Sheric=Moo Wellod

「リュートくん、テイルちゃん、やっとヴィーダに着いたねぇ」
ストゥルーの刻。
コンドルは心地よい疲れと共にヴィーダの裏通りを歩いていた。
長いエメラルドグリーンの髪を緩く結わえ、大きな紅い瞳がとても愛らしい、どう見ても10歳程度の小さな少年である。本名をシェリク=ムー・ウェルロッドというが、自らコンドルと名乗っていた。
リュート、テイルと呼んだのは、彼の両側でぱたぱたと滞空している2匹の動物。羽根の生えた猫のような外見をしているそれらは、白い毛のものがリュート、ピンクの毛色のものがテイルと名づけられていた。2匹ともコンドルに良くなついているようで、歩みの遅いコンドルの歩調に合わせてゆっくりと滞空しながら進んでいる。
「すっかり、遅くなっちゃった……お祭りも、もう始まってるね」
コンドルはそうひとりごちて、にぎやかな大通りの方に目をやる。
すでに祭りは盛況のようで、人ごみに入ると下手したら踏み潰されかねない彼は、人ごみを避けて裏通りを歩いていた。
薄暗い通り。皆祭りに出払っているからだろうか、ひとけも全くない。
「早く帰って、ご飯食べようね」
2匹にそう話しかけて、コンドルは僅かに歩みを速めた。
と。

びゅう。

「わわっ?!」
突然、目の前を何かが掠めて、コンドルは思わずのけぞった。
どす。
「あいたた……」
バランスを崩して尻餅をついてしまう。顔をしかめて上を見上げると、何かがパタパタと飛んでいた。
「な、なに……?」
大きさはリュートたちと同じくらいだろうが、真っ黒い爬虫類のような姿に大きな牙と角、こうもりのような翼を持っている。
ばっさばっさと音を立てて滞空している様子はとても禍々しく、一目で異形の化け物であるとわかった。
「も、モンスター……?な、なんでこんな街中に…」
驚きのあまり立ち上がることすら忘れて混乱するコンドル。
そんな彼をよそに、怪物はひゅっと浮き上がると、そのままコンドルに向かって突進してきた。
びゅう。
先ほどと同じ音がして、今度はコンドルめがけて飛び掛ってくる。
「うわっ……!」
コンドルは思わず目を閉じて身をすくめた。
だが。

きんっ!

鋭い金属音が響いた。
コンドルの身体に衝撃はない。
「………?」
恐る恐る目を開けると。
「きみ、大丈夫?」
コンドルの目の前には、少女が立ちはだかっていた。
灰色の長い髪に、快活そうな同色の瞳が印象的な少女だ。手には大振りのナイフ。
そして彼女の向こうでは、おそらくそのナイフに切り裂かれただろう先ほどの怪物が、苦しそうなうめき声を上げながらぶるぶると震えていた。
「ぐぎいええぇぇ!」
断末魔の悲鳴と共に、黒い塵となって空に散っていく怪物。
少女はふうと息をつくと、構えていたナイフを腰の鞘に収めた。
綺麗な銀色の、凝った装飾の施された鞘。中央には大きな金色の宝石があしらわれている。
どこかで目にしたような気がしたが、思い出せなかった。
「ふう。こういう場合、親玉がどこかにいる気がするんだけどな。下手に動きだしてないといいけど……」
眉を寄せてそう呟いてから、少女はコンドルに向き直ると、まだ尻餅をついている彼に手を差し出した。
「大丈夫?ほら、立って」
「え、あ、は、はい…」
呆然としたまま、言われるままに手を取って立ち上がるコンドル。
少女は立ち上がったコンドルのローブについた土埃を丁寧に払ってやると、身を起こして両手を腰にやった。
「こういうところは危ないから、あんまり近付いちゃだめだよ?」
「あ、は、はい……え、えと、た、助けてくれて、どうもありがとうございました」
コンドルがぺこりと頭を下げると、笑みを浮かべて。
「ううん、私は当然のことをしたまでだよ。それに…ね」
言葉の先は視線を逸らして濁して、少女は改めてコンドルに微笑みかけた。
「それじゃ、気をつけてね!」
そして、元気よく手を振りながら踵を返し、足早に去っていく。
コンドルはその後姿を見送りながら、小さく首を傾げた。
「あの……剣。どこかで見たような気がするんだけどなぁ…」
しかし、記憶を辿ってみても思い当たるものはなく。
コンドルは首をひねったまま、再び歩き出すのだった。

