「駄目です」
「なぁんでですかー!」
「駄目な物は駄目です。お分かりですか?女王がほいほいお忍びで出かけたりしないで!」
「良いじゃないですかー、ちゃんと護衛を付ければ」
「護衛の腕にも寄りますし、数にも寄ります!」
お忍びで外に出たいと言った女王に、侍従長は駄目だと繰り返す。
それでもなお、彼女は諦めずに外に行きたいと繰り返す。
「護衛の数は1人で。そんなに一杯いたらお忍びじゃなくなっちゃいますし」
「……どれだけ腕の立つ人なんですか?」
訝しげにミケは眉を寄せる。たった1人で女王を守れる腕の持ち主を、記憶の中から探していると、目の前の少女がぷうと頬を膨らませる。
「一緒に来てくれるのでしょう?」
「…………駄目です、絶対」
「いいじゃないですか、どうして駄目なんです?」
「駄目に決まってる!僕の実力であなたを守りきれると思ってるんですか!?」
「思ってます」
自分の実力は自分が一番知っているんだから、と言ったミケにリリィは笑う。
「……でも、わたくしは、あなた以上に、わたくしを守ろうとしてくれている人を知りませんから」
「……守ろうと思っているのと、守れるのとは違うんです。許可を出さないのが、実際にあなたを守ろうとしている最大の行為だと思ってください。あなたに忠誠を誓うものとしての判断です」
まっすぐに見つめる視線は騎士でも通用しそうだ。
揺るがない視線を真っ直ぐ見返して、リリィは少しため息。
「……どうしても、駄目かしら」
「駄目です」
「そうですか。分かりました」
「……僕すらまいて外に出るのは、止めてくださいね。そのときは、捜索隊を出しますから」
やけに物わかり良く言った彼女に、ミケはさらりと返す。むぅ、と不満そうにミケを見上げる女王。
苦い顔で見下ろす侍従長。
しばし睨み合う。
「……どうして、お忍びなんか」
「お忍びがしたいんじゃありません。『2人で、一緒にいたい』んですー。だから、あなたが探しに来てくれるのなら、勝手に外に出てもいいと思ったんですけれど」
「その理由なら、絶対にお忍びは許可できません」
「むー」
「……女王陛下はお疲れなので、午後はお休みにしていただきましょう。お茶でよければ、お付き合いします」
「ええー」
「その理由なら。部屋で2人きりでも、いいんでしょう?……僕の部屋に、遊びに来ますか?」
「……あなたの、部屋?」
「……駄目だ、それじゃあなたの安全という意味だとちょっと問題があるから、やっぱりあなたの私室で……」
「じゃあ、ミケさんの部屋でv」
「はい?」
「王宮内ですから、警備は問題ないですよね?じゃあ、それで!」
「いや、あの」
「それで、いいですよね?お忍びは諦めてあげますから」
「……分かりました。後は、そうですね、僕が危険物に成り下がらないように気をつけます」
「そんな忠誠いりません」
「ええ!?」
「部屋で2人きりですよ?誘うからには、それなりに下心があるんですよね!ね?」
「……騎士だったら、首でも飛ばされそうですけれど。すみませんね、忠誠心に篤いタイプではなくて」
「え」
「目的が、一緒にいる事なら、2人きりでいる事なら。できたら人目が気にならない方が、いいって、思っちゃったんですよ!申し訳ありません、女王陛下」
「……本当に、下心が、あるのね?」
「なんか、嬉しそうですね……?あなたの一番の部下ではないと言っているのに」
「かまいませんよ、うふふふふ」
「……できたら、忠誠でも誰にも負けないと言いたいんですけれど。駄目ですね。あなたのことは一番に考えているつもりなのに」
「いいえ、それでいいんですよvすっごい期待してますから」
「はい?」
「あなたが下心があるって明言するんですもの!何かあるって思って良いんですよね?きゃ、リリィどきどきしちゃう」
「っ!」
「んもう、何でも来いですよ!着替えとか持っていった方が良いですか?」
「いやいやいやいや、着替えが必要なことはないと」
「やーん、楽しみーvあ、じゃあ、呼ばれない程度に仕事は終わらせちゃいますからvわーいわーい」
「……女王陛下」
「は……」
思い切り引き寄せられて、腕の中に収まる。軽く塞がれた唇が、離れて。
「……あんまり、揺らさないでください。忠誠じゃなくて好意であなたの事を一番に考えるようになると、優先順位が変わる」
「別に、いいのに?」
「やるからには、歴史に名を残すような女王になって欲しいんです。そのためにならいくらでも苦言を呈す。嫌われようがなんだろうが、構わない。それがあなたのためです。……でも、好意が絡むと、難しくなる。最悪、あなたを浚って逃げたりしそうだ。だから、あんまり……」
「おとなしく、浚われそうですか、わたくしは?」
「…………とても、そうは思えませんけどね!」
でも、やるときはきっとやってしまうと思いますよ?
少し脅すようにそう言ってみるが。
「……どうせ、あなたにはできませんよ。それだけのことができるようなら、今頃わたくし、こんなに悩んでません」
「はい?」
「……浚って逃げようと思ったら、言ってくださいね?夜逃げの準備くらいはしておきますから。エミィもいますし、本当にいざとなったら後をお願いして一緒に行ってあげますよ」
にこりと微笑んで笑った彼女に、一瞬呆然として。そして苦笑を返す。
「……女王陛下」
「そこは、リリィって呼ぶべきだと思いますよ?侍従長?」
「ああああ、もぉ、敵わないな、勘弁してくださいよー」


後書き4
多分、いつもいつもいつも、忠誠に傾きっぱなしの天秤(笑)
それでも、こっそり。時には愛情に傾いたりもしてますよ、と。

スイッチが微妙なんですけど(笑)
下心か、下心、難しいな、この子の下心(笑)レアなので3回くらい言っておきます(笑)