序
「俺は公爵令嬢のとの婚約を破棄し、新たな婚約を君と結ぼう、さぁ、そんな奴は捨ててこっちへ……リリィ」
「えー……」
「いやぁ、ちょっと流石にないですねぇ……」
礼服とドレスのミケとリリィはドン引きした顔で呟いた。
1:
それは、ザフィルスの首都で起きた事件より少し後のこと。
「ほんとにミケさんは私に魔法を使わせる気なんですねぇ」
「全くできなくなったわけじゃないでしょう」
改造人魚ではなくなった15歳の普通の女の子に戻った。とはいえ、記憶もあるし魔法理論などの記憶もあるわけで。
それなら、もう一回やり直して魔導士やればいいんじゃないか、と言い出したミケに一番頭を抱えたのはクローネだったかもしれない。
「今度こそ、世界を大混乱させるかもしれませんけど?」
「ああー、やるかもしれませんねぇ」
でも、とミケは言った。
「僕の魔導士としてのライバルはあなただと思ってましたし、今もそうですしね。やっていたことはともかく、今でもあなたは、魔導士としての知識も研究も、尊敬はしてるから」
だから、続けてもいいんじゃないかと思って。
そう言われて、わりと魔術馬鹿だな、という話し合いがあったのだが、その後本当に一緒に見習い魔導士として活動することになって。
王宮関係やら貴族関係やら利権やらの話し合いは得意なリリィが「ミケさんは、ほんと、組織の下っ端の方があってますよね!」と直球でデッドボール投げるおでかけを、今日もしていた。
「ザフィルスは腐っている貴族とかは少ないんですけどねー。頭回る人が多いから、話し合いは楽しいですけどもね。ミケさんはそういう貴族関係とか粉かけてくる女性関係もうちょっと何とかすべきだと思いますねー」
「う、ぐ……そこは、ほんとに言い返せない」
「お兄様方はそこら辺も経験値高いんですけどね、お姉さまはあなたと一緒でそういうの関係ないとこにいますものねー」
「う、うう……っていうかね、なんでこんなにめんどくさいことになってるんですかね……僕はただの研究者だって言うのに」
「……ミケさんが冒険者になって役所勤めを勧めなかったお師匠様は慧眼なんですよ」
街中を二人で買い物をして屋敷に戻ろうと歩いていると、ばったりと眼鏡の地味な青年とその一団とぶつかりかける。
「あれ、セディス?みんなも」
「ミケか!久しぶりだなぁ」
驚いた声をあげたミケに、相手も笑って応える。
「何年ぶりですかねぇ」
「お前が家出してからだから」
「すみませんでした」
家出してエルフの魔女の下に行ってから帰ってきていなかったミケの引きつった笑みと謝罪の言葉に笑った青年に、リリィはほんの少し笑んだ。
「しかし、みそっかすでひ弱なお前さんが家出するとはなぁ。すぐ帰ってくると思ってたのに」
「誰も考えてなかったよな」
「あ、はは……い、勢いで」
「ミケさん、お知り合いですか?私にも紹介してくださいよ」
話に割り込んだリリィに、全員が視線を向けて一瞬止まる。
どこか気品がありながらも親しみやすそうな優しい笑顔を向けると、おどおどと彼らは顔を赤らめて視線を逸らす。
紛れもない美少女であるのは、間違いがない。性格を除けばな、とミケは秘かに思っておく。
「ああ、彼らは幼い頃の友人たちで……こっちの彼はセディって言って、この辺りに住んでる友人なんですよ。先生のところにいくまで……そう、例えば学校とか……街で遊ぶときとかによく一緒に……セディス?」
「あ、ああ、いや、凄い可愛い子連れてるなぁって」
「可愛いよな」
「そうそう、お前とどういう……」
「うふー、リリィって言います。ミケさんの、恋人です、きゃっ」
「えっ」
心底驚いた顔で声をあげる一団にはリリィは恥じらったように微笑んでおくが。
「……えー……」
「一生面倒見てくれるんですよね?そう言いましたよね?」
「ええ、それはそうですが」
「ええええっ」
驚いた声をあげた友人に、ロリコンじゃないですから!と反論したミケに、そこじゃないだろうなぁ、とリリィは思う。多分本音は、野放しにできない、だと思う。
「え、へえ……そ、そうなのか……どこでそんな可愛い子と出会ったんだ……?」
「は、え、ええ、……冒険者してて、ちょっと縁が」
