部屋に帰ってきたミケは、届いていた手紙に目を通すなり顔を引きつらせた。

『今日は、私の誕生日なんですvというわけで、ください』

桜色の便箋に可愛らしく書かれた文字。
内容があまりに不穏で、見たくなかった。
「ください、って、何を……?」
呟いてみたものの、答えは当然返らない。気が遠くなった。いつ、どこで、どうやって搾取していくのか。考えるだけで、怖い。
「部屋には、出かけるときにはなかった物が置いてあるし……。一体、なんなんでしょうか……?」
そう呟きながら、ミケは……

  1. テーブルの上の巻き貝を手に取った
  2. 机に置かれたノートを開いてみた
  3. 窓に張られた符を剥がした
  4. 「ドレスカタログ」と書かれた冊子に触れてみた

相川さんから頂きました、2013年の誕生日プレゼントです。
当時、おそらく携帯向け乙女ゲでジュンブライドイベントが満載で、相川さんの「誕プレ何がいいですか」の言葉に「結婚ネタでひとつ」といったような気がします(笑)そうしたら、ひとつと言わず4つ来てしまったという(笑)相変わらず筆が早くてうらまやしいですわー。
相川さん、ありがとうございましたーv

細波が導く過去の夢

「ミケ」
「…………?」
目を開けると、空の代わりにキラキラ揺れる物が見えた。リゼスティアルは海の底にある。空は見えない代わりに、光が揺れる水面が見える。
「あれ、僕……寝ていましたか?」
「そうみたいね?」
ここは、地上の者たちも住めるように水を排した区画だ。地上と同じように芝もあれば木も花も存在する。柔らかな芝生の上でどうやら寝ていたらしい。身体を起こすと、横に転がっていた魔導書も拾い上げる。……読みながら、眠ってしまったらしい。
くすくす、と笑った女王は彼の横に腰を下ろす。
「中庭の隅で寝ているなんて、危機感がないと思わない、侍従長?」
「それだけ、安全なんでしょう?女王陛下」
からかうような言葉に、こちらも軽口を返して、2人は笑った。
「よく、見つけましたね?」
「偶然ね」
伸びを一つして、横の少女を見やる。若くして女王の座に就いた少女は、並大抵ではない努力でその任を全うしている。
……それを、少しでも支えられたらいい、と思っていた事も、あった。
「あなたこそ、どうしてこんなところに?」
「恋人とお休みを過ごしたいなー、と思ったら、どこにもいなくて。ずっと、探していたの。……って言ったら信じる?」
「信じるし、嬉しいと思いますよ」
にっこり笑って言われた言葉に、こちらもにっこり笑って返す。
「……あら、随分普通に返すのね?」
「恋人にそう言われて、喜ばない人がいるんですか?」
「……嬉しいの?」
「凄く。……え、あの、なんでため息!?」
「女たらしがここにいます……」
「僕の名誉のために言わせていただきますが、そんな真似をしたことはありません!」
即答で言い返すミケに、リリィは半笑いで返す。
「ここに、あなたの毒牙にかかった哀れな証拠がいるんですけれども」
「えぇ?逆じゃないんですかねぇ?」
絆されたのは笑顔ではなく、年相応の少女の泣き顔だったかも知れないが。
「まぁ、いいんですけれどー?あ、でも、さっきのは半分嘘だったからv」
「……嘘」
ちょっぴりショックを受けた顔をしたミケに、リリィは箱を差し出す。
「あなた宛の小包だそうよ?手渡そうと思って探してたのv」
「ど、どぉも……」
受け取った小包の差出人を確認してから、ちらりとリリィを見る。凄く、笑顔だ。
「……わざわざ、ありがとうございました。女王陛下」
「どういたしまして。で、その差出人の女性はどなたですか?」
「う」
「どこで、たらし込んできたんですか?怒らないから、教えてくれる?」
「人は、そういうことを言うとき、100%怒ってるんですよ……?」
「うふふ、やだ、ミケったらvあ、私のことは気にしなくて結構です、どうぞ、開けて?」
「え、いや、あの」
笑顔と麗らかな言葉の向こうに、棘があった。
「あー、ええと、後に、しようかな、と思うんですけど?」
「…………」
無言の、笑顔の圧力。
ミケは30秒引きつった笑顔で抵抗してみたが、観念した。
「えーと、実家の近くに住んでいる、僕の魔法の先生から、です」
「……魔法の、先生」
「家出して転がり込んだ僕を、住み込みで魔法を勉強させてくれた人です。今でも、頭が上がらない。厳しくて、怖くて、それでも面倒見は良かったんですよ。……おかげで」
ふっと遠い目をした。
「女性というのは、どれだけ恐ろしい生き物かを、知りました……。世の女性全てがああでないと知って尚、今でもちょっと警戒しますから……」
「そうなの?」
「自分が恋をする日がくるなんて、思ってなかったですよ」
しみじみと呟いて、少女に手を伸ばす。
「可愛い。お願いですから、そのままでいてくださいね」
「……何があったのか、是非後で聞かせて欲しいところだけど」
「変な知識が付いたら困るから、お断りします」
箱入りのお姫様には、そのままで居て欲しかった。切実に。
「で、その方から、何が?」
「ちょっと欲しい物があって、取り寄せてもらったんですよ。性格的にはアレですけど、先生は審美眼とかにも優れた素晴らしい方ですので……駄目だ、こんなこと言ってるのがばれたら死んだ方がマシな目に遭う……まさか何か魔法でもかかってたりしないですよね……?」
「ミケは、少し保身に走っても、誰も怒らないと思うの」
「ええ、そ、そうですよね」
真面目な顔で言ったリリィに、本人もため息混じりにそう返す。
「で、中身は?ここまで言っちゃったんだし、ほら」
「…………できたら、箱を開けるのは、後にしたいと」
「結構軽かったですよね、何かしら?」
「……え、えーと」
困った顔を見て、リリィはくすくす笑った。
「ごめんなさい?ちょっと困らせてみたかっただけよ?」