「わ、わわ……っと…あの、ちょ、通してくだ……わわ」
宿泊している真昼の月亭に行くために、大通りを通らねばならなかったコンドルは、案の定人ごみにもみくちゃにされていた。
「さ、さすがに、この時間は……ひとが、たくさんいるなぁ…リュートくん、テイルちゃん、しっかりついてきてね…」
コンドルに言われるまでもなく、2匹はコンドルの頭の上をぱたぱたと飛んでいる。この高さなら人に揉まれることもない。むしろコンドルが踏み潰されないか心配だが。
「よいしょっ……と、わ、あぁっ」
人をかき分けた拍子に、躓いて転びそうになるコンドル。
そこに。
「おっ……と」
「わ」
ちょうど正面にいた人物がコンドルを支えてくれ、事なきを得る。
「……大丈夫?」
「は、はい、あの、ありがとうござい……あれ」
コンドルは真っ赤になって礼を言おうと顔を上げ……そして、きょとんとする。
「じ、ジルさん」
「………コンドル」
コンドルを支えてくれたのは、今まで幾度か依頼を共にした少女、ジルだった。
「お、お久しぶりです。お元気にして…ま……」
旧知の顔に出会え、コンドルは満面の笑みで話しかけ……しかし、ジルの表情の暗さにとたんにそれを引っ込める。
「ど、どうしたんですか?ジルさん…か、顔色が良くないみたいですけれど……」
コンドルに指摘され、複雑そうに視線を逸らすジル。
「それが……」
「と、とにかく、あの、こ、ここは人が多いんで」
コンドルは慌ててジルの袖を引っ張り、進行方向に促した。
「ま、真昼に行きましょう。あ、あそこなら、ゆっくり、お話できますから。ジルさん、あの、ご、ご飯は食べましたか?」
「……そういえば…朝食べたきりだ……」
「そ、それはダメですよ!さ、は、早く行きましょう!」
「………」
ジルはまだ浮かない表情で、それでもコンドルに引っ張られるまま、大通りの人ごみを抜け出すのだった。