ぎゅ、とリリィはミケの腕に抱き付いてにこにこと笑う。
「そうなんですよぉ、冒険してて、たくさん顔を合わせてー」
大体殺し合いの場だった気はする、と二人で思う。
「腕組まないでほしいんですけど」
「ええ、いいじゃないですか?」
「まぁ当たるものもないですけど、人前ですし」
「うふふふふふふ」
どす、とヒールの踵で足を踏んで、2人は笑顔で一瞬睨み合う。
「そうか、お前なんかに彼女が……」
「いやー、でもこいつ、顔も平凡だろ?それに弱いしさ……」
「そうそう、自分の意見もちゃんと言えなくて、何言っても言い返せないしさ、俺たちがいないと何もできなくて」
「あら!」
わいわいと囲まれてリリィはちょっと困ったように笑う。
「そうなんですね!ちょっと意外です」
「そんなこともなくてさぁ。昔から駄目なとこ多くて。本当にどうしようもない奴なんだよ」
「そうそう、こんな奴より俺たちの方が」
「顔だって金だって、あ、色々融通きく店も色々あるぜ?」
ミケは、少し眉を寄せて口を開いて…。
「でも、国の方から魔導士ギルド通して招聘されるくらいに凄い魔導士さんなんですよ、ミケさんは!」
「え、あなた何言って」
大分持ち上げた言葉にミケはぎょっとする。
友人たちは自分のことなど見ていない、リリィにアピールする方に全力だったから、何かする前に止めなきゃ、とずっとそちらだけを見ていたけれども、いきなり褒め始めるとは思っていなかった。
「あ、ああ……そう言えばお前の兄貴たちが言ってたな……求められた宮廷魔導士の座を蹴って、個人でやってくって……冒険者としてもいい腕だって……」
(宮廷魔導士はやっていけないからですけどね)
そのセリフは2人の胸の内にしまい込まれている。
兄たちが、自慢げにそんなことを言っている様子が、なぜかありありと脳裏に思い浮かぶ。
あれで兄たちは、弟妹に甘いし、兄馬鹿を真顔でやり始めることを、帰ってきて初めて知った。
「確かにいい服とか着てるし……嘘だろ、お前なんかが……!ミケ、本当か?」
「そ、そうですねぇ……その話に嘘はなかったですね……」
「さぁミケさん、そろそろおうちに帰りましょ!お肉が傷んじゃいますよ」
「そうですね。ではみんな、また今度」
「な、一緒に住んで……!?そんな仲なのか……!?」
「……は、そう……なるのか……」
「うふ、皆さん、ごきげんよう」
騎士家、とはいうものの、歴史のある家は、実はかなり大きい。
リリィの部屋くらい一つ空けても問題ないからと監視も込めて住まわせることに、誰も反対しなかったので気にしていなかったが……今更ながらそう思い至って、ちょっとショックを受けたミケの腕を引いて、可愛らしく彼らに微笑んで手を振って別れたリリィは、歩きながら少し考えこんだ。
2
それから数日後。
ふと、ミケは目を開けてベッドから起き上がる。ピース家は騎士家。屋敷は大きくとも基本は質実剛健、シンプルな壁紙だったり天井だったりするのだが、装飾された天井や豪華な調度品を見て、ぼふりともう一度横になって。
「よし、寝るか……」
夢だな!と思って二度寝した。
「なるほど、それでミケさん寝坊した、と」
「そうですね」
「それで、私に何か聞きたいことがある、と」
「ええ」
よくわからない学生服と貴族が通う、と言われる学園。目の前のセーラー服の少女がにこにこ笑って迎えに来たときは、色々な考えが頭を巡って、とりあえず。
「専門家の意見が聞きたいんですが、どうしたら目が覚めると思いますか?」
「あら、私の魔法だって言わないんですか?」
「あなたの場合は、なんかこう、何度か経験してきましたが、こんな適当な造りをしていないんですよ」
夢だな、と思って見てしまうと、草花が歪んで見える。
どこかしらに魔法と言うより、変に呪いのようなものを感じる。
リリィが本気でお遊びのために作ってきたものだったら、そんなものをそもそも感じることもできずに設定を信じ込めるのだ。
「まぁ、そうですねぇ、魔法で全部作った、という事はなさそうですね。やはり呪いとかそう言うものだと思います。ただ、こういうの、私は慣れているので設定が頭の中に『こう動こう』みたいなのを囁いてくるんですけど無視して動けますし、あなたの魔力と慣れはそう言うのを却下して動けるみたいですね。きゃっ、愛ですね」