中身が気にならない、と言ったら嘘になるけれど、それは本音でもある。
ちょっと我が儘言って、困らせて、それでも受け止めて欲しい、と。どんな顔をするかな、と。
他ではともかく、自分の前では素直に喜怒哀楽を出してくれる彼の色々な反応をみたくて。
(なんだか、楽しいんですもの)
けれど、これ以上は本当に嫌われてしまうかな、と思い、からかわずにおくことにした。
「そろそろお茶の時間よ?一緒に帰りましょう?」
リリィは立ち上がって、手を差し伸べる。一瞬、その手を見つめた彼は、一つ息をついてからその手を取って立ち上がった。……彼の手を引いて、このまま歩いていこうとしたらどんな顔をするかしら、と思って、それもまた楽しくなった。
……手を繋ぐくらいの、恋人らしい事を増やしても罰は当たらないだろう。立場上、人がいないときだけくらいは。
「……この箱、気になります?」
「え?」
引っ張っても動かなかったミケはその手を握ったまま、そう聞いた。
「ええ、まあ」
「分かりました」
目の前で、箱を開けると、また箱。その中身も入れ物のようだ。
「マトリョシカですか?」
「違います。……うん、流石は先生」
中身を確認して、ミケは満足そうに笑った。
「?」
「リレイア・イクス・ド・リゼルティアル」
「はい」
箱を放り出して取り出した、箱の中の箱の中身は、天鵞絨の入れ物。中身が何か、分からないものではない。
ミケはその手を改めて取って、膝を折る。
「あなたが、好きです。少しでも支えられたら、なんて言わない。必ず、どんなときでも支えていくから。……僕と、結婚してください」
「…………ミケ」
「…………って、どんなシチュエーションなら格好つくかな、と思ってたんですけれども。これを持ってきてくれたのがあなたなんだから、今がいいのかな、と」
だから、できたら箱を開けるのは、後にしたかった。……ぐだぐだ考える方が、駄目なんだろう、と思い直したのは、手を差し伸べる彼女を見上げたとき。
「あなたが、待っていてくれるなんて保証、あり得ない。あなたは女王で、素敵な女性なんですから。取れるときにその手を、取らなきゃ」
苦笑混じりに、そう言って箱を開ける。
「……綺麗な、指輪ですね?」
シンプルな銀の指輪に、小さな金剛石。
「あなたの手には、多分安物になってしまうんでしょうけれど」
この国で注文なんてしたら、どこからでも彼女の耳に入るに違いないのだ。だから、面倒でも怖くても師を頼ろうと思った。
「…………本気で?」
「この手の冗談を言えるように見えるんですか?困るなら……保留で、いいんですよ、今は。いつか、うん、って言ってもらえるように頑張るだけですから。でも、僕はあなたと、そういうつもりで付き合っていきたいなって、思うので。それだけ、覚えておいて」
にこり、と笑ってその指先に一つキスをして、指輪の箱を下げようとする。
「嬉しい。いただいておきますね」
「リリィさん?」
「……そんなつもりがなかったら、どうしようかと、思ったわ」
天鵞絨の入れ物を受け取って、リリィは微笑む。
「あんなことやこんなこと、しておいて。遊びだったら鮫の餌ですよ」
「いや、遊びって」
「……逃げられないわよ?一生、海の底よ?二度と地上に帰れない覚悟は、あるのよね?」
「構いませんよ。あ、でも家族に紹介しには行きたいところですね。後、雪景色を見せる約束していますけど」
「そうね、一緒なら許可してあげましょう」
「じゃあ、問題ないです。今、必要なものは、全部ここにあるから」
手を思い切り引くと、リリィがバランスを崩す。それを抱き留めて、ミケは笑った。
「ありがとう、リリィ」
「『こうして、人魚姫は、王子様を海の底へ引きずり込み、幸せに暮らしました』ってところかしら?好きなら、地上に帰してしまうことが間違いだったと思うの。私は、身を引くようなことは、しないわよ」
「……同感だな、僕も、引けないタイプだと思うから」
一つ唇を重ねてから離れた彼の目が、熱を宿していて。
嬉しそうにリリィも、そっと唇を寄せる。抱き寄せられて、甘く吐息が混ざって。
「…………姫―、どこですかー?」
「「…………」」
そこで、2人はそのまま固まる。
「あらあら。くだらない用事だったら、首をはねてもいいと思います?」
「いや、それは流石にまずいでしょう!?」
遠くで探す声はせっぱ詰まった物ではなさそうだ。
「姫―、侍従長―!そろそろお茶のお時間ですので、戻ってくださいー!どこですかー!」
「……いなくなったあなたを捜すのは、僕の仕事でしたが……」
「あなたがいないと、私を捜すのも大変なんですねぇ」
「侍従長―!ああもう、せめて居場所くらい書き置いてくださいよ、侍従長!姫探すの大変なんですよ!」
「「…………」」
今、出ていったらなんて言われるかな、と他人事のようにミケは考える。
「女王陛下、今日はお休みですか?」
「恋人にあわせて休みを取ってるんです、うふ」
「そうなんですか、それはそれは」
「……でも、流石に所在が不明なのは問題ですかねぇ……これでも女王ですから」
ため息を一つ吐いて立ち上がろうとした少女の手を、ミケは引く。
「きゃあ」
「……侍従長は今日はお休みなんですよ。たまには放っておいてくれてもいいと思いませんか?」
ぱちくり、とリリィは、至近距離で微笑む恋人を見上げる。背の下には芝生。
「ミケ?」
「いいでしょう?お茶の時間というだけなら1回くらい逃しても」
すぐ近くを探して声を張り上げている侍従から隠れるように、恋人を押し倒したまま、首を傾げる。
「今、こんなときくらい、あなたをどこにもやりたくないし、誰にも見せたくないから」
「……しょうがありませんねー。今日は女王様もお休みですから。どこかでまったり恋人と一緒でも、いいですよね?」
遠くなっていく探す者たちの声を聞きながら、2人は楽しそうに微笑んだ。

