まほうつかいのことば
ねえ、くやしい? かなしい? こわい? さみしい? いいことを、おしえてあげるね。 おともだちを、つくれば、いいんだよ。
ないしょばなしはしんちょうにね
あははは、あははは、という高笑いは、しばらく響いたあとにこだまだけを残して消えていった。
しん、と、中庭に静寂が戻る。
冒険者たちは呆然と立ち尽くしていたが、ゆっくりと、お互いの何とも言えない表情を見合う。
「えっと………」
「…とりあえず、状況、整理する、いい、思います」
アフィアがいつものように淡々と言うと、続いてグレンも頷いた。
「…そうだな。とりあえず相談を……つっても、ここじゃまずいな……」
「1階だし、応接室とかならいいかな…?」
ユキの言葉に反対するものは特にいない。
一同はのろのろと中庭をあとにした。
「ひとまず、状況をまとめてみましょうか…」
応接室。
げっそりとした様子で、ミケはテーブルに紙を広げ、アリスの日記の記述に時系列を加えたものを記していく。
■アリスの日記抜粋
『フルー38 パパはまだ帰ってこない ママはパーティー 娘は一人で部屋ご飯』
『ディーシュ2 あのおじさん いつまでここにいるのかしら ニヤニヤわらってきもちわるい ママはなんであんなひととともだちなの』
『ディーシュ31 またあのおじさんがきた 一緒に遊ぼうっていわれたが遊ばない』
『ムウラ5 ママが言うから一緒にご飯。アイツとも一緒』
『ムウラ8 パパはかえってこない あいついつまでいるの』
『ムウラ15 パパは帰ってこない ママはあいつといてばかり きらいきらい みんなきらい』
ムウラの17……18日から4日間……奥様とお嬢様が留守のため、使用人にも休暇。
ムウラの17……ハイラム、パーティーに(最終記述)
『ムウラ18 あいつにうでをひっぱられた かみついてにげた こわい ママどこなの』
見開きにべったりと血の染み。血は乾いていて、貼り付いてもいないことから、乾いてから閉じられたことが伺える。
『ムウラ19 まほうつかいがきた おともだちをつくればいいって』
ムウラ22……お嬢様失踪の件は固く口止めのこと
『ムウラ25 あいつはおともだちにはしない でもさみしいからパパとママはつれてきていいよね』
『マティーノ39 パパがかえってきた うれしいな これでずっといっしょにいてくれる』
ミドル4……旦那様の葬儀
『ミドル9 ママはそんなにあいつがいいのかな あいつがおともだちになったらママもこっちにきてくれる?』
『ミドル10 ママもやっとこっちにきてくれた もうあいつはいなくていい』
ミドル12……奥様の葬儀
『ガルダス25 みんなおともだちだとおもったのに いっちゃうこはきらい もうおともだちじゃないんだから』
ガルダスの第25日……帳簿の整理
『フルー3 いっぱいのおきゃくさま おともだちになってくれるかな なってくれるといいな』
その後しばらく、お客様が来た、お友達になってくれた、という記述。ここから20年?
『マティーノ22 へんなひとがきた』
『マティーノ25 シュウくんはかえっちゃうんだって もうここにはいてくれないんだって さみしいな おともだちになってくれたら ずっとここにいてくれるかな』
『ミドル13 ひさしぶりのおきゃくさま いっぱいあそんでくれるといいな』←今ここ
その一方で、アフィアは前回使用したまとめ用の紙に、判明した事実を書き加えていった。
■人物関係
ダグラス・マークェイン
→当時36歳、貿易会社社長 めったに家に帰らなかった。
噂では暴力的になった末、中庭で死亡。
趣味は狩り?
→妻の浮気を知っていた模様。
→推測:アリスが魔法使いと会ってから50日後(マティーノの第39日)、帰宅した。
→探偵等を利用して秘密にアリスの捜索を行っていた。
→ミドルヴァースの第4日に葬儀。
メイベル・マークェイン
→友人を招いてパーティーをよく行っていた。
噂では精神異常の末3階ベランダから転落死。
→浮気していた。
→推測:返事が1つも来ないことを不審に思わなかったのか?
→ダグラスが気がついていることに気が付いていた可能性は?
→推測:アリスが魔法使いとあってから71日後(ミドルヴァースの第10日)、アリスの側へいった。
→ダグラスの葬儀の際、執事からは様子に注意するように見られていた。
→ミドルヴァースの第12日に葬儀。
アリス・マークェイン
→当時7歳。
→失踪していた。ダグラスは外部に秘密で調査していた。
→最後に目撃されたのは中庭。
→18日から外出ということはもしかして17日の中庭か?
→推測:ムウラの第19日の日記を書くまでに何か起きた?
→推測:執事の記録と合わせると18~22の間に失踪した。
浮気相手
→ハイラム・クロワ
→メイベルによく手紙を出していた模様。
→娘を排除する計画をメイベルに持ち掛けていた。
→2階客室のぶつくさ幽霊が同じようなことを呟いている。
→推測:ぶつくさ幽霊はハイラム?
→ダグラスの葬儀にも参列していた。
→ムウラの第18日、アリスにかみつかれた。
→メイベル、アリスの外出に一緒していたということ。
→推測:その際、アリスをメイベルがいない場所に連れ出した?
執事
→記録なし。(噂では森で死亡)
→ムウラの18日から4日間、使用人は休暇。
→カルダスの第25日、書類整理したのが最後の記録。
→同日のアリスの日記ではおともだちじゃない宣言がされている?
魔法使い
→ムウラの第19日に記録あるのみ。
「こんなところ、ですか」
「うん?あれ、ちょっとおかしいな」
アフィアの書き記したメモを見て首を傾げるリタ。
「ダグラスの葬儀に、ハイラムは参列してないはずだよ。最後に客人リストに挙がってたのは、ムウラの第17日だったはず」
「そう、でしたか」
アフィアは特にコメントすることもなく、あっさりとその項目に「聞き間違い」と書き加える。
「うーん……」
紙を見やって唸るミケ。
「まずは、ダグラスさんなんですが」
人差し指で、ダグラスの項目を指して。
「暴れまわるようになって、5日くらいで死亡したっていうのが少し解せませんね。使用人に暴力を振るってやめていったとしても、ちょっと期間が短いような」
「というか、娘が失踪してるのに50日も家帰ってきてないってどうなんだそれ」
眉を寄せて、グレン。
「うーんと、思うんだけどね」
リタが同じように眉を寄せて、首を傾げた。
「ミケが『暴れまわるようになってから5日で死亡』だって思ったのは、アリスの日記に『パパが帰ってきた』って書いてあったのがマティーノの39日で、葬儀がミドルヴァースの4日だったからだよね?」
「はい、そうです」
「でも、グレンが言うように、娘が失踪したっていうのに、一度も家に帰ってきてないっていうのも変だよね?」
「もちろん、そうですね」
「じゃあ、ダグラスはそれより前に家に戻ってきたことがあるんじゃない?」
「え?」
きょとんとしてリタを見るミケ。
リタは肩を竦めた。
「あくまで、『アリスが』パパが家に帰ってきたと思ったのがマティーノの39日だっていうことだよね?事実であるかどうかとは別の問題じゃない?」
「なるほど……それもそうか……」
「たとえば、家に入ったけど使用人と打合せしてそのまま出かけちゃったら、私だったらそれを『帰ってきた』とは言わないなあ。ましてや、『ずっといてくれる』とは思わないよね。
まあ、本当のところどうだったのかはわからないけど。
もしかしたら、他にもあんまり表立っては言えないいろいろなことがあって、全部旦那が狂って追い出したことにしたかったのかもしれないし」
「うーん…少なくとも、何もいないところに何かが出る、ということは確実である、と」
ふむ、ともう一度唸って、ミケは再びまとめの紙を指差した。
「次に、メイベルさんですね。アリスさんの日記の記述からすると、ムウラの第18日に彼女はいなかった。その日は出かけると日誌に記されていたことから考えると、留守だった可能性もありますよね」
「旅行に行くとか言ってなかったか?」
「うーん、母娘でどこかに行くなら、娘の日記に『あの人と一緒なの?』とか『あの人と離れられる』とか書かれそうだなと思って」
「むしろ、どこにも行かなかったのかもしれないよね」
リタの言葉に、グレンとミケがそちらの方を見る。