「…あの、そ、それで、何が…あったんですか?」
真昼の月亭。
大通りから少し外れたところにあるだけあって、祭りの最中でもここは静かなものだ。看板娘のアカネに適当に出してもらってから、コンドルは改めてジルに向き直った。
「あ、あの、も、もちろん、あの、話したくなければ…その」
「…………剣が」
「えっ」
「………剣が、なくなった」
「剣……って……」
「……アルフィニク。以前、新年祭の時に…取り返すのに協力してもらった…」
「えっ、あ、あの時の剣なんですか?」
「………ん、そう」
ジルはいつもの無表情だが、顔は青ざめていて、一目で気落ちしているとわかる。
「朝……起きたら、無くなってて。状況からして…盗まれたみたい、なんだ」
「そう……なんですか……」
「一日中…探して……何人か、見た人はいたんだけど……結局、足取りはつかめなくて…」
ふ、と疲れたようにため息をつくジル。
コンドルも心配そうに、ジルの顔を覗き込んだ。
「あの、剣……すごく大事だって、言ってましたよね……」
「……うん」
「なにか……その、いわれのある、剣なんですか……?」
「いわれ……っていうか……」
ジルは僅かに顔を上げ、どこか遠くを見るような目をした。
「大切な……親友から、もらったもの…なんだ」
「親友……」
コンドルが繰り返すと、ゆっくり頷いて。
「私……物心ついたときには、孤児院にいたんだ」
「えっ……そ、そうなんですか」
コンドルは少し驚いたようだった。
ジルは頷いて続けた。
「何でかは…わからない。捨てられていたのかもしれないし…両親が亡くなって引き取られたのかも…それは、どうでもよかったんだ。
でも……今も、あまり変わらないけど……私、人と付き合うのが、あまり得意じゃなくて…1人で本ばっかり読んでた。
そんな私を気遣ってくれて…外に引っ張り出してくれて……私に、居場所を与えてくれた……
…それが、エレーナ、だったんだ」
「エレーナ……さん……」
ぽつりと名前を繰り返すコンドル。
ジルは再び遠い目をした。
「アルフィニクは、エレーナが私にくれたもの……高価かどうか、武器として強いかどうかは、関係ない……
……私にとって、とても大事なもの…だから、どうしても……取り戻したいんだ……」
「ジルさん……」
痛ましげにジルを見やるコンドル。
「あ、あの、エレーナさんとは……今でも会ったりしてるんですか?」
少しでも明るい話題を、と思い、精一杯の笑顔で水を向けてみるが、ジルはまた俯いて首を振った。
「エレーナは……もう、この世にはいないんだ」
「えっ……」
「病気で……あっけないものだった。
私はエレーナが死んでから、孤児院を出て……それから、一度も戻ってない」
「そ……そうだったんですか……」
さらに暗い話題に沈んでしまい、しゅんとうなだれるコンドル。
ジルは続けた。
「アルフィニクは…エレーナが、死ぬ前に私にくれた……形見、なんだ…」
「そう……なんですね……」
コンドルは暗い表情で呟いてから、また精一杯笑顔を作った。
「あの、エレーナさんって…ど、どんな人だったんですか?」
「そうだな……」
ジルは、すいと視線を滑らせて記憶を辿った。
「見た目は、本当に儚げで…かき消えてしまいそうな感じだったんだ。
でも、明るくて、行動的で…孤児院にいた他の子の面倒も良く見てた。
病気がちなくせに動き回るのが大好きで……いつも、勝手に抜け出して、動き回って…体調を崩して……」
懐かしげな表情で、親友の思い出を語るジル。
その表情は、先ほどより少し柔らかくて。
コンドルも思わず頬を緩ませる。
「ジルさんと…お、同い年くらい、だったんですか…?」
「年は教えてくれなかったけど、私よりちょっとだけ年上みたいだった。
さらさらの灰色の長髪で、それにあこがれて私も髪を伸ばしていたこともあったな…」
言いながら、自分の短い毛先を弄ぶジル。
そうしてから、ふ、とまたため息をつく。
「あの剣が……私とエレーナを繋ぐ、唯一のものだったんだ」
穏やかな表情は、また僅かに辛そうな無表情に変わって。
「あれがなくなったら……私とエレーナの繋がりが…消えてしまう……
エレーナは、幻だったんじゃないかって……私は、本当はずっと一人ぼっちだったんじゃないかって……そんな風に、思えて……」
ことん。
ジルは涙をこらえるように、両手で額を覆って、肘をついた。
かける言葉が見つけられずに、おろおろとそれを見やるコンドル。
だが、やがて。
「……あ、あの、ジルさん……」
コンドルはおずおずと、ジルに話しかけた。
肘をついたまま無言のジル。
コンドルは構わず話し続けた。
「あの……あの、えっと……ぼ、ボクにも……あの、父さまと母さま、いないんです…」
「……え?」
コンドルの言葉に、顔を上げるジル。
コンドルは苦笑した。
「ボクがちっちゃい時に……えと、2人とも…亡くなって。
ボク、すごく……すごくすごく悲しくて、ずっと何も考えられなかったことがあったんです」
コンドルも、何かを思い出すように視線を彷徨わせて。
「母さまのいない世界なんて、生きててもしょうがないって…思ってて。
ずっと…誰も、誰とも話しませんでした。暮葉ちゃんと会った頃には…もう、だいぶ良くなってたんですけど」
「……そう」
ジルはコンドルを見つめ、淡々と相槌を打つ。
コンドルは続けた。
「ぼ、ボク……実は、今日、帰ってきたところなんです。
あの……お墓参り、から」
「…お墓参り?」
「は、はい。ここから…えっと、馬車で1週間くらいのところなんですけど。
お墓って言っても……あの、木が…2本、寄り添って立ってるだけなんです。
昔……ボクたち家族が、住んでた場所に」
「……コンドルの、家……?」
ジルの問いに、こくりと頷くコンドル。
「どこで生まれたのかまではわかりませんけど、ボクの記憶はあの場所から始まってるんです。
……今はもう、その家はありませんけれど」
「そう……」
コンドルは、はは、と照れたように笑った。
「実は…ボクも、初めてだったんです。父さまと母さまが亡くなってから…あの場所に、行くのが。
だから、父さまと母さまのお墓の側に、誰かがちょっと泊まれるようにって小屋を建ててくれてることとか…知らなくて。
お墓にも、果物とか、弓とか…いっぱい、お供えしてあって……ボクの他にも、父さまや母さまを大事に思ってくれてる人がいるんだって…嬉しくなりました」
「そうだね……」
「ボク、お墓参りなんて初めてで……ちょっと、手間取っちゃいましたけど。
一生懸命、お掃除して…お祈りしてきました。父さまと母さまの魂が、安らかに眠れるように…」
「……そう」
ジルの相槌が、少し寂しげな響きを帯びる。
「そ、そ、それでですね!」
それを打ち消そうとでもいうように、コンドルは身を乗り出した。
「と、父さまと母さまのお墓には、生前、父さまが使っていた剣と、母さまがいつもしていたペンダントが飾ってありました。
もう、ボロボロに錆びちゃってましたけど……それに触った時、なんだか、懐かしい気持ちがしたんです」
「………」
コンドルは少しだけ嬉しそうに、胸の辺りでぎゅっと手を握りしめた。
「なんだか、父さまと母さまが側にいてくれるみたいな……不思議な、気持ちでした。
ボク、なんでずっとお墓参りに行かなかったんだろう……母さまがいなくなったの、認めたくなくて…ずっと、行ってなかったけど……こんなに、母さまを近くに感じられるなら、もっと早く…来ていれば良かったって。そう思いました」
「コンドル……」
「で、でも、ジルさん」
そこで、再び表情を引き締めて、ジルの方を向くコンドル。
「でも、きっと、父さまと母さまは、い、いつでも……そばに、いるんだと思います」
「…いつでも……?」
「はい」
ゆっくり頷いて。
「す、姿は…見えなくても……声は、聞こえなくても……幻みたいでも、きっと……いつでも、そばにいてくれるんです。
エレーナさんも……き、きっと。ジルさんの、すぐ、そばに」
「コンドル……」
「父さまと母さまの形見は……2人をすぐ近くに感じるための、き、きっかけ…?だと、思うんです。
それは…ジルさんの、アルフィニクも……きっと」
「………」
「…ジルさん、これ」
コンドルは言って、いつも持っている宝石のあしらわれた杖を手に取った。
「これ……母さまの、形見なんです」
「………」
黙って杖を見下ろすジル。
コンドルは大事そうにその杖を両手で包み込んだ。
「今日は……フルーさまが、あの世とこの世を繋ぐ川を作ってくれる、んだそうですね。
ぼ、ボク……この杖を、持ってれば……なんだか、母さまに会えるような……気が、するんです」
「コンドル……」
ジルは杖からコンドルに視線を動かした。
にこ、と笑うコンドル。
「だ、だから……きっと、ジルさんも……エレーナさんに、会えますよ。
諦めちゃ……だ、ダメです。
エレーナさんに、会うために……必ず、剣…取り返しましょう」
ね。
にこり、と励ますように微笑むコンドルに。
ジルの表情も、ふ、と僅かに柔らかくなった。
「………わかった。ありがとう……コンドル」
「が、が、がんばりましょう!」
ぎこちないながらも張り切っている様子で、立ち上がるコンドル。
ジルはきょとんとしてコンドルを見た。
「……何でコンドルが頑張るの?」
「えっ」
コンドルもきょとんとし、それから真っ赤になって慌てた。
「そっ、それはその…えと、1人よりは2人の方が、そ、その……いいですから」
「それは……そうだけど。でも、いいの?……今日は、お祭りなのに」
「だ、大丈夫です。ジルさんの剣の方が、大事ですから」
真剣な表情で言うコンドルに、今度はジルの方が面食らった表情をする。
しかし、すぐにふっと表情を和らげた。
「…そう。……ありがとう」
「い、い、いえっ。と、当然のことですっ」
再び慌てた様子のコンドル。こほ、と咳をして、気を取り直して。
「えっと、その、アルフィニク…って、どういう剣…でしたっけ?」
新年祭のときに見たが、あの時はとても慌しく、とてもゆっくり眺めるどころではなかった。
改めて問うと、ジルは頷いて説明した。
「ええと…大きさは、このくらいで…銀色の鞘で、複雑な模様が入ってて…真ん中に、これくらいの大きさの金色の宝石が……」
「えっ……」
目を丸くするコンドル。
「…そ、その剣……き、今日、ボク、見ました…!」
「えっ」
ジルは驚いて身を乗り出した。
「ジルさんに会う、少し前に…ぼ、ボク、モンスターに襲われて……それで、その剣を持った人が助けてくれたんです」
「そう……」
剣を盗んだはずの人物に助けられた、という、一見奇妙な話も、ジルは心当たりがあるのか、驚いた様子はなかった。
「…その人……どこに?」
「あ、案内します!」
コンドルが駆け出すと共に、ジルも立ち上がって足を踏み出す。
慌しくカウンターに会計を置いていくと、2人は夜の街に再び駆け出していくのだった。