僅かな時間で散り急ぐ桜花だけれど、永遠に咲き誇ってもよいではないですか。

ちなみにダイヤはこちら(笑)

ガチでプロポーズしてるのはここだけですが…まあ、なるべくして、というか。他の世界よりずっと、平和で幸せな世界と思うんですが、この二人だとどうしてもヤンデレが混じりますよね…元がヤンデレだから仕方がない(笑)
それはそれとして素敵なダイヤモンドですね(笑)さすがは先生(笑)

ノートに綴るはここではないどこかの未来の話

「宮田せんせーいv」
「う」
放課後。数学科の準備室で翌日の授業の準備をしていた教師である慧は、全力で顔を引きつらせた。
「来瀬さん……」
「はい」
にっこり、と笑ったのは高等部1年の来瀬百合。中高の数学を受け持つ慧の教え子でもある。しとやかそうな美少女で、頭も良く、行動力もある彼女は、クラスでも一目置かれる存在だ。
対する自分は、まだまだ新任で、学生にとっては先生と言うよりも先輩程度の認識しかないようで、特に、彼女には散々あれこれからかわれている。ひっそりと苦手意識がついてしまっているのは、自分でも良くないと思うのだが。
「何か、質問とかでしょうか?」
「違いますv」
「違うんですか」
突っ込んでから、そもそも理系トップの来瀬が、質問になど来るはずもない、と思い至る。板書のミスを逆に指摘するくらいだ。
「そうしますと、どのような用件で……通りすがりとかですか?」
「教科の準備室はどこにも通りすがれませんよ?」
「ですよねー」
化学や家庭科ならばその教室の横が教科室だが、基本五教科はそうではない。しかも、名指しで声をかけられる理由はなんだろう?
「実は、先生にご相談がありまして」
「相談、ですか?」
「はい」
にこにこと微笑む少女に、瞬間的に心が警戒体制を取る。
「実は、今度英語の授業で、演劇をすることになりまして」
「それは、面白そうですね」
一応、相槌を打つ。
「それで、先生に、練習を付き合って欲しいなー、なんてv」
「そもそも僕はあなたの担任でも、英語の教師でもないんですが」
「先生、生徒の相談を、『担任ではない』という言葉で突き放すんですか!?」
「い、いえ、そういうのではなくてね」
「酷い、今から職員室に駆け込みますからっ」
「ちょ、ちょっと!?」
えーん、と泣き真似した百合は、上目遣いで慧を見上げた。
「……付き合ってくれるんですよね、せんせv」
(故郷の父さん、兄さん……今時の高校生は、凄く怖いです……)
はい、と言う返事以外ない状況で、慧はそっと心の中で呟いた。

やってきたのは、学園の外れにある教会。ミッション系でもないのに存在する不思議なものだ。……もっとも掃除当番も決められているので、利用はされなくても綺麗になっている。……この雰囲気の良さから、告白して受けてもらえると2人は幸せになれる、という噂もあるらしいが、真相は不明だ。
「えーと、で、教会が良い、とのことで来ましたが、台本は?」
「こちらです」
「……ロミオとジュリエットですか。螺藤先生、王道なチョイスですね」
「で、うちの班は、冒頭から2人の結婚式までが担当です」
はい、と渡された台本は、全編英語だった。
「あの、他の生徒さんとかは……」
「それがですね、私、ジュリエットなんですけど、みんなまだ台詞覚え切れなくて、演技の練習まで入れないんですよー」
「来瀬さん、頭良いですからね……」
「やだ、先生ってばv」
きゃ、と笑った少女に慧はため息。
「で、どこから練習を?」
「みんな、冒頭から覚えてくるので、そっちは練習できてるんですけども、後半が全く。先生には台本お貸ししますから、他の登場人物全部お願いしますねv」
「…………無茶苦茶だ……」
「何か言いましたか?」
「あの、僕、数学の教師なんですけどっ!」
「先生、去年までは学生でしたよね?英語、読めますよね?」
「い、一応……読めます……」
「じゃあ問題ないですね」
教養科目で取った英語が、卒業後も凄く役に立つ日が来るなんて、むしろなんで英語なんか取っちゃったかなぁ。
なまじ、成績が良かったから、なんだか、切なくなってきた。
「じゃあ、お願いしますね」
「そ、その前にまず僕自身が読めるのかを確認させて欲しいのですが……」