「どこかに行く、と使用人に言っただけで、実際にはどこにも行ってない可能性だってあるでしょ?」
「そりゃ…そうだが。でも、なんでそんな嘘を?」
「そりゃあ……屋敷に自分たちだけが残るようにするため、じゃないかな」
意味深なリタの言い方に、沈黙が落ちる。
「なるほど…その可能性は考えていませんでしたね…」
ミケは眉を寄せて考え込んだ。
「とりあえず…旅行から執事日誌最後までの流れはこんなところですかね」
さらさらと、まとめの紙に記述を書き加える。
- 奥さんと娘さんが4日ほど留守にするため、使用人に休みを出している
- 娘さんの失踪を、口止めしている
- 旦那の葬儀のときの参列者に浮気相手の名前はない。来訪の最終日は留守にする前日。
- 旦那の死は奥さんに取り乱す程のショックを与えている。
- 親族が遺産整理に来るが、変な事故が起きている。
- 遺産相続関係の書類をまとめて提出しに行く予定だった。結果死体が外に。お友達ではなくなったらしい。
書いてから、ふう、と一息ついて。
「まず1ですが、屋敷をまるっきり空にはしないのではないか、とは思ってたんですよね。少なくとも執事当人は残っているのではないかな、と。急な事情、旦那が帰ってくるなどの事態がないとも限らないですし。
でもそれも…」
「リタさんの言うように、屋敷を空にするためのウソだったとしたら、何とでも言い繕って使用人を外に出したかもしれない、ってことだね」
慎重に頷くユキ。
ミケは頷き返して続けた。
「2についてですが、そもそも何で失踪を口止めしたんでしょうね。というか、誰に?」
「え、誰に、って?」
ユキが首を傾げると、ミケはますます眉を寄せた。
「さっきも言いましたが、旦那さんに報告したら、まず即帰ってきそうなものだと思うんですが…それに、探偵を雇って調べたのなら、口止めに意味はあったんでしょうかね」
「?ちょっと待て、その理論展開がよくわからんのだが」
首をひねったのはグレン。
「ミケは、誰の命令で、誰に黙っているものだと思ってるんだ?」
「え、だから、奥様の命令で、旦那さんにでしょう。だから、旦那さんが探偵雇って調べてたんだから、口止めしても意味ないのかなって」
「つっこみどころ、ありすぎ、思います」
淡々とミケの言葉を遮るアフィア。
「まず、主人、探偵、雇ってた、誰か、知ってる、根拠、ありますか」
「……あ」
「まあ、普通、配偶者の素行調査はこっそりやるよね」
リタの追い打ちに、うっと言葉につまるミケ。
「それより、そもそも。日誌、『固く口止めのこと』、書いてあっただけ、思います。なぜ、奥様、命令した、思いますか」
「え」
「執事の雇い主、奥様、違う。娘、失踪、おおごと、ならないよう、主人、口止めした、違いますか」
「うん……僕もそうだと思ってた」
「家人に内緒にするように、なんてこと、日誌には書かねえだろ、普通」
3人から次々に突っ込まれ、ミケはしゅんと肩を落とした。
「う……すみません。勘違いのようです。では、屋敷の者に緘口令を敷いた、と……」
カリカリとメモして、次に進む。
「3ですが……葬式の時になぜハイラムの名前がなかったかについては、その時には既にいなかったのか…あるいは、ホスト側だからという可能性もありますよね?使用人が抱き込まれていたのなら……」
「こりゃまた、突拍子もないこと言い出すな」
眉を寄せて、グレン。
「旦那が死んだ葬式の時にすでに後釜に座ってた、つまり結婚してたってことか?ありえないだろ、常識で考えて」
「結婚はしてなかったとしても、すでに『屋敷の住人』として取り計らわれていた可能性がある、ということです。使用人を抱き込めば可能なのかなって」
「主人、葬式、親戚筋、たくさん、来ます。他人、いきなり、住み着いてる、いくらなんでも、非常識」
「……まあ、そうですよねー……」
「そもそも、なんでそんなふうに思ったの?」
ユキが訊くと、ミケは納得いかない面持ちで肩を竦めた。
「アリスさんの日記によれば、この時点ではまだ『あいつ』は友達ではない、わけですよ。そうすると、生きてると考えたほうがいいんじゃないかなって」
沈黙が落ちる。
ミケは嘆息して続けた。
「皆さんも、薄々感じてるんじゃないですか。アリスさんの書く『お友達』の意味は、『自分と同じもの』……つまり、死人という意味だと」
「……まあ、なんとなくはな」
グレンが唸ると、ユキが困ったように首を傾げる。
「ハイラムの名前が日誌にあるのは、ムウラの第17日…この日までは生きていたとして、たとえば18日に亡くなったとしたら、この時点で『お友達』になっていないのは不自然…っていうことか…」
「じゃあ、別の意味なんじゃない?」
リタが言い、一同はそちらを見た。
「お友達にする、お友達にしない、っていうのが、殺す、殺さない、っていう意味じゃない、ってこと。なんかこう、仲間にする、みたいな印象を受けるな、私は」
「ですから、それが死人にするということでは?」
「うーん、そう言っちゃえばそれまでなんだけどさ。違う可能性もあるんじゃない?ってこと」
「まあ、わからない以上はこれ以上議論しても仕方ないですよね……」
ミケは嘆息して、再びまとめの紙に目をやった。
「次に4ですが…動揺の理由は、実はちゃんと愛していた。自分で手を下した。何かがあって殺されたのを見てしまった。次は自分であるとわかっている。のどれか、ってところでしょうかね」
「裏で浮気して金せしめようと思ってるっての知ってたら、一番最後じゃねえかって思うけどな」
忌々しげに、グレン。
そこにアフィアが淡々と続く。
「これも、議論する、しかたない、思います」
「そうですね。5については…この方たちは、お友達になったんですかね?」
「死人は何人か出たみたいだよ。行方不明者もね。一応、当時の新聞に出たりもしたみたい」
リタがきっぱりと答える。
ミケは小さく礼をした。
「なるほど。ありがとうございます。最後に6についてですが…執事さんは、お友達ではないから放り出されたんですかね?子供の幽霊には遺産相続の書類提出はあまり関係なかったっていうのは納得しますが……」
「そう、そこにも違和感があるんだよねー」
むう、と唸るリタ。
「というと?」
「遺産相続うんぬんは私も同意。問題はその前だよ。執事さんは、お友達じゃない。でも死んで見つかってる。っていうことは、死ぬ=お友達じゃないってことじゃないかな」
「あ……なるほど」
納得したように頷くユキ。
「でも、シュウさんは死にそうになってたんだよね…?」
「そう。だからたぶん、死なないとお友達にはなれない。でも、死んだからってみんながお友達じゃない。
ハイラムもそうだよね。最初は『お友達にしない』って言ってて、あとでママを引き入れるために『お友達にする』って言ってる。
お友達に『する』には『死んでいる』ことが絶対条件だけど、それ以外にも何かがある気がするんだ。お友達と、お友達じゃない何かの違いがね」
「違い……」
「まあ、これも邪推かもしれないけどねー。はい、次次」
リタのよくわからないテンションに促され、一同は再びまとめの紙に目をやる。
「人物の方に戻りましょうか。ええと、浮気相手ですが…」
ハイラムの名を指差して、ミケ。
「あまり家に帰らず、この屋敷に入り浸っていた方のようですね。浮気相手だとするなら、さもありなんという感じですが。
旦那さんは調査を入れ、浮気については気づいていたようだった…と。奥様の部屋には、便箋はいっぱいあるのに、受け取った手紙のたぐいはない。そして、旦那さんの部屋には奥様が受け取ったと思われる浮気相手からの手紙があった…どういうことでしょうか」
「まあ、奥さんが受け取った手紙を、旦那さんが持ってったんだろうね。それを使って何かの話し合いをしたかはわからないけど」
「ん、そうか……なるほど。
しかし、浮気相手からの手紙の文面…」
ミケは主人の部屋にあった手紙の内容を思い起こし、眉を寄せた。
「『新しい生活に、あの子がいては可哀想』
『君が受け継ぐべきものをあの子が全て譲り受けるのは二人の生活のためにも良くない』
『あの子には可哀想だけれど、決断してほしい』
2番目の文がなければ、駆け落ちを誘う文面のようにも思えますが…その文が微妙ですよね」
「というと?」