「こ、この辺りだったはずなんですが……」
ジルとコンドルは、コンドルが謎の少女に助けられた路地裏にやってきていた。
しかし当然ながら、辺りには誰もいない。あれからさらに夜も更け、路地はさらに暗くなっている。
「…その人は、どっちに?」
「あ、あっちの方に行ったと思います…」
少女が去って行った方向を指差して、コンドル。
「…わかった」
言うが早いか足を踏み出そうとしたジルを。
「ま、待ってください、ジルさん」
コンドルが呼び止め、ジルは足を止めて彼を振り返る。
「そ、そっちには、リュートくんとテイルちゃんに行って探してもらいましょう。
て、手分けを、したほうが……」
必死に言うコンドルに、ジルはすぐに頷いた。
「…わかった。お願いできるかな…?」
「は、はい。それじゃあ、リュートくん、テイルちゃん、お願い」
ぎゃー、という返事を残し、コンドルの命令通りに飛び去って行く2匹。
「…じゃあ、私達は……どうしようか」
とはいえ、手分けをするにしてもあてがあるわけでもなく。
すると、コンドルがぽんと手を叩いた。
「あ、そ、そうです!パフィさんの占いを頼ってみたらどうでしょうか?」
「……パフィの?」
「は、はい!し、新年祭のときもお世話になりましたし…こ、今回も……」
「そう……だね…」
パフィとは、新年祭のときもジルの剣を探す手がかりをくれた占い師だ。その腕前はよく知っている。
「…じゃあ、探してみよう…パフィの、占い館…」
「は、はい!」
2人は、再びその場から駆け出した。