30分後。

「……先生、意外に頑張りますね」
「こ、これでも、教師ですので!」
ざっと確認して、始めたのだが、やはりかなり台詞量が多い。ちゃんと演技しながらぺらぺらと台詞を紡いでいく百合に驚嘆した。こっちは演技なしで、しかも多少棒読みになるが、特に彼女から指摘がないところを見ると、読み違いはなさそうだ。
「つまらないですねー」
「……何か?」
「いいえ、なんでもー?」
久々に文系脳を使うと、疲労する。ちょっと頭がぼーっとするのも仕方がない。
「もう少しですから、頑張ってくださいよ?」
「……うう、もう充分頑張ってると思うんですよね……。は、じゃあ続けましょう」
「はーい」
台本はもう終盤。2人が密かに結婚式を挙げるシーン。どうにかこうにか、慣れない英語を紡いでいく。
(言い回しが、憎い……)
「先生、続き続き」
「え、あ、すみません」
すぐ目の前の百合に急かされて、慌てて続きを探す。
「……for richer, for poorer, in sickness and in health, to love and to cherish; and I promise to be faithful to you until death parts us」
「I will」
そう言った百合がすい、と手を伸ばして頬を挟む。
「え?」
少女が背伸びをして、自分を引き寄せて。

教会内に長椅子がひっくり返る盛大な音が響いた。

「あら、先生。逃げちゃ駄目じゃないですか」
「は、や、ちょ、いいい、今の」
「演技の練習にならないじゃないですか」
咄嗟に後ろに下がって……近くの椅子を巻き込んで倒れた慧は、真っ赤な顔で百合を見上げる。
「いや、だって今……っ!いや、そもそもクラス内のお芝居でどこまでする気なんですか!」
「振りだけですよ、当然」
近くに落ちた台本を拾い上げて、なんでもないように百合は笑った。
「で、ですよね、あは、あはは、び、吃驚しました……」
今、驚いて下がろうとしなかったら。
そうしたら、もしかして。
そんな想像が消えなくて、必死に落ち着けと自分に言い聞かせる。
「……先生、キスは初めてですか?」
「解答を拒否します」
「んもー、先生ってば初々しい反応で可愛いですねーv」
「その感想は、微妙に切ないので止めてください。それから!いくら練習でも、ああいうのは感心しませんから、からかうのも大概にしてください」
強かに打った背中の痛みに耐えながら、どうにか身体を起こす。すると、目の前に百合がしゃがみ込んで、にこりと笑った。
「お芝居の中では、キスなんか振りだけに決まってるじゃないですか。でも、今は本当にしちゃう気でしたよ?」
「……な」
「ふふ、先生、演技の続きがしたいんですけど。誓いの言葉から、やり直します?」
邪気のない顔で言われて、慧は言葉を失う。
「……来瀬さん」
「はいv」
「僕を、からかって、楽しいですか?」
「はい!」
「…………」
今ほど、教師としての自分の資質の有無を考えたことはない。
生徒からそう見られていないのではないか、と日々悩んではいたが、これは。一瞬、泣きそうになるのを、どうにか堪える。
「……あとちょっとだから、今日はお付き合いしますが……申し訳、ないんですけど、ちょっと練習はこれ以上お付き合いできないので……」
立ち上がって、椅子を直しながら、そう絞り出すようにそう言った。
「先生」
「なんでしょうか?」
それでもどうにか、百合の目を見てそう言えたのは、今にも崩れ落ちそうだが矜持のおかげだ。
「ありがとうございます、ちゃんと付き合ってくれると、思ってなかったので」
「……それは、どういう」
「大抵、新任の先生に無茶振りすると、何かしら言い訳して逃げてしまうので。あまつさえそのまま辞めちゃったりするんですよ」
それ、だって、あなたがこうやっていびるからですよねぇ!?
っていうか、他にも被害者がいたってことですか!?
言いたいことは山のようにあったけれど、どうにか飲み込んだ。
「来年は、私の担任とかやってくださいよ。ちゃんと先生の評価が上がるようにしてあげますから」
「……何を、言って」
「私、先生のこと、好きですよ。是非、辞めたりしないでくださいね?」
うふふ、と満足そうに笑ったこの悪魔のような笑顔。
「からかい甲斐が、あるからですか?」
「それもありますけども。……あなたは、きっと生徒から好かれると思いますし、授業も分かりやすいですから。生徒の目から見たら、良い先生ですから。そこは、私も認めますよ」
ね、と小さく首を傾げる姿に、嘘っぽい、と全力で毒づいた。
「キスしても良いと思うくらいには、お気に入りなんですから」
その言葉に、ふっつりと心の中の何かが切れるような気がした。
お気に入り。
評価を上げるようにしてあげる。
そんな言葉を言われる程度にしか見られていないのなら。
「……辞めませんよ。たかだか数ヶ月で夢だった仕事を諦めてたまるものですか」
きゅ、と拳を握って目の前の問題児に宣言する。
「ただ、こういうのは、本当に止めてください。資質や努力が足りなくて辞めるならともかく……生徒に手を出したと言われて辞めるのは、不本意です」
「……えー」
「とっととやって、終わりにしましょう」
台本を取り上げて、目的のページを探す。
「教師としてあなたにちゃんと認めさせて、敬意を払ってもらえるようになって見せますから。あ……なんかやる気出てきた……嘆いたり悩んだりしている暇はない!」
真っ向から見返されて、百合は一瞬目を丸くしてから、楽しそうに笑った。
「頑張ってくださいね、先生」
「ええ。ありがとう」

