エピローグ-ミケ-
「レティシアさんへ、と……」
ミケは宿の自室で、レティシアにあてて手紙を書いていた。
昨日までは、自分の気持ちに整理がつかなくて、彼女に対してどうしたらいいのかもわからなかった。
だが、今なら…自分の素直な気持ちを、彼女に伝えることが出来るかもしれない。
今はまだ。
気になる存在ではあるが、恋ではないから。
だからあそこで、レティシアがいなくなるのを見送れたのかもしれない。
ただ、自由を、彼女らしさを失わせるようなら……自分で自分を許せなくなりそうで。
だから、今は……もう少し、自分で自分の気持ちに蓋をしておこうと、思った。
もっと別の答えが見つかると良いなと思いながら。
『…お久しぶりです。お元気ですか…?』
エピローグ-リィナ-
「ん………」
窓から差し込む日差しに、夢の世界から意識を引き戻される。
まだ頭がはっきりしないまま起き上がると、なにやらいい香りがする。
「はれ……」
いつもは朝起きたら自分でココアを入れるのが日課なのだが。
このココアの香りは……
「…おはよう、リィナ」
台所から、マグカップを2つ持ったショウが現れ、リィナは完全に目を覚ました。
「お兄ちゃん…!」
目が覚めても、兄がいること。
おはようと言ってくれる人がいること。
そんなことが、こんなにも胸を暖かくしてくれる。
リィナはマグカップを受け取ると、満面の笑みを浮かべた。
「おはよう、お兄ちゃん…!」
エピローグ-アルディア-
「……ふむ、何とかなりそうだな」
クライアントからの書状を確認し、アルディアは頷いた。
三度材料を台無しにしてしまい、さすがにこれ以上は…ということで、クライアントに期限の延長を申し出たのである。
無事に了承の返事を得られ、ほっとするアルディア。
「報酬を貰ったら、エルブランに立て替えて貰った金を返さねばな……」
呟いて、微笑する。
ドタバタしたが、いい年末だった…と思う。
今年も良い1年が過ごせるといい。
アルディアは心から、そう思った。
…まあ、アトリエは瓦礫と化してしまったわけだが。
「…その前に、この惨状をどうにかせねばな……」
エピローグ-ケイト-
「ふぅ!さーてと、次はどこに行こうかねえ!」
再びウェルドの港にやってきたケイトは、心地良い海風にうーんと伸びをした。
「そういえば……帰ってきた時も、ここでセレさんを見たんだったねぇ…」
そんなことを思い出し、少し感傷的になる。
ケイトの料理を食べはしたものの、自分の感想は述べなかったセレ。
それは、彼女に『自分の意思』というものが存在しないせいなのはわかっているのだが。
「まだまだ功夫が足りないけどね、もっともっと料理の修行を積んで……いつかセレさんに『美味しい』って言わせてみせるさ。
だから覚悟しておきなよ?本気と書いてマジって読のさ……わはははは~♪」
ケイトは空のかなたに向かって言った。
この言葉が、遠い空の下にいるセレに届くと良いと思いながら。
エピローグ-暮葉-
「今回は、本当にお疲れ様でした」
暮葉はそう言うと、深々とキィリアに礼をした。
本来ならば、喫茶ドラセナは新年祭いっぱいは…すなわち、ミドルヴァースの第5日までは営業しているはずだったのだが。
この惨状でそれどころではなく、壊れてしまったものを片付けるのに精一杯だったのである。
片付け終わり、キィリアも雇っていた臨時従業員に給金を出して、随時解散、という流れになっていた。
「ご一緒に働けてとても楽しかったです。またお会いできる日を楽しみにしています」
「ああ、はいはい、ご苦労さん」
キィリアはドライな様子で暮葉に手を振った。
「あの…セレさんは…?」
「ああ?アイツは初日だけの臨時要員やねん。もうおれへんで」
「そうですか…いろいろと助けていただいて、お礼を申し上げたかったのですが…」
暮葉は残念そうに言い、そして改めてキィリアに微笑みかけた。
「キィリアさん、またのお誘いを楽しみにしていますね」
「誘ってやってもええけど……」
キィリアは胡散臭そうな表情で、暮葉を見た。
「…あの、酔っ払ったようになるのんだけは、勘弁な?」
「あはは…すみません。ご迷惑おかけして。すこし、はしゃぎすぎちゃいましたか…?」
「少して……文字通り豹変しとったやないか。というか、今のその態度は猫かぶってるんか?」
薄気味悪そうに見やるキィリアに、苦笑する暮葉。
「ふふ、猫かぶりって言われたのは初めてです。実は自分でもあまり意識的に変えられないんですよ」
