「あ、ミケさん~、私、これ、欲しいですv」
「うわっ!」
いきなり背後に立たれて声をかけられて。
驚かなかったら、それはそれで大物だろうと思う。ここは自分しかいないはずの自室でもあるし。
「オーバーですねー」
「いきなり人の真後ろに現れるの、やめてくれます!?」
「いい加減、慣れませんか?」
「慣れるかー!」
「それはそれで、可愛いから良いんですけど」
「…………で、どのようなご用件でしょうか?」
丁寧な、それでいて苛立ちはちっとも隠れていない顔と声で問うてやれば、にこにことリリィはミケの手の中のそれを指さす。
「それ、可愛いなーってvだから、くださいv」
「駄目です」
「ええー、いいじゃないですかーv」
指さしたのは小さな、古びたオルゴールだ。ねじを巻くと曲と共に上のステージで人形がワルツを踊るように回る、それだけの。
「今まで、そんなのをこの部屋で見たことがないですよねー」
「人の部屋をいつの間に物色」「で、これは何ですか?」
聞いちゃいない。
「……実家から、持ってきてもらった、オルゴールです」
小さい頃に買ってもらって、大事にしていたオルゴール。家出するときには流石に持ってはいけなかったけれど、どうしても聞きたくなって。兄が来たついでに、頼んでしまった。
「っていうか、オルゴールくらい、あなたが手に入れようと思えばいくらでも手に入れられるじゃないですか。自分で買ってください」
「それがいいですv」
「……嫌がらせですか」
「勿論です」
そんな事だろうと思った。
「駄目です。絶対いやです」
「まぁ!女の子のお願いを断るなんて、最低ですよ?」
「人の大事な想い出をぶんどろうとするって、どんなジャイアニズムですか」
「わかりました、じゃあ、遠慮無く」
遠慮無く、放たれた魔法はぎりぎりダメージが無い程度に抑えたけれど、衝撃で壁まで弾かれて。
「ったー……」
「いただきます」
「あ、こら」
手から取り上げられた瞬間に、掴んだのは、彼女の細い細い手首。

一瞬、ぞっとした。
この手で、魔法を放って。
この手で、今、人の大事な物を奪って。

「返してください」
「嫌です。珍しく諦めが悪いですねぇ」
「……いつもだって諦めてるわけじゃないんです!大事な物は、絶対に渡したくないですし、離したくありません。あなたこそ、いい加減に諦めてください!」
逃がさないようにまっすぐ見据えて言えば、リリィはますます面白そうに微笑んだ。
「尚更欲しくなるんですけどv」
「どうして?あなたには何の価値も」
「ミケさんの、想い出があるんでしょう?」
酷く楽しそうに、彼女はそれを弄ぶ。
「私は、それが欲しいです。ふふ、このまま壊しても……楽しそうですし」
「!」
その瞬間、自分がどんな顔をしたのか、分からない。けれど、彼女はそれはそれは嬉しそうに楽しそうに笑った。

その手で、誰かの大事な物を平気で壊して。
なのに、今掴んでいるこの手は、細くて。力づくでねじ伏せられそうに儚い。

「返せ」
「自分で取り返したらどうですか?」
「……っ」
「それとも」
「なんです?」
「コレの代わりに、今掴んでいる物を、あげましょうか?あなたが望むときに、いくらでも、歌って舞ってあげますよ?」
酷く甘い囁き声に、ミケは一つ息を吸って。
「…………っふざけるなーーーーーーーーーーっ!」
「きゃう」
多分、振り払うと思っていたのだろうけれど。
逆に思い切り引き寄せた。そうして、バランスを崩したリリィの手から、オルゴールを取り返す。
「まぁ、ミケさんたら、いきなり抱き寄せるなんて、大胆なんですからぁv」
「そーですね、基本、僕は欲しい物には手を伸ばして、掴んだら、離したくないもので」
腕の中からかるーい口調でからかわれたので、軽い口調で返しておいた。
「……まぁ、そうなんですかーv」
一瞬の、間。
「そうなんですよーv」
多分、自分の口元は絶対に引きつっている感じがしたのだが。
「……ツッコミなさいよ、あなたも」
「嫌ですよvなかなか面白い愛の告白でしたし」
上げた顔は、いつものように微笑んでいた。何も変わらない笑み。
「まぁ、そんなもんですよねー」
「動揺して欲しかったんですか?うふふ、可愛い」
「言ってなさい」
手を離して、突き飛ばす。
「いやぁん、乱暴な男の人は嫌われますよー?」
「あなたに嫌われれても、全然構いません!帰りなさいっ」
「もー。じゃあ、そのオルゴールが聴きたくなったらまた来ますv」
「二度と来るなっ!」
「やだ、諦めてあげるって言ってるのに。それともオルゴールは持ち帰って良いですか?」
「……だから、それはどういう」
「聞きたくなったら持ってきてあげるって意味ですv」
「ふざけるな」
「うふふ、それじゃ、また遊んでくださいねv」
「人の話を聞きなさいっ!」
そのままリリィが魔法で消えたため、投げたクッションが床に弾んだ。

人のことなんか、どうだっていい。
残酷で、他人を傷つけて楽しんで。
その類い希な力で相手を蹂躙して笑う。
人の身で、魔法で彼女に対抗するのは難しい。
それでも、その手は。
彼女は。

掴んでねじ伏せてしまえるほどに、身体はか弱い少女なのだと。

手の中に残ったその認識に、正直ぞっとした。
アレは、そんなに可愛い生き物じゃないと。
そんなにか弱い生き物じゃないと。
知っていてなお。
「腕を振り払えるなら、とっとと振り払ってくださいよ……僕でも捕らえられそうだなんて錯覚を起こしそうになるじゃないですか」

くしゃりと髪を乱して、深くため息を吐いた。

細い手首は、可愛い女の子なのに(以下略)
そんな思いで書いてみました(笑)多分そういうところで「ああ、この子はか弱い女の子なんだなぁ」と理解する一瞬。
え、普段ですか?
あれは「リリィ」という生き物だと思っていますよ(笑)やぁ、僕ミッケー(笑)