「『君』が受け継ぐためには、まず旦那がいないことが前提では?つまり旦那が死んでから娘が死んで、そこまで浮気を隠しとおして初めて遺産が転がり込むのではないかと思うのですが」
「…まあ、最終目標としては両方共殺すつもりだったんじゃない?」
さらりとリタが言い、一同はぎょっとしてそちらを見た。
あっけらかんと続けるリタ。
「すでに愛情がない旦那を殺すのと、お腹を痛めて産んだ子供を殺すのはわけが違うでしょ。旦那を殺すのは同意して、でも娘を殺すことは渋っていたから、その説得をしてるように、私には見えるけど」
「な、なるほど……」
その手の話に免疫がないのか、若干引き気味で頷くユキ。
ふむ、とミケは唸った。
「娘が行方不明で、旦那の元には浮気の証拠。その状態で問い詰めたってことはないですかね?少なくとも、今リタさんがおっしゃったように、旦那さんには、この先自分が殺されるかもしれないという予測は立つわけです。離婚、もしくは遺言状で妻には残さないとか書いておいたら、どのみち遺産は入らないとも、思われますが……?」
「普通に考えたら問い詰めてるだろうね。でもこれさ、奥さんが『はい』って言ったかどうかはわからなくない?」
リタの言葉に、一瞬沈黙する一同。
「…どういうことですか?」
「だから、浮気相手が娘もやっちゃおうぜって誘ってる文面だけで、奥さんがわかりましたって言ったかどうかは不明、ってこと。アリスの日記によれば、『あいつ』に襲われた時『ママはいない』。つまりは、浮気相手の暴走っていうことも考えられるでしょ?」
「え、でも、自分の娘を殺されたら、さすがに奥さんも目が覚めるんじゃないかな?」
ユキが身を乗り出すと、リタは肩を竦めた。
「実際問題そうだったとして、『浮気相手がそれを想定して行動をしたか』どうかはまた別じゃない?人間って、特にこういう、不倫とかしちゃうアタマの弱い人間は、周りが自分の思ったように動くと思ってて、それ以外の可能性があるってことを全く考えないところがあると思うな」
「リタ、何かあったのか…?」
「ははは、雑誌記者なんてやってると、そういうゴシップめいた記事は山ほど見るしね」
若干青ざめた様子のグレンにひらひらと手を振って、リタは続けた。
「浮気相手…ハイラムが、メイベルに娘を殺す話を持ちかけて、メイベルはそこまではできずに悩んでる。なら、先に娘を殺してしまえば、共犯となるメイベルさんはもう自分と一蓮托生するしかない…って考えた、かもしれないよね?」
「なるほど……」
「頭、弱い、です」
頭のいい二人には思いもよらなかった発想であるらしく、感心したように頷くミケとアフィア。
リタは、むーと唸って更に続けた。
「まあ、それもだし、さっきの旦那が問い詰めたかもねっていう話もだけど、結局は妄想に過ぎないよね。少なくともダグラスはマティーノの39日まで、アリスに『帰ってきた』と思われない状況だったってことだから、屋敷の中でゆっくりとメイベルを問い詰めたとは考えにくいかな。街とかに出て話をした可能性もあるけどね。もしくは、アリスを見つけ出す方が優先だって思ったのかもしれないし」
「同意、します。主人、したこと、記録、何もない。みんな、推論」
「まあ普通に考えれば…お前がアリスを殺したのか、くらいの問いつめはするよね。証拠も揃ってる、アリスが見つかったらお前にはそれなりの償いをさせるから首を洗って待ってろ、とかさ。私の推論が正しいなら、メイベルは何も知らないことになる。娘が消えて、浮気相手も消えた、わけがわからない、何も知らない、ってね。でも浮気してること自体は本当だから信じてもらえない、みたいな」
「妄想が膨らむな……さらにゴシップらしく」
「はは、腐っても雑誌記者ですから」
「そう、ハイラムの存在を示す記述も途絶えているんですよね…ムウラの17日を最後に」
ミケは再び、まとめの紙に目を落とした。
「そして、アリスさんの日記によれば、ムウラの第18日にアリスさんに噛まれている…と」
「ねえ、なら、噛み跡が残ってるんじゃないかな?」
ユキが指をひとつ立ててそんなことを言った。
「アリスちゃんの日記にあった『あいつ』=ハイラムだとして、ハイラム=ミケさんたちが見たクローゼットの男だとすると、腕とかに噛んだ跡とかあるのかなって。
あの日記以降に、『あいつ』の記述が日記にも日誌にもないし…」
「正確、言う、日記、記述、あります。おともだち、する、しない、だけですが」
「あっ、うーん……そうなんだけど」
アフィアに出鼻をくじかれた様子で、しかしユキはめげずに言葉を続けた。
「でも、日誌に18日以降のハイラムの記述はないでしょ。だから、やっぱりこの日付に何かあったんだと思うんだ。
傷があるかを確かめれば、噛み付かれてからあまり時間が立たずに死んだってことが分かるかなって。
それなりに強い力で噛まないと抵抗にはならないし……」
「まあ、強い力っつっても、子供の噛み傷がどこまで残るかは疑問だが…仮に残っていたとしたら、18日に近しい日に死んだことにはなるな」
グレンが同意し、ユキは頷いて続ける。
「だよね。だから、クローゼットの男のどこかに噛み傷があるかどうかを調べればいいと思うよ」
「あれにもう一回近づいて観察するわけですか……」
戦々恐々としているミケ。
ユキは真面目な表情で続けた。
「さっき、リタさんも言ってたけど…僕も『友達になる』=純粋な死、はちょっと違うのかなって思うんだ」
「というと?」
「ハイラムが明らかに死んでいる様子とメイドさんの様子を考えてみたんだよ。メイドさんは、透き通ってるけど傷とかはなくて、きちんとメイドとして動いてる。けど、ハイラムは、まるでそこに閉じ込められてるみたいにクローゼットの中にじっとしていて、血まみれでぶつぶつ何かを繰り返してる。つまりは、それが『お友達』と『お友達じゃない』存在の違いかなって」
「動かされてる、閉じ込められてる、違い、ですか」
「そう。執事さんのこともいろいろ考えたんだけど、書類を持ち出そうとするってことは外出と同じだよね。つまり、家の中でずっと一緒に暮らす=友達でいるってことなのかなって。
だから『(家から出て)行っちゃう子は嫌い、友達ではない』なのかな。
それって意識不明の人を生かしていた装置の電源を切った、に近いんじゃないかなぁ……自分でも上手く言えないんだけど」
「生かしていた装置の電源を…切った、か」
「それか……屋敷を出たら、装置が働かなくなる、とかね」
グレンに続き、リタもぽつりとつぶやく。
「お友達と、お友達じゃないもの、ですか……」
うーん、と唸るミケ。
「一番最初に現れた鎧について、『遊んであげて。この子たちもはしゃいでいる』と言っていたということは、あの鎧の中身の…霊、っぽいものは『お友達』ということなんですかね」
「霊だとは認めたくないわけだな……」
「繊細なお年頃なのでそっとしといてください。そうすると、彼らは『はしゃいで』いるままに自由に動けたのですから、先ほどの理屈で言うと『お友達』だということになりますね」
「なるほどね……」
「というか、中庭に続くあの壁は鎧の槍で壊せなかったんですかね?」
「いや、さすがに槍で壁はぶち破れんだろ……体当たりしてもダメだったし」
グレンがつっこむと、そうですかね?と首をかしげるミケ。
「ミケ、火魔法、破壊力、同列、される、槍、可哀想」
アフィアが淡々と言うと、ミケは納得いかない様子で、そんなものですかね、と頷いた。
「まあ、それはともかく、中庭への扉が壁になったのがいつか、と思うんですよ」
「あそこがドアじゃないと、中庭には入れないもんね」
ユキが言い、頷いて続けるミケ。
「ご主人と奥様が亡くなったのは中庭だということですし、二人が亡くなるまでは塞がれていないはずですよね。管理や死体の回収などに差し支えますし」
「まあ、そうだな」
「という事は、その事件よりも後に塗り込められたはず。
塗り込めた理由がよく分からないですね。
しかし、声の主によれば『ドアが開かなくて困っていた』そうなので、塞いだのは声の主ではない。加えて、中庭に『出られない』もしくは『入れない』ということだと思うんですよ」
「出られない…か、入れない、か……」
「『出られない』ので困っていたとするならば、その声の主は、中庭に『いた』ということですかね。