「よぅわからんやっちゃなぁ。もしかして二重人格、とかそんなんか?」
「あ、だいたいそんな感じに近いんです」
「せやったらとっとと直しや……怖いでホンマ……」
キィリアの言葉に苦笑し、暮葉は再び頭を下げた。
「またお会いできるときまでには落ち着けるようにしますね。では失礼します」
「ふぅ……」
大通りを離れたところで、ふっと空を見て息をつく。
「二重人格なんかより複雑、じゃなくて簡単な話なんだけどな……。ねぇ、紅葉。私とあなたがいる、ただそれだけよね」
暮葉は胸の辺りを押さえて、そう呟いた。
「まぁ、たまに出てくれば派手な行動ばかり起こそうとするのは本当に困りものなのだけど……」
エピローグ-ヴィアロ-
ぼー………
アリスを乗せたオルミナ行きの船が、どんどん遠くなっていく。
それを見送りながら、ヴィアロはふ、とため息をついた。
髪には、新年祭の出店で取った、空色のビーズが飾られている。
「……結局、飾る事になっちゃった」
それを指先で弄びながら、ヴィアロは複雑そうに笑った。
「今まで、こんな事なかったのにね……」
もしかしたら、このビーズをつけることは無いのかもしれない。
そう期待させてくれたこの空色は、結局ヴィアロの髪を飾ることになった。
「……うん、でも、いいんだ。それでも……」
それでも。
『妹』の記憶は、確かにここにあって、今もヴィアロの胸を暖めてくれるのだから。
他の…さまざまな記憶と共に。
「――――元気でね、アリス」
遠くに旅立った『妹』に、ヴィアロはもう一度、別れの言葉を呟いた。
エピローグ-クルム-
「じゃあ、気をつけるのよ?」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、行ってくるわね」
下宿先の店主夫人に見送られたクルムとテアは、新年の挨拶をするべく故郷への道のりを歩き出していた。
2人とも、故郷での新年の挨拶は少し遅れてするのが習慣になっている。しかし、少々距離が離れたところにあるから、帰るには少し時間が必要で、ちょっとした旅装備になるのだ。
「じゃあ、ここでお別れね」
街道の交差点まで来て、テアは名残惜しそうにクルムの方を振り向いた。
「道中気をつけてね、クルム」
「うん、テアも気をつけて」
「じゃあね」
手を上げて踵を返したテアを、クルムは立ったまま見送る。
その髪には、自分があげた銀の髪留め。
胸の中に、じわりと暖かいものが広がっていくような感じがして、クルムは目を細めた。
今年も、こんなに暖かい気持ちを、ずっと持ち続けられたらいい。
そんなことを思いながら、クルムも踵を返し、故郷への道のりを踏み出すのだった。
エピローグ-オルーカ-
「でね、パパったら酷いのよ!彼のこと締め出しておいて、私には彼は帰ったよ、なんて言うの!」
「あはは、それは酷いですねえ…」
バカンス先から帰ってきたレオナと、カフェでお茶を飲みながら。
オルーカはレオナの旅の土産話を聞いていた。
もっとも、旅の話というよりは、旅先で出会ったボーイフレンドの話が主だったのだが。
と。
「あ……ササさん!」
オルーカは人ごみの中にササを見つけ、立ち上がって声をかけた。
名前を呼ばれたササは、オルーカのほうを見て…始めは『誰?』という顔をしていたが、ややあってオルーカだと理解すると、笑って手を振り、駆け寄ってきた。
「オルーカか!そうだよな、オルーカ。はは、なんか変な感じだなぁ」
「ふふ、そうですよね。この姿の私とお話しするのは初めてですから」
「…あ、そうだ。例のアルディア先生の『薬』納品さ、なんとかなったみたいだから」
「そうなんですね!良かった…」
と、二人が話していると。
つんつん。
レオナが袖を引っ張ってきたので、オルーカはそちらを向いた。
「……どなた?」
「あ、えーと。ササさんです。年末に知り合った方で…」
「そうなの!」
レオナは何故か満面の笑顔で、ササにぺこりと礼をした。
「私、レオナ・ウィルウッドよ。よろしくね、ササさん」
「ああ、よろしく」
「良かったらササさんも一緒にお茶しない?」
「お茶かぁ。そうしたいとこだが、年始試験に使う薬の材料を仕入れに行かなきゃなんだ。だからまたな、レオナ」
「そうなの、残念ね。でもいいわ。またね、ササさん」
「ああ。オルーカ、あんたもまたな。今度はその姿で」
「…はい。また、ササさん」
オルーカは眩しそうな微笑で、ササを見送った。
と。
「うっふっふっふっふ…オルーカ、私、分かっちゃったわ!」