「うーん……」
「まぁね、これを仕掛けた人がやりたいことって言うのがあるんでしょうし、暫くそれに付き合って狙いを探るのがいいかな、と思いますが。元凶なり核なりをどうにかすれば出られると思いますね」
「確認ですけど、魔法です?呪いです?」
「呪いですねぇ。誰かが与えたのか、そういうのを拾ったのか、それはともかく私たちを引きずり込める程度には強く、順守させられない程度には弱いですね。術者の力量ですかねぇ」
「そういうの、あなたが作って売ったんじゃないんですか……?」
「魔道具関係は、色々あるので、下手なのを売ると喧嘩売ってくる魔族がいるんですよ。チャカさまは笑顔でその方を殴れるんですけど、ねちねちしつこい魔道具警察みたいのもいるんですよ。やるならちゃんとやらないと」
「わりと……魔族にも色々あるんだ……」
「いろんな方がいらっしゃいますからね。さて、どうします?」
「実はですね、なんか設定が色々あったんですけどね。二度寝するときに頭の中でうるさいから遮断したら、それ以降聞こえなくなっちゃって。でもですね、頭にあったのは設定だけ、なんですよ。その後どう動け、みたいなのはないので、設定を設定として刷り込んで基本は僕通りに動け、ということなんでしょうね」
ふむ、とリリィは頷く。
「私の方はまだ聞こえてますね。結構面白いことを言ってますよ」
「そうなんですか?」
「私はミケさんに付きまとわれてる男爵令嬢なんですって」
「は」
「天真爛漫で純粋無垢な女の子で、高位貴族のミケさんに迫られて婚約してるんですって」
目の前で凄く渋い顔をするミケに、ちょっと笑った。
「なんか、その……」
「巷で流行ってる小説を思い出しますね!頑張り屋の主人公が悪役令嬢のいじめに負けず、王子様に見初められて王妃になるって」
ミケの顔が、何を言いたいのか、何を考えているのか、とてもよく分かった。腹芸は大事だとは思うけれど、これはとても素直で分かりやすくていいことだとは思う。
「リゼスティアルの、本物の女王だった黒百合の魔女にする配役じゃないですね……!王妃じゃないですよ、最初から女王ですよ」
「実はミケさんが術者だった、という可能性も、考えなくはなかったんですが、設定見た瞬間に消えましたよね」
知識は力になるし、想像力は魔法に大きな力を与える。
しかし、その反面知識と常識が邪魔をするのも魔法でもある。
ミケは、リリィのことをよく知っている。その知識はこの設定を邪魔するだろう。夢と言う無意識の産物だからこそ、それを操ることもしたリリィは察せられる。
引きずり込まれたのは自分一人か、とも思ったが試しに『婚約者を迎えに行く』という脳内設定どおりに会いに来て、「リリィさん、今、正気ですか?」と婚約者役のミケに聞かれてこれは酷い出来の舞台だな、と心底から思ったものだ。
「わかりました……とりあえずは、当初の設定どおりにやってみますかね」
「あら、覚えてるんですか?」
「一応は。……僕はあなたが、好きなんですって」
「あら」
「あなたが、大事なんですって。それであなたが離れて行かないと思っているから照れ隠しで酷いことを言う、と。だから、あなたの事情なんて考えずに、気分で押しかけて一緒に授業を受けて、お弁当食べて、1週間後の卒業式典であなたとダンスを踊って、その後結婚、決められたとおりに王宮で仕事する予定があるらしいですよ」
「順風満帆じゃないですか」
「でもそれしか言われていないんですよ。どういう事なんでしょうね」
そちらの設定は?と聞かれて肩をすくめた。
「さっき話したことで大体ですね。ただ、私にはそのキャラクターとしての行動が強制されています」
「というと?」
「普通の女の子だったら、現実を忘れて、あなたに身分を盾に脅されるようにして無理矢理婚約されている男爵令嬢で、あなたの行動に困らせられながらも努力して他の高位貴族の男性たちと仲良くなって、王子様に見初められる、って筋書そのままに動くと思いますね。」
「……えー……」