あの中庭も、不思議なことだらけですからね。真冬なのに、空気が生暖かいわ花が咲き乱れているわ…魔法でもかかっていなければやってられないと思うので、魔力感知はしてみたいところですが」
「うち、魔力感知、しました。少なくとも、大きな魔力、感じられませんでした」
アフィアが言い、ミケは不服そうに眉を寄せる。
「そうなんですか?」
「噴水、あたり、調べました。魔力、特に、感じない。暖かい、空気、閉じ込めてる、大きな何か、ある、思います。おそらく、ドア、窓、閉じてるもの、同じもの」
「そうか…あれも魔力を感じませんでしたからね…なるほど」
ふむ、と唸って、ミケは更に続けた。
「まあそれはともかく、アリスさんが最後に目撃されているのも中庭ですし、もしかしたらそこにまだいるのかもしれません」
「霊は認めたくないんじゃないのか」
「可能性として提示しているだけです、気づかせないでください」
ミケは咳払いでツッコミをかわすと、更に続けた。
「『入れない』ので困っていたとするならば、そこに大事なものがあるということ?日記の内容からすると、お友達がいるとかですかね。
どちらにしろ、中庭と壁は調べてみる必要があると思います」
「中庭、壁、マスト、思います」
アフィアも同意して頷く。
「他、気になる場所、ありますか」
「一番気になるのは、子供部屋の隣のあかずの部屋だな」
グレンが言い、一同がそちらを向く。
「他の場所には入れたのに、あそこだけ開かないというのがどうにも気になる」
「うん、僕もあそこは重要なポイントなのかなって思うよ」
ユキも頷いて同意する。
「開かないっていうことは…隠したい何かがある、か、踏み入れてほしくない大切な場所、のどっちかか、それとも両方か…」
「俺もそう思う。厳重な守り方だから“何か大切なもの”があるのではないかと思う。
その“大事なもの”を壊せば『ともだち』とやらも解放できるのだろうか、この幽霊屋敷を解決できるか、とか。
まぁ、これは推測だから実際に入ってみないと何も言えないが……」
「その可能性はあるでしょうね」
ミケが頷き、さらにアフィアが続く。
「オルゴール、気になります。詳しく、調べる、したい。日記も、気になります。日記、書き入れる、アリス、会話、できる、試したい」
「なるほど……交換日記か。いいアイデアだな」
アフィアの発想に感心した様子で、グレン。
「あとは……あの部屋だよね。荒れてる客室」
さらにユキが言った。
「思うんだけど、あれって『何か小さいもの』を探した後なんじゃないかな」
「小さいもの?」
「うん。だって、もし大の男を入れる為だけにあんなに荒らす必要ないし。
それに、服とかを引っ張り出すっていうことは、それに隠れちゃいそうなほど小さいものを探してたのかなって」
「まあ、そうでしょうね」
ミケが言い、ユキがそちらを向く。
「クローゼットが鈍器で壊したものならば、基本は上から振りかぶったことになるはずだから、壊した人の身長とか推測できそうですし。それは調べてもいいと思います。
呟いていた言葉の内容から考えるに、娘さんを探していて、邪魔なその子が抵抗したら何かするつもりでいた。多分、最後の記憶か何かですかね?まあ、おとなしくしていても大抵痛いことをするつもりなんでしょうが」
肩をすくめて、続ける。
「問題は、それがいつだったか、ということだと思うんですよ」
「いつ、って?」
「クローゼットが壊れたのはいつか?服が散らばったのはいつか?服の生地とか埃とか調べたらわかりますかね」
「正直、20年前のものと21年前のものの区別は難しいんじゃないかな…」
眉を寄せてリタが言うと、ミケはははっと笑った。
「ですよねー。いえ、気になるんですよ、荒れっぱなしだっていうことが」
「荒れっぱなし…」
「部屋を荒れっぱなしで屋敷の人が放置するものかなぁ、と。
その後もあれこれ親族とかが来ているし、もう1室あるにしても放置する必要はないのかな、とか。
屋敷の中で死んで、部屋を保持しているとしたら、その旨執事さんが何か業務日誌に書きそうですし……捜査に協力するように、とか。もみ消すならそれこそ片づけてしまうのではないかと思うんですよ」
「確かに……」
「ですから、あの部屋はもう一度よく調べてみる必要があると思います。クローゼットの彼に噛み傷があるかどうかは、申し訳ありませんがみなさんで確認していただいてですね…」
しゅんと肩を落として言ったあとで、気を取り直して顔を上げるミケ。
「あとは…まあ、中庭が開放されたことで、何か変化があるかもしれませんし…他に変わったところがないか、ざっと確認はしたいですね」
ミケがそこまで言ったところで、きりよく沈黙が落ちる。どうやら、調査を行いたい場所が固まったようだった。
「今回も、分かれて探索、しますか」
「いや……今回は4人固まって動かないか?」
アフィアの問いに、グレンが首を振って提案する。
「絞り込めたおかげで、調べる場所も少なくなった。ざっとは調べてるわけだから、さらに細かいこととなれば、頭数がいたほうがいいと思う」
「僕も賛成。ミケさんとリタさんは?」
ユキが続き、ミケも頷く。
「僕も異論はありません。皆さんと一緒の方が、僕も心強いですし…色々と」
「みんながそれでいいなら、私は構わないよ」
リタも頷いたところで、一同は再び立ち上がる。
再度屋敷内を調査するため、冒険者たちは応接室のドアを開け、廊下へと足を踏み出した。
まだきになるところがあるの?
「相変わらず生暖かいですね…」
気味悪そうにミケが呟く。
今度は下から攻略していこう、ということで、一同は再び中庭を訪れていた。
「花も綺麗に手入れされてるね」
ユキが注意深く花壇を見回しながら、綺麗に咲いている花に感心したような声を出す。
「うーん……でも、特に変わったものはないなあ」
「魔力は……やはり、感知されませんね。この辺り一帯にも、花本体にも」
むう、と唸るミケ。
「…別に、アフィアさんの魔力感知を疑ってるわけではないですが」
「別に、何も、言ってない」
暖かい空気の中にひやりとしたやりとりを乗せ、ミケは更に足を進める。
「お母さんが落ちたところは……このあたりですかね」
中庭への入口のすぐそば、真上を見ればバルコニーの底が見える位置に立ち、ミケは丹念にあたりを見回す。
「何か…あるかと思いましたが。綺麗なものですね……お父さんが見つかったところは……って、どこで見つかったんでしたっけ?」
「中庭、とだけ。どこか、わかりません」
「あ、そうか。えっと、他には……」
歩きながら、ユキと同様に花壇などを丹念に見回っていく。
「中に何かあったのか、中に入れなくて困っていたのか…うーん、わかりませんねえ」
「何か、持ち出したい、持ち込みたい、どっちか、思います」
アフィアが言うと、なるほど、と頷くミケ。
「出入りするのは人とは限らないということですね」
「持ち込む、可能性、多すぎ、絞れない。持ち出す、サイズ的、噴水、像、くらい、思います」
「やっぱり、怪しいですよね、あのあたり……」
二人の視線が噴水に向かい、そちらの方へと足を向ける。
噴水の中に置物でもないかと覗き込むミケの横で、ためらう様子もなくざぶざぶと足を踏み入れていくアフィア。
ミケはぎょっとしてそちらを見やった。
「あ、アフィアさん?」
ミケの声を気に止める様子もなく、アフィアは中心の像の周りを丹念に調べていく。靴や服が濡れるのを気に止める様子はない。
「ど、どうですか……?」
恐る恐る聞くと、アフィアは首を振って振り返った。
「像、台座、くっついてます。動きそうに、ありません」
「そ、そうですか……」
何とも言えない表情でコメントしてから、改めて噴水の中を見回すミケ。
「噴水の中にも、像らしきものはありませんね…」
「なんで像を探してるの?」
同じように噴水を覗き込んでいたユキが、不思議そうに問う。
「いや、噴水の中の置物が動くとか、水が抜けると隠し通路とかお約束のギミックじゃないですか」
「コメント、しづらい、です」
入った時と同じく淡々と、ざぶざぶと噴水から外に出るアフィア。
ミケはため息をついて上を見上げた。
「あとは……上ですかね」
「上?」
「上から、外に出られないか。試してみます」
つられて、残りの面々も上を見上げる。
空は暗く、曇っているのか、それともほかの原因からか、星も見えない。
「じゃ、ちょっと行ってきますね。風よ、我が身を漆黒の曇天へ運べ!」