台詞を読み始めた彼の顔に、いつものどこか困ったような弱気な顔はどこにもない。
それにも満足そうに微笑んで、百合はジュリエットの演技を続けるのだった。

教師いびり!(笑)恐ろしい子…(笑)つうかもうどんだけ偉そうなんだこの女…(笑)たかだか学園長の妹のお気に入りというだけなのに(笑)
ミケ先生とリリィちゃんのプライベートレッスンの巻、でした。いやあ、いかがわしい響き(笑)ミケ先生の教師への熱い思いも聞けましたし、楽しくレッスンさせていただきました、うふふ。

今ではないどこかで世界の理を統べる者たちのお話

「みけ」
ある夜、訪ねてきた兄に、みけは息を呑む。この次兄は、下手にへらへら笑っていない方が、よほど印象に残る顔をしている。そう、まるで、空に浮かぶ細い刃のような月に似ているのかも知れない。
「話が、あるんだけど。りりちゃん抜きで」
「かしこまりました」
その旨を屋敷の者に告げ、夜の京へ歩き出した。

「……人伝に聞いたんだけどさ」
玖朗がそう切り出したのは、人のいない神社だ。
「……りりちゃんに、陰陽道を教えてるって、本当なの?」
「ああ、はい。きっと凄い使い手になりますよ」
軽く頷くと、玖朗は大きくため息をついた。
「馬鹿なの?」
「え?」
「化け物に、力を付けてやって、どうするのかって聞いてるの!今は心の声を聞いたり暗示を使うだけだったけど。いや、今でさえ充分過ぎるほどに脅威だというのに、陰陽道まで使いこなし始めたら、本当に人間はどう対処したらいいの?」
「兄上」
みけは玖朗を困ったように見やる。
「彼女は、本当に頭が良くて。僕が使っているのを、見よう見まねで使い始めてしまいました」
「……それは、どっちかっていうと押しつけた俺の責任だよね」
「別に、それはどっちでもいいんですけれども。制御できない力は、暴走したり予想外の結果を生むことになります。陰陽道は世の理でもあるので、そこに正しい知識もないままに力を使うようなことがあれば、どんな影響が現れるか。……それなら、彼女自身に制御させる術を教えた方がいいかと思いまして」
りりの面倒を見させることが、とんだ問題を連れてきたものだ、と玖朗は嘆息する。それも一旦は自分なのだから、なお頭が痛い。
「それに、彼女は心に関与する以外、基本的には普通の少女と変わらない。先日、無体を働いた方がいらっしゃいましたし、調伏の仕事にも連れ歩いていますし、身を守れるようにするためにも、と」
「ちょっと、待って。その場合、あの子が暴れ出したら、どうしたらいいの?」
「…………」
弟の顔は、心が読めなくても、分かった。
分かりたくなかったけれど。
「……深く考えないで、そういうことをしないでほしい」
「反省は、していますよ。でも、他に手段はなかったというか」
「そうだね……で、どうなの?」
「何が?」
「例えば、彼女がこちらに牙を剥く可能性は、ないの?お前、従えられる?」
「きっと、凄い使い手になりますよ。……僕よりも」
よろ、と柱にもたれた兄が「落ち着け、うん、落ち着け俺」と呪いのように繰り返している。
「あの」
「みけ、緊急の命令だ。調伏してこい。さもなくばこちらに仇為せないような別の手段を講じてほしい。……可及的速やかに」
顔を上げた玖朗は、兄の顔ではなく、都を守る者としての顔をしている。
だから、言葉が返せなかった。
「お前に任せきりにしたことは、悪かったと思う。お前が出来ないなら、俺がやろう。今なら、やれるんでしょう?斬り殺すことくらいは。思考を読まれようとなんだろうと、身体的には普通の少女ならば」
「ま……待ってください。いきなり殺すって、それは」
「じゃあ、どうするの?どうしたら、あの子に鎖をかけておけるの?」
自分の心は読まれないから、一番の脅威を意識していなかった。彼女はそれだけで、畏怖されているのだと。
「すみません、話してみます。分かってくれると、思います」
「化け物の口約束を、信じられるほど、俺は度胸がある訳じゃないんだよ」
それは、むしろ普通の反応なのかもしれない。
訳の分からない、こちらの心を読む者。
こちらを直接害する力があると分かれば、それこそ大きな騒ぎになる。
それは、分かった。だが。
「……化け物って、言わないでください。大きな力があるものがそうなら、あなただって僕だって化け物でしょう。……彼女は」
「……彼女は?」
「…………っ、友人です!話して分かってもらうことだって、できるはずなんですから」
踵を返して走っていった弟を見やって、玖朗はそっと柱に寄りかかる。
「俺が思うに、話して分かってくれるなら、お前が今、あの子の面倒を見ていることは、なかったんだろうけれど」

「……と、いう訳なんです。悪用しないって、約束して欲しいんです」
「……」
りりは、苦笑してみけを見た。
「あの?」
「私は、お兄様が正しいと思いますよ?口でならいくらでも、なんとでも言えるんですから」
「え」
「あなたは、私が、おとなしく言うことを聞いて、どこかへ行かないと思うんですか?」
「そうして欲しい、というお願いです」
「私が、気まぐれでここにいることは、分かっていますよね?」
「勿論です」
「……追われるくらいなら、追ってくる方々を、全員返り討ちにしてしまっても良くはないでしょうか」
笑顔で言ったりりに、みけは目を丸くする。
「それは。……けれど、そんなことはさせないので」
「お兄様はそういうつもりなんでしょう?」
にこにこと笑いながらそう言ったりりは、そこで一つ欠伸をする。
「ま、今日のところは眠いので、暴れずにいてあげますよ」
「今日のところは、って」
「目が醒めた時も、私が暴れる気にならないといいですね?」
くすくす、と笑って少女は部屋を出て行った。
困った顔をしたみけを残して。

