「ええー!?」
いつも以上に、冷静で穏やかに見える侍従長の顔で、彼は彼女から離れてテーブルの上を片付ける。
「では、お休みなさいませ、女王陛下。良い夢を」
「……本当に、あなた、酔ってるんですね……ちょっと反応に困ります……」
「だから、あまり強くない、と申し上げましたよ?」

恋人たちが甘いアイスワインよりも甘い時間が過ごせたのかどうかは、『女王陛下』と『侍従長』たちにはあずかり知らない事なのでした。


後書き8-3
15才にワインを飲ませて良いのかー!(笑)
そう思って書いたのですが、飲めるそうなので、お蔵に突っ込みました(笑)
ちぇ(笑)