ふわり。
ミケの周りを風がとりまき、あっという間にその体を空へと運ぶ。
残りの皆は固唾を飲んでその行方を見守った。
だが。
「うわ?!」
音もなく、ミケの体が虚空で止まる。
「な、なんだこれ……壁?」
宙に浮いたまま、どうやら天井のように広がる何かを手で押しているようだ。
ミケはしばらく空中でもがいて、それからその広さを確かめるようにあたりを飛び回ったあと、諦めたように下に戻ってきた。
「予想はしてましたが……ダメでしたね」
「天井、蓋、してる、だから、中庭、暖かい」
「なるほど……」
「魔力感知とやらはしてみたのか?」
「はい。ドアや窓を塞いでいるものと同じ力ですね。魔力は微量です」
「そうか……つまりは……何かにすっぽり覆われた状態で閉じ込められてる、ってことか」
沈黙が落ちる。
期待したほどの成果が上げられなかったことに若干の落胆を感じながら、冒険者たちはもう一度空を見上げるのだった。
「特に変わった様子は見られませんね…」
2階客室。
あえて奥の階段から遠回りでここまでやってきたが、道すがらの廊下を注意深く見て回っても、特に変わったところは見られない。
「もっとこう……何かがうようよしているのを想像していたんですが」
「何かって?」
「口に出すと現実になるので言わないでおきます。
開かなくて困っていた、というのは、出られないという意味ではなかったんですかね……」
「現状、なんとも、言えない。とりあえず、調べる、いい、思います」
アフィアに促され、客室に入る一同。
部屋の中は相変わらず荒れている。
「それにしても…さっきも言いましたが、この部屋だけ荒れているのはどうしてなんでしょうね?誰も掃除に来ないとか?」
「たしかにそうなんだよね…なんでなんだろう?」
同意して首をかしげるユキ。
ミケは辺りを見回しながら、続けた。
「彼がいた部屋だから手をつけないというのなら、半分住んでいるようなものだったみたいだし、ハイラムさんの手帳とか探してみてもいいかもしれませんね」
かたん。
机の引き出しを開けてみるが、中には特になにもない。
「無いか…どうせここで手紙を書いていたんだろうし、メモ書き程度のものはあるかと思ったんですが」
「へ?なんで?」
リタが首を傾げると、ミケはきょとんとして答えた。
「え、だってここに半分住んでるみたいなものだったんでしょう?」
「いや、別にここならメイベルに直接話せるでしょ?手紙書く必要なくない?」
「………それはそうですが」
「話できないから手紙書くんじゃない?そもそも、ハイラムがずっとここに泊まってたっていう根拠もないでしょ」
「でも、ゲスト名簿に随分名前が書かれていましたよ?」
「名前がたくさんあった=ずっと泊まってた、っていうことでもないと思うよ?何日に名前があったっていうことを細かく確認すればわかるかもしれないけど…普通に考えれば、浮気をしてたって大の男が無職ってことはないよね。それも、こんなお屋敷に呼ばれて不自然ではない程度のさ」
「う……それもそうか…」
むう、と渋い顔をして、ミケ。
「クローゼットは…やっぱり、大柄な人が壊したみたいな感じだね」
クローゼットの前に立ったユキが、その壊れ具合を見て言う。
言葉の通り、クローゼットはかなり上の方から無残に壊されていた。道具を使ったとしても、女性や子供が届く位置ではない。
「じゃあ…確認してみるね?」
ユキはゆっくりとクローゼットを開けた。
中には、先ほど確認したのと同じ、血まみれの男性が佇んでいる。
『……こんなところにいたんだね……探したんだよ……』
そして、先ほどつぶやいていたのと同じ言葉を、壊れた蓄音機のように繰り返していた。
「うーん……」
ユキは血にまみれた様子や透き通っていることはさほど気にならない様子で、その周りを観察している。
「傷が無いか確認したいけど……」
す。
男の手を取ろうと手を伸ばすと、あえなく通り抜けてしまう。
「だよね……」
仕方なさそうに、ユキはしゃがみこんで下から手元を覗き込んだ。
すると。
「あっ!あったよ、噛み傷!」
ユキの言葉に、他の面々も近寄ってきて覗き込む。
男の右手、小指の下あたりに、はっきりと噛み傷が見て取れた。
「これは……随分新しいな」
グレンが呟き、アフィアが頷く。
「傷、新しい、噛んでから、すぐのこと、思います」
「つまりは、ムウラの第18日以降で、それほど経ってない時期ってことか……」
「うーん……ということは、ハイラムさんが亡くなったのは、メイベルさんやダグラスさんよりかなり前、ということですね…」
きつく眉を寄せて、ミケ。
「つまりはやはり、アリスさんの『お友達にする』というのは、死なせるという以外の意味がある…ということでしょうか」
「その可能性、ある、思います」
「……話は、聞けそうですかね」
ミケは少し気後れした様子で、それでも男の前に立ち、声をかけた。
「あなたは、誰ですか?ハイラム・クロワさんですか?」
一同が固唾を飲んで男の反応を待つ。
だが。
『……ほら、こっちへおいで……きみには、可哀想だけどね……』
男は同じ言葉を繰り返すばかりで、ミケの呼びかけに答える様子はない。
ミケはめげずに声をかけた。
「今、ご自分がどういう状態であるかわかりますか?アリスさんはどうしたのですか?
この館で、何があったのでしょうか?お友達になる、とはどういうことですか?今、この館の主人は誰なのですか?」
『……おかあさんの新しい暮らしのために、きみがいてはじゃまになるんだ……おかあさんも、そう言ってるんだよ……』
ミケの言葉に構う様子もなく、男はぶつぶつと同じ言葉を繰り返している。
ミケは沈鬱な表情でため息をついた。
「…ダメそうですね。アリスさんの名前や、お友達というワードに反応するかもと思っていたのですが」
「いや、収穫にはなったと思うぞ?つまりは、俺たちの声は届かない、ということだ。アリスと同じようにな」
「なるほど……ところで、それはそれとして」
ミケは眉をしかめてちらりと男に目をやった。
「…この方、血まみれなのがかわいそうなので、回復魔法とかかけてみていいですかね?」
「は?」
グレンを始め、ミケの言葉に唖然として彼を見る一同。
ユキが不思議そうに首を傾げた。
「えっと……回復魔法って、幽霊も治せるの?」
「わかりませんけど、やってみる価値はあるのかなって」
「…なぜ、回復、する、ですか」
「いや、見た目が怖いのもあるんですけど、怪我人を放置するのが、なんかこう、嫌というか」
「それ逆にダメージ与えたりしないのか」
「FF的発想ですね」
「えふえふ?」
「なんでもありません。昇天しそうだったらやめますから、やってみていいですか?」
「まあ……止めないけど」
複雑そうにリタが言うと、ミケは頷いて目を閉じた。
ふわり、と風が動く。
「風よ……かの、者の………」
だが、ミケは眉を寄せて呪文を止めた。
「……ダメですね…生きている人とエネルギーの構造が違うので、普通の回復魔法をかけようとすると術の構成が霧散してしまいます」
「ダメかも、思ってました。ダメでした」
「ですね……」
ふう、とため息をついて、ミケは改めて部屋中を見回した。
「わからないのは、なぜ部屋が荒れっぱなしなのかという謎だけになりましたね……」
「せっかくだから、片付けとこうか?動きにくいし」
リタの提案に、一同がきょとんとして彼女を見る。
「片付けちゃうんですか?」
「え、その方が調べやすくない?」
「しかし、状態が変わってしまうのは……」
「幽霊に回復魔法かけようとした人に言われたくないなあ」
「うっ……」
部屋を片付けるというリタの提案があまりにも突拍子が無かったようで、一同は複雑そうに顔を見合わせたが、特に反対をする者はいない。
リタは元気よく頷いた。
「よし!じゃあ、ちょっと片付けるね」
リタは腕をまくり、散らばっている服や乱れたシーツを整えた。さすがに壊れたクローゼットや切り裂かれたシーツを直すまでは出来ないが、倒れたりあらぬ場所に転がっている家具を起こして整え、クローゼットを閉じ、簡単に埃を払う。
意外にてきぱきと掃除をするその様子を、冒険者達は唖然とした表情で見守っていた。
「うん、こんなもんかな」
満足げに手をぽんぽんと叩くリタ。
「じゃ、いこっか!」
やる気満々で、ドアの方へ向かう。
と。
ばたん!
