§5-1:The next morning
「いよいよ大詰めですね!最後まで頑張りましょう!」
宿を提供してくれたササに礼を言って、オルーカとカイは薬学校の研究棟を後にした。
一晩休み、ササが作ってくれた薬のおかげで怪我もすっかり良くなったオルーカが張り切ってそう言うと、傍らのカイも元気な笑みを見せる。
「そうだね、最後まで突っ走ろう!」
「では早速、今日のルートですけど……」
オルーカは懐からマップを取り出して、カイの前に広げて見せた。
「今日はNo.5からの出発になるんですよね?昨日は問題はやりませんでしたから、No.5の問題をやって…」
うーんと考えながら、地図のルートを指で辿っていく。
「傷の具合はどうですか?悪いようでしたら、町の中を回るルートでもいいですけど、どうでしょ?」
「や、傷はおかげさまですっかりよくなったよ」
「そうですか、それならよかったです」
オルーカはにこりと笑ってから、もう一度地図に目を落とした。
「では、外へ行くとして…昨日は回らなかったところ、となると、No.7とNo.9……これ以上は回ったら時間オーバーしちゃいそうですから、このあたりで戻ってきた方が良いでしょうね」
「そうだね、制限時間は昼までだからね」
「街中を回る時間はないかもしれませんが…No.1に戻ってきてから問題に挑戦する時間くらいはありそうですよ」
「え、やるの……」
カイはあからさまに浮かない表情をオルーカに向けた。
「あたしは気が進まないなぁ…校長出てくんの確実じゃん」
「やっぱり気が進みません?」
苦笑を返すオルーカ。
「カイさん主導ですし、No.1に辿りついた時点で終了、という形でも私は構いませんよ。
あの校長先生は手強そうですしね…」
「んー……」
カイは地図を睨みながら、しばらく唸って。
それから、何かを吹っ切ったように顔を上げた。
「まーでも、最後に一花咲かせるのもいいかもね。
いいよ、これで行こう」
「はい、わかりました」
爽やかなその笑みに、にこり、とこちらも笑みを返すオルーカ。
「最後までよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
2人はそう言葉を交し合うと、早速No.5へと足を運んだ。
「おはよう、ティオ!」
学びの庭の像の前で待ち合わせをしていたティオは、元気よくそう言って駆け寄ってきたメイにひらひらと手を振った。
「おーう、おはようさん。今日も元気やねえ」
「元気なのが唯一の取り柄だからね!それに朝の挨拶は一日の一番始めの挨拶だもん、元気良くいかないと!」
「そらええこっちゃ。挨拶は基本やからな。楽しい仲間がぽぽぽぽーんや」
「ぽぽぽ?」
そろそろ旬を過ぎた時事ネタです。
メイは気を取り直して、ティオに笑顔を向けた。
「いよいよ今日が最終日だね。さて、今日はどう行動しようか?ティオはどこか挑戦したい所、ある?」
「そやねー、昨日行けてへんところに行ったったらええんちゃう?」
ティオは言って、見ていた地図をメイにも見えるように広げて見せた。
「昨日は街中と、草原の向こうの方回ったさかい、この…7番とか9番とか11番のあたりに行けたらええんちゃう?」
と、そこまで言って眉を顰め。
「あー、でも昼までに帰ってこなあかんのか。 そうするとあんま遠くまでは行けへんかねえ。
メイちゃんはどう回ったらええと思う?」
「んー、そうだねぇ…。確かに遠くには行けないね。昼までに帰ろうと思ったら、問題に挑戦するのは二つ位が限界かな?」
メイも首を捻りながら、地図を指差した。
「取り敢えず9は問題挑戦するとして、もう一つは…11にする??7だと近いから早く帰れるけど、早く帰っても仕方ないしね」
「そやなあ、どうせならめいっぱい楽しみたいもんな」
うんうん、と同意して頷くティオ。
「それに、そんだけ長いことメイちゃんと一緒にいられるしな!」
「えっ?!」
メイはどきりとしてティオを見上げた。
しかし、すぐに満面の笑みを浮かべて。
「ティオも同じ事考えてたんだね。わたしもそう思ってたんだ。あはは、気が合うね!」
と嬉しそうに言う。
ティオもははっと嬉しそうな笑みを見せた。
「似たモン同士やね。メイちゃんもそう思とってくれて嬉しいわぁ」
「へへっ」
照れたように笑いあう2人。
「ほな、No.5やったね。行こか」
「うん!」
そうして、2人はNo.5へと足を運ぶのだった。
「えーと、これで最後になるわけよね」
明けて翌日、レティシアはかなり張り切った様子で地図を広げた。
「そうすると、学園に戻ってくることを考えなくちゃいけないから、あまり遠出はできないわよね」
「そうだね」
同様に、広げた地図に目を落として頷くルキシュ。
こちらも一夜明けて、かなりすっきりとした表情をしている。
レティシアは地図の上を指で辿りながら言った。
「じゃあ、近場を回るってことで…No.6からNo.8、No.7って回ってNo.5を通過してNo.1へ戻ってくるっていうルートはどうかしら?」
「それくらいが妥当だろうね」
レティシアの指を目で追いながら頷くルキシュ。
が、レティシアは渋い表情を作った。
「でも、こんなに回ってたら時間オーバーになっちゃうかな…」
「うん?何を言っているんだい?」
僅かに眉を寄せるルキシュ。
が、その表情には昨日までのような嘲りの色は見られない。
「え、だって、5箇所も問題解いてたら確実にオーバーでしょ?」
「5箇所?No.5とNo.1はもう問題を解いてしまっただろう?」
「あ、そ、そうか……」
少し恥ずかしそうに肩を縮めるレティシア。
ルキシュはもう一度地図に目を落とした。
「でも、他のところに回っている余裕もなさそうだね。6と8と7、と回って、そのまま帰ってくるので限界だろう。
今日はこのコースで行くしかないね」
息をついて、地図をたたんで。
それから、レティシアの方に視線を移し、何かを言いかけて……そのまま固まってしまった。
「?なに?」
きょとんとするレティシア。
ルキシュは気まずげに視線を逸らす。
「…その、最後までよろしく頼む、よ」
「うん!こちらこそ、最後までよろしくね!」
屈託のない笑みを返すレティシアに、ルキシュは顔を背けたまま僅かに頬を染めた。
「あっ、そうだ」
しかしそれに気づく様子は無く、言葉を続けるレティシア。
「あと戦闘だけど……今日は私も頑張るから。
もうルキシュに任せきりにしないから。
だから、悔いが残らないように頑張ろうね」
「……そう、か」
ルキシュは少し安心したように微笑んだ。
「君がそう言うなら、安心だね。
僕も全力で戦うから、サポートをよろしく頼むよ」
「ルキシュ……!」
昨日の様子からは考えられないような言葉をかけられ、思わず嬉しそうに微笑むレティシア。
ルキシュはまたぐっと言葉に詰まり、そして誤魔化すように歩き出した。
「……ほら、さっさと行くよ!」
「あ、待ってよー!」
レティシアは慌ててそれを追いかけるのだった。
「トルスさん、おはようございます!」
「はい、おはようございます」
朝になって、保健室に現れたテオが笑顔で元気に挨拶すると、トルスは相変わらずの調子でのんびりと挨拶を返した。
たた、とトルスに駆け寄り、丁寧に頭を下げるテオ。
「昨日は、トルスさんの部屋まで貸して頂いたり、お世話になりました」
「いいえー、寝心地は悪くなかったですかー?」
「いえっ、とんでもない!とてもゆっくり眠れました!」
大げさに手を振って言い、テオはそれから改めてぺこりと頭を下げた。
「トルスさん、本当に色々と……ありがとうございました」
深々と礼をして、再び顔を上げる。
その表情は、昨夜より、いや、出会った頃よりずっと、落ち着いて大人びて見えた。
にこり、と微笑むトルス。
「顔つきが違いますねー。吹っ切れましたか?」
「は、はいっ」
嬉しそうな、しかし少し恥ずかしそな表情で、テオは勢いよく返事を返す。
トルスはのんびりと笑みを深めた。
「あと少し、お互い頑張りましょうねー」
「はいっ!頑張らせて頂きますっ!」
少し緊張した様子で姿勢を正してから、テオは一転、おずおずと言った。
「あの…。
トルスさんと一緒に回らせて頂ければ、と思っているのですが」
「私と、ですかー?」
問い返すトルスの表情は相変わらず穏やかだ。
「は、はい。よければ……と思って。
今日、どう回るか予定とか、ありますか?」
「そうですねー…」
トルスはのんびりと言いながら、視線を街の方へと動かした。
「夕べは、学生たちもあまり野宿はせずにほとんど街に帰ってきたみたいなんですよ。
そうすると、スタートはここからになりますから…昼までに帰ってこなければならないことも考えると、あまり遠くへは行けないと思うんです」
そこまで言って、視線をテオのほうに移して。
「ですから、今日はまた草原のあたりを回ってみようと思います。
それでよろしいですかー?」
「はい、えっと……」
がさ、と地図を広げて確認するテオ。
「No.6からNo.8を中心ですよね。はい、大丈夫です」
しっかりとした口調で言ってから、地図をたたんで改めてトルスに向き直る。
「最終日ですけど、今日1日、宜しくお願い致します」
深々と礼をすると、トルスはにこりと微笑んで頷いた。
「はいー、よろしくお願いしますー」
ふより。
言うが早いか、校門に向かって移動を始める。
「では、まいりましょうかー」
「はい!」
テオは元気よく頷いて、その後についていくのだった。
§5-2:The wiseman from heaven
「わ、結構みなさん街に戻ってきてたんですね…」
チェックポイントNo.5につくと、あたりは朝になり再出発をする生徒たちで賑わっていた。
開会式の時に野営用の装備は提供されていたが、この様子では半数以上が街で宿泊をしたようだ。それほどの距離でもないこともあるし、あるいはオルーカたちのように怪我をして退却を余儀なくされた者たちもいるのかもしれない。
2人はきょろきょろと辺りを見回して、チェックポイントを探す。
「みなさん素通りされていきますね…」
「昨日みんなやっちゃったんじゃない?」
「まあ、そうですよね……あっ、あれでしょうか」
オルーカの指差した先に、いかにも教師然とした女性が立っている。
「あ、フローラ先生だ。そうみたいだね、言ってみよう」
2人は足を速めて、フローラと呼ばれた女性教官のところへ歩いていった。
2人が近づいたことに気づき、教官はにこりと綺麗な笑みを見せる。
「おはようございます、ジャスティさん。これから出発ですか?」
「うん、その前にここの問題やってこうかなって。フローラ先生が担当?」
「ええ、そうですよ」
教官はにこりと笑みを深めて、2人を交互に見渡した。
「ここでの課題は、私が出す簡単なクイズに正解することです」
「クイズ?」
「ええ、それほど難しくはありませんよ。では早速始めましょう」
言って、手にしているバインダーに目を落とす。
「第1問。エブエの薬草の効能は?」
「えぶえ?」
耳慣れない響きに眉を寄せるカイ。隣でオルーカも同じような渋い表情をする。
「薬草ですか…困りましたね……」
「こういう時こそササがいればねえ」
微妙にニヤニヤしながら言うカイに、ドギマギして答えるオルーカ。
「そ、そうですね?でもまあ今は私たちだけでやらなければなりませんから!」
半分自分に言い聞かせるようにぴしゃりといってから、ふと思い当たる。
(あれ、エブエって聞いたことあるような…あ!)