「じゃあ、設定どおりに動いていきましょ!私は設定どおりに動いていきますけれども、ミケさんは設定を踏まえつつ、好きに行動していくといいと思います」
「……あなたが好きで、ツンデレ対応して、あなたを束縛して貴族として学校生活を送る、かぁ……」
「貴族の認識激甘ですけどね」
「うるさーーーーーい!」
そう言ったミケに、リリィは楽し気に微笑んだ。
「あなたが、とは言ってないんですけどね」
3
「リリィさん、ご飯食べに行きますよ」
「……はい、喜んで」
困ったように笑って頷くリリィの手を引いてミケは裏庭のベンチまで連れて行く。
「お弁当……食べるって予定らしいんですけど……」
「ありますよ!手作りです!」
「あ、あるんだ……」
「よくわかりませんが、気が付いたら机の上に生えてきてました」
ぱかっと開けたお弁当は、サンドイッチと果物を切ったデザート、魚のフライなどが入っているが、それがハートやお花の形になっていて、女の子が作るであろう男子の夢のお弁当という形である。
「……」
「ミケさん?」
「い、いきますよ……『リリィ!こ、こんな貧乏くさいお弁当なんてこの僕は食べられないだろう。もっとレストランとかの食事にしないか』」
そのままお弁当を掴んで叩きつけ……ない。
「ミケさーん?」
「くっ、なんで手作りのお弁当を叩きつけるとかしなきゃならない……食材にも作り手にも失礼でしょうが……っ」
「大丈夫です、朝起きたら生えてましたので、作ってませんから」
「でもですね……っ」
ぎりっと抵抗をして、そのままベンチに座りなおす。一瞬頭を押さえて瞑目してから口を開いた。
「いただきます……」
「そんな、無理して食べなくてもいいんですよ……」
「……こ、れは……あなたも食べてくださいよ」
差し出されたお弁当に、リリィは箸をつける。
「……え、無味……いっそ叩きつけましょうよ……食べたくないです……」
「どういうことなんですかね……見た目は彼女が作ってくれる夢のお弁当なのに」
「ほー?今度作りましょうか?」
「いや、お弁当なら僕が作りますけどね。味は自信がありますんで。っていうかむしろ作らせろ」
「そりゃあ、ミケさんは料理上手ですからね」
「どっちかっていうと、塩と砂糖間違えて、みたいなケースも予想していたのに……味がそもそもしないとは……」
2人とも、しばし無言で味のしない可愛らしいお弁当を食べる。本当に、感想すら出てこない。
こほん、と咳払いしてからリリィはきゅっと胸の前で手を組んでミケを見上げる。
「ミケさん、私の手作り?のお弁当、美味しかったですか?」
「『よく、こんなまずいものをよく作れましたね!次はもっと美味しいのを作ってきなさい』」
「渾身の真面目な味の感想ですね。私もそう思います」
「嘘のない、設定からの感想が口から出ましたよ……」
真顔で呟いた二人の前に、顔が良く見えない男子生徒たちが現れる。
「ミケ!またお前は彼女に酷いことを言っているのか!」
「なんて可哀想なことを!」
「『本当のことを言って何が悪いんですか!』」
「リリィさんに酷いことを言うな!」
よくわからない言いがかりと顔のモザイクを見て、ミケはそっと魔力を探る。さほど強くはない何かを感じる。
「『もういい、行きますよ』」
「あ、はい!皆さまごきげんよう」
歩き出したミケの後を、一つお辞儀をしてから追いかけるリリィは、一つずつ考えを組み立てた。
その前で、ミケも渋い顔をしながら元凶について考えを巡らせていくのだった。
「リリィさん、これ、卒業式典がゴールですかね」
「そうなんでしょうね。それまでは婚約者としてなんとか……ミケさんにもいじめられながら健気に頑張りますけど」
放課後、帰る前に裏庭のベンチで情報交換をする。
「にも、ってことは、悪役令嬢は、いらっしゃった?」
「はい、公爵令嬢だそうで……やっぱり顔にモザイクかかってましたね。あと、いじめの内容が幼稚ですね。知ってますか?高位貴族は視線ひとつで周囲が動かせるんですよ」
「こわいこわいこわい」
「最近、そう言う世界にミケさんいるんですけどね」
「やだなぁ……」
「あ、なんか指令が来てますね。シナリオ進めるお時間みたいですよ」