「りりさん」
「あら、みけさん。おはようございます」
明らかによく眠っていないのだろうみけの顔を見て、りりは微笑む。
「あのですね」
「みけさん。私ね、出ていこうと思います」
「え?」
「片っ端から邪魔する方々を殺して、別の土地へ行こうと思います。そこも気に入らなかったら、また次へ行きます」
にこにこと、今日の天気を話すかのようになんでもないことのように少女はそう言った。
「……りりさん」
「今までありがとうございました。力も付けてもらったし、面白かったですよ。お礼にみけさんだけは殺さずにいてあげますよ」
「りりさん!」
怒鳴られて少女はきょとんとした顔で、はい?と首を傾げた。
「……行かせるわけに、いかないでしょう!何故、そんな」
「私は私のまま生きていきたいからですよ。何もしていないのに、私が私であることを制限されるのは嫌ですよ。……あなただって、そうでしょう?」
家を飛び出して、陰陽師になったあなたなら。
そう言って、ぽん、と手を打った。
「ああ、じゃああなたのご家族を惨殺することから始めましょう。お嫌いなんですよね、お兄様たちが。良かったですねぇ、これであなたを縛るしがらみはなくなりますよ」
「りり、さん」
「そうと決まれば、さっそく」
背を向けた少女の着物の袖を掴む。
「待ちなさい。……本気、で?」
「ええ」
掠れた声に、短くりりは頷いた。
「……僕は、あなたを、止めなきゃいけない。本気でそれをやろうとするなら、力づくで」
ゆっくり、りりは振り返る。
「できますか、あなたに?」
「やりますよ、あなたが本気なら」
未だ逡巡を残したままの顔で、みけはそう答えた。
「そうですか、じゃあ、やってみたら、どうですか!」
袖から取り出した符は炎を撒き散らしながら放たれる。それを同じように水術で消滅させる。
「あなたは……っ!」
「できも、しないくせに」
「考え直す気は、ないんですね?」
「ありません」
「……あなたは、いつかどこかへ帰るものだと思ってました」
する、と印を結んでそう口にしていた。
「その時まで、あなたを一時的に置いているつもりでした」
放った水の術はりりを押し流そうと大きな流れになるが、彼女自身が張った膜に阻まれて届かない。
「いつか、帰りたいと言ったときに、帰してあげられるように……お願いしていたつもりでした」
「まぁ、お優しいことですねぇ」
「待っている人や、会いたい人がいるのだろうと、思ってました。でも」
流れ続ける水をそのままに、みけはもう一つ……符に封じて置いた術を放つ。金色の槍のような大きさの刃を無数に召喚していた。
「もう、どこにも、行かせるわけにいかない」
「っ!」
放たれた刃がりりに向かって飛んでいく。咄嗟に張った膜も、それを全て減じることは出来ずに、りりの衣を貫いていく。
「きゃあっ!」
「りりさん」
床に縫い止められた少女に歩み寄って、その身体を押さえつける。喉に手をかけられて、りりは僅かに呻く。
「やだぁ、押し倒され、ちゃいましたねぇ……」
「まだ、習い始めた陰陽道なのに、それだけやれるのは、凄いことだと思いますよ。……最終勧告です。僕に、約束しませんか?その術の腕は無闇に使わないと。人を害したりしないと」
「お断りします」
「……そう、ですか。じゃあ、仕方ないですね」
みけは、一つ息を吸うと、調伏のための言葉を紡いだ。

「……もう、大丈夫です。彼女が暴れたり逃げたりする心配はもうありません」
「……みけ」
「でも、僕は、甘かったんですね。彼女がどう出るか、何を考えているのか全然分からなかった」
沈痛な表情の弟に、玖朗はかける言葉を探して考える。
「みけ、あのさ」
「主様、お兄様が困ってらっしゃいますから、別に殺していませんよ、と先に申し上げた方がよろしいかと思いますよ?」
「………………は?」
ばっと振り返った玖朗の前には、巫女装束のりりがいる。髪を後ろで束ねている姿は今までの姫装束でいた時とは違う雰囲気に見えた。
「あれ?調伏しましたよ、って報告のつもりだったのですが……」
「主様、『こンの馬鹿、紛らわしいっ!』って思っておいでですよ」
「ああ、すみません」
「…………ごめん、りりちゃん。文句と苦情はちゃんと吐き出させてくれないかな。貯めると心の中で増幅するからさ」
「失礼いたしましたv」
「で、調伏って、どういう事?」
「本当に、式にしたんですよ。僕の許可がなければ遠くへ行けないし、術も使えない。心を読むことは元々の能力なので、制限できないんですけれど」
「というわけで、主様に仕えることになったりりですvきゃv」
りりの満面の笑顔と、沈痛な面持ちの弟を交互に見比べながら、玖朗は口を開いた。
「概ねそのとおりです、お兄様」
「……喋らせてよ……。っていうか、そう……捕まったわけだね、みけ」
「彼女の考えていることは、全く理解できません」
「そうだね、俺もそう思う」
しみじみと玖朗は言ってから席を立つ。
「お帰りですか?」
「あー、うん。問題ないんですって言って回らないとねぇ……。噂は宮中で広まってるから、大変なんだよ」
「うう、誠に申し訳ないです」
「でも、ちょっとお兄様嬉しいんですよね。みけさんがちゃんと私を調伏できたこととか」
「……りりちゃん」
「うふふ、照れちゃったんですかぁ?」
「みけ、制限してくれないの?っていうか、ちゃんと制限するように頑張ってくれないかな?頼むよ、本当に」
「善処はしてみます……」
ため息を一つ残して出ていった兄を見送って、みけは横のりりを見下ろす。
「衣食住と居場所を手に入れられて良かったですね……」
「あら、もう一つ手に入りましたよ?主様が」