以前、別件で薬草を探し回っていた時に耳にした記憶がよみがえってきた。
詳しくは「Happy New Year!!2」をご参照ください(久しぶりの宣伝)。
「分かりました!えと、白い産毛がついてて、それを煎じて飲むと喉にいい、です!確か」
「はい、正解です」
にこりと笑って頷く教官。
カイも笑顔でオルーカに言った。
「オルーカ、すごいじゃん!」
「いえ、以前話題になったのを覚えてて…」
「これで嫁に行く準備もバッチリだね!」
「えええ?!」
飛躍するカイの話に驚くオルーカを尻目に、教官はさらに問題を続けた。
「では第2問です。しないでするものなーんだ?」
「きゅ、急に問題のカラーが変わりましたね…」
「お堅い女教師がいきなり崩して喋るとギャップ萌えだよね…」
「カイさんはミルカさんの洗脳がバッチリですね」
「いつの間にか英才教育されてたわ……で、わかる?」
「あっ、ええ、はい。とんち、ですね。しないでする…『しない』でする。竹刀でするもの、で、剣道、です」
「はい、正解です」
再びにこりと微笑む教官。
カイは肩を竦めて苦笑した。
「剣道、か。ナノクニの武術だね。知らない人にはきついかなあ」
「そうかもしれませんね。私たちは東方大陸の出身ですから、それでも多少は知識がありますが」
「ていうかあたしたち、何語で喋ってるんだろね」
「定期的に出ますね、そのネタ」
2人のやり取りをスルーして、問題を続ける教官。
「では第3問です。昨年末ヴィーダプリッツで初のコンサート『あまあま☆シュガ→v』を開き、規模はそれほど大きくないというものの、発売とともにチケットは5分でソールドアウト!楽日まで大盛況!マニアな話題を集め、興行的にも大成功した女性アイドルの名前は?」
「うえっ、なにそのマニアックな問だ……」
「妖精王国からやってきたとか嘯いてる、16歳の新人アイドル、マリー・マリー・ローズベリーですね?」
カイのうんざりしたようなつぶやきにかぶせて、すらすらと答えていくオルーカ。
ぎょっとしたカイがオルーカのほうを見るが、彼女は構わずに続けた。
「ロリっ子のくせに胸もまあ、それなりに大きくて…いえ私よりは小さいですけど。顔も…まあそこそこ可愛くて。いえ私には敵いませんけど。年は…これは私が14ですから完全に勝ってますね、ふふふ。とにかく手強いライバルです…今後の動向に注意しなければ…ていうか完全にキャラかぶってるじゃないですか…パクリ、パクリですか…?全くもう…JAROに訴えますよ…?著作権料…、著作権料取りますよ…」
「お、オルーカ……?」
「あっ、はい?あ、え、正解じゃなかったですか?」
「いえ、正解ですよ。よくお分かりでしたね」
にこりと微笑む教官にとりあえず安堵してから、改めてオルーカのほうを見るカイ。
「…オルーカ、今回は真面目モードで行くんじゃなかったの?」
「何を言ってるんですかカイさん、私は真面目ですよ?」
「………真面目?」
「真面目です(キリッ)」
「……ところでオルーカ、著作権はJASRACだよ」
「あれっそうでしたっけ。まあいいです著作権料は頂きます。訴えて勝ちますよ……」
なにやら負のオーラを発し始めたオルーカを横目で見ながら、カイは教官に点数を入れてもらうのだった。
<オルーカ・カイチーム +20ポイント 計160ポイント>
「そういえば、優勝すると何がもらえるんですっけ?」
一方、ミケとミリーはチェックポイントNo.13付近にやってきていた。
街に戻った生徒も多くいたということで、森の中といえどひとけはあまりない。
ぶらぶらと歩きながらのミケの唐突な問いに、ミリーはきょとんとして答えた。
「あら。言ってなかったかしら。優勝商品は、天の賢者様のマジックアイテム、よ」
「……天の賢者さまの、アイテム?」
今度はミケがきょとんとする番だった。
魔術師ギルドに所属する魔道士で、『天の賢者』のことを知らぬ者は無い。天から来たと噂されるほどに豊富な知識と技術とを持つ、伝説の魔道士。
だが。
「……ギルド内では、存在そのものが御伽話のような方ですよね」
噂だけはたくさん聞くが、噂以外のものは何も無い。実際に会ったという話も、弟子がいるという話も聞かない。まさに『伝説』の、いるかどうかすら定かではない幻の人物なのだ。
ミケは首を傾げた。
「そんな方のアイテムを、どうやって手に入れたんですか?魔導師の学校のお墨付きですから偽物って言うことはないでしょうけれど」
そこまで言って、ミリーの答えを待たずにさらに首を捻る。
「しかし……天の賢者さま、とはどんな方なんでしょう。そもそも実在するのですか?」
「もちろん、実在するわよ?」
ミリーは面白そうな表情で答えた。
「マヒンダ王宮の魔道システムはほとんど、天の賢者が作ったものだっていう話ね」
「そうなんですか」
ミケ自身はマヒンダ王宮に入ったことはもちろん無い。だが、人づてにかなり高度な魔道システムが使われていると聞いたことがある。城のどこで、いつ、誰が何の魔法を使ったかを記録しておけるとか…まあ、多少の誇張はあるかもしれないが、そんな化け物のようなシステムも、天界の技術があると言われれば納得してしまう。本当に天界の技術ではまさか無いだろうが、そう評価されるほどに高度なシステムであろうことは知れた。
「マヒンダの魔道システムを作った……ってことは、結構昔の方なんですね。……そうか、実在したんだ……」
ミリーはくすりと笑った。
「あなたたち、一般の魔道士に『御伽噺』として認識されているっていうことは、おおむね功を奏しているのね、マリーの策は」
「マリー?」
「ええ、マリー。マリエルフィーナ・ラディスカリ。魔術師ギルド総本山の評議長よ。旧友なの」
「あ……ひょっとして、新年祭の時にルーイさんといらっしゃった…」
「あら、知ってるの?そう、あたしと、マリーと、ルーイでよくつるんで飲むのよ」
「へぇ……」
ミケは意外な繋がりに感心したように声を漏らす。
「それで…マリーさんの策、というと?」
「彼女が、天の賢者から魔道の知識を買う権利を得る代わりに、その存在を知られないようにする、という約束を取り付けたの」
「存在を……」
「ええ。天の賢者がどこの誰なのかは、支部長クラス以上のみが知ってるトップシークレット。厳しい緘口令が敷かれていて、喋れば厳しい罰が待ってるわ。
まあそれでも、人の口に戸は立てられないものだからね。どこからかあいまいに漏れたものが、御伽噺みたいに語り継がれているっていうことじゃないかしら」
「へぇ……」
ミケはもう一度そう息を漏らしてから、僅かに眉を寄せた。
「随分と……世に出ることを嫌った方なんですね。未だに約束が有効となるとご存命……エルフとかそういう方なんでしょうか。まさか、本当に天から来たとか。……まぁ、天使も魔族も、その気になったら来られるのでしょうし、あり得ない話じゃないですね」
言って、はは、と笑ってみせる。
彼自身、天使にも魔族にも何人か出会ってきたし、そして人間に紛れて生活をしているのを知っているので言うのだが。
ミリーはその様子に、また面白そうに唇の端を吊り上げた。
「じゃあ、どうしてだと思う?」
「え?」
「なぜその『天の賢者』は、自分の存在をひた隠しにするんだと思う?
人間が嫌いだから?でもそもそも、人間が嫌いだったら技術の提供なんてしないわよね?
じゃあ、なぜ自分の存在を隠すようにギルドに命じているのかしら?」
まさに教師然とした、試すような口調で聞いてくるミリーに、ミケはうーんと考え込む。
「教える技術が、安全であるかどうかは本人が考えるでしょうし……提供する知識が、って事じゃないですよね。そうすると、存在そのものが秘密でないといけない、って事でしょうか。……あれ?」
そこまで言って、さらに首を捻って。
例えば、本当に天使なのだとしたら。
(ミシェルさんのように……)
ミケは、かつて出会ったことのある天使の一人を思い浮かべた。
ヒューリルア・ミシェラヴィル・トキス。
かつて受けた依頼の依頼人。そして、友人である少女の母親だ。
彼女の口から直接、自らが天使であるということを聞いたわけではない。が、友人は自らのことをハーフエンジェルであると言っていたし、その母親ということはすなわち天使なのだろう、と判断している。
彼女と共に過ごした時間はそう長くはないが、優しく穏やかな女性であった。受けた依頼の対価として、魔道の教えを乞うたことはミリーにも話した通りだ。
ミシェル自身、自分の正体を公言するようなことはしなかった。娘のことを知っている者に対しても、はっきりと口にして欲しくない雰囲気を感じた。
だがもし、彼女が天使であることを公言したら、どうなるだろう。
(天使が、本当にこの世界にいるとなったら…)
その力を、救いを求める者が列をなすかもしれない。悪を倒すもの、人を救いに導くものとして。
(………でも)
彼女以外にも何人かの天使には会ったことがあるが、彼らに人間との大きな違いは感じなかった。
人よりも、そしてエルフや竜よりも、はるかに長い寿命を持ち、強い力を持ち、偉大な知識を持つ。だが、それだけだ。
喜び、悲しみ、怒り、人を愛し、そして人を憎む。こころのあり方は、人とさして変わらないのではないかと思う。
天使も……そして、魔族も。
だから、救いを求めてこられたとしても。
「……例えば、天使だったり魔族だったりするって、そういうことなんでしょうか」
ミケは、考えたことをそのまま口にした。
たとえミケが天使や魔族に邂逅する機会が多かったとしても、一般的にはあまり現実的ではない話だ。少し控え目に、自分の意見を述べてみる。
「そうなのかもね。天の、と言われるくらいだから、繋がりがあると考えるのはおかしいことじゃないわ」
だが、ミリーは馬鹿にした様子も無く、鷹揚に頷いた。
「じゃあ、なぜ天使だと、正体を明かしちゃいけないの?