「いらっしゃいませーなのー」
パフィの占いテントが、新年祭のときほど混雑していなかったのは幸いだった。
そう順番を待たずにテントの中に入ることが出来、笑顔で迎えたパフィにコンドルもやはり笑顔を返す。
「あの、こ、こんばんは、パフィさん」
「あー、コンドルー。お久しぶりなのー」
嬉しそうに笑みを深めるパフィ。
「そっちのコはー、ジル、だったのねー?お久しぶりなのー」
「……覚えてて、くれたんだ……久しぶり」
ジルも無表情のまま僅かに礼をする。パフィが関わる依頼を受けたコンドルと違い、ジルは新年祭のときに一度会ったきりだ。たくさんいた客のうちの一人だったし、覚えていないものと思っていたが…ジルは少しだけ嬉しそうだった。
「今日はどうしたのー?また、探し物ー?」
「……実は、そうなんだ」
ジルはうなずいて言い、パフィのテーブルの正面にある椅子に座った。
「前に、探してもらった、あの剣……また、無くなってしまったんだ。
どこにあるのか……探して欲しい」
「わかったのねー」
真剣な表情のジルに、パフィは笑顔で頷いて、目を閉じた。
白い手袋をはめた手が、テーブルの上にそろえて詰まれたカードの上にかざされる。
ふわり。
カードが浮き上がり、その中の何枚かが抜き出てテーブルの上にゆっくりと着地する。
パフィは神妙な表情で、そのカードを1枚1枚めくりながら、言葉を紡いでいった。
「……フルーの力を受けて……動く。大切な人……姿は見えないけれど、いつも共に在り、支えてくれている人……今夜は、特別な夜。会いたい人のことを強く想えば……つかの間の奇跡を見ることが出来る……」
「……」
パフィの言葉に、ジルは何か思うところがあるらしく、静かに目を見開いた。
ジルに視線を戻すパフィ。
「ジルの剣、動いてるみたいなのねー。でもそれは、悪意があってのことじゃないのー。
ジルが、会いたいって強く想えば……きっと、ジルにはわかるはずなのねー。
『彼女』が、どこにいるか……」
「……っ」
がた。
ジルは勢いよく立ち上がった。
「じ、ジルさん?」
驚くコンドルには構うことなく、テーブルに手をついて立ち上がった姿勢のまま、目を閉じる。
パフィはニコニコと、それを見守っていた。
「……この、近くにいる」
「そうなのー」
「……ありがとう。これ、お代」
ちゃり。
ジルは財布からあわただしく銀貨を出すと、くるりと踵を返した。
「あ、じ、ジルさん!ま、待ってください!」
そのままテントの外へ駆け出すジルを、慌てて追うコンドル。
「がんばるのねー」
パフィの呑気な声が、その背にかけられていた。