「了解です」
そう言ってから、ミケはリリィの手を見る。
「なんですか?」
「リリィさん、あ、の……手を」
「はい」
「エスコート……」
「あら」
「こ、これは演技これは演技……」
差し出した手にリリィはそっと手を乗せる。ミケはその手を優しく取って立ち上がらせて、帰ろうかと歩き出す。
「ミケさん」
「何ですか?」
「私が、好きですよね」
「……は?」
「今なら、別に設定なんですからそう言ってくれてもいいんですよ?多分設定に反する行動をとると割とペナルティ来てたりしませんか?頭痛いとか」
「……まぁ、ちょっとありますけど、あなたは、大丈夫なんですか?」
「あんまり反した行動はとってませんからね。それに」
そっと手を絡めたまま、リリィは身体を寄せる。
「私の名を、ご存知ですよね?そこら辺はよーーーーーーく知ってますので」
「そうか、そうですね」
囁いた言葉にミケは一つ頷いてから、疲れた様に口を開く。
「『一緒に帰りますよ。エスコートしてあげますから感謝なさい』」
「ありがとうございます、ミケさん…喜んでお受けします」
リリィは少し眉を寄せて辛そうな表情を作った後、握った手に力を籠めた。
「『リリィ、勘違いしないでくださいね。あなたなど好きでも何でもないんですから』」
「っふふ」
「なんですか?」
「いいえ、別に?私は、あなたが好き、ですよ。本当ですよ?」
「嘘だな!」
くつくつ笑いながら顔を伏せるさまは、遠くから見れば泣いているようにもミケの言葉に傷ついて辛そうにも見える。ただ、どちらからともなくするりと指を絡めて恋人のように繋ぎながら、設定上の家へと向かうのだった。
4
クラスメイトも家族も主要と思われる人たちもみんなモザイクがかかっている。
リリィにかけられる周囲の言葉は優しく甘く。
ミケからリリィへの言葉はきつく。
舞台の終幕へ、あり得ない学園生活を送るふたりは場面場面で設定どおりに、それ以外はそこそこ自由に過ごし、そして。
クライマックスシーンがやってきた。
「こういう時の式典って、ドレスじゃなくて制服じゃないですかね」
「大体そうですね。でも着て来いって渡された贈り物ですので」
「しかも、何ですかその色、金色とか僕の色でもないんですけど。つまり僕じゃない人があなたに贈ったという流れなんですね」
なんかかっこいい、という感じの礼服と、ごてごてフリルのドレスで会場へと廊下を歩く。
実際に王宮に足を踏み入れたことがあれば……いや、どこかの国の貴族たちの通う学園などというものに足を踏み入れたことがあれば、これはない、と思うような服だ。
「そうですね。ミケさんは誰かに贈ってないんですか?」
「さー、設定にないんですよね。この手の小説だと、あと僕が浮気しててそっちにかまけてあなたにつらく当たる、みたいなのも王道だと思うんですけどね」
「まぁ、大体術者というか核になっている人の性格はわかりましたけどね。多分、その人が思ってるんですよ。『あなたは、浮気はしない』って。いえ、一途だと思っているのでしょう。ちなみに、ミケさん、記憶のある限りで誰かの彼女を奪ったとかあります?」
「僕によってくる女性って言うのはね、大体うちの誰かに取り次いでほしいって、そういう人ばっかりなんですよ……小さい頃から」
今もあからさまなハニートラップは、大体兄関連だと知っている。
「まぁ、ミケさんは、そんな感じですよねぇ……知ってました」
「ぐ。は、話を戻しましょう……魔法は想像力の産物……術者は少なくとも僕より魔力が下だから、強制はし切らない……想像力が足らないから料理の味もない、人の顔もない、でも、僕のことは良く知っている、と」
「男性が思う理想の女の子……それがヒロインである私。男子の希望を詰めたお弁当、知らない貴族社会、あなたと私の関係を誤認している人、と。お兄様方が術者だったら凄くえぐい学園恋愛小説風になったでしょうねぇ……お姉さまならもっとほのぼのしてるかと思いますし」
「ああ……なんでだろう……僕、何かしたかな……?」
元凶の心当たりを思い浮かべて、酷く傷ついたような顔でミケは会場の扉に手をかける。考えついて、でも友人だから、と考えないようにした事実を見るために。