いいじゃない、天使なんだから。おおっぴらに人間達を救ってくれたら万々歳じゃない?」
にこり、と。
やはり、はっきり答えがわかっているにもかかわらず、試すような言い方で笑顔を浮かべる。
「え、ええとー」
ミケは再び困ったように眉を寄せた。
「……人から聞いた話を、しても良いですか?」
「どうぞ」
「ええと、ですね」
自分の意見ではないからか、気まずそうにミケは言葉を続けた。
「天使は、『世界を維持する』存在だと。だから、人間には深く関わらない。関わってはいけない。絆が産まれたら、肩入れしてしまう。こちらにない物を持ち込んでしまうこともある。それによってパワーバランスが崩れる。だから、天使は天界からは降りてこない。降りてきても積極的に関わらないのだと。
天使は、人を助けて導いてくれるイメージがありますが、そうではないのだと。
天使はあくまで世界の維持のためにいるのだと、そう聞きました」
ミシェルではない、別の天使から聞いた話をそのまま言う。
実際は、彼はもっと過激な話をしたのだが、考えてそれは口をつぐんだ。あまり、聞かせて愉快な話ではない。
「それでも、縋りたいと思う人は多いと思うんですよ、天使だと公言したら。それを片端から救うことは難しいでしょうし、断ることもできないんじゃないかと。無用の希望と失望と混乱を招くのではないでしょうか。だから、存在を表に出さない。世界の安定のために。……そういうこと、なのかな、 と」
やや自信なさげに、伺うようにミリーを見る。
「まあ、おおむね間違ってはいないわね」
ミリーはゆっくりと頷いて、そしてにこりと微笑んだ。
「みんなを救うことが出来ないから。それは確かにその通りだし、そういう意味もあるのかもね。けど、話はそんなに生易しいものじゃない」
「そう…なんですか?」
「天使は世界の維持のために存在する。
そのために不必要なものは排除する、そういう役目を負っているの。
天使の力は、現世界で振るうには大きすぎるもの。
その力を持つものは、粛清の対象としてターゲッティングされるのよ」
「粛清……」
「つまり、天使と知りながらそれと関わり力を得たことが天界に知れたら、その人の命が危ない、というわけ」
「…………」
厳しい言葉にも、ミケの表情は大きく動くことはない。
それこそが、口をつぐんだ「過激な話」であるのだから。ミケに先ほどのことを告げた天使の少年は、天使と関わったことが天界に知れたら、記憶を消されるか、最悪命を絶たれてしまう、と匂わせていた。
(本当に消されちゃうんですね……怖いなぁ)
ぞく、と背筋に悪寒が走る。
そんなミケの様子に気づいているのかいないのか、ミリーはさらに続けた。
「力を得る、ということは、それなりに代償が伴うことなのよね。
だけど、天使が人間に加護をもたらすものだと思っている人間は、それが無条件で、当然のように自分に与えられて然るべきだと思い込む」
「………」
「だから正体を隠すのよ。
誰でもない、力を得る人間自身のためにね」
にこり。
もう一度微笑んで締めくくるミリーに、ミケはとてもではないが笑顔を返す気にはなれなかった。
「なるほど……そういうものなんですね……」
力なくそう言って、こっそり息をつく。
「だから……」
だから彼も、そしてミシェルも、天使であることをひた隠しにしているのだ。
他でもない、関わった人間の身を守るために。
ミケはもう一度、ふ、と息をつくと、今考えたことは心の内にしまって、ミリーに苦笑を向けた。
「じゃあ、天の賢者様がもしも天使だとしたら、敢えて明かしたり人と関わったりしないのは、そういう理由があるからなんですね。……本当にそうだったらマリー評議長も大変ですね」
「そうねえ、けどまあ、天界の知識っていうのはそれを押してでも手に入れたい貴重なものなんでしょ」
「そうなんですね…」
そういえば、ミシェルも現世界で静かに魔法の研究をして暮らしていた。マジックアイテムも、………まあ中にはとんでもないものもたくさんあったが、たくさん作っていたし、用途はともかくその技術は人間の魔法技術では到底なしえないものだった。
(……あれ)
そこまで考えて、ふと思う。
彼女のマジックアイテムや、ミケにしたような魔法の指導、例えばそれが彼女の生活の糧であったとしたら。
売る先が必要で、且つ脅かされないように 先方に口止めしている必要があるのではないか。
……天使の知識なら、魔導師ギルドも必要とするだろうし、口止めくらいしてくれるだろう。
「……あの」
己の中に生まれた可能性を確かめるため、ミケは恐る恐るミリーに問うてみた。
「…………その天の賢者さま、お名前とか分かりますか?」
くす、と笑うミリー。
「さすがに名前までは教えられないわぁ」
「あはは、そうですよねー」
ミケもそれに合わせるように苦笑した。
「マリーに怒られちゃうもの。
それに、正体を知られたくないその人物にとっても、悪いことしちゃうわ?」
「そうですね、きっとその人も、静かにいたいと思うでしょうし。失言でした」
軽く肩を竦めて苦笑してから、さらに言葉を重ねる。
「しかし、教えられないって事はちゃんとご存じなんですね、その賢者さまのこと」
「うん?」
「知らない、ではなくて、教えられない、って言ったでしょう。昨日の、僕と同じように」
「………ええ」
ミリーはしばらく黙ってから、ゆっくりと微笑んだ。
「知っているわ。……とても、よく……」
「………ミリーさん……?」
その微笑に、今までと違う色があるような気がして、ミケは不思議そうにミリーを見返した。
が、ミリーはすぐににこりと笑みを深めると、秘密、というように人差し指を唇につけてウインクする。
「ああ、このことはもちろん、秘密よ?あたしはギルドの人間じゃないから罰はこないけど、あたしから漏れたってバレたらマリーに怒られちゃう」
「ええ、それはもちろん。でも、関連アイテム、本物か……ちょっと欲しいな」
ミケはそう呟きながら、頭の中で別のことを考えていた。
(…しかし、人差し指口に当ててウィンクとか…いくつなんだろこの人……)
「ミケ、また星にされたいようね?」
「また心を読まれた?!」
「この板を持って、ここに立ってればいいのね?」
チェックポイントNo.6。
出発地点から程近いポイントを訪れたレティシアは、教官が渡した板をひょいと頭の上に掲げた。
教官はのんびりした様子で頷く。
「そうそ。それでー、マスターくんがあっちの旗のところから魔法を撃って、この板に当たれば合格」
「マスターくん?」
「長いじゃん、苗字」
「ルキシュでいいんじゃ…」
「ほらさ。先生としては生徒を名前で、しかも愛称で呼んじゃったりすると『女教師と生徒、禁断の放課後!』とか言われちゃったりするかもしれないじゃん?」
「………えー………」
目の前の薄汚れた女性教官のどこからも女教師の萌えは感じられない。
不満げなレティシアからふいと視線を逸らし、教官はルキシュのほうを向いた。
「つーことで、あそこから魔法撃って。種類は問わない。当たれば合格。以上」
「じゃ、ルキシュ、肩慣らしだと思って気軽にサクッといこう!」
標的の板を片手で持ち直して、ぽんとルキシュの肩をたたくレティシア。
ルキシュは一瞬きょとんとしたが、すぐにふんと顔を背けた。
「言われなくても、こんなもの楽勝だから。君こそ下手に動いて怪我しないようにするんだね」
「うん、大丈夫!しっかり持ってるからね!」
微妙なツン台詞も華麗に流して、ニコニコしながら板を構えるレティシア。
ルキシュは複雑そうな様子で、それでも旗のところまで歩いていった。
「いくよ!」
「オッケー!」
遠くから手を振るルキシュに、板を振って答えるレティシア。
ルキシュは足を踏みしめて身構えると、すっと腕を上げ、人差し指を彼女に向けた。
「ウィンド・ビット!」
びすっ。
呪文と共に、鈍い音がしてルキシュの指先から小さな空気の塊が放たれる。
ぱき。
ほどなく、レティシアが手にしていた板が景気のいい音を立てて割れる。
「はい、合格ねー」
教官の間延びした声と共に、レティシアは割れた板を振り回しながら嬉しそうに飛び跳ねた。
「やったぁ!ルキシュ、すごーい!合格よ!」
「まったく…だから楽勝だと言っているのに」
ルキシュはその様子を遠くから見ながら、苦笑を漏らすのだった。
<レティシア・ルキシュチーム +20ポイント 計170ポイント>
「木の実?!」
チェックポイントNo.9。
教官から、木の上になっている実を取ってこいという問題を告げられると、メイはテンション高くそう言った。
「これは…もしかして食材ゲットのチャンス?!」
「食材?」
隣のティオが首を傾げると、そちらに向かって微笑む。
「うん!実はわたし、お店の料理に使えるような食材を探して冒険者やってるんだ」
「そうやったんや」
ティオは少し驚いたように言って、それからにこりと微笑んだ。
「ほな、メイちゃんの助けになるように、木の実は絶対取ったらなあかんな」
「ふふっ、嬉しい、ありがと」
メイも笑顔でそれに答え、改めて教官の方を向く。
「ね、取れた木の実、持って帰っていいの?」
「もっちろん!美味しいんだよー、素敵なデザート作ってね!」
2人の話を聞いていた教官も笑顔で頷き、メイは俄然やる気が出てガッツポーズをとった。
「よーっし!絶対取るぞー!」
「んじゃ、あたし先に行ってるから。がんばってね、2人とも!」
教官はしゅたっと手を上げて、それからするすると木に登っていった。
「はー……相変わらずピュアちゃんは身軽やねえ…」
どうやら教官と顔見知りであるらしいティオは、その後姿を感心したように見つめている。
メイはティオを見上げ、張り切って言った。
「じゃあティオ、わたしが囮になるからその隙に木の実を取りに行って!」
「ええ?」
驚いてメイの方を向くティオ。
「そんなん、危ないで」
「木の実を取るためだもん、ちょっと位痛いのは平気だし!」
「せやけど…」
「あっ、もちろん、わたしも取れるように努力はするけどね」
メイの決意は固いようだ。
ティオは仕方なさそうに苦笑した。
「わかった。ほな、できるだけ急いで取りに行くさかい、がんばって猿をひきつけてや」
「うん!それじゃ、いくよ!」
メイは勢いよく頷いて、木の枝にぴょこんと飛びついた。
「よっ………と、はっ…っえい!」
同じ火人の少女とはいえ、さすがにあの教官のようにはいかない。というかあの少女はなぜあんなに身軽なのだろう。自分より年下のようだったし、魔道をたしなんでいるようにも見えないが…ティオとも親しいようだったし…
「…っと、そんなこと考えてる場合じゃなかった!」
メイは頭を振って、再び木の枝に手をかける。
するするとまではいかないが、普通の人間よりは身軽に木を登っていくメイの頭上が、にわかに騒がしくなった。
きい。きいきい。
甲高い鳴き声を上げながら、メイのところに群がろうとする猿たち。
「むっ。きたね……」
メイはむむっとそれを睨み上げ、枝の上で不安定な体勢のまま身構える。
そして。
「きー!きーきー!!」
突如、猿の鳴き真似をしながらゆさゆさと枝を揺らし始めた。
にわかに沸き立つ猿たち。
ぎぃ!ぎぃ!
メイの威嚇に反応して唸り声を上げ始める。
やがて、ぎゃーというひときわ大きな声と共に、猿たちがいっせいに持っていた石をメイに向かって投げた。
「わ?!」
まさかそんな攻撃をされるとは思っていなかったのか、体勢を崩すメイ。
何とか枝にしがみつき、落ちるのは免れたものの、投げられた石がいくつか当たってしまう。
「あたたた…くっそー、えい!」
メイはどうにか体勢を立て直して、持っていた投網を猿たちに投げつけた。
ぎー!
投網は一番近くにいた猿に命中して絡まったが、それがかえって他の猿たちをいきり立たせてしまう。
「うわわ、わ!」
どこかにストックでもあるのか、先ほどの倍の勢いで投げつけられる石。
メイは必死でそれを避けながら、枝の上で悪戦苦闘していた。
が、とうとう。
「きゃあ!」
枝を掴んでいた手を滑らせ、大きくバランスを崩してしまう。
(落ちる……!)
3メートルほどの高さからまっさかさまに落下することを覚悟して、メイは目を閉じた。
だが。
がくん。
「うわ!」
思いがけず強い力で腕が引かれ、目を開くと。
「危ないなぁ、あんま無茶したらあかんよ?」
枝に捕まったまま、メイの腕を掴んでいるティオの姿が見えた。
「っ、ティオ……」
「さ、降りるで、捕まっとき」
ティオはにこりと微笑むと、まだぎーぎーと騒ぐ猿たちにポイと携帯食料を投げた。
きゃーきゃー!
とたんに嬉しそうな鳴き声を上げて群がる猿たち。
ティオはその様子にははっと笑うと、メイの腕をぐいっと引いた。
「ちょっとごめんな」
「へっ?!」
そのまま器用にメイの体の下に潜り込むように移動すると、その肩と膝に腕をかけ、ひょいと持ち上げた。
(お、お姫様だっこ?!)
