「あ」
見つけた瞬間に、普段、怜悧な……と言われる頭で、悩んだ。
大半は答えがすぐに出るのだが、今回は時間がかかる。
致命的なほどに。
「きゃ、ミケさーんv」
逃げれば良かった!
声をかけられた瞬間に浮かんだ後悔と答え。
「…………」
無視しよう。
すっぱり次善の答えを出して、歩き始める。
「……ミケさーーーーーーーん!」
ぶんぶんぶん。
大きなアクションでその長い袖を振ってアピールする。周囲の人の目が、彼女を。そして呼んでいるのであろう相手を見る。
「っく、やめなさい、恥ずかしい!」
完璧に巻き添えだ、と思いながら走り寄る。
やっぱり気がついた瞬間に逃げればよかった。
あまりに人目を引くので、抱えてちょっと路地の奥まで逃げておく。
見せ物になるのはゴメンだ。
「んもう、いきなり人目のないところへ連れ込むなんて」
「うるさい、大体なんであんなオーバーアクションで呼ばれなきゃいけないんですか!デートの待ち合わせのカレカノでももっと静かですよ!?」
「やだ、ミケさんが気がついていないようでしたからvそれでも気がつかないくらい鈍かったら攻撃魔法でも、と思ってたところですv」
「……危ない……」
こんな大通りでそんなことをされたら。明日からどうやって生活していけばいいのやら。
「で、なんですか。あんなに手を振って、僕を呼んだ用事は?」
「え、見かけたから声をかけただけですよv」
「それで攻撃魔法、とまで!?」
「無視されたら腹が立つじゃないですか」
ごん、と近くの建物の壁に頭をぶつけて、早くも後悔しきりだ。
「くそ、こんな女こんな女こんな女っ!なんで見た瞬間に逃げたり道変えたりしようとしなかったんだ僕!どう考えたって厄災しか呼ばないって分かってるのに!どうかしてる……!」
「ミケさん、壁が可哀想ですよ」
「僕が可哀想だと思ってください!」
「分かりました。……うふふ、ミケさんってば哀れですね……」
「その発言は、激しくむかつくんですけど!」
「同情しろと言うからしてあげたのにー」
だから、嫌なのに!
「うふふ、ミケさんから私のところに来てくれるなんて、リリィ嬉しいv」
「はぁ?あれだけ目立つアクションで人を呼んでおいて、それですか?」
呼んだから来たのに。
理由はともかく。
「ミーケさん」
袖をひらひら、と振る。実際に手は見えないものの、多分手招きしているのだろう、と思って半歩寄ってみる。
「…………なんです?」
「別に?」
にこにこっと笑う目の前の少女が、憎らしくてたまらなくなって。
びし、とデコピンしてやった。
「いやーん、酷いですー」
「何がしたいんですか、あなたは!」
いつだって、彼女がしたいことなんてわからない。
自分にわざわざちょっかいかけてくる理由も、お気に入りだという理由も。
彼女の楽しいこと、なんてさっぱりわからない。
「おまじない、ですよ」
「…………何を、見た目通りの年の女性がやるような、可愛いことを言っているんです。年を考えて物を言ってください」
「まぁ、酷い」
「あなたのは、おまじないじゃありません。基本、呪いでしょうが!」
彼女は呪術を使う。それも、とんでもないものを。
瞬間、ぞっとした。
「……で、僕に呪いですか。かけたんですか」
「かけてるんですv」
けろり、と言うが、黒百合の魔女の呪いは本当に死に至る。
「ちょ、なななな」
「大丈夫ですよーvいきなり死んだりしないヤツですからv多分、どこの呪術調べても、分からないタイプのヤツですから解呪は無駄ですよv」
「…………で、余命はどのくらいです?」
「さぁー、私も効果があるのか甚だ疑問だったんですけどね。ミケさんになら効きそうだと思ってv」
「どういう意味です!」
人体実験は、勘弁して欲しい。
「ま、まぁ、確かに不幸が訪れるとか体調悪化とか、そんな効果はないようですから……効かないんですよ、それは」
「まぁ、気がつかない程度ですけど、かけ続けるほどに蓄積するタイプだとは効いていますから、いつかは」
「かけ続けるな」
そして、何十年と呪いをかけ続ける彼女の、その情熱はよく知っている。
「ほんっと、止めてください!迷惑ですっ!」
これ以上相手をしていても、疲れるだけだ。呪いは大変気になるが、もうできる限りそばにはいたくない。
踵を返して、歩き出す。
「あ、ミケさーん」
振り返ると、ぱたぱた、と手招きされて、立ち止まる。
「用があるなら、来たらどうです!」
「んー、もうちょっとなのにー」
言いながら目の前に来たリリィは、微笑みながらふわりと浮いて。
そっとミケの頬を両手で包むように触れて、囁く。その美しい笑顔に、目を見張る。
「ふふ、もう、充分効果は出ているようですけれど」
「は……?」
「それじゃ、また」
ぐ、と引き寄せられて柔らかい物が口を塞ぐ。
途端、我に返って振り払った瞬間には、もう彼女の姿はなくて。
耳にただ、笑い声が残った。

「いつか、ナノクニの呪術でも、調べてみたらどうですか?」

「な、何にかかってるって言うんですか……?嫌だ……本当に、怖い……」
ただ、変質している物があるとすれば。
「近くに寄ったら何か不幸が起きるって分かってて、なんで近寄られて逃げずにいたんですか、僕は……」
即逃げようと思わないことも。
普通に話をしていることも。
手招きされて、歩み寄ることも。
あんなに至近距離に側に寄られて、離れようと思わないことも。
「…………いや、そういう呪いは、ないはず……」
ぐるぐる、ぐるぐる、と目の前にいない彼女の事で、頭を悩ませて。ふと、こんなところで何をしているのだろうと、思う。
「…………か、帰ろう……」
落ち着け。
冷静になれ。
とりあえず、ここから離れよう。
そして。
「逃げよう、アレを見た瞬間には……!」
そう、危機管理を心に誓って、ミケは歩き出す。

けれど、多分。

気がついたら逃げようと思うまで、今日以上に時間がかかるのだろう。

◇ ◆ ◇

万葉時代は筒袖で指が出ないほど長い袖だったそうで、袖を振るのは呪術的な意味合いを持つのだそうです。
曰く、相手の魂を呼び寄せるのだとか。
かなり前なら、リリィに手招きされたら、恐らく即逃げるか警戒するはずなんですけれども、最近は(苦笑)
大分、呼ばれている気がしてなりません(笑)

袖を振る行為は、タイトルの歌でいけば求愛行為なのだそうです。魂を呼んで、とっつかまえるやり方とは、昔の人はえげつないなぁ、と解説を読んで思いました(笑)

はっぴー愛の日(笑)でした。

リーヴェルに頂きました(笑)やばい、今年も何もしてな(略)
古典には明るくないのですが、袖を振ることにそんな意味があるのですね(笑)袖の振り方でYESとNOがあるのだとか…奥が深いです。…まあ確かに、手を振られてたらとりあえずそちらに意識向けますものね(笑)魂を引き寄せるという意味は…あるのかも(笑)
相川さん、美味しいものをありがとうございましたv