「それがわからないから、こんなことになってるんですよ、ミケさん」
「俺は公爵令嬢のとの婚約を破棄し、新たな婚約を君と結ぼう、さぁ、そんな奴は捨てて、こっちへ……リリィ」
「えー……」
「いやぁ、ちょっと流石にないですねぇ……」
礼服とドレスのミケとリリィはドン引きした顔で呟いた。
その中央にいたのは数日前に街であった友人のセディス。地味な顔や眼鏡はそのままに、何故かキラキラしたエフェクトと王子様な服装がどことなく浮いている、その周辺には友人たちがこれまた豪華な服に身を包んでいる。
「さぁ、恥ずかしがることはないよ、僕の腕に飛び込んでおいで!」
「……い、や、いやいやいやいや。セディス……そんな」
「リリィさん、騎士団長の息子である俺でもいいんですよ!」
「宰相の息子であるおれでも!」
「大金持ちで商店の会長をやっている私でも!」
「将来の筆頭宮廷術師である私でも!」
「どうしよう、胸が痛い!黒歴史になる奴では!みんな落ち着いてください、そして正気に返りましょう!」
真顔でそう叫んだミケに、セディスは指を突き付ける。
「黙れ!お前のリリィに対する暴虐さ、目に余る!その爵位に相応しくない!彼女との婚約を破棄し、爵位を取り上げ、国外追放だ!」
「そうだそうだ!」
「はー!?凄い横暴な判決だ!」
「さぁ、俺たちの手を取るんだ、リリィ……幸せになろうじゃないか」
最高にきらりとした笑顔で彼らはリリィに手を伸ばした。
「ふっ……あ、あは……っきゃはははははは!本気ですか、正気ですか、いや、すっごいですねぇ!」
「リリィさん、駄目、落ち着いて!」
「これが、笑わずにいられますか!ああ、もう駄目、おかしくておかしくて!私、この人たち、大好きですよ」
「そうだろうそうだろう、そんな男は捨てて俺たちのところに来るんだ!」
「嫌です」
リリィの笑顔が、かつての黒百合姫と同じだったから止めようとしたミケの手を振り払って、リリィは嘲笑する。
「……ねぇ、ミケさん。あなたは、私に対して尊敬している、と……そう言ってましたよね」
「は、え、ええ」
「あなたより頭が良くて強くて魔法でも敵わない……あなたは、私を羨ましいと、思いました?」
「え、そ、それは、まあ」
「ですよねぇ、ライバル視して、殺そうって思うほどに魔法の刃を研いで向かってくるくらいですものね!……でも、一度だって、私を引きずり降ろして上に立とうって思わなかったでしょう?」
その言葉に、意味が分からないなりに頷く。
敵だった。
強大で、自分では敵わなくて殺されかけて、知略も届かなくて、けれど、高みにいるならそれに届くまで自分を高めればいいと、そう思っていた。
いつか、この手で、魔法で倒して、正攻法で超えていきたいと、そう願っていた。
「この人たちは、そうじゃなかったんですよ」
「え?」
「弱くて、愚かで、上に上がる努力ではなくて、他人を引きずり下ろして、自分が優位に立ちたかった。私、そう言う人たちが、とても好きです」
あからさまに見下した、心の中にある黒い感情を暴いて突きつけるリリィに彼らは怯えた様な顔で息を飲む。言い返せずにはくはくと口を開いて閉じる様子に、リリィは噴き出した。
何かを言いかけてミケも口を噤む。
「あなたもね、当時自分が見下されてるのは知っていたでしょう?それでも一人になりたくないからってへらへら笑っていたんじゃないですかね?だから、久しぶりに再会して、あんな感じになるんですよ」
昔、いじめていた相手に再会した。周りも彼をみそっかすだといい、あの家の落ちこぼれだと笑い、だから何をしてもいいと思っていたし、騎士爵の子息を、身分的に低い自分たちの子分だと思って、見下していい気持ちになれた。
その彼が、宮廷魔導士にも手が届くほどに強く大きくなって、しかも可愛らしい恋人まで連れて、一緒に住んでいるという。
そんなはずはない、そんなことがあっていいはずがない。
だって、本当は自分たちの方が上のはずだから。
それが、あの再会だった。
「そう、ですね」