ゲーム開始以来全グループ通算3度目の姫抱っこに動揺するメイを尻目に、ティオはそのまま枝から飛び降りる。
とす、軽く着地したので、あまり衝撃は来なかった。
「はい、お疲れはん」
ティオはメイににこりと微笑みかけると、かがんで地面に下ろす。
「あ、ありがと……」
メイは少しどぎまぎした様子で、それでもティオに礼を言った。
「おっつかれー!」
そして続いて、木の上にいた教官も飛び降りてくる。
「いやー、やっぱティオは速いね!止める間もなかったよ」
「ふふん、サーカス団見習いなんかにまだまだ負けられへんで」
苦笑して言う教官に、ティオはどや顔でそう言ってみせた。
そこでメイは初めて、ティオの道具袋に見覚えのない木の実が3つ詰められているのに気づく。
「あれっ、ティオ、もう木の実とってきちゃったの?!」
「おお、メイちゃんが猿の気ぃ引いてくれた隙にな」
「ぜ、ぜんぜん気づかなかった……」
しかも、教官がティオの速さに追いつかなかったと言っているからには、先ほどするすると身軽に登った教官を上回る速さで登ったということだ。
芸人志望であるから、アクロバティックな動きもお手の物、ということなのだろうか。
「ティオ、すっごい!さっすが!」
メイは満面の笑みでティオを褒めちぎった。
頭を掻いて照れ笑いを浮かべるティオ。
「いやー大したことないで。ほなピュアちゃん、点数な」
「うん!おつかれさま、おめでとー!」
教官は嬉しそうにそう言って、ティオの水晶玉に点数を入れるのだった。
<メイ・ティオチーム +30ポイント 計180ポイント>
「しかしあっという間だよね、時間が過ぎるの。ウォークラリーも終わりに近づいてるもん」
チェックポイントから少し離れた木の下で、休憩を取ることにした2人。
メイが手際よく皮を剥いた先ほどの果実を2人で食べながら、ふとメイがそんなことを言う。
ティオはうんうんと頷いた。
「せやなー、もう昼には終わりやもんな」
「楽しい時間はすぐに過ぎるって言うの本当なんだね」
「ホンマホンマ」
にこにこと同意するティオに、メイはにこりと微笑みかける。
「これもティオと一緒に参加できたからかな」
「おっ。そんな風に言うてくれたら嬉しいなあ」
ティオもにこりと微笑んでそれに答えた。
胸のうちから、温かいものがじわりと広がっていくような感触がする。
ティオとウォークラリーをしてきて、共に喜び、そして笑い、少しドキドキしてきた時間は、メイにとって本当に楽しかった。
だから本当は、このキラキラした時間が終わってしまうのが、少し寂しい。
だが。
「ウォークラリー終了まであと少し。最後まで楽しみながら頑張ろうね!」
「ああ、がんばろな」
気合を入れるメイに、笑顔で答えるティオ。
少し寂しい気持ちを表情に出さずに、メイは元気に立ち上がった。
「さ、そろそろ行こうか!」
「おう、最後まで突っ走るでー!」
ティオも元気に、それに応えて立ち上がるのだった。
§5-3:The final battle
「あっ、ミケさん!」
「う」
チェックポイントNo.7付近。
ミリーと共に移動してきた先に、タイミングよくオルーカとカイが居合わせ、ミケは微妙に渋い表情を作る。
対するオルーカとカイはかなりやる気満々の表情で。
「戦闘、ですよね?」
「もちろん!」
ミケの問いにも即答。
ミケは小さく嘆息すると、ミリーのほうをチラリと見た。
「ミリーさん、合図、お願いできます?」
「ええ、構わないわよ」
ミリーが鷹揚に頷くと、ミケとオルーカたちがさっと身構える。
それをゆっくりと確認して、ミリーはよく通る声で言った。
「始め!」
「ポチ!」
ミリーの声と同時に、ミケがポチに力を送る。
昨日と同じように、小さな黒猫だったポチはあっというまにクロヒョウほどの大きさになった。
が。
「う、わ?!」
そのミケの目の前に聳え立っていたのは、やはりあっという間に20メートルほどの大きさになったレッドドラゴンの姿。
ミケも、そしてシンクロしているポチも、あまりの大きさに言葉を失ってしまう。
と、そこに。
「せいっ!」
たっ。
あっけに取られている間に、一気にオルーカがミケの懐に入ってくる。
「おっと!」
あらかじめかけてあった風の防護魔法で、足への直撃は防がれた。ミケは素早く跳び退がり、あたりを確認する。
「ぽ、ポチ?!」
メインで攻撃をさせるつもりだったポチがいなくなっている。
「ポチさんならあちらですよ」
と、指差すオルーカ。
見れば、少し離れたところで何やら人形のようなものに上機嫌でじゃれついているポチの姿が。
「な、ポチ?!ちょっとー?!」
「ふふ、私の秘蔵のオルーカルンフィギュア(14歳・Iカップ仕様)にマタタビをたっぷりまぶしておきました!ポチさんはこれでもう、しばらく使い物にはなりませんよ!」
「ツッコミどころしかありませんがとりあえずオルーカさんマタタビを常備してるんですか?!」
「乙女のたしなみです!」
「今回は真面目モードなんじゃなかったんですか?!」
「私は大真面目です!(キリッ)」
真正面からどぎっぱり言い放ったオルーカに言葉を返す前に、上から巨大なカイの足がゆらりと降ってくる。
「くっ…!」
ずしん。
動きが遅いので軽々かわすことは出来たが、この身長差はいかんともしがたい。
「風よ、螺旋の龍となれ!」
ごお。
ミケが呪文を唱えると、オルーカ都会の足元の空気が竜巻のようにうねりを上げて渦を巻き始めた。
「きゃあ?!」
あっという間に舞い上げられるオルーカ。
強烈な竜巻に取り巻かれ、さすがのカイも身動きが取れないようで。
ミケは大きな魔法を維持しながら、もうひとつの呪文を唱えた。
「スリープクラウド!」
高らかな声と共に、渦を巻いていた竜巻が一瞬にして白く曇る。
そして。
ふ。
唐突に風が途切れ、中心にいた巨大なレッドドラゴンが姿を現す。
と。
ぐらり。
その巨体がゆっくりと傾き、そして、ずしん、という重い音と共に地面に倒れる。
竜巻に吹き飛ばされそうになっていたオルーカも、カイの角に上手くしがみついたらしく、そのまま角にしがみついて眠り込んでいた。
ふう、と息をつくミケ。
「お疲れ様」
ミリーに声をかけられて、苦笑を返す。
「変身を解いた竜を見るのは2度目なんで、それほど深刻にびっくりすることはなかったのが良かったかもしれませんね。カイさんがドラゴンだということも知っていましたし、まだお若いからか前回見た方より小さかったですしね。マタタビは計算外でしたが」
「ま、こっちは放っておけばそのうち目を覚ますでしょ。行きましょう」
「あ、はい」
言って、ミケは眠りこけるオルーカとカイを一瞥してから、ミリーの後について歩き出した。
「…うー……ん……」
浅い眠りから目覚め、オルーカはゆっくりと目を擦った。
「起きた?」
隣でカイの声がして、そちらを向く。カイはすでに元の姿に戻っていた。
「あれ……私……」
「ミケの魔法で眠らされちゃったみたいだね、やられたなー」
苦笑するカイに、オルーカも苦笑を返す。
「やられましたねえ。うーん、マタタビまでは上手く行ったと思ったんだけどなー」
「ま、しょうがないよ。気を取り直して、チェックポイントの方に行こう」
「あっ、はい」
カイが歩き出したので、オルーカも急いで立ち上がり、その後を追った。
「モグラっぽい何か…?」
「ええ、モグラっぽい何かです」
困惑した様子のオルーカの問いに、チェックポイントNo.7の教官はにこやかに答えた。
「そのモグラっぽい何かを捕獲してくださいませ。生死は問いません」
「うーん、生死は問わないと言っても死なせちゃうのは可哀相ですし」
「そうだねえ」
困ったように言うオルーカに、同意して頷くカイ。
オルーカはぐっとこぶしを握ると、気合の入った様子でカイに言った。
「ここは太陽と北風作戦でいきましょうか!」
「北風と太陽作戦?」
「はい!」
元気よく言って、どこからか手鏡を取り出す。
「乙女のたしなみ!手鏡です」
そこまで出されてもカイにオルーカの意図は見えず、カイは黙ったまま彼女の行動を見守っている。
オルーカは出した手鏡を、いそいそと穴の傍らに配置した。差し込んできた光が穴にまっすぐ入るように固定する。
「穴がたくさんありますね…では、ここと、ここと、ここにも」
言いながら、次々と手鏡を取り出しては穴の中を照らすように固定していく。
「…オルーカ、そんなにたくさん手鏡持ち歩いてんの?」
「乙女のたしなみです!」
「…そろそろ『乙女のたしなみ』っていう名前の技能取った方がいいよ」
「そうですねえ、あまりGMのご好意に甘えてばかりではダメですよね」
言いながらさほど気にしていない様子で、オルーカはついに一つを残す全ての穴に鏡を設置した。
「さあ!これで眩しくなったモグラが、空いてる穴から顔を出すはずです。
カイさん!捕獲しましょう!
捕獲にはこの麻袋を使ってください」
さっ、と麻袋を出すオルーカ。
「これも乙女のたしなみ?」
「はい、乙女のたしなみです!」
やはりきっぱりと言い切る。
カイは嘆息して、それから残るひとつの穴の側に立って袋を逆さに塞いだ。
が。
「……出てきませんね」
「うーん、そりゃあね、穴は中で曲がってるだろうから奥の奥まで光が届くわけじゃないしね」
オルーカの言葉に、妙に冷静に答えるカイ。
オルーカはしょんぼりと肩を落とした。
「そ、そうですよね…カイさん、何かいいアイデアは……」
「んー……中に火魔法ぶち込むくらいしか思いつかないな…」
「そ、それは可哀想です!」
「だよねー、中で焼け死んじゃったら捕獲も出来ないし」
「さらいと怖いこと言いますね…それじゃあ、ここはリタイアということで…」
「ん、しょうがないね。イン先生、じゃああたしたちはリタイアで」
「承知いたしました」
カイが声をかけると、教官はうやうやしく頭を下げる。
「それでは、頑張ってくださいませ」
「うん、ありがと。じゃあねー」
「失礼します」
2人も教官に礼をすると、チェックポイントを後にするのだった。
<オルーカ・カイチーム +0ポイント 計160ポイント>
「私がこれから石つぶてを降らせるから、この3つの水晶球をその石つぶてから守ってちょうだい」
チェックポイントNo.8。
教官から問題を告げられ、レティシアは彼女の示した3つの水晶球を見やる。
「結構離れてるわね…」
「そうね。石つぶてが1つも水晶球に当たらなければクリアよ」
レティシアは水晶球からルキシュに視線を移した。
「これは・・・魔法を使った方がいいのかしら」
「うん?」
彼女の言葉に、そちらに視線をやるルキシュ。
「ほら、風の魔法で、水晶球の上に屋根のような膜を張るとか」
「まあ、その方法がいいだろうね。膜というか、結界なら張ることが出来るし」
「そっか。私、風の魔法は使えないから、ルキシュに頼っちゃうことになるけど…ルキシュなら大丈夫よね」
レティシアは言ってにこりと微笑んだ。
その言葉に皮肉げな響きは無く、ルキシュに信頼を置いていることが窺い知れる。
ルキシュはうっと言葉に詰まり、それからふいと視線を逸らした。
「…当たり前だろう。君はそこで見ていてくれていいから」
早口でそう言って、一歩前に出て。
「始めてくれていいよ」
教官に向けた言葉とは思えない言い方で声をかけるが、教官は大して気にした様子も無く、すっと腕を上に上げた。
「じゃあ、いくよー」
教官はのんきに言って、ぱちん、と指を鳴らす。
その瞬間、水晶玉の上空に無数の小石が一気に現れた。
「うわっ?!」
その数に思わず驚きの声を上げるレティシア。
だが。
「ウィンドシールド!」
ごう。
ルキシュの呪文と共に、3つの水晶球全てを囲うように風の結界が現れる。
ばらばら、という鈍い音を立てて、石は全てその風の結界に弾き飛ばされた。
ひゅう。
小石が全部落ち、風の結界もその姿を消すと、教官がにこりと微笑む。
「はい、合格ね。よくできました」
「ルキシュ、すっごい!さすが!」
嬉しそうにルキシュに駆け寄るレティシア。
ルキシュは少し頬を染めて、視線を逸らした。
「…別に、どうということはないよ、これくらい」
「ううん、すごいよ!よかった、合格できて」
「はーい、点数ねー」
その後ろからのんびりと教官も歩み寄り、ルキシュの水晶玉に点数を入れていく。
「それじゃ、行くよ」
「あ、はーい」
さっさと歩き出したルキシュの後について、レティシアもその場を離れた。
<レティシア・ルキシュチーム +20ポイント 計190ポイント>
チェックポイントを離れ、しばらく歩いたところで。
「……っ」
「あ……!」
しばらく離れたところにふっと現れた人影に、思わず足を止める二人。
黒いローブに長い栗毛。言うまでもなく、ミケの姿である。
「ミケ……!」
レティシアが思わず名前を呼ぶと、ミケもこちらに気づいたようだった。
にこり、と微笑んで。
「こんにちは、レティシアさん。昨日はどうも」
昨日のことなどまるでなかったかのように、いつもの調子で穏やかに声をかける。
2人は戸惑ったように言葉を詰まらせた。
「辞めずにここにいるってことは、昨日の話、ちゃんと越えて来たんですね」
ミケは今度ははっきりと、ルキシュに声をかけた。
『……今すぐ辞めて、さっさと帰りなさい』
昨日、戦いの終わりにミケが放った冷たい一言が思い出される。
ルキシュは表情を引き締め、静かに言葉を返した。
「…そうだね、辞めたりはしないよ。僕にも目標が出来たから」
「そうですか、目標があるのは良いことです」
やはり、にこりと怖いほどに落ち着いた笑みを浮かべるミケ。
「で、どうします?戦闘して分かったと思いますけど、僕、そこそこ強いですよ?」
「…強い相手と戦うのも、勉強のうち、だろう?」
それに言葉を返すルキシュも、昨日のような焦りや強がりは見られない。
「君が強いのは十分わかったよ。けれど、それで尻尾を巻いて逃げ帰るほど、僕も臆病ではないつもりだよ」
す、と身構えて。
「強いなら、手加減はいらないよね。全力で、行かせてもらうよ…!」
ルキシュの言葉に、レティシアも表情を引き締めた。
「ミケ……今日は私も全力でいくね!!よろしく!!」
「……そうですか」
ミケはなぜか嬉しそうにレティシアに笑顔を返す。
「では、僕も精一杯頑張ります。よろしくおねがいします」
「そういえば、ミケとこんな風に戦うなんて考えもしなかったものね。何だかちょっとワクワクしてるわ」
「ふふ、僕は昨日の時点で楽しみでしたけど。今度はレティシアさんも攻撃に参加されるんですよね。楽しみです」
言うその様子は、強い相手と戦えることを本当に楽しみにしているようだった。
「ミリーさん、お願いしていいですか?」
後ろにいるミリーを少しだけ振り返ってそう言うと、ミリーもゆっくりと頷く。
「OK。じゃあ……」
す、と手を上げて。
「始め!」
ミリーのかけ声と共に、3人はいっせいに地を蹴った。
ミケが連れているポチはミリーの側にいる。レティシアとルキシュは知る由もないが、先ほどしこたまマタタビをかがされてまだくらくらしているらしい。
ミケは素早く呪文を唱えると、ルキシュに向かって放った。
「ファイアーボール!」
「ファイアウォール!!」
が、同じタイミングで繰り出されたレティシアの防護魔法にあえなく防がれる。
「ウィンドストーム!」
そこに、ルキシュの魔法が炎の壁を突き破るようにして繰り出された。
ごう。
昨日同様、炎の壁を通り抜けることで威力を増した竜巻がミケに向かっていく。
「風よ、悪しき力の向く先を天へ!」
そのパターンは昨日学習していたミケが、冷静に防護魔法を放ち、炎の竜巻は上へとその進行方向を変える。
「昨日と同じことをしていても勝てるわけが無いでしょう!あなたの力はそんな物なんですか。そんな事じゃ勝てませんよ!」
「っ……!」
挑発的なセリフを吐くミケに、悔しげに眉を寄せるルキシュ。
ミケは続いて、昨日同様にレティシアの炎の壁を散らす魔法を放った。
「風よ、大いなる力で炎の守りを打ち砕け!」
ご。
大きな風の塊が、炎の壁にぶち当たる。
「くっ…!」
レティシアは慌てて壁に送り込む魔力を増やしたが、純粋な魔力の力比べで負けてしまうのは昨日証明済みだ。
レティシアの表情が辛そうに歪んだ、その時。
ぐい。
唐突に体を引き寄せられて、レティシアは体勢を崩した。
「ルキシュ?!」
「捕まって」
胴に手を回してぴったりと体を寄せられた体勢に驚きつつも、言われた通りにルキシュの胴に手を回す。
その瞬間。
「ジャンプ!」
ルキシュの短い呪文と共に、2人の体が跳ね上げられたように勢いよく空中へと飛び上がる。
「きゃあ?!」
思わず悲鳴を上げてルキシュの胴に回した腕に力を込めるレティシア。
飛び上がった2人が元いた場所を、レティシアの炎の壁を破ったミケの魔法が通り過ぎていく。
「今だ!」
「うん!」
ルキシュに抱えられたまま、レティシアはミケのほうに手のひらを向けた。
「ファイアアロー!!」
ぼう。
呪文と共に、2人の周りに大量の炎の矢が生まれる。
「いっけえ!」
レティシアのかけ声で、数十本の炎の矢は一斉にミケへと向かって飛んでいった。
「くっ…!」
レティシアの結界を破るほどの魔力を放出したばかりのミケは、慌ててそれを散らす術を構成する。
「風よ、流れる鎧となりて邪の脅威を吹き散らせ!」
ごう。
ミケの周りを取り巻いた風が、レティシアの放った矢を残らず吹き散らした。
が、そこに。
「ウィンドストーム!」
いつの間にか地面に再び降りていたルキシュが、追い討ちをかけるように竜巻の魔法を放つ。
そして、さらに。
「ファイアブレス!」
ルキシュの隣のレティシアが、その魔法と同調するように炎の魔法を放った。
ごごごご。
2つの魔法は螺旋のように絡まりあいながらミケに向かって突き進んでいく。
「くっ…風よ、守りの鎧を!」
ミケはどうにか防護魔法を展開させたが、大きな魔法を2つ使ったあとの、しかも急ごしらえの防護魔法が、完全に同調した二つの攻撃魔法の魔力に耐えられるはずもなかった。
ばちん!