がしゃん。どす、どん。がき。
ジルの走っていく先から、派手な音が響いてくる。コンドルは息を切らせながら必死でジルの後を追った。
たっ。どす。
「はわ」
突然ジルが足を止め、勢い余ってその背にぶつかるコンドル。
「じ、ジルさん、どうし……うわ」
そこは、ちょっとした空き地のようになっていた。
向こうには建物。廃墟なのだろうか、薄汚れた壁に、無残に割れた窓が痛々しい。その向こうで白衣を着た誰かが昏倒しているような気がしたが、とりあえず今はそれはどうでも良かった。
「な、な、な、なに、これ……」
空き地の中央には、3メートルはあろうかという巨大な男が立っていた。レスラーのように盛り上がった筋肉に、申し訳程度に下半身を隠す布地。顔にも何か布がかぶせられていて、その造形まではうかがえない。
そして、その巨大レスラーの前に立ちはだかっているのは……先ほどコンドルを助けてくれた、あの少女だった。
自分の身長のゆうに3倍はある巨大レスラーを前に、ひるむことなく剣を構えている。もちろん、ジルの剣――アルフィニクだ。
とす。
ジルは信じられないといった表情で、呆然と足を踏み出した。
「ジルさん……?」
心配そうに見上げるコンドル。
それには構わず、ジルは声の限りにその名を呼んだ。