「りりさん」
手をかけたまま、みけはりりを見下ろしながら言った。
「僕に、真名を教えなさい」
「み……」
「……僕が命を終える日まで、あなたを留め置きましょう。からかわれるのも、面倒をかけられるのも、全部覚悟の上です。……可能な限りの自由は保証する。あなたを人々から守る。だから」
言葉に力が乗せられる。
「僕のものになりなさい。その魂ごと全て、僕に。嫌だと言うならこのまま殺します」
「…………」
目を丸くした後、りりはふっと微笑んで、口を開いた。
「私の、名は」

「あんな熱烈な恋の告白されたら、女心はくらっとしちゃいますよねー、みけさん」
「……なんですか、あなたは。本当に、僕の人生が欲しかったとか言うんじゃないでしょうね?」
べったりと背中に抱きついて言うりりに、恨めしそうにみけは問いかけた。動けない。
「うふふ、いやですねぇ、私の全てはあなたのものですよ?主様の人生をもらうなんて、そんな大それた事、しませんよぅ」
「し、白々しい……」
「その証拠に、あなたの許可無くして陰陽の力は使えないんですから」
髪をまとめているのは、術を込めた紙。みけとその式神の猫以外は破り捨てることはできない。
「本当に、どうして妥協しちゃったかなぁ……」
「本当に、どうしてですか?化け物を手元において面倒見ようなんて」
前に回ってまっすぐに目を見つめられて、みけはため息と共に視線を逸らした。
「僕にとってあなたは、化け物なんかじゃないからじゃないですか?」
「まぁ」
「僕にとっては、ただの姫君ですからね」
心が読まれるわけでもない。価値観は違っても、風変わりな容貌の、美しい少女だというだけなのだから。
だから、問題なのだろうけれど。
「……僕が本当にあなたを殺そうとしたら。そもそも止められなかったら、どうするつもりだったんですか?」
「殺されたら、それまでですよ。止めてくれなかったら京を滅ぼして移動するつもりでした」
彼女の考えることは、分からない。
理解しようと思っているが、出来る気がしない。
「主様、これから一生、面倒見てくださるっていうことなので、よろしくお願いいたしますね。無論、りりの全ては主様のものですから」
「っ」
物思いにふけっていた思考の一瞬の隙を突いて、するりと抱きついてきた少女は、にやりと笑った。
「いつでも、可愛がってくださいましね?お待ちしていますから」
そんな無体を働きたくてあの言葉を言ったつもりはなかったのだが。
「…………僕に飽きても逃げられないって言うのに、余裕ですねぇ」
こん、と覗き込んできた少女の額に、自分のそれを当てて、苦笑した。
「僕のものになったことを、後悔させないように頑張りましょう」
「…………あら、本当に一生をくださるおつもりなんですね」
「一生をいただいてしまいましたので。……一生あなたといる覚悟がなければ、殺しにかかってましたよ。そうしてしまえば良かったとは、思いませんけれどね。……あなたも、妥協はしてくださいよ、りり」
名を呼んだ主に、笑顔と共に返事を返すと、そのまま思い切り抱きついた。
驚いた主が脇息やら何やら巻き込んで盛大に転がって、りりは思い切り笑った。

「いい加減にしなさーいっ!」
「うふ、かしこまりました、それがご命令でしたらv」
「……く、なんで押し倒されるような事になっているんでしょうか……!」
「ちゃんと制限かけないからですよ。ふふ、主様は本当に私が好きなんですねぇ」
「うるさーい!」

いたそう(笑)
なんかもう、これはあれだ、完結編ですよね(笑)これ以上はない形での(笑)あまりに理想的すぎてコメントが浮かばないほどの、最上の形と思います。ありがとうございましたvミケさんがここまで私のこと理解してくれてリリィ感激ですv(笑)
それはそれとして、あとは三日夜の餅とか食べて後朝の歌とか詠めばいいんじゃないですかね!(笑)みけさんがどんな歌を作るのかすごく興味があります(笑)