派手な音を立ててミケの防護魔法が破られ、炎と風の竜巻がまともにミケを直撃する。
「うあぁっ!」
ミケの体は軽く跳ね上げられ、大きく弧を描いてどさりと地面に倒れ付した。
「ミケ……」
はあ、はあ。
2人は浅く息をつきながら、その様子を見守っている。
やがて、ミケはよろよろと膝をついて立ち上がった。
「……お二人とも、お見事、ですね。僕も、まだまだだな……」
痛そうに表情を歪めての言葉を、2人は呆然と聞き、やがて。
「あ…や……やった…」
レティシアはぽつりと言ってから、ルキシュのほうを見て満面の笑みを浮かべた。
「やったよ?!やったよルキシュ!!」
がば。
心底嬉しそうにそう言うと、正面からルキシュに抱きついた。
「なっ……?!」
とたんに顔を真っ赤にして、しかし硬直して動けない様子のルキシュに構わず、レティシアは興奮した様子でぎゅうと腕に力を込めた。
「ミケに勝てたんだよ!!すごいよルキシュ!!やったね、がんばったね!」
「ちょっ……なにを……!」
ルキシュはレティシアにぎゅうぎゅうと抱きしめられたまま、文句の言葉も出せない様子で固まっている。
そこに、回復魔法をかけたミケが歩み寄ってきた。
「レティシアさん」
呼びかけられてようやくルキシュから離れるレティシア。
ルキシュも居心地悪そうにミケのほうを向く。
ミケはまだ少し痛そうに、苦笑をレティシアに投げかけた。
「ふふ、流石ですね、レティシアさん。ちょっと、悔しいですけれど……ね。負けないように、もっと僕も努力しなくては」
「う、ううん、たまたまよ!きっと私一人じゃ勝てなかったし……」
言って、チラリとルキシュのほうを見るレティシア。
ミケはそちらの方に目をやった。
「点数、入れますよ。どうぞ」
「えっ……あ、ああ」
ルキシュはきょとんとしてから、ミケの言う通り彼の持つ魔道石から点数を入れる。
ミケはその表情を見やりながら、ふと思った。
(この人、昨日から今日で何が変わったんだろう?主にレティシアさんの説得でしょうか……?)
そんなことを考えているうちに点数も入れ終わり、ルキシュは気まずそうに目を逸らした。
「……その」
「?」
彼がミケに向かって何かを言おうとしているのを察し、きょとんとするミケ。
ルキシュはなおも気まずそうに目を逸らしたまま、ぼそぼそと言った。
「昨日は……すまなかった。その…彼女を、侮辱して」
「え……」
思いもよらぬことを言われ、静かに瞠目するミケ。
ルキシュは、今度は正面から彼を見据えると、続けた。
「僕は彼女を過小評価していたよ。他のチームに勝てたのも、そしてこの戦いに勝てたのも、僕の力じゃない……彼女がいてくれたからだ。
彼女は、確かな実力のある、頼りになる冒険者だよ」
「ルキシュ……!」
やはりそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう、傍らで聞いていたレティシアも涙目で言う。
ミケはにこりと微笑んだ。
「半分同意しますよ。レティシアさんは実力のある冒険者です」
「半分…?」
「確かに、戦いに勝てたのはあなた一人の力じゃありません。けど、レティシアさん一人の力でもない。
2人が力を合わせたから、勝つことが出来たんですよ」
「……そう、かな」
「ええ。昨日と今日と、あなたにどんな心境の変化があったかは僕には判りませんが、あなたにも確かに、大きな力がある。それは、自信を持っていいことだと思いますよ」
「……そう、か」
ルキシュはまだ自信なさげに、それでもまんざらでもなさそうな笑みを見せる。
「ミケ……」
レティシアも嬉しそうにミケのほうを見て。
ミケは2人の顔を交互に見渡した。
「ウォークラリーもあと少しですが、頑張ってくださいね、お2人とも」
「うん!ありがとう、ミケ!」
レティシアは元気よくミケに礼を言ってから、くるりと踵を返した。
「じゃあ、あと少し、はりきって行こう、ルキシュ!」
「あ、ああ……」
駆け出したレティシアに促されて、ルキシュも踵を返し。
「………ねえ」
そこで足を止めて、ミケに声をかける。
「なんでしょう?」
声をかけられてきょとんとするミケ。
ルキシュは言いにくそうに視線を泳がせながら、ミケに言った。
「……その、君は」
「はい?」
「……君は、彼女を………」
言葉を詰まらせたルキシュを不思議そうに見つめ返すミケ。
ルキシュはしばらく逡巡して、やがてふいと踵を返した。
「…いや、なんでもない。それじゃ」
そのまま、レティシアの後を追って歩き出す。
「……なんだったんでしょう…?」
不思議そうに呟くミケの後ろで。
「……青春ねえ………」
しみじみと呟くミリーがいたとか。
<レティシア・ルキシュチーム +50ポイント 計240ポイント>
「あっ……やってるみたいですね」
チェックポイントNo.6付近にやってきたテオとトルス。
教官のところではまさにどこかのチームが、標的となる板を構えて問題に挑戦しようとしているところだった。
生徒らしき少年が、旗のところから冒険者に向かって手を振る。
身構えて、何やら魔法を放った、が。
「あっ…!」
生徒が放った魔法は予想以上に大きい。
的には当たるだろうが、昨日のオルーカとカイのような結果になってしまうことが瞬時に予測できた。
「あぶな……!」
テオは思わず駆け出しそうになって、しかしぐっと足を止めた。
その間に、生徒の放った魔法はやはり、的ごと冒険者を直撃してしまう。
炎の魔法だったようで、かなり派手に爆発した。
「っ……」
驚いて生徒が駆け寄る様子を、テオは落ち着いてゆっくり見回した。
辺りに影響はないだろうか。そばにいた教官は無事か。
ぐっとこぶしを握り締めて、一つ一つ確認する。
そして、生徒が冒険者を助け起こしたところに、落ち着いて歩いていった。
「…大丈夫ですか?」
冒険者の傍らに膝をついて、優しくそう声をかける。
冒険者は痛そうに表情をゆがめながらも、どうにか大丈夫だと手を上げた。
「落ち着いて対処できましたねー」
冒険者の治療が終わり、的には当たったので点数も入った生徒たちを見送ったところで、トルスはにこにことテオを見下ろしてそう言った。
嬉しそうにトルスを見上げるテオ。
「本当ですか?」
「ええ、あれでいいんですよー。瞬間の判断が必要なときもありますが、どうにもならないこともありますー。
落ち着いて、何が最善なのかを見極めること、今のようにじっくりやっていきましょうねー」
「あっ、ありがとうございます」
テオは照れたようにはにかんで言った。
「では、行きましょうかー」
「はい!」
そう言って、2人は再び草原の巡回を始めるのだった。
「マジックトリュフ?」
チェックポイントNo.11。
教官に問題を告げられたメイは、初めて聞く名前にきょとんとして首をかしげた。
にこにこして頷く教官。
「はい。魔道薬の材料となる、茸の一種です。高額で取引されるのですよ」
「へー…そうなんだ」
感心したように頷くが、見たことも聞いたこともない話に、いまいちピンと来ない。
「知らないなぁ…ティオ、知ってる?」
昨日、商店で物の値段や名前をすらすらと言い当てていたことを思い出し、ティオに振ってみるメイ。
ティオは苦笑した。
「マジックトリュフかー、めっっっちゃ高級品やねん、オレも実は実物見たことないんよ」
「えー、そんなに高級品なの?」
「せや、マジめっちゃ高いねん。薬材やしな、マジックアイテムの店にはよう並ばんのんよ。薬屋にはさすがに用はないしなあ、薬専攻のヤツなら知ってたかわからんけど、実物見たことないわぁ」
「そうなんだ……じゃあ、どこに生えてるとか、どんな見た目かとか…」
「わっからんわぁ。ごめんなあ」
困ったような表情のメイに、やはり困ったような表情で言うティオ。
「あっ、ううん、別にそんなティオが謝るようなことじゃ。わたしだって知らなかったんだし」
「ほな、ここはリタイアやねえ、残念やけど」
「そうだね……」
メイは残念そうに息をついた。
「ほな、アリタせんせ、ここはリタイアっちゅーことで」
「そうですか、残念です。頑張ってくださいね」
「はは、あとは帰るだけやけどな」
ティオは軽く笑って手を振ると、メイと共にチェックポイントを後にした。
<メイ・ティオチーム +0ポイント 計180ポイント>
§5-4:To goal
「うわあ…大きな木ですねえ」
チェックポイントNo.9。
教官に説明された大きな木を、オルーカはぽかんとして見上げた。
「この上にある木の実を取ってくればいいんですね?」
「うん!」
満面の笑みで頷く教官。
「木の上にはサルがいて、あとあたしも登って邪魔するからよろしくね」
「ええっ?!」
教官の言葉に驚き、眉を寄せるオルーカ。
「それは…困りましたね。
あっ、木を倒す、というのはナシですか?」
「えぇ?!」
驚く教官。
「この木、倒せるの?!」
問題の木は幹だけで直径3メートルほどの大きなものだ。刃物もなしに、いやあったとしても樵でもない限り到底倒せるとは思えない。
オルーカは苦笑した。
「やっぱり難しいですかね」
「んー、出来たとしても上にはサルがいっぱいいるから出来れば遠慮して欲しいなあ」
「あ、それもそうか……」
「それじゃ、あたしは一足先に上にいるから。がんばってねー!」
教官は元気よく手を振ると、するすると大きな木の上に登っていく。
「うーん……」
オルーカは軽く唸って、カイの方を向いた。
「一人防御で、一人取る役で、二人で協力して取りに行くしかないですかね」
「ああ、オルーカ、あたしが…」
「あっ!」
カイの言葉を遮って、オルーカはぱっと表情を輝かせた。
「そうだ、私が歌を歌って猿たちの気をひきますから、カイさんはその隙に木の実を!」
「ええ?!」
突拍子もないオルーカの案に驚くカイ。
オルーカはうんうんと頷いて、ちゃき、と棍をマイクのように構えた。
「では!私は先に行っていますので、猿が私の美声に気を取られているうちにささっと登って取ってきて下さいね!」
言うが早いか、早速登り始める。
さすがの軽い身のこなしで、するすると木を登っていくと、中ほどで枝に群れている猿の軍団に遭遇した。
「いきます!」
枝に腰を下ろし、ばっと棍を構えるオルーカ。
「お肌つるつる♪ 若さの証♪
髪の毛つやつや♪ キューティクル♪」
ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーぎいいぃぃぃ!!
