先程から笑い続けている主君を見ながら、ミケはため息をつく。
「うふふ。うふふふ」
「…………」
やや、というか。どん引き。
「んもー、ミケさんは、ノリが悪いですー!さ、もう一杯行きましょう!」
「もういいから、お休みください、女王陛下」
「なんでですかー!このー!この、さらさらキューティクルのせいですか!せいですね!?このこのー」
えいえい、と髪をひっぱる彼女に、幾度目かのため息をつく。
晩餐会でワインを、飲んでいたのは知っていた。その後彼女が部屋まで戻り、深く息をつくと。
で、どういう訳だか、こういう状態で。
「ヘレンさーん、ちょっと、どうにかしてくださいよー」
「すみませんねぇ、侍従長。お片付けが済むまでちょっと面倒見ててください。お客様が帰ると一気に崩れるものですから……」
ぽい、と脱いだハイヒール。外された手と首のアクセサリーを片付け中のヘレン。ドレスもティアラもそのままの女王は、帰ってきてすぐに侍従長に思い切り抱きついた。……後ろにソファがなかったら大惨事だ。その姿勢のまま笑い始めて動くに動けない。
「すみません、ヘレンさん。本当は僕も片付けなきゃ行けないのに」
「いえいえ。助かっていますよ、っと」
リリィはミケの側から離れて、ばふっと抱きつく。
「あらあら、姫様」
「ヘレンーv」
「……いつものことですか?」
「いつものことですよ。この状態だと片付けられなくて困るんですよ」
言いながらも、ヘレンも嬉しそうに女王の髪を梳く。ぎゅう、と抱きついた彼女はといえば。
「ヘレンは胸が大きいのね。…………いいな。……………………いいなー……。ミケさんの、愛が足りませーんっ!大きくしてください!ミケさんの愛で!さぁさぁ!」
「ヘレンさーん、ちょっと、どうにかしてくださいよー」
ばっと振り返り迫ってきたリリィに、侍従長は先程と全く同じセリフを口にするが、ヘレンはにこやかに笑った。
「後はよろしくおねがいしますね、侍従長。ささっと片付けちゃいますから」
「うわ、丸投げですか!?」
「結婚前の姫様なんですから、注意してあげてくださいね?」
「どんな注意ですか!」
「はいはい、終わったのでお邪魔虫は退散しましょう。姫様、男の人は狼ですから、気をつけてくださいねー?」
「はい、リリィ良い子ですから、分かってますーv」
ぜっっっっっっったい、分かってるけど、違う方向に分かってるだろ。
そう突っ込みたいのを堪えて、ミケは再度抱きついてきたリリィを抱き留める。恨めしそうな視線を楽しそうに受け止めて、ヘレンは部屋を出て行った。
「……女王陛下。いい加減離してください」
「やですぅ」
膝の上に座って、胸に縋るようにしてくすくす笑う。そっと見上げてくる微笑みが、楽しそうだ。
「女王陛下」
「んーん、ちゃんと名前で呼んでくれなきゃ、いやぁ」
ふるふる、と首を振る。
「……女王陛下」
「いや」
まふっと胸の顔を埋める。
「やなの。ミケ、やあなのー!」
「…………さて、どうしましょうかね」
一瞬考える。

乗っておく

駄目に決まってる

◇ ◆ ◇

しょうがない、乗っておくことにした。
「どこが、良い子なんですか」
「ちゃんと、女王様してますよ?」
「そうですが」
「だから、ごほーび、ください」
嬉しそうに、楽しそうに。ゆっくり伸ばされた手が頬を包んで引き寄せる。
それに、逆らわずに回した腕に力を込めて。
「……まったく、あなたは」
「嫌いになった?」
混ざり合う吐息に、笑いが混ざっている。くすくす、と嬉しそうに。
「しょうがない人ですね」
「はいっv」
「慣れないワイン飲んで、お客様をおもてなしして。よくできました。甘えるくらいでよければ、いくらでもどうぞ」
「……ミケー?」
「それ以上先は、ティアラを外してからですよ、女王陛下」
「まぁ」
はい、とやや乱暴に外したティアラをミケに渡す。
「可愛がってくれますか?」
「何の、ためらいもナシですか」
「ありません」
「まったく」
苦笑して、もう一度しょうがない人ですね、と呟いて掠めるように一つキスを。そうしてソファに押し倒して、その耳元へ唇を寄せる。
「あなたが本当に酔っていたら、問答無用で寝かしつけているところですからね?」
「っふふ、ちょっと甘えたかっただけですv平気ですから、うんと、可愛がってくださいねvあ、胸はしっかり大きくなるようにお願いします」

最後の言葉だけは、やけにはっきり真剣なお願いだったような気がしたけれど。
ミケは苦笑して、「努力はしますけどー」と答え、叩かれた。

駄目に決まってる

◇ ◆ ◇

「駄目に決まっています。あまり悪ふざけはなさらないように」
「ええええ、ミケ、気遣いが足りませんよーぅ」
「女王陛下」
真顔で彼女の顔を覗き込む。
「…………大して、酔ってらっしゃらないでしょう」
「何言ってるんですかー」
「無駄です。いい加減になさい。怒りますよ?」
「…………」
「…………」
しばし、見つめ合う。
「……女王陛下」
「…………だって、甘えさせてもらえないから。酔っぱらったっていうことなら、みんなしょうがないって言って、甘やかしてくれるんですもの」
むぅ、と拗ねた顔をしてミケを見つめ返す。
「……最初から、そう言えばいいのに」
「誰に?」
幼い女王として立ちつくす自分が、誰に。
「……僕に。ちゃんと、見抜けたんですから、それくらいのご褒美はください」
「ご褒美?」
「甘えたいんだって、言ってくれたら。そうしたら、甘えさせてあげられる。酔っぱらったあなたをどうこうとか、僕が考えると思うんですか?」
「まぁ、無理ですよねー」
「なんだこれ、凄い腹が立つ……」
なんだかよく分からないが、いらっとした。
「あなたに素直に甘えられるのは、……好きですよ、僕は」
「ミケ」
「で、僕はどうしたらいいんですか、リリィ?」
「そうですね、可愛がってくださいv」
「…………どうとでも取れる、何でも良い感じの要求ですね」
「女の子の口からは言えませんvさ、どうします?何を、してくれます?一杯甘えたいんですけど」
にやり、と腕の中で笑ったリリィに、ミケは苦笑する。
「まずは、抱きしめてキスしたいんですけど。『お疲れさま』って」
「…………まずは、という言葉に、期待します」

笑って落とされた唇が触れた額に、不満げにリリィが見上げると、その頭上から、彼の手でティアラが外される。テーブルに置かれたそれを見ながら、ふかくふかく抱きすくめられて、そっとリリィは微笑む。

「だいすき、ですよ」
「僕も、すきですよ」

そうして、今度こそ落とされた唇に、その深さに満足して目を閉じる。
間を埋めるのに、ワインなんか、いらないんだ、と。

乗っておく


後書き8の1、8の2
チャットで確認して、書き直した作品(笑)
なのに、更に分岐とか(笑)

まぁ、思いついてしまったものは、致し方あるまいて……(笑)

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