「んー、気持ちいいですねぇ」
「そうですか、それはそれは」
京の町に、出かけてみたい、と少女が言ったのが、数刻前。
駄目に決まってるでしょ!と返してひたすら抵抗していたのだが、「じゃあ、勝手に行かせてもらいます。見失ったらみけさんの責任ですねv」と言われて、仕方なく。
「で、結構遠くまで来ましたね」
「ええ、まあ」
「私、街の中でも良かったですよ?」
「うるさくないんですか?」
心の声が、人数分聞こえたら、気分が悪いのではないかと少し思って、鄙びた方へ来たのだが。
「……うふ、気遣ってくれたんですか?」
「多少は」
逃げられたら事だし、虚空に向かってぎゃーぎゃー言う人だと思われても困るし。
後者が本音だと言いたい。
自分の心が読めないのは幸いだ。
「それにしても、綺麗な桜ですね」
「ええ、綺麗で、いいですね」
「私も、ですか?」
「自意識過剰ですよ」
それは、真っ向から切り捨てておいた。
「ふふ、みけさんのお兄様からいただいた着物も同じ色ですし、桜の精でも通じますね」
「本物の妖が何を言っているんですかね。それに、その着物は、この時期の流行りなんですよ」
「まぁ、流石ですね、そういう女性に対しての気遣いが、みけさんと大きく違うところですね」
「放っておいてください」
桜を見に行くときは、やはり薄紅の着物を着るのが流行になっているのだそうだ。春の一部を身に纏いながら、景色を壊さず、自分も景色の一部になる、そんな、流行。一昔前は花と言えば梅だったものだが。
「でも、よくお一人で着られましたね。髪まで」
「うふ」
「……ひとんちの女房におかしな暗示をかけるなー!」
「やだぁ、ちょーっとした事じゃないですかぁ。それとも、着付けてくださいました?」
「…………無理言わないでください」
誰か、早く引き取ってくれ。
そんな気持ちで一杯だが、心の内を聞き取るこの少女を好んで引き取りたいものなどいまい。緩やかに吹き抜ける風に、亜麻色の髪がさらさらと揺れる。それをそっと押さえる仕草は確かに桜の精でも通じそうだ。
「天探女は雉だったっていうし、このまま風に乗って飛んで行ってくれたら楽なんですが」
「わー、残念ですね、翼は無くてーv」
「……。どこから来て、何をしようとしているのか、いいから喋ってみませんか?ね?」
「山から来て、みけさんと遊ぼうと思っています」
「そんな直近の話など聞いておりません」
やや真面目な顔で聞いてみるが、あっさりとはぐらかされた。まぁ、あまり期待はしていなかったが。
「…………」
小首を傾げて自分を見上げている少女に、みけも首を傾げる。
「なんですか?」
「いえ、何を考えているのかしらと思って」
「聞こえますか?」
「いいえ、残念ながら」
そして静かに笑みを浮かべる。
「でも、見ていると分かりますよ。……隠し事の苦手な人なんだなって」
「…………素直で悪かったですね」
「あらあらー、気分を害してしまいました?」
に、と笑って顔を覗き込む。
「なんですか、さっきからっ!」
「顔を見ていると、分かるからですよー。照れてます?私が近くにいるから」
「…………」
ごん、と自分より一つ小さい頭に軽く拳を落とす。ぷぅ、と頬を膨らませた少女は確かに可愛らしい。さらりとした髪の感触に……意識したら、負けのような気がして目をそらした。
「僕の目の届く範囲にいてください。好きにしていて良いから」
「そうですか」
「……?」
「みけさんを見ていようかと」
「桜と景色を堪能してください」
「んもー、照れ屋さんv」
反論したら思うつぼだと心の中で念仏のごとく延々念じて、どうにかこうにかそれをやり過ごした。目の前の少女はそれを楽しそうに見ていたが。
「あー、もー。桜、桜が綺麗ですねっ!」
「……あれ、こういうとき、京の方々は歌の一つでも、というのでは?」
にやにやと人の悪い笑顔で聞いてきたりりに、みけも半笑いで返す。
「詠めます、よ?」
「まぁ、そうなんですかー?みけさんは風流なんですねぇ」
「……悪かったですねぇ、どうせ色恋には疎いですよ、ええ」
前回のことを完全にからかっている。……このまま本当に、風に乗って飛んでいってくれたら、飛べない自分に追う術はない。不可抗力で済むだろうに、と歯がみする。
「うふふ、なるほど、心は読めなくても、普通の方々が大丈夫な理由が良く分かりま……きゃ」
「うわっ」
ころころ笑っていた少女が一瞬言葉を詰まらせる。
どう、と吹いた強い風。舞い散る花弁。視界を埋める薄紅に、2人は。
烏帽子が草の上を転がる。
薄紅の嵐が収まったとき、りりはきょとんと手を見やる。
「みけさん?」
「え、いや、ええと」
ばさりと揺れる髪を邪魔そうに押さえる。……掴んでいたりりの手を離して。
「何か?」
「いえ……本当に飛ぶのかと思って」
「……十二単は、凄く重いんです……」
「ですよね、ちょっと吃驚しました」
はは、と笑って烏帽子を拾いにいく。何やっているんだろう。振り返れば、先程までと同じように興味深そうに自分をみやるりりの姿。
「……なんですか?」
「何を、考えているのかな、と思いまして。飛んでいったら楽なのに、って言っていたのに」
「だからといって、本当に逃がすわけにいかないでしょう?」
「それだけですか?」
「そうですよ」
こんな危険な生き物を野放しにできない。兄にも頼まれているし。
「……んー……駄目ですね、残念」
「読もうとするな」
「んー、今読めたら面白い気がしたのに」
「面白くありません。堪能したのなら、帰りますよ」
「はーい。あ、みけさん、是非とも今日の感想を、一句」
さらりとからかいの言葉を入れてきたりりを睨んで、ため息を一つ。そして小さく呟く。
「…………天つ風、ってとこじゃないですか?」
「からの?」
「……神の御許へ奉る 供物届けむ 一片のはな……とか」
「案外まともに風景を詠んだんですね」
「…………もー、捨てて帰りたい……」

彼女が知らずに助かったというべきか。
天つ風から始まる句で有名な物を思い出されたら、今頃大変なからかわれようだったはずだ。
けれど、それは素直な心だ。空まで届けと言わんばかりの風の中で、咄嗟に考えたことは、歌とは風の使い方が逆だったけれど。

風よ、彼女を連れて行かないで。もう少し、ここに置いてください。

百人一首の「あまつかぜ雲のかよいぢ吹きとぢよ乙女のすがたしばしとどめむ」という歌を元にしたお話ですね。この歌の訳は「風よ、雲をたくさん呼び寄せて天への道をふさいで下さい、乙女(天女?)の姿をもう少しとどめておきたいから」的な感じだと思います。
相川さんはご専門ですから(笑)やはり素敵に描かれますよねーv美味しく頂きました(笑)
ちなみに、ここでりりが着ているのは、「教養」で玖朗お兄様がくださった着物だそうですが、まあ外に出ているので外出用の様相だと思います。せっかくお兄様がくだすったので絵にしてみました(笑)

こんな感じで、顔が見えないようにシースルーの布で覆える笠をかぶっていたらしいです。
いいなあ、こういうの見ると忘れかけていたコス魂がうずきますね(笑) 相川さん、どうもありがとうございましたv