オルーカが歌いだすと、猿たちがいっせいに騒ぎ始めた。
手に持っていた石を一斉にオルーカに向かって投げつける。
「うわっ!ちょっとなんなんですか!どーゆー意味ですか!
テープの代わりに石投げないでください!痛い!」
一部はどうにか棍で弾き飛ばしながら、しかし半分くらいは当たっている。
「くっ、一度撤退です!」
オルーカは悔しげにそう言って、さっと枝を伝って下に降りた。
すると。
「オルーカ……」
なぜか地上にいるカイ。オルーカは驚いて声をあげた。
「カイさん!どうしたんですか、あっ、今の時間稼ぎじゃ足りなかったですか!
ではまたもう一度行って、今度は新曲を……」
「いや、もう大丈夫だから」
苦笑して言うカイの手には、問題の木の実。
「あれえ?!ど、どうしたんですかこれ!」
「あのね、あたし、飛べるんだよね」
ばさ。
言うカイの背中に、赤い蝙蝠のような翼。
「あ……そういえば、そうでしたね……」
大鷲のところのチェックポイントで、空を飛ぶカイに助けられたのを今更ながらに思い出す。
「ま、でもオルーカが気をひいてくれてたから、枝の外に攻撃が来なくて良かったよ」
「カイさん……はい、ありがとうございます」
カイのフォローに、オルーカは少し安心したように微笑んだ。
「おっつかれさーん!」
そこに、木の上に登っていた教官がするすると降りてくる。
カイは、どうやら知り合いであるらしいその少女に半眼で言った。
「ピュア、飛んでるのに石とか投げてくんじゃないよ、危ないなあ」
「へへん、邪魔するのがあたしの仕事だもーん」
「ま、取れたからいいけど。はいこれ」
「うん、たしかに!」
教官は妙にえらそうに胸を張ってそう言い、カイの水晶玉に点数を入れるのだった。
<オルーカ・カイチーム +30ポイント 計190ポイント>
「モグラっぽい何かって何?!ヘンな生き物じゃないでしょうね?!」
チェックポイントNo.7。
教官から説明を受けたレティシアは、思わず眉を寄せてそう言った。
にこり、と張り付いたような笑みを浮かべる教官。
「もちろん、ヘンな生き物などではございませんよ。ええ、それはもうヘンな生き物などではありません。まったくもってヘンな生き物などではございませんとも」
「ま、ますます怪しい…」
レティシアはジト目で教官を見やり、それでも気を取り直した様子で穴の方を見た。
「とにかく、倒せばいいのね。
出てきた所を、手当たり次第魔法で攻撃しちゃえばいいかな?
生死は問わないって言ってるし、やりすぎちゃっても大丈夫よね?」
「えっ…」
レティシアの過激発言に思わず意外そうな顔をするルキシュ。
「君がそんな風に言うとは思わなかったな。君がそれで構わないなら僕はそれでいいよ」
「え?私、何かヘンなこと言った?」
「いや、いつもの君なら、殺してしまうなんて可哀想とか言うと思って。気にならないならいいんだ、僕も気にならないし」
「そ、そうかな……」
レティシアは少し恥ずかしそうに視線を逸らして、しかしすぐに気を取り直して拳を握り締めた。
「じゃあ、頑張っていってみよ~!!」
「いや、行くのはいいけど、どうやって?」
「へっ?」
出鼻をくじかれて妙な声を出すレティシア。
ルキシュは少し首を傾げて、さらに訊いた。
「いや、出てきたところをって、どうやって出すの?」
「えっ、だから、普通に出てくるんじゃないの?」
「今現在、出てきてないだろう?」
「あ……それもそうか」
うーん、と眉を寄せて唸るレティシア。
「まったく……」
ルキシュは嘆息して、それからふっと苦笑した。
「君は本当に猪突猛進なんだから。もうちょっと落ち着いて行動しなよ」
「…はぁい」
反論したかったが、このウォークラリー中だけでも心当たりがいくつかあったレティシアは素直にそう言って肩を縮める。
それに、ルキシュが昨日のような頭ごなしの言い方でなく、苦笑して柔らかく言ったのも大きかった。彼の心境の変化があったことに、ほっとした気持ちもある。
「じゃあ、僕が魔法で穴の中に風を送るから。そうしたら、反対側の穴のどれかから顔を出すだろう。君はそれを狙い撃ちすればいい」
「なるほど!さっすがルキシュ!」
感心したように表情を広げるレティシア。
「じゃっ、さっそくいこう!」
「OK。いくよ、用意は良い?」
「いつでも!」
レティシアとルキシュは穴を挟んで向かいあって立ち、ルキシュがすっと手を上げて意識を集中させた。
「ウィンドブロー!」
びゅう。
戦いに使うような強烈な竜巻ではないが、強い風が唸りを上げていくつ物穴の中へ入り込んでいく。
そして、ややあって。
きいぃぃぃ!
レティシアのすぐ側の穴から小動物が飛び出してきたので、あらかじめ身構えていたレティシアは即座に魔法を打った。
「ファイアビット!」
ぴしっ。
鋭い音を立てて放たれた小さな火の玉は、過たずその小動物に直撃する。
きぃっ!
小動物は甲高い声でひとつ鳴いたあと、そのままぱたりと地面に落ちた。どうやら死んではいないようだ。
「やった!」
嬉しそうにガッツポーズをとるレティシア。
ルキシュはふうと息をついて、教官に点数を入れてもらう。
「……で、あのモグラっぽいものとやらは一体何なの?」
「…お知りになりたいですか?」
「え?」
「………どうしても……?」
「…いや、いい……行くよ」
ルキシュは若干青ざめた顔で、レティシアを促しその場を後にした。
<レティシア・ルキシュチーム +20ポイント 計260ポイント>
「これでチェックポイントは全部消化、かぁ。あとは帰るだけね」
「そうだね」
チェックポイントを後にしたレティシアとルキシュは、ゴールに戻るために一路東門へと足を進めていた。
ルキシュと並んで歩くレティシアは、少し身をかがめて下からルキシュを覗き込むように見る。
「ね、ルキシュ」
「うん?」
「どう?ウォークラリー、楽しかった?ちゃんと楽しめた?」
そんなことを言うレティシアを、少し驚いた表情で見返すルキシュ。
『私はルキシュが笑って楽しく過ごせる方が良いと思うの』
『ルキシュの人生は、ルキシュのものなんだよ?』
昨夜のレティシアの言葉が思い出される。
このウォークラリーも、楽しんでやれればそれでいいと言っていた。
だから、そんなふうに訊いてきたのだろうと思う。
「……そう、だね」
ルキシュは穏やかな表情で、遠くを見つめた。
一面に広がる草原と、その上に広がる青い空。
心地よい風が、彼の巻き毛をふわりと撫でる。
点数を稼がなければとただ焦って先を急いでいた昨日には、感じられなかった。
レティシアに応援されながら問題に挑戦するのも、突っ走ろうとするレティシアをやんわりと止めるのも、やはり昨日ではありえなかった。
それがなぜか、ひどく心地良い。
ずっと埋められなかった隙間がじんわりと暖かいもので埋まっていくような気分だった。
「楽しいよ。とても」
「そっか」
レティシアは嬉しそうに微笑んだ。
「優勝できなかったとしても、その260点はルキシュの力で取ったものだからね。
それは、誇りにしていいと思うよ」
「……そう」
ルキシュはそっけなく言って、ふいと横を向く。
レティシアからは、その目じりが少し朱に染まっているのは見えない。
それは特に気にならなかったのか、レティシアはもう一度にこりと笑って、街の方へと向き直った。
「さあ、じゃああとは帰るだけね!お昼までまだ間があるし、のんびり行きましょうか!」
のんびりという割には嫌に気合が入った様子のレティシアの言葉に、ルキシュはまた苦笑するのだった。
「ああ……そうだね」
「このあたり…でいいかな」
チェックポイントNo.15付近。
ミリーと一緒にやってきたミケは、辺りに誰もいないことを確認して頷いた。
当然だ、もうすぐゴールの時間である。こんな山岳地帯に残ってる生徒はいない。教官たちですら辺りを確認して帰り始めているところだ。
「どうしたの、こんなところに来て。生徒はもういないでしょうに」
「ええ、もうすぐお昼ですからね、皆さんもう帰っていて、街中でしょう。僕もお役御免、というわけです」
先ほどのレティシアたちとの戦いで負った怪我をどうにか治したミケは、少しおどけた様子でそう言った。
に、と笑って首を傾げるミリー。
「じゃあ、またここで魔法のレッスン?」
「ええまあ、レッスンといえば、レッスンかな」
言って、少し眉を寄せて微笑む。
「さっき。実力のある相手で、2対1だと認めたうえで、やっぱり負けて悔しかった。
今、僕は誰に負けているわけにもいきません。強くなりたいんです」
「ふうん?」
ミリーはそのままの表情で、ミケの言葉の続きを促す。
ミケはすっと真剣な表情を作ると、ミリーに言った。
「稽古をつけていただくわけにはいきませんか。実地で」
一瞬の沈黙。
「…それは、あたしと戦いたい、ということ?」
「そうです」
やはり真剣な表情で頷くミケ。
「魔法は、頭で知識として覚えるものじゃない。体得するものなんだと思います。
最後に、ぜひそれを教えていただきたくて」
ミリーはにこりと笑って、言った。
「構わないわよ?」
その声音はいつもと変わらぬ、どこか楽しげな、落ち着いたもので。
「どこからでも構わないから、かかっていらっしゃい。
大丈夫よ、殺しはしないから」
「はい、よろしくおねがいします!」
ミケは元気よく言って、すっと身構えた。
2人の間に落ちた沈黙を、風が静かにさらっていく。
始めに仕掛けたのは、ミケだった。
「ファイアーボール!」
呪文と共に、ミケの前に大きな火球が現れる。
ミケの前にとどまった火球に片手をかざすと、それを維持したままもうひとつの呪文を唱えた。
「風よ、悪しき者に炎の鉄槌を!」
ごっ。
放たれた風の塊が、巨大な火球を押して威力を増し、ミリーへと飛んでいく。
ミディカたちとの戦いで使った混合魔法だ。エルフであり院生であるミディカに対しても絶大な威力を示した。
だが。
「無色の混沌!」
しゅう。
ミリーが飛んできた火球を指し示し高らかに叫ぶと、風で勢いを増した火球が軽い音と共に唐突に掻き消える。
「なっ……?!」
あっさりと呪文の効果を消したミリーを驚愕の表情で見つめるミケ。
魔法を消滅させてしまう術には覚えがある。まさか目の前の彼女も使えるとは思わなかったが。
「はい、次」
にこり。
いつもと同じ調子で、もう一度やってみろと教師のように言うミリー。
ミケはぎりっと奥歯を噛んで、次の構成を作り始めた。
「風よ、全ての穢れを吹き飛ばせ!」
ごう。
呪文と共に、大風が巻き起こりミリーに向かって吹き荒れる。
「浄化のいかずちを!」
ばりばりばりっ。
続けて呪文を唱えると、大風のに激しい雷が踊り始める。
広範囲の魔法ならば、先ほどのように消してしまうのも難しいはずだ。
すると。
「紅蓮の大旋風!」
高らかな声と共に、ミリーを中心に炎の竜巻が巻き起こり、ミケの大風と正面からぶち当たった。
ごうっ。
真正面からぶつかった二つの大きな魔法が、派手な音を立てて壁を作る。
だが。
「…んなっ」
ご。
炎の竜巻はあっという間にミケの大風を飲み込み、さらにミケを飲み込みにかかった。
「風よ、大いなる守りで炎の脅威を打ち払え!」
慌てて大風の魔法を中断し、防護魔法を唱える。
ごごご。
炎の竜巻は風の結界ごとミケを包み込んだが、程なくして消えた。
「ふぅ……」
どうにか息をついて風の結界を解くミケ。
と、そこに。
「はい、お疲れ様」
かなり近い真後ろから声がして、ぎょっとして振り向く。
と、同時に。
「永遠の紺碧!」
ぐわ。
至近距離での強烈な爆発に、たまらず吹っ飛ばされるミケ。
どさ。
10メートルほど飛んだところで、ミケの体は地面に叩きつけられた。
「ううう……」
尋常でない痛みに唸るミケ。
ミリーはミケの元に歩み寄ると、にこりと笑って言った。
「もうちょっと相手してあげたかったけど。ごめんなさいね、お客さんみたい。
ま、あとでまた迎えに来てあげるから、それまでに体治しときなさい。
それじゃあね、深緑の跳躍!」
ふ。
言いたいことだけ言い放って、さっさと転移してしまう。
ぐぐぐ。
ミケは震えながらどうにか顔だけ上げると、よれよれの声音で呟いた。
「や……やっぱり、シナリオ中に無双状態になったら、そのシナリオ中に報いは受けて、落としておかないと……」
がく。
それがミケの最後の言葉だった……
「こ、殺すな……」
「い、いよいよですね……」
「うん」
ごくり。
チェックポイントNo.1の教官に案内された校長室の前で、オルーカとカイは緊張した様子でそう言った。
「この中にある、『校長先生の像』を取って来ればいいんですね?」
オルーカの質問に、無愛想な教官はゆっくりと頷き、ぼそぼそと説明を追加する。
「ただし、ドアを開けると校長に判る仕組みになっており、一定時間が経つと戻ってくる。無断で校長室に入る泥棒にはおしおきが待っているので注意、と校長の伝言だ」
「ひゃー」
カイが小さく言って肩を竦める。
「お仕置きですかー…」
オルーカも苦笑して言って。
「どうします?やっぱりやめますか?」
「ん、大丈夫だよ。いっちょ派手に吹っ飛ばされてくるか!」
「吹っ飛ばされる前提なんですか」
軽いやり取りをしてから、カイがぐっとドアのノブを握る。
「いくよ」
「はい!」
がちゃ。
ドアを開けると、整然とした校長室の中に足を踏み入れた。
カイに続けて校長室に入ったオルーカが、辺りをきょろきょろと見渡す。
「私たちには魔道感知は出来ませんから…地道に探していくしかないですね」
「うん、そうだね」
言いながら、カイも怪しい場所はないかあちこち歩き回っている。
「カイさんは校長室に入ったことはありますか?