『アリス!』
リタがドアにたどり着く前に、突然ドアが開いた。
ぎょっとしてそちらを見ると。
「なっ?!」
「うそ…?!」
グレンとユキが驚いて言い、ドアからの侵入者とクローゼットを交互に見やる。
「これは……一体」
ミケも驚いた様子で侵入者を見た。
アフィアはやや緊張した面持ちで、黙って成り行きを見守っている。
「え、な、なんでハイラムが?!」
一番驚いた様子のリタが、侵入者を指差してその名を呼んだ。
そう。侵入者は、先ほどまでクローゼットの中にいたはずの、血まみれの男だった。
相変わらず血まみれのまま、歯型のついた右手に大ぶりのナイフを持って、室内にずかずかと足を踏み入れる。
『どこにいるんだ、アリス!』
がたん。ばさ、
リタがせっかく直した家具を蹴倒し、ベッドのシーツをまくりあげて乱す。まるで、元の状態を再現しているかのように。
『ここか!』
大ぶりのナイフを上段から振りかぶり、クローゼットに振り下ろす男。
その後、壊れてかしいだクローゼットの扉を乱暴に開け放ち、中の服を掴んで部屋に放り出した。
そこで手を止め、血まみれの顔ににやりと笑みを浮かべる。
『……こんなところにいたんだね。探したんだよ。ほら、こっちへおいで』
狂気ともいえる凄絶な笑みを浮かべ、クローゼットの中の何かを掴んで引っ張り出すようなしぐさをする。
彼が掴んでいるものは見えなかったが、背の低い、何か動くものであるようだ。彼が引っ張ろうとする力に、時折勢いよく抵抗するような動きが見て取れる。
『きみには、可哀想だけどね。おかあさんの新しい暮らしのために、きみがいてはじゃまになるんだ。おかあさんも、そう言ってるんだよ?
だから…おとなしくしておいで。おとなしくしていたら、痛くはしないから』
何かを引っ張り出しながら、にたにたと笑ってそんなことを言う男。
『いうことを聞かない子は、ここでおしおきをしてあげてもいいんだよ?』
ぐい。
男は勢いをつけて力任せに何かを引っ張り出し、抱えあげてベッドへと放り投げた。
ぼすん。
何かがベッドに着地したような音と、ベッドに小さな凹みが出来る。
男はその凹みの上にのしかかり、左手で何かをふさぐように押さえつけた。
『仕方がないね…いうことを聞かない子は、ここで天使にしてあげるよ』
にたり。
ひときわ残酷な笑みを浮かべた男は、持っていたナイフを振り上げた。
『きみが大好きなあのオルゴールみたいな、可愛らしい天使にしてあげるからね……!』
ナイフをさらに高く振りかぶり、一気に振り下ろす男。
「やめて!」
思わず叫んだリタの声と共に、男の姿は、ふっと掻き消えた。
そして。
『……こんなところにいたんだね……探したんだよ……ほら、こっちへおいで……』
再びぼそぼそと聞こえた声にぎょっとして振り返ると、男の姿は元のクローゼットの中に戻っている。
全員、しばし呆然とその場にたたずんでいた。
「これは……一体」
先ほどと同じことを呟くミケ。
「そのまま、考える。アリス、殺された、再現」
アフィアがやはり緊張した面持ちで言う。
「じゃあ、ハイラムの幽霊がここにいるのって……」
「誰かに、あの時の状況を、訴えるため……か?」
呆然と呟く冒険者に、同じく呆然と、リタが言葉を続ける。
「こんなの見せられたら……メイベルが発狂するのも無理ないかもね……」
「じゃ、じゃあ、この部屋がこんなに荒れてるのって、まさか」
「今の通りのことが起こったんだろうね。掃除しても直しても、もう一度荒らされる。
たぶんだけど…ハイラムはこのために、『お友達』になったんじゃないかな」
「殺された、ということですか」
「だから、私の予想は違うって言ったでしょ?ハイラムはおそらく、手の噛み傷が治らない時期に死んでる。でも、死んだ=お友達じゃない。
ハイラムはずっと死んだ状態だったけど、メイベルにこの状況を見せるために、『お友達』に…つまり、動かせるようにした」
「動かせる…お友達……」
ミケはその言葉に何かが引っかかっている様子で考え込んだが、残念なことに何もヒットしない様子でため息をついた。
「うーん、何か思い当たりそうだったんですけど、ダメでした。次、行きましょう」
ミケの言葉に、一同は頷いて部屋を後にした。
おともだちになってもらうんだから
「メイドは…いないみたいだな」
最後に訪れたのは、アリスの部屋。
グレンの言葉の通り、今はメイドの姿はない。一同、綺麗に掃除された室内を見渡す。
グレンは早速、入って右手の開かずのドアに向かった。
「やっぱり開かないな」
がちゃがちゃとノブを握ってみるが、一向に開く気配はない。
「すみません、グレンさん、ちょっとどいていてもらえますか。みなさんも、少し離れていて下さい」
ミケの言葉に、グレンは素直に従ってそこを離れる。
と、ミケは両手を広げてドアに向かって構えた。
「ファイアーボール!」
呪文と共に巨大な火の玉が巻き起こり、ドアに向かって放たれる。
だが、最初にミケがドアや窓に向かって放った魔法と同様に、何かに吸い込まれるように散ってゆき、ドアには傷ひとつつかなかった。
「やはり、ドアや窓と同じ、何かの力で守られているようですね…」
「…というか、万一効いたらどうするつもりだったんだ…?」
「まあそれはおいといて」
「さっき調べた時は『どこから何が見てるかわからないから危険』とか言ってなかったか」
「まあそれもおいといて」
「ま、力ずくでは入れないのは理解した。どうにか入れる方法は無いのか…」
むう、と唸るグレン。
そしてふと、何かを思いついたように口を開いた。
「掃除をしてたメイドは、この部屋には入らないんだろうか」
「というと?」
「隣の部屋も掃除するなら、どうやって入るのかを見られるかと思うんだが」
「……すり抜けるんじゃないんですかね」
「…やっぱりそう思うか?まあ、とりあえずメイドのしぐさを観察したいんだが…」
「あっ、来たみたいだよ」
リタが言い、入り口の方を見ると、すでにメイドが入ってきていた。
「ドアが開いた様子はありませんね…」
「やっぱりすり抜けてるのか…?」
様子を見守っていると、メイドは部屋の中央のオルゴールに手をかけ、持ち上げてネジを回し始めた。
きりきり、ポロン。きりきり、ポロン。
オルゴールのネジを回す時の独特な音が響き、メイドがオルゴールを置くと人形がくるくる回りながら踊り始める。
メイドはそのまま、箒を手にとって掃除を始めた。
「ここまでは、さっきと同じですね」
「さっきは、ここで誰かさんが逃げ出したんだけどな」
「誰でしょうね、ははは」
乾いたやり取りの間にも、メイドはてきぱきと掃除を進めていく。
そして、部屋を一通り掃除した後、また入り口に戻り、ぺこりと礼をしてすうっと消えてしまった。
「うーん……」
「部屋には入らないか……」
唸るミケとグレン。
「大事なものが入ってるなら掃除もさせたくないってことかな」
ユキが言うと、アフィアが首をかしげた。
「今、様子、同じ、なら、部屋、直接、現れて、直接、消える、思います」
「あ、そ、そうか……よく考えたら、廊下で会ってる訳じゃないもんね…」
ユキが納得して頷き、ミケもグレンも渋い顔をする。
「このオルゴールに何かあるのかとも思ったんだけどな…魔力がこもったものなら、これを壊せば開く、とか」
「むしろ、これ、鳴ってる間、開く、かも」
アフィアが言い、早速ドアの方に歩いていってノブを回す。
がちゃがちゃ。
「……やはり、開きません」
「そのラインでもないのか……魔力感知は出来るか?」
「やって、みます」
アフィアは言ってオルゴールの元に戻り、手をかざして目を閉じる。
「……特に、魔力、感じられません」
アフィアもこのオルゴールは怪しいと感じていた様子で、若干がっかりしたように言った。
「そうか……」
こちらも気落ちした様子のグレン。
アフィアは続いて、鳴り続けているオルゴールを手に取った。
円柱の台座の上に天使の人形が設置されており、ネジは台座の底にあるようだった。オルゴールが鳴ると天使がくるくると踊る仕掛けになっている。台座には「Dear Alice」と刻印されていた。