「ここで身分を剥奪して、何もかもを取り上げて、あなたを貶めたかった。あなたに意志や設定だけで考える余地が残っているのはね、あなたが一途に愛しているであろう私が彼らの手を取って、何もかもを失って彼らに屈して絶望する顔が見たかった、ってことだと思いますよ。筋書きに沿って絶望しましたー、ってしても、そんなの面白くないでしょうからね」
「……まさか」
「で、ミケさん、どうしますか?私は、別に、このまま夢を見たままでもいいですけど」
「その質問の答えは……もう知っていると思いますけれども」
ゆっくりとミケは壇上にいる友人たちにまっすぐに視線を向ける。
一人一人目を見つめると、逆におどおどと視線を落とす彼らに、小さくため息を吐いた。
「……リリィさん。使えるんでしょう、ディスペルマジック」
「ここでなら前までとはいかなくても、イメージで補強できますから可能ですね。でも、そちらの、呪いの核である皆さんを先に制圧してくださいね。あなたへの妬みがこの世界を強固にしているので、少なくとも意識を刈り取るくらいはしないと今の私ではどうにも」
「わかりました」
ゆっくり一歩踏み出したミケに、彼らは後ずさる。さっきまでの自信に満ちた見下す視線ではなく、強者に怯えた目でこちらを見ている。
「ミ、ミケ……俺たち、友達だよな、そうだよなぁ!?」
「ええ、僕はそう思っていました」
「ならいいじゃないか!この世界でこれからは仲良くやってこう!俺たち、権力とかあるしさ、ここでなら思いのままなんだ!」
「そんなの、いらないんですよ」
「ひぃ、来るな!来るなああああああああ!」
手の中に、大きな炎を浮かべる。
それは確かな熱を持って、ミケの無表情を照らしている。
彼らに向かって、それを放った瞬間、彼らは悲鳴を上げて黒い影になり消えていった。
「……目が、覚めたかな」
「そうでしょうね」
ゆら、と床に浮いている炎を消して、ミケはため息を吐く。
最初から投げるだけのつもりだった。本気で殺そうとしたなら、使うのは最も得意とする風の魔法だったし、見た目にインパクトがある炎の魔法の方が脅かせると思ったが、それは正しかったようだ。
「……あぁ……それにしても……そっかぁ……」
「あなたは体育会系のおうちで育って、基本が何より脳筋なんですよねぇ」
ショックを受けて頭を抱えたミケにリリィは笑う。
「それはどういう」
「自分より強大な敵がいたら、努力で超えるべきだと思ってる。誰かが自分より上にいったら悔しいし羨ましいけれど、心から祝福して、妬む暇があったら自分を高める努力をする。そういう思考ですよ」
「否定は、しないですけれど」
「あの人達に限らず、そういうふうに人は普通思わないんですよ。だから、妬まれていることが分からない。空気が読めない。ミケさんはそう言うところ、本当に馬鹿だなぁって思ってます。宮廷魔導士なんて恨み妬み嫉みに足の引っ張りあいの世界ですよ。無理ですって」
「ぐ」
「そういうところ、私は好きですよ」
「今なおそうやってペット扱いされる言われはないですけどね!」
「やだぁ、素直な気持ちですよぅ」
「むっかつく……」
火の玉を消して深呼吸するミケに、リリィは肩をすくめる。
「やらないんですか?彼らの心の風景ですよ。叩きつけて燃やして壊せば、彼ら本人がここにいなくても、ダメージを与えられるのに?」
「それでもね、多分、小さい頃からの友人ですから」
ゆるゆると微笑んだミケに肩を一つすくめる。
「本当に、馬鹿ですねぇ」
「そうかな」
「あなたのそれは、優しいようで、手加減するって言う侮りでもあると思いませんか?私、今ならできるし、代わりにやってあげましょうか?復讐、気持ちいいですよー?あなたの責任じゃないですし、私が勝手にやったことにできますよ?」
意地悪い言葉に、ミケは首を横に振って否定をする。
「……リリィさん、実は怒っていますか?」
「いえ、別に?」
「そうですか、じゃあこれだけ。……町で彼らにあったときに、やり返してくれてありがとうございます」
「……私、やりたいことだけしかしないんですけれど?」
「そうなんでしょうね。でも、あのとき、ちょっとスッとしたんですよね」