普段と違うものがあったりしませんか?それが怪しいんじゃ…」
「いや、残念ながらあんまり入ったことないんだ。入ったとしてもさっさと出たいし」
「ですよね……」
言いながら、引き出しを開けたり棚を探ったりする2人。
「うーん、『校長先生の像』…というくらいですから、あの素敵なミリー先生のフィギュア…じゃなくて像なんですよね」
「フィギュ………うんまあ、そうだね」
「…そういえばうちの司祭が『高湿度はフィギュアのお肌のズザ天敵!適温適湿度でガラスケースの中にしまえば埃よけもばっちりんぐ!☆(^w^)』ってキモ語りしてましたけど、これはヒントにならないでしょうか」
「オルーカ……モノマネまでしなくていいから……」
若干引き気味のカイに、オルーカはさらに拳を握って力説する。
「そう、探すならガラスケースですよ多分!あとはそれっぽいオタオーラと!」
「そ、そうかなあ……」
ぐるりと見渡すが、もちろんガラスケースなどない。
「そもそも、材質がソフビかポリ樹脂だったら湿度やホコリや手の脂で劣化するかもしれないけど、そのまんま小さい銅像とかだったら別に関係ないんじゃ…」
「カイさんも何気に詳しいですね」
「好きで詳しくなったわけじゃないよ」
「じゃあ仕方ないですね…しらみつぶしに探して」
「はい、そこまで」
唐突に背後で聞こえた声に、ぎょっとして振り向くオルーカ。
いつの間にそこにいたのか、そこには開会式のときに舞台の上で見た校長その人が笑顔で佇んでいた。
「うわ?!」
「オルーカ!」
慌ててオルーカに近寄るカイ。
が、ミリーは笑顔のまますっと手を前に出した。
「それじゃあ、2人仲良くいってらっしゃい。永遠の紺碧!」
ずどーん。
派手な爆発音と共に、2人は校長室の窓から吹っ飛ばされた。
「ふぅ、いっちょあがり。さ、ミケを迎えに行きますか」
ミリーは嘆息してそう言うと、爆発で破壊された窓をさらっと修理して、また姿を消した。
「ね、吹っ飛ばされたでしょ」
「そこは威張るところじゃないですよ…」
窓の外の植木につっこんだ2人は、意外に元気な様子でそう言いあったという。
<オルーカ・カイチーム +0ポイント 計190ポイント>
§5-5:The winner and the good-bye
「みんな、お疲れ様」
全グループがゴールし終え、リタイアした参加者以外の面々が集まって閉会式が行われた。
色々あったのか、残っているチームは当初の半分ほどになってしまっている。
ミリーは生徒たちを見渡してにこりと微笑むと、言葉を続けた。
「リタイアも結構出たみたいだけど、まずは無事ゴールしたことに、おめでとう。よく頑張ったわね」
ストレートなねぎらいの言葉に、生徒たちの表情もふっと緩む。
圧倒的な力で押さえつけるだけでないところが、彼女を校長たらしめているのだろう。
「告知には特に書かなかったけど、優勝賞品とは別に、リタイアせずにゴールした子達にも参加賞を用意したわ。
最後に受け取っていって頂戴」
ミリーの言葉に若干沸き立つ生徒たち。
「じゃあ、優勝者を発表するわね」
ミリーの一言で会場内が静まり返る。
「優勝者は……」
ミリーはもったいぶって間を空けると、高らかにその名を呼んだ。
「260ポイント、三期生、ルキシュクリース・サー=マスターグロング!」
わっ、と会場が沸き立つ。
その中心で、ルキシュとレティシアは呆然と舞台上を見つめていた。
今聞いた言葉が信じられない、というように。
だが、一足先にレティシアが我に返る。
「ルキシュ!やった、やったよ!!優勝だよ!!」
がば。
感極まった様子でそう言い、正面からルキシュに抱きつく。
今度はルキシュも動揺する暇も無く、ただひたすら驚きの表情で呆然とレティシアのされるがままになっていた。
「…まさか……」
レティシアに抱きつかれてぐりぐりされながら、呆然と呟くルキシュ。
「さ、あがってらっしゃい」
ミリーが穏やかに、ルキシュに向かって言う。
それに促されるように、ルキシュの周りの生徒たちがいっせいに拍手した。
「………」
まだ信じられない様子で、拍手をする周りの生徒たちを見回すルキシュ。
その背を、そっとレティシアが押した。
「ルキシュ、ほら、いってきて」
優しく、励ますようにそう促す。
ルキシュはまだ呆然としたまま、それでもその力に押し出されるように歩き始めた。
ゆっくりと、階段を上って壇上に上がる。
ミリーはいつの間にかトロフィーを持って、ルキシュが上がってくるのを待っていた。
ルキシュがゆっくりとした足取りでミリーの正面までたどり着いたところで、ようやく拍手がおさまる。
ミリーはにこりと微笑むと、トロフィーをルキシュに差し出した。
「おめでとう。よく頑張ったわね」
「あ……有難うございます」
優勝は当然、とうそぶいていた当初からは考えられないようなしおらしさで、トロフィーを受け取るルキシュ。
再び、大きな拍手が巻き起こる。
「賞品は、こっち。天の賢者様のマジックアイテムよ」
続いて差し出したのは、どう見てもジュエリーボックス。
静かに開けると、金色のシンプルなブレスレットがおさまっている。しかも、ふた組。
「…ブレスレット?」
ルキシュが呟くと、ミリーは微笑んで頷いた。
「そう。通信機兼、移動装置、ってとこかな」
「移動装置?」
少し驚いた様子のルキシュ。
ミリーは頷いて続けた。
「そう。このブレスレットをしている2人は、どんなに離れていても会話ができるし、片方がもう片方のいる場所まで瞬間移動することも出来るわ。移動先に障害物があっても座標軸を自動調整してくれるのよ」
「こんなに小さいのに?」
「だから天の賢者のアイテム、よ」
にこり。
ミリーは妙に嬉しそうに微笑んだ。
「使い方は後で教えるわ。大事にして頂戴」
言って、ジュエリーボックスのふたを閉じると、ルキシュに差し出す。
ルキシュは今度は無言で礼をして、それを受け取った。
再び巻き起こる拍手。
ミリーはもう一度生徒たちの方を向くと、またよく通る声で話し始めた。
「優勝できなかった子達も、あなたたちがここで頑張ったその経験が無くなるわけじゃない。
これを糧に、さらに実力を磨きなさい。
次は優勝を手に出来るように」
次があるのかよ、という空気が、生徒たちというより教員たちの間で微妙に漂うが、ミリーに気にした様子はない。
「あなたたちに、自分を磨きたいという意思があるならば、
自分の目指すところへ到達するために、切磋琢磨しあう気概があるのなら、
あたしたちはいつでも協力は惜しまないわ。
精一杯努力して、自分の夢を叶えなさい。
以上」
朗々とそう説いて、凛とした声で締めると、再び会場中に盛大な拍手が沸き起こる。
こうして、フェアルーフ王立魔道士養成学校主催・マジカルウォークラリーはその幕を閉じたのだった。
「トルスさん、色々とお世話になりました。
トルスさんに会えてよかったです」
テオはそう言って、改めて深々と礼をした。
「いえいえ、こちらこそー。
テオさんが来てくれて、助かりましたよー」
トルスもいつもの調子で、ニコニコとそう答える。
テオはトルスを見上げると、少し照れた様子で遠慮がちに問うた。
「今度、トルスさんに会いに来てもいいですか?」
「ええ、もちろん」
なおも笑顔でうなずくトルス。
「私はここにいますから、いつでも遊びに来てくださいねー。
またこういう機会があるかもしれませんしー」
「こういう機会?」
「はい、こういうイベントごとや、あるいは別のお仕事で、冒険者さんのお手伝いをする機会、ということですよー」
「ああ」
テオはパッと表情を輝かせて、頷いた。
「その時はぜひまた僕を呼んでください!いえ、依頼を見つけたら真っ先に駆けつけますから!」
「ふふ、ぜひお願いしますねー」
トルスは楽しそうに言って、それから声を穏やかにする。
「テオさんもお元気で頑張ってくださいー。
立派な治療術師になれるよう、応援していますよー」
「トルスさん……」
テオはまさかそんなことまで言われるとは思いもよらず、びっくりしたように目を見開いてから、潤んだ瞳で微笑んだ。
「ありがとうございます。
ここでの経験を生かして、立派な治療術師になれるよう頑張っていきます!」
「ええ、頑張ってくださいねー」
2人は微笑みあってから、名残惜しそうに別れるのだった。
「無事に終わったね、ウォークラリー。お疲れ様、ティオ」
「メイちゃんもお疲れはん。優勝は出来へんかったけど、楽しかったな」
「うん!」
閉会式が無事済んでから、ティオはメイの依頼料を受け取りに事務局まで行った後、メイの滞在する宿屋まで送っていくことにした。
帰りの道すがら、2人はそんな話を始める。
「まだまだ駆け出しの冒険者のわたしだけど、少しは役に立てたかな?」
「もちろんや!メイちゃんのおかげでクリアできた問題もぎょーさんあったやろ?