「……エレーナ……!!」

「えっ……」
その名に驚くコンドル。
それは、間違いなく。さっきジルが話していた、病で亡くなった親友の名で。
しかし、少女はジルの声に驚いて振り返った。
「…ジル?!」
「エレーナ!」
「なんでここに……っきゃ!」
ごす。
巨大レスラーが大振りのモーションでエレーナに拳を繰り出す。
驚いたものの、大雑把な動きにあっさりかわすエレーナ。
「ふぅ、あぶないあぶない。動きが鈍いのが救いだね」
レスラーから距離を取って、剣を構えなおすエレーナ。
ジルはその場に立ったまま、エレーナに問うた。
「……これは……?!」
「なんか、魔物の親玉!あっちでのびてる白衣の変な人が呼び出したみたいなの!」
「ああ……」
何か心当たりがあるらしく、ジルは建物の中でのびている白衣の人物にちらりと目をやった。
「今日はフルー様が道を作ってくださる日だから、そういうの喚び出しやすいんだ。つられて小さな魔物もあっちこっちに出てくるし」
「ああ……それで……」
エレーナの言葉に、コンドルも納得する。小ぶりのものとはいえ、何故あんな街中にモンスターが現れたのか。
そして、エレーナはそのモンスターを、ジルの剣を使って退治して回っていたのだ、と。
エレーナは油断なく構えながら、苦笑して言った。
「さっすが親玉だけあって、かったくてさー!あの胸の宝石が核だと思うから、あれをどうにかすればいいと思うんだけど…っと!」
ごすん。
また大振りのモーションで拳を繰り出す巨大レスラー。
今度は余裕の表情で、エレーナはひらりとそれをかわした。
怪我こそしていないものの、あの体格差ではいくらエレーナが剣を持っているとしても圧倒的に不利だ。
どうしよう、とコンドルがおろおろしていると。
「私も……っ」
ジルは決然と言って、足を一歩踏み出した。
「じ、ジルさん?!」
慌てて止めるコンドル。
「ぶ、武器もないのにどうやって戦うんですか!?」
「…これでも投げれば、注意くらいは引ける」
言って、足元の石を拾うジル。
コンドルは驚いて首を振った。
「む、無茶ですよ!って、じ、ジルさん!?」
コンドルの静止も聞かず、ジルは大きく振りかぶって手の平ほどの大きさの石を思い切り投げつけた。
びし。
石は巨大レスラーの腕に命中し、のそり、とその首がジルのほうを向く。
「ジル?!」
「ジルさん!」
コンドルも、エレーナも驚いてジルを振り返る。
ジルは真剣な表情で、エレーナに向かって言った。
「……私、逃げないから」
「わかってる。ジルは強い子だもんね」
にこり、と微笑むエレーナ。
「…でもこのままじゃ勝てないよ。私の……って、ジル、危ない!」
ゆら。
ジルの方を向いていた巨大レスラーが、やはり大振りのモーションでジルに向かって拳を振り下ろした。

「陽よ、劫火を纏いし鳥となり捉えし全てを焼き尽くせ!!」

ごう。
コンドルの呪文と共に、巨大な鳥の形をした炎が巨大レスラーに向かって飛んでいく。
ぐおおお。どすん。
炎が身体を掠めていき、レスラーは苦しみもがいて倒れこんだ。
「コンドル……!」
ジルとエレーナがコンドルを振り返る。
コンドルは肩で息をしながら、真剣な表情でジルに言った。
「…ぼ、ボクもお手伝いします!!」
しばしの沈黙の後、ふ、とジルの表情が和らぐ。
「……ありがとう」
「今だよ、ジル!」
ジルの元に、エレーナが駆け寄った。
「今から私の言うとおりにして!事情は後から説明するから!」
エレーナの言葉に、表情を引き締めるジル。
「……勝算は?」
「ジル次第かな?」
エレーナはおどけた風に笑って、両手でアルフィニクを構えた。
「一緒にこれを握って。後は、強く念じるだけでいい。あの魔物を倒したいって」
「……わかった」
エレーナの手を包み込むように、手を重ねるジル。
「準備はいい?」
「……いつでも」
ふ、と。
2人を中心に、何か大きな力の揺らぎを、コンドルは感じた。
「大いなる自然よ、広大なる世界よ、小さき勇者に僅かばかりの力を貸し与えたまえ!」
エレーナの澄んだ声が響き渡り。
「一撃…突貫……!」
ジルの気合がほとばしる。