「名前、入ってます」
「オーダーメイドなんですかね」
「両親からのプレゼントかもしれないな」
「そういえば…さっき、ハイラムの幽霊が、大好きなオルゴール、って言ってたよね。これのことかな?」
「ああ、そういえば……」
先ほどの、部屋を片付けた時の幽霊の言動を思い出す。
「天使、中庭にも、あります」
アフィアが中庭の方をちらりと見た。
「噴水、像、天使、です」
「天使モチーフが好きなんでしょうかね。アリスさんが」
「庭も子供のために作ったのか…金持ちは違うな」
それぞれが感想を述べていくところで、オルゴールの音はだんだんテンポが遅くなり、止まってしまう。
「………」
アフィアは無言のまま、持っていたオルゴールのネジに手をかけた。
そして、その指先から弱い魔力を注ぎ込みながら、丁寧に巻いていく。
きりきり、ポロン。きりきり、ポロン。
アフィアは再び鳴り始めたオルゴールをテーブルに置くと、再度開かずの扉のところに行ってノブに手をかけた。
がちゃがちゃ。
「…やはり、ダメ、ですか……」
がっかりしたような無表情で肩を落とすアフィア。
「オルゴールはこの扉とは無関係のようですね…」
「ああ、そうだな…」
ミケとグレンもがっかりした様子で開かずの扉を見やる。
しかし、アフィアはすぐに姿勢を正すと、彼らに問うた。
「日記、どこ、ありますか」
「ああ、そうですね。こちらです」
ミケが頷いて勉強部屋へ促す。
「うわぁ…すごいね」
部屋中に広がる絵本や知育玩具に、感嘆の声を上げるユキ。
アフィアはミケたちに促される通りに、勉強机の前に立ち、その上に置かれたノートを手にとった。
「………」
無言のまま、じっくりと中身を確認してゆく。あらかじめ知らされていた内容だからか、べっとりと血糊がついたページを見てもあまり動じる様子はない。
一通り検め終わると、アフィアは仲間たちを振り返った。
「早速、メッセージ、書いてみる、いいですか」
「もちろんです。どうぞ」
ミケに促され、アフィアは小さな勉強机に座って書き始めた。
『初めまして、僕はアフィアといいます。
あなたのお名前を教えてもらってもよいでしょうか?』
さら、と最後の文字を書き記して、ペンを離す。
一同は固唾を飲んで、成り行きを見守った。
すると。
すう、とアフィアの書いた文字が消える。
「なっ……」
「えー……」
「まさかだな……」
一同が唖然としてつぶやく中、文字が消えたのと同じようにじんわりと、別の文字が浮かび上がってきた。
『レディのにっきになにをするの マナーいはんよ ノートをつかいなさい』
「の、ノート?」
拍子抜けしたようなリタの言葉を確認したかのように、文字はすうっと消え、今度は別の文字が浮かび上がった。
『ひだりのたな いちばんした』
「棚…の、下……っと。これか」
グレンが言われた通りの場所を探り、日記帳とは別の、無機質な普通のノートを手に取る。
「こんなところにノートがあったんだな」
「まあ、部屋中をひっくり返して探したわけじゃないですからね」
ぱらり、とめくり、何も書いていないのを確認してアフィアに渡す。
アフィアは改めて、ノートにペンを走らせた。
『すみませんでした』
すると、今度はアフィアの文字は消えず、その下に文字が浮かび上がってくる。
『まったくよ。きをつけなさい』
「これは……意思の疎通が出来そうですね!」
期待のこもったミケの声に、一同が嬉しそうに頷く。
アフィアはさらに文字を書いていった。
『改めて、初めまして、僕はアフィアといいます。
あなたのお名前を教えてもらってもよいでしょうか?』
『アリス・マークェインよ アリスって呼んでいいわ』
「誰か、何か、聞きますか」
意思の疎通は図れたものの、具体的に何を聞くかまでは考えていなかった様子で、アフィアは続きを仲間に促した。
すると、ユキが手をあげる。
「あ、僕、ききたいことがあるんだけど、いいかな?」
ユキはアフィアと交代して椅子に座ると、ノートに文字を書き始めた。
『初めまして、僕はユキレート・クロノイア。ユキって呼んで。
アリスちゃんのお友達のこと、教えてくれる?』
『いいわよ』
『アリスちゃんのお友達は、いつも一緒にいるの?』
『ええそうよ みんなわたしのそばにいるわ』
『お友達とはなにをして遊んでるの?』
『あそんでないわ』
返ってきた答えに首を捻るユキ。
『遊んでないの?どうして?』
『どうして?なんでおともだちとあそばなきゃいけないの?』
『お友達なのに遊ばないの?』
『そうよ おともだちはあそぶものじゃないわ』
続いて記された答えに、一同が眉を潜める。
「お友達は、遊ぶものじゃない…?」
「どういうことだ?」
「『お友達』の言葉の定義が、僕たちとは違うんでしょうか……あの、友達になるってどういうことですかって聞いて下さい」
ミケに促され、ユキはさらに質問を書いていった。
『友達になるって、どういうこと?』
『おともだちにするとみんなわたしのそばにいてくれるのよ わたしのいうことなんでもきいてくれるの』
「うーん……やはり定義が違うようですね」
「何でもきいてくれる、ってことは、お友達を操ってる、ってことかな……」
少し悲しげに俯くユキ。
ミケはさらに彼女に促した。
「あの、あなたは、僕らと何がしたいのか、って、聞いて下さい」
「自分で書けばいいだろ…」
「ここから出たいって本音を書いちゃいそうで怖いんで」
軽いやり取りを背に、ユキはさらに質問を続けた。
『アリスちゃんは、僕たちと何がしたいの?』
『ずっといっしょにいてほしい』
間髪いれずに返ってくる文字。
アフィアはユキの肩に手を置いた。
「代わってもらう、いい、ですか」
「あっ、うん」
再び椅子に座り、アフィアは質問を続けていった。
『お友達になると、ずっといっしょにいられる?』
『うん まほうつかいがおともだちにするほうほうをおしえてくれたの』
『魔法使いにはいつ会ったの?』
『ムウラのだい18にち』
「ムウラの第18日…」
「日記に血がついてた日だね」
『ムウラの第18日に何があったの?』
『あいつにおいかけられた すごくこわかった いたい くるしい ママもいない つめたい くらい』
『その時に、魔法使いに会った?』
『そうよ まほうつかいはいった わたしとおなじにしてしまえばいいって』
『おなじにする?』
『わたしのちからで わたしとおなじにしちゃえばいい おともだちにしちゃえばなんでもいうこときいてくれるって』
『お友達にする力を、魔法使いがくれたの?』
『そうよ わたしのなかになにかをいれておともだちをつくるちからをくれた』
「お友達を…作る力」
「何かを入れた…それが彼女の力の源になっているんですね」
『その力で、お友達を作ったの?』
『そうよ さいしょはパパがつれてきたたくさんのどうぶつ おうちにいっぱいいたからおともだちにしたの』
「パパが連れてきた…動物?」
「あっ……もしかして、狩りで剥製にした動物のことかな」
「なるほど……とすると、やはり『お友達』にするには『死んでいる』ことが条件になりそうですね」
『動物のお友達には、なにをしてもらったの?』
『あいつをやっつけてもらったの ふふふ いいきみ わたしとおなじようにいたくてくるしかったとおもうわ』
『それは、いつのこと?』
『ムウラの第20日』
「ムウラの第20日…に、『あいつ』をやっつけてもらった」
「だけど、『あいつ』はお友達にはしなかった……つまり、死んだままにしておいたということか」
『パパとママはどうしたの?』
『パパとずっといっしょにいたかったから パパもおともだちにしたの ここからよんだらすぐにきてくれたわ おともだちにおねがいしてパパもつれてきてもらったの』
『ママは?』
『ママにはわたしのこえがきこえなかったの やっぱりあいつがいいんだっておもったわ しかたがないからあいつもちょっとだけおともだちにしてあげたの』
『ちょっとだけ?』
『うん ちょっとだけだから わたしがいちばんしってるあいつのすがたをずっとくりかえしてっておねがいしたの あとはしらない』