他のチームとバトることはあれへんかったけど、メイちゃんがいてくれて頼もしかったで」
「そう?そう言ってくれると嬉しいな」
えへへ、と照れくさそうに笑うメイ。
そんなことを言ってる間に、宿屋に到着する。
「ついちゃった……ティオ、送ってくれてありがとね」
メイは少し寂しそうに呟いてから、笑顔でティオを見上げる。
ティオもいつもの、太陽のような笑みをメイに返した。
「これくらい、お安い御用や」
その暖かい微笑が、ちくりとメイの胸を刺す。
楽しかった時間は、もう終わりなのだと。
ここで、お別れなのだと。
「あー…んーと…」
メイはなんといって言いかわからずに、視線を泳がせた。
それから、少し寂しげに苦笑して。
「これで依頼は終了だね。今度いつ会えるかわかんないけど…、またね」
「メイちゃん……」
ティオはメイの言葉に、少し驚いたように目を見開いた。
メイはそれから、にこっと満面の笑みを浮かべると、続けた。
「このウォークラリーでティオとすごした事、忘れないから。だから…また会おうね!」
ティオに向ける最後の顔が、一番言い笑顔であるように。
そう思ってメイが浮かべた笑顔は、とても嬉しそうな、暖かい笑みだった。
「メイちゃん…」
ティオはもう一度呟くと、彼も満面の笑みを浮かべた。
「せやな!依頼やのうても、また会えばええやんな!」
「え?」
「同じ街にいるんやし。ここ拠点にしとんのやろ?遊びに来てもええよな?」
「うん……うん!」
メイは少し涙目になって、しかし嬉しそうに何度も頷く。
「いつでもいるとは限らないかもしれないけど、遊びに来て!」
「おう!メイちゃんも、よかったらまた学校にも遊びに来てな。
みんなで一緒に遊ぼ。な?」
「うん!」
少ししんみりとしていた別れは、最後には再会を約束した暖かい別れとなったのだった。
「今回は本当にありがとうございました」
校門まで見送りに来てくれたカイに、オルーカは改めて丁寧に礼をした。
苦笑して手を振るカイ。
「やめてよ、お世話になったのはあたしのほうだって。オルーカがいてくれて助かったよ。
怪我もオルーカのつてで治してもらえたしね」
「お役に立てたなら嬉しいです。
私も、依頼を受ける…というより、私個人としてとても楽しませていただきました。
また、いい経験にもなりました」
「そっか。ま、確かに経験にはなったよね」
少し複雑そうに苦笑するカイ。
オルーカはふふっと笑うと、続けた。
「メイさんのことでも、カイさんと色々お話できて嬉しかったです」
「…そうだね、あたしも、色々話せてちょっと楽になったよ。ありがとね」
「私に出来ることがあれば、何でも言ってくださいね」
「……うん、ありがと」
まだ少し複雑そうな表情のカイ。
オルーカは努めて明るい表情を作った。
「またこういう一緒に戦える機会があったらなぁって思います。
もちろん、それ以外でもお付き合いいただけたら嬉しいです」
「そうだね。ま、あたしは普段学校に行ってるから、あまり依頼を受けてどっか行くってのはないんだけど、ミケと会った事件のときみたいに、あたしが依頼を出すことはこれからもあるかもしれないから、そのときにまた、オルーカに協力してもらえたら嬉しいな」
「ええ、その時はぜひ」
と、そこまで言って思い出したようにあっと口を開くオルーカ。
「そうだ、回復魔法の講義の件、もし情報あったら教えてもらってもいいですか?
少しは頑張って能力を伸ばす努力をしてみようと思うんです。
魔法苦手ですけど、今回こういう機会で魔法学校にツテができたのですから、活かさないとですよね」
「うん、もちろん。
あたしからも、やってみないか校長に提案してみるよ。
もし開催されることになったら、オルーカに連絡するからさ。
また一緒に何かやれるといいよね」
「はい、よろしくお願いします」
「ササのことも、がんばんなよ?応援してるから」
「ええっ?」
唐突に飛んだ話に、素っ頓狂な声を上げる。
「な、何をですか?」
「ははっ、まあ何かあったらまた教えてよ、ミルカと一緒に聞くからさ」
「み、ミルカさんは手ごわそうですね……」
「んじゃ、ま、ありがと。お疲れ」
カイはそう軽く言うと、ひらひらと手を振った。
「はい、カイさんもお疲れ様でした。失礼します」
再び丁寧に礼をして、その場を後にするオルーカ。
カイはその姿が見えなくなるまで、校門に佇んで見送るのだった。
「はい、依頼料」
ちゃり。
ミリーから受け取った袋は、思っていたよりも重かった。
「あれ、え、こんなにいただいていいんですか?」
確か依頼料は、自分の魔法の指導料を差し引いて、という約束だったはずだ。
ミリーはにこりと微笑んだ。
「ええ、それ中身全部銅貨だから」
「ええええ?!」
「うっそ」
「……信じたじゃないですか……」
「ミケは単純ねえ」
「自覚はありますからほっといてください」
言いながら、ごそごそと依頼料を懐にしまう。
そして姿勢を正すと、改めてミリーに礼をした。
「今回は、お世話になりました。魔法の指導も、ありがとうございました。
教えていただいたことをベースに、これからも頑張ります」
「そう、役に立ったならよかったわ。あたしもあなたを雇ってだいぶ助かったし。ありがとね」
「役に立ててたでしょうか……?」
「立ってた立ってた」
軽く笑ってひらひらと手を振るミリー。
ミケは釈然としない表情で、それでも褒め言葉と素直に受け取ることにした。
「ありがとうございます。また何かありましたら、呼ん………いや呼ばなくてもいいですけど……というかあまり呼んでほしくないですけど……」
「ミケはそろそろその心の中が駄々漏れになる癖をどうにかした方が良いわよ?」
「うわあああすみませんすみませんすみません」
すっと手のひらを上げたミリーに慌てて頭を下げる。
「では、失礼します」
そして、改めて一礼をすると、踵を返してドアへと向かう。
がちゃ。
ノブを回して、ドアを開けたところで。
「ああ、ミケ」
ミリーに後ろから呼び止められて、ミケはノブを持ったまま振り返った。
「はい?」
ミリーは、に、と意味ありげな笑みを浮かべて。
そして、一言。こう言った。
「ミシェルに、よろしくね?」
「え」
と、短い声を上げるミケ。
確かに、ミリーには、自分に風魔法を教えた友達の母、としてミシェルの話をした。
が、名前までは告げていなかったはずだ。
なのに何故、彼女がミシェルの名前を知っているのだろうか。
「………!」
そこまで考えて、瞠目する。
直接聞いたわけではないが、天使であることはほぼ間違いないミシェル。
ライバルを追いかけて、学校を辞めた――『元いた場所を出た』、ミリー。
天使のことについて、異様に詳しいミリー。
そして、彼女がミシェルの名前を知っていた、ということは。
ミリーの『ライバル』というのは。
そして、彼女も、また。
にこり。
もう一度、綺麗な笑みを浮かべるミリーに。
「………わかりました」
ミケも、困ったような苦笑を返す。
「もしお会いできることがあれば、お伝えしておきます」
ミリーも、本当にミシェルによろしくと伝言したかったわけではなかろう。
ミシェルの名前を出すことで、間接的に彼女と知り合いであること、ひいては彼女が件の「ライバル」であること、さらには自分の素性をミケに知らしめたのだ。
『決して正体を明かしてはならない』はずの彼女が、ミケを『正体を明かすに足る』と信頼した証なのである。
またひとつ、人に言えない秘密を抱えた苦みと。
そして確かに、言い知れぬ喜びが、ミケの胸に広がるのだった。
「……終わっちゃったね。何だか寂しいな」
一方、事務局で依頼料を受け取ったレティシアは、ルキシュと一緒に近くの中庭でたそがれていた。
もう日も暮れかけていて、辺りに人は誰もいない。生徒たちももう寮に引っ込んでしまっているようだ。
「………そう?」
しみじみとしたレティシアの言葉に、ルキシュはそっけなく言って顔を逸らした。
いつものそのしぐさにはもう慣れてしまったのか、レティシアは気にした様子も無く続ける。
「色々あったし、喧嘩もしちゃったけど…楽しかったね。
私も冒険者として、スキルアップしたような気がするし、ルキシュと出会えてよかったって思うわ。
何だか、もうちょっと一緒にいたい、って思っちゃうくらいよ」
「っ………」
レティシアの言葉に、ルキシュは驚いたように彼女の顔を見返し、そしてすぐに視線を逸らした。
目じりが朱に染まっているのは、残念ながら夕暮れの光の中でははっきりと見えない。
「…君は、さ」
目を逸らしたまま、ルキシュはレティシアに言った。
「もう一度、その、勉強し直す気は、ないの?」
「え?」
思いもよらぬことを言われ、きょとんとするレティシア。
ルキシュは彼女に向き直ると、何かを誤魔化すような早口で言った。
「マヒンダの学校よりはレベルが下がるかもしれないけど。
ここだって、魔道の教育は整ってる。
もう一度ここで、勉強してみる気は無い?」
そこまで言って、さらにごにょごにょと付け足す。
「……そうすれば、もっと一緒に……」
「え?なになに?ゴメン、聞こえなかったよ~。もう一回言って!」
「な、なんでもないよ!」
慌てて手を振って、どうなの、と促すルキシュ。
レティシアはうーんと眉を寄せた。
「勉強……かぁ。ちょっと興味はあるけれど、やっぱり私は冒険者として生きて行きたいの。
それに、勉強はいつだってどこだって出来るもの。色々な世界を見ながら、前に進んでいきたいの」
「……そう……」
迷い無くきっぱりと言うレティシアに、少し落胆した表情を見せるルキシュ。
が、すぐにはっと顔を上げると、顔をそむけてぶっきらぼうに言った。
「…別に、君の好きなようにすればいいと思うけど?」
言ってしまってから、複雑そうな表情になって。
「…また、校長の発案でこういうイベントがあるかもしれないし。
その時は……その、また、君を雇ってあげてもいいよ?」
やはり素直な物言いの出来ぬルキシュに、レティシアは特に気にした様子も無くにこりと微笑んだ。
「うん。どこにいても駆けつけるから。だからまた雇ってね。約束よ?」
言って、す、と右手の小指を差し出す。
「ゆびきりげんまんっ!!」
「っ……」
ルキシュは目を見開いて、しかし素直にその指に自分の小指を絡めた。
「うん!じゃ、約束ね」
「あ………ああ」
消え入りそうな声で頷く。
すでに薄闇が広がっていて、その表情は上手く窺うことは出来ないが。
「……っ、そうだ」
ルキシュは急に思い立った様子で、指を離すと手持ちの鞄を探った。
「これ」
取り出したのは、優勝賞品であるブレスレット。
「あ、優勝賞品ね。天の賢者様のアイテムなんでしょ。すごいなー」
まるで自分のことのように嬉しそうに目を細めるレティシア。
ルキシュは彼女を見つめ、やはりぶっきらぼうに言った。
「片方、持ってなよ」
「えっ?」
一瞬意味がわからず、きょとんとするレティシア。
「だから。このブレスレットは対だから、片方を君が持ってるといい」
「えええ?!」
ようやく意味を飲み込んだレティシアが大仰に驚く。
「え、でも、これルキシュのでしょ?」
「君がいなければ優勝は出来なかった。だから君のでもある」
「でも……」
「それがあれば、君を雇いたい時にすぐに連絡が取れる。君をすぐに呼び寄せることも」
「…まあ、それは確かに……」
レティシアは受け取ることに抵抗があると言うよりは、自分がもらっていいのだろうかという表情で首を捻った。
ごく。
ルキシュが、何かを決意したように表情を引き締める。
その顔は、薄闇の中でもありありとわかるほどに真っ赤で。
しかし、彼は今度は目を逸らすことなく、まっすぐにレティシアを見つめた。
「……君に、助けが必要なら。僕も、いつでも駆けつける、から」
「え……」
ルキシュの言葉に、レティシアは驚いて顔を上げた。
真っ赤だが、今まで見たこともないほど真摯な彼の表情。
彼はブレスレットの片方を手に取ると、レティシアに差し出した。
「だから、これは、君が持っているといい。………いや」
す、ともう片方の手で、レティシアの手を引き寄せて。
その手のひらに、さらりとブレスレットを乗せる。
「……君に、持っていて欲しい」
「ルキシュ……」
レティシアは再び目を丸くして。
それから、とても嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう………!」
薄い闇が、徐々に魔法学校を包んでいく。
長きに渡ったマジカルウォークラリーは、今ようやく、終わりを告げたのだった。
“Magical Walkrally!”2011.5.24.Nagi Kirikawa