『ユニコーンインパルス!!』

二人の声が同時に響き、アルフィニクが大きな光の槍に変化したように見えた。
ざす。
地に伏した魔物の鋼の筋を貫き、胸の宝石に深々と食い込んで。
ぱきん…!
鋭い音を立てて宝石が砕けると共に、ぐわ、という鈍い音がして、魔物の身体は砕け散った。

はあ、はあ。
散って消えていく爆音に、ジルの息遣いだけが残されていく。
コンドルは呆然と、その様子を見ていた。
アルフィニクを構えたままのジルの頭に、いつの間にか手を離していたエレーナが、ぽん、と手を乗せて。
「がんばったね」
「エレーナ……」
ジルは呆然とした様子で、彼女の名前を呼んだ。

「ジルさん……」
コンドルは胸が温かくなるのを感じながら、呟いた。
ここは、二人だけにしておくのがいいだろう。
そっと踵を返し、足を踏み出す。
辺りはもう、すっかり暗くなっていた。
祭りの喧騒が遠くに聞こえる。
見上げれば、星が綺麗に輝いていて。

『………』

ふと、遠くのほうから、何か声が聞こえた気がして、コンドルは足を止めた。
「………?」
きょろきょろと辺りを見回す。
しかし、誰も見当たらない。幻聴だろうか。
そう思っていると。

『……リー…………シェリー……』

本当の名の愛称を呼ばれ、目を丸くするコンドル。
同時に、手にしていた杖がほのかに光を放っていることに気づいた。
先端に青い宝石があしらわれた、木の杖。
先ほどジルに話した……母の、形見の杖。

「……か……母、さま……?」

呆然と、コンドルは呟いた。
今日は、年に一度、亡くなった魂がフルーの河を通って帰ってくる日なのだという。
人の目には見えない、ほのかに光る蝶となって。
決して眩しい光ではない…蛍のように淡く光る杖は、その見たことのない魂の蝶を思わせた。
『シェリー……大きくなったわね……』
優しく響く声。
遠い遠い、忘れてしまったはずの記憶が呼び覚まされる。
「母さま……母さま……!」
ほろり。
大きな紅い瞳から、涙が零れ落ちた。
『シェリー……よかった。もう一度…あなたに声を届けることが出来て』
「母さま……ボク、ボクも……っ、母さまの声……もう一度、聞ける…なんて、っ」
嗚咽の混じる声で答えるコンドル。
「で、でも、どう、して……?」
『…あの、剣の女の子。あの子がもう一度人の形を取ることができた、その力を…少しだけ、分けていただいたの』
「え、エレーナ…さん、の」
『シェリー』
母は優しく、コンドルに語り掛けた。
『わたしたちがいなくなった後のあなたを……とても、とても心配していたの。
でも……本当に、大きく…強くなったわね、シェリー』
「母さま……」
『これから…もっともっと、辛いことも、困難なこともあるでしょう。
わたしたちは、もうあなたになにもしてあげられない………』
母の声が、悲しげな響きを帯びる。
「母さま…」
『でも』
悲しそうに眉を歪めたコンドルに、母の声はまたやさしく響いた。
『わたしたちは…いつでも、あなたを……あなたと、お兄ちゃんを見守っているわ』
「母さま……!」
『シェリー……どうか……幸せに………』
母の声は次第に小さくなっていき、やがて消えた。
杖を見下ろせば、杖が放っていたほのかな光も消えている。

「母さま……」
コンドルはあふれる涙をぬぐって、安らかな表情でその杖をぎゅっと抱きしめた。

「母さま………ありがとう……」

夜空の星が、それに答えるように、きらりと瞬いた気がした。