貶める言葉に、同調しなかった。煽るためだったのかもしれないけれども、それはとても、ほっとしたのだ。
「ですから、やりたかったからやっただけですってば。なので、多分、何かの呪いのアイテムの補助があったとしても、この事態は私が口を挟んだから起きたことだと思いますよー?つまり原因は煽った私では?」
思った以上に自分より下の人間が立派になって目の前に現れて、欲しいものを皆持っていた。
それを突き付けたことがきっとはじまりなのだろう。
「いえね、どうせ、近くこんなことになったと思いますよ。だって、あなた、彼らの話を聞いて、思ったでしょう?」
「?」
「僕が自分の意見も言えない、何されても言われっぱなしで黙っている、って話をされて……いや、そんなはずないでしょ、って。……過去の頃はともかく、今の僕もそう思うんですよね」
リリィを止めようとしていたけれども、あれ以上言われた時には、自分で止めていたと思う。言われっぱなしでいられるほど、今の自分が嫌いではないのだから。
その言葉にリリィは今度こそ笑い転げた。
「でも、あなたに言いたいことも言えないなんて、そんな可愛い頃があったんですねぇ。今も可愛いですけれど」
「後半の可愛いの言い方が気に入らないですね!」
終
結局、向こうで過ごした1週間は一晩の出来事だったらしい。正しく一夜の夜の夢だった。放置するわけにもいかないから、誰が核を持っているかわからないので全員に2人で会いに行くと、理由は分からないらしいけれど悲鳴を上げて逃げるから、深層心理に怖いものが刻まれてしまったのだろうな、と思う。
セディスが買ったという奇妙な文様の刻まれた石から似た魔力の波動を見つけたので、メモを残して持ち帰り砕いておいた。これで、同じことは起きることもないだろう。
「あーあ、友達無くしたなぁ……」
「あんなのを友達って言えるくらい友達がいないミケさんが可哀想です」
「うるさいな、僕は元々内気でおとなしい人間なんですよ」
「嘘をついていい日は終わってますよ……」
「嘘じゃないです!」
あの裏庭のベンチを思わせる人のいない小さい公園は、昔から子どもたちが通う小さな学校の裏手にある。
良くも悪くも、術者の想像力が全ての夢の世界。そういえば、大体全部この街がベースだったな、と思い返す。
そこに座ってため息を吐くミケに、リリィはそう言えば、と口を開いた。
「ミケさん、私の事、好きなんですねぇ」
「は?」
「あの世界で、設定で、行動強制されてする行動で私に話しかけるときは、『リリィ』って、そう言ってたんですよ」
「そう、でしたか?」
「リリィさん、とあなたが呼び掛けているときは、あなたの意志と言葉でした」
「それは……意識してなかったなぁ」
「うふふ、エスコート、したいんでしょう?どうぞ」
あのとき、リリィさん、と呼びかけてエスコートのために手を取ったのは、設定によるものではなく。
それを突き付けられてミケが怯む。
「私が好きなんですよね?うふふふふふふ」
「セディス、僕の黒歴史まで増やすの止めてくれないかなぁ……!」
心からの嘆きを聞くものは、今は目の前の少女一人なのだった。
「頭が痛くても、あなたの手を取って喜んでって言ったのは、本気なんですけれどね」
少し上機嫌な呟きは頭を抱えた青年に聞こえたのかどうか。
多分無理だったろうな、と少女は思うのだった。
おしまい
相川さんにお誕生日プレゼントでいただきました!転生令嬢モノですね!実は大好物です!(実はも何も)解像度低い夢の世界を「あなたの世界はこんな雑じゃない」とバッサリ見破ってたりとか、そのくせ呼び方で気持ちがバレバレなところもかなりツボでしたが、久々に黒百合ギレするリリや「お前は私を怒らせたゴゴゴゴ」なミケさんもかっこよかったです!ミケさんにいじめられっこな過去があったんですね超意外です今の姿からは想像つきませんね!とリリと同じ感想を抱きながら読んでいましたw
リリはザ・悪役令嬢なのでヒロインはめちゃくちゃミスキャストですが、悪役令嬢無双しようとするリリをヒロインミケさんが止める話とかも興味ありますね!(もはや全く悪役令嬢モノではない)w
相川さん、素晴らしいものをありがとうございました!