全てを手にと望む欲望

「……ある意味、予想通りです、ミケさん」
「僕は今の状況が、さっぱり分かりませんが」
「夢というのは、無限の広がりを見せるものですよ」
目の前には真っ白なドレスを身に纏ったリリィ。お揃いの真っ白なタキシードを着た自分に、気が遠くなった。
「で、この格好、一体どうしたって言うんですか。くださいって、まさか僕が欲しいとか言いませんよね」
「言います」
「うわ、言い切った」
「多分、言わないとあれこれ言い訳付けて逃げようとすると思うので」
ぐ、と詰まったミケは誰もいない教会を見回す。目の前まで歩いてきたリリィはにっこりと笑う。
「ミケさんの夢に侵入まくるのも気が引けますので、今日は私の夢ですv」
「リアルに部屋に侵入した上、夢の中まで侵入とか、本当に僕のプライバシーとかどう考えて……。それにしても、乙女チックですね」
女の子が夢見る教会での結婚式、というのはこういう場所なのだろうか。
荘厳で綺麗な教会と光の差し込むステンドグラスは、確かに神聖な雰囲気なのに。
「で、なんでこんな格好なのかを、説明してください」
「今月結婚する花嫁は幸せになれるんですって」
「ほー」
「だから、結婚式ネタを持ち込んでみましたv」
「…………今日、最終日ですよね。どこかで公表するにしても、ネタのタイミングとしては今日しかないじゃないですか」
「ねぇ、書いている途中で気がついたらしいですよ」
誰がでしょうね。
「……さて。夢の中でとはいえ、あなたと結婚なんてするつもりが無いんですが」
「まぁ、酷い」
ちっともそんな風に思っていない笑顔のまま、思案する振りをする。
「じゃあ、いつも通り、力ずくでv」
「ですよね」
ミケも苦笑して距離を取った。
「逃げないんですか?」
「あなたの夢の中で、どこに逃げるんですか?」
「目が醒めようと頑張れば、逃げられるかも知れませんよ」
リリィの言葉に、ミケは目を丸くする。
「そうなんですか?わかりました、逃げたくなったらそうします」
「あら、私に夢の中で、勝てると思ってるんですか?……いえ、現実でもミケさんが勝てるとは思ってませんけど」
「…………放っておいてくださいよ」
ごぅ、と上の向けた掌の上に小さな竜巻を出して、ミケはふむ、と頷く。
「普通に魔法は使えるみたいですね」
「難易度調整します?EASYとか」
「ふざけんな」
ぽい、と投げた竜巻が、参列者用の椅子を吹っ飛ばしてスペースを作る。
「じゃあ、始めましょうか」
「んもー。乱暴なんですからー。ここは私の夢の中なんですから、ミケさんで触手プレイとか緊縛プレイとかなんでもできちゃうんですからね」
「誰得ですか、そのシチュエーション……。むしろ、女の子がされている方が需要がありそうですが」
「見たいんですか?」
「結構です」
「なんだ、どうしてもっていうならミケさんにウエディングドレス着せてやろうと思ったのに」
夢の主ならイメージ一つでできるだろうに、とりあえずされなかったことにほっとした。
「じゃあ、ねじ伏せて動けなくなってから楽しませてもらいますねーv」
「うあ、むかつく……覚悟しなさい」
そうして、美しい教会には炎の花が咲いた。

「夢の中なのに、超痛いって、理不尽です。痛みで目が醒めるかと思ったんですが」
「やだ、そっち狙いでした?」
「今、思いつきました」
壁にもたれながら、内側から滲んでくる紅いものが白いタキシードを染める。
「もう、お揃いじゃないですね、あはは。そのうち黒くなりますしね」
「……何が何でも、染まらない気ですね、私に」
「当たり前でしょうが。……それに、あなたのそれは『あなた色に染まります』じゃないでしょう」
動けない自分の上にのしかかるように身体を寄せてキスをしたリリィに、ミケは苦笑する。
「……何者にも染まるものか、って意思表示に見えますけれどねぇ。白百合姫だった頃から」
「えー、チャカ様には染まってますよぅ」
ぐ、と傷口を押してやると、ミケは顔を歪める。現実なら死ぬ一歩手前くらいの傷だ。
それでもこんな事をしていられるのは、夢の中だからだが。
「目が醒めないのが、不思議ですか?」
タイを外して、ボタンを外して。その傷口に舌を這わせて聞いてやれば、不自由に肩をすくめた感じがした。
「逃げようとしていないから、じゃないんですか?つか、痛いんで止めてください」
「ミケさんはツンデレですか」
「……逃げるもんですか。僕はいつだって、あなたには真っ直ぐぶつかる気でいるので。結果死んでもしょうがない。夢の中だろうとなんだろうと、そう思っているんです。……それに、多分無茶できるのは、今が夢の中だからでしょう。死なないって分かっているから、逃げる必要もない」
まっすぐ見下ろしてくるミケの胸に縋るように身体を寄せていたリリィは、きょとんとしてからにやりと笑う。
「ミケさん、普段から無茶しがちですけど?マゾですねぇ」
「ちが……っ!」
唐突に腹部の大きな傷口に思い切り指を突っ込まれて、広げられて、痛みで声が声にならない。死ぬんじゃないか、と思う恐怖もあるが、目が醒める気配もない。命の雫が流れていく感覚は現実だったらどうしようかと思った。
「ぅぐ、っう、……っ!……あ、あなたねぇ!」
「これで、あなた色ですよv良かったですね」
「はい?」
溢れる血で染まったウェディングドレスと、その両の手は真っ赤だ。
生暖かささえ感じるその手が、自分の頬に触れ、流石に鳥肌が立った。
「ちょ」
「その必死さに免じて、今日のところはあなたの色に染まってあげますよ。さ、怪我なら治してあげますから、このままコスチュームプレイになだれ込みましょう」
「身も蓋も雰囲気もない言い方すんな」
「うふふ、じゃあ今月の花嫁らしく、今日一日は幸せにしてくださいな、旦那様」
「無茶苦茶言うな!」

自分の上に馬乗りの彼の血で真っ赤な花嫁は、もう一度動けない新郎にキスをした。

…………どっちかっていうと、これはホラーだろう、と新郎は思ってどん引きしていたとか。

現実というか、本家というか、この二人が揃うと戦いにしかなりませんね…(笑)戦う花嫁。すてき。エミリアですね。いやリリィの妹ではなくサガフロの。
それはさておき、ミケさんの熱い告白にニヨニヨしてしまったあたしは結構末期なのかなと思いました、まる。真っ白いウェディングドレスが真っ赤になるのが、この二人にはお似合いなのかもしれませんねえ。