「延々とリピートすることを命令していたということですか…なるほど」
「それを見て、メイベルは何が起こったのか理解して、狂っていったんだな…」
『パパとママの後も、お友達を増やしたの?』
『そうよ いっぱいおきゃくさまがくるから いっぱいおともだちにしてあげたの もうさみしくないわ』
『僕たちもお友達にするの?』
『そうよ ここはいいところでしょう?シュウくんはかえろうとしたから おともだちにてつだってもらったけど やっぱりかえっちゃった ざんねん こんどはしっぱいしないわ』
沈黙が落ちる。
一同は何とも言えない表情で互いの顔を見合った。
「……あの、提案があるんですが」
何かを決意したようなミケの言葉に、仲間たちが彼の方を向く。
「この様子だと、彼女はどうなだめすかしても、僕らを外に出す気にはならないと思うんですよ」
「……確かにな」
「ですから、ちょっと……その、彼女に呼びかけて、彼女本体にお出まし願うのがいいんじゃないかと思うんですが」
「本体?」
きょとんとするユキ。
アフィアは僅かに眉を寄せた。
「…あまり、いい予感、しません。でも、それしかない、思います」
「ああ…気は進まないが、それがいいだろうな」
グレンも苦い表情で頷く。
まだ戸惑っている様子のユキには、ミケがさらに言葉を続けた。
「平たく言えば、彼女を挑発して、怒らせて、彼女と直接戦える状況を作りたい、ということです」
「なるほど……うん、ちょっと…気は進まないけど、それしかないよね」
「いいですか、リタさん」
「うん、私もそれがいいと思う」
全員の同意を取り付けたところで、ミケはアフィアと交代した。
「本当は、戦いが出来る広い場所が良かったんですが…唯一意思の疎通が出来るのがここしかないとなると、仕方がないですね…」
苦々しげに呟いて、ノートにペンを走らせる。
『あなたは間違っています』
いきなりフルスロットルで挑発するミケに、仲間達は静かにぎょっとしつつ、成り行きを見守った。
『あなたのいうお友達が何なのか、お友達になるというのがどういう事なのか、僕には理解できませんが、同意が取れない人を死ぬような目に遭わせたり、出ようとする人を閉じ込めて傍に置くのはどうかと思います。
日記を見ましたが、あなたのお友達は、なって以降話にも出てこない。傍にただ存在するだけなんて、友達ではありません。お人形か何かですか?そうやって傍に置いたとしても、あなたは結局、一人ぼっちのままです』
ミケの言葉に返事はない。何かを思っているのか、あるいは言葉が難しすぎて7歳児には理解できないのか。
ミケは気にせず、さらにペンを進めた。
『あなたの言うお友達とは、ただ一緒にいるだけの存在ですか?
あなたのやり方で「友達」を増やしたところで、結局あなたは今、一人だ。殺してしまったら、意味がない。
本当にご両親やお友達にした人とあなたは一緒に、ずっといるのですか?
笑ったり怒ったり喧嘩したり。悩んだり助け合ったり競い合ったり。
一時離れても、また笑いあえたり。誰かと友達になるって、そういうことではないのですか?』
やはり、反応はない。
ミケは一瞬ためらって、しかし強くペンを握り、最後の文を書いた。
『僕は、あなたの友達にはなれません。この人たちを、あなたのお友達にすることも許せません。帰してください』
がたん。
文の最後の一文字を書いたとたん、部屋全体が大きく揺れる。
「うわ?!」
横の棚が倒れてきて、一同は慌てて部屋を出た。
ずしん、と、勉強部屋から重い音が響く。
部屋を振り返ると、やはり勉強机の横の棚が倒れていた。あのまま座っていたら間違いなく下敷きになっていただろう。
「危なかったな……」
「…ですね……って?!」
ぐんっ。
今度は、冒険者達の体が突如何か強い力に引っ張られる。
「うわああぁぁっ?!」
「くっ……!」
完全に予測しない方向からの、見えない力の干渉に、一同は抗うすべも無く引っ張られていく。
子供部屋の正面、大きく開け放たれたバルコニーへと。
「え、ちょっ?!」
「うそおぉぉぉ?!」
驚いて体勢を立て直そうとするより早く。
5人の体は、まるでおもちゃでも投げるかのように軽々と、バルコニーから放り出された。
「きゃあああぁぁ!」
「くそっ……!」
悲鳴をあげるリタ、空中でどうにか体勢を立て直そうとするグレンとアフィア。
ばさり。
ユキは翼を広げ、仲間達に手を伸ばすが、距離がありすぎて上手くいかない。
「くっ……風よ、我らを大いなる御手で守れ!」
ぶわ。
ミケの呪文と共に、中庭に墜落する寸前で仲間達の体がふわりと浮き上がり、軟着陸する。
「ふぅ……」
「すまないミケ、助かった」
「ありがとー!」
一歩遅れて、ユキも中庭に降りてくる。
「みんな、大丈夫?!」
「問題ない、です」
「しかし、一体……」
と、落ちてきたバルコニーを見上げたところで。
『どうして、そんなひどいこというの?!』
怒りに燃えたような、甲高い少女の声が中庭にこだました。
『かえっちゃだめよ!あなたたちには、おともだちになってもらうんだから!
ほら、こんなふうに!』
彼女の声と共に。
ぼご。
ぼご、ぼこ、ぼこぼこ。
中庭の花壇から。否、花壇だけではない、そこらじゅうの地面から。
いくつもの塊が生えてくるように、次々と土を押しのけて湧き出てくる。
「これは……」
ミケは青ざめた顔で、その様子をみやった。
のろのろと動くそれ。動きと共に、まとわりついていた土もはがれて落ちていく。
青緑色に変色した肌。ところところが腐って落ちたように、内臓や、その下の骨も見えている。
人間のかたちをしたものだけでなく、動物のもの、あるいは骨だけのものもいるようだ。
平たく言えば。
「ゾンビ…………だな」
グレンがリタを庇うようにして立ちはだかり、ポツリと呟く。
さすがのリタも、無数のゾンビ軍団に声も無い。
「思い……出しました……」
呆然とミケが呟いた。
「さっき、引っかかっていたのが、何だったのか……死者を、命令して動かす……ネクロマンサー」
「ネクロマンサー?」
ユキが問うと、ミケはゾンビたちに目をやったまま頷いた。
「死霊術師、です。ゴーレムを操るように、彼らは死者を自在に操る。レイス、ゾンビ、スケルトン……形はさまざまですが、術師は命ずるだけで、実際に動くのは死霊です。
この家を守る力に魔力が少ししか感じられなかったのは、彼女の命令でレイスの力が家を守っていたから。死霊術師の魔力は、コントロールに使用されているだけ…実際に守ることに対して、魔力が使われているわけではないんです」
「理屈、わかりました」
アフィアは油断無く身構えたまま、いつものように淡々と言った。
「問題、倒す方法。ゾンビ、倒す、焼け石に水。死霊、コントロールする、術師、倒す、いい」
「その通りです。ですが……アリスさんは『自分と同じにすればいい』と言っていました。ということは、アリスさんもまた……死霊であると考えられます」
ミケの言葉に、ユキが驚いて言った。
「そんなことがあるの?」
「わかりません。キーになるのは、魔法使いが彼女の体に埋めた『何か』です。それが、彼女を、死霊でありながら死霊術師にしていると思われる。ということは、その『何か』を破壊してしまえば、彼女は術師ではなくなり、彼女自身も土へ還る可能性が高い」
「とはいっても、だな…!」
苦い表情で、グレンは中庭に無数に生えたゾンビ集団を見た。
「この中のどれが、アリスだって言うんだよ……!」
ちゃき。
いつの間にか抜き放っていた剣を構えるグレン。
それが合図であるかのように、ユキも前に出てナイフを構える。
それを待っていたかのように、再び少女の声が響いた。
『あなたたちも、かえっちゃうっていうなら、またみんなにてつだってもらうんだから!』
その声を合図に、ゾンビたちがのそりのそりと動き出す。
『ぜったいに、ぜーーーーったいに、おともだちになってもらうんだから!』
生温い風が吹く中庭に、甲高い少女の声が響く。
先ほどまでとは全く違う凄惨な光景が広がる中、彼らの戦いが始まろうとしていた。