横で妙なオーラを出しながら妖しげな笑みを浮かべるレオナを、オルーカは気味悪そうに見やった。
「な、何がですか?怖いですよレオナ……」
レオナは自信満々に胸を張った。
「愛の女神様がオルーカにもたらした、めぐりあわせの話よ!それはパパじゃなかったんだわ!!」
「は、はぁ。そういえば去年、そんな話もしてましたっけ。…ませてますねぇ、レオナ…」
オルーカは呆れたように言って、アップルジュースのストローに口をつける。
レオナは意気揚々と続けた。
「そうねぇ。確かに彼は、パパみたいにお金持ちじゃないし、固定収入がない学生さんだし、薬師になるなら将来性はそれなりだけど、パパみたいにハンサムじゃないし、まだ随分長生きしそうだから株は落ちるわ!…でもパパにはないものを持ってる!」
「そうかもしれませんね」
オルーカが淡々と答えると、レオナは不満そうに頬を膨らませた。
「もー、オルーカ!そこは『えー?それって何ですー?』ってボケるところでしょ?」
「さすがの私もそこまでサービスできません」
「むー」
レオナはむくれたまま、アイスココアにストローでぶくぶくと息を吹き込んだ。
「…オルーカさん?」
さらに別の方から声をかけられ、オルーカは振り向いた。
そこに立っていたのは、見知らぬ少年。
が、彼は瞳を輝かせると、はしゃいだ様子でオルーカに言った。
「やっぱり!オルーカさんだ!すごい!こんな所で会えるなんて!!
お願いします、あの時みたいに傷薬作ってくださいよ!」
「え……?!」
わけがわからない様子のオルーカに、少年は抱いていた犬を差し出す。
「ペットのクーちゃんが階段から滑り落ちてケガしちゃったんです!
あの時みたいにすごいお薬で治してくださいよ!」
(…ああ……アルディアさんが何かしたんですね……)
入れ替わっていた間に、アルディアに僧院へのお使いを頼んだことを思い出し、納得するオルーカ。
そして、差し出された犬に手をかざすと、回復の魔法をかけた。
「あ………」
見る見るうちに治っていく犬の怪我。
オルーカは微笑むと、少年に言った。
「はい……これで大丈夫ですよ。お薬ではありませんが、魔法でも傷は治せ……」
「く…薬じゃないなんて!」
「は?」
少年は傷ついた表情で、わなわなと首を振った。
「あんなに熱くこぶしをきかせて魂に訴えかける呼び声を響かせていたのに!
こんなのオルーカさんじゃないー!!」
「えええええ?!」
少年は礼も言わずに駆け去っていってしまった。
ひゅう、と一陣の風が吹く。
「ア、アルディアさん、一体何をなさったんでしょう……?」
エピローグ-マジュール-
「残念だな~、マジュール君。
キミとボクは、ある意味で同類なのにね」
ステージのそばで待機しながら。
ピーターは、虚空を見つめて呟いていた。
「子供達に夢と笑顔を与えたいボク、そしてキミもどうやら、自由を求めながら人に何かを与えられる存在になりたいようだ。
そうだね~、いつかキミが、使命なんて投げ出してボクとともに夢を追うというなら、喜んで迎え入れてあげるんだけどね~」
そうして、懐から黒炎玉を出し。
それに、いとおしげに唇を触れさせる。
「今年もよろしく。…相棒☆」
そして、彼は今日も子供たちの前に立つのだった。
「ジェナムさん、私はあなたのことが嫌いにはなれません」
その頃、マジュールもやはり、自室で虚空を見つめて呟いていた。
「あなたが黒炎玉を悪用する為に持ち去ったのではないということがわかって、正直安心しました。
それに、自由を求める気持ちも…私には良く理解できます。
…ですが、あなたのやり方については、やはり納得がいかないのです」
ぐ、と。
見つめていた手の平を、握り締めて。
「あなたは…今までの私と同じように…、自由のない運命から、ただ逃げているだけではないのですか?
本当にすべきは、ただ運命や他人を憎みながら逃げ回ることではなく、運命に立ち向かうことなのではないですか……?」
自分の思いは、伝わったのか否か。
それはそうなればいいと願うことしか出来ないが、マジュールは目を閉じて思いを馳せた。
今回の顛末を知らせたことで、父はしぶしぶ、ジュナム探索の『成果』として認めたようだった。
冒険者を続けてよいとの知らせに、マジュールはほっと胸をなでおろす。
まずは、連絡を取れずにいた彼女に手紙を書こう。
そして、彼女に全てを話そう。
彼女のためにも、私は逃げずに前に進むのだと…そう言おう。
マジュールはそんな決意を胸に固め、ペンを取った。
エピローグ-ジル-
「あれ、ジルじゃん、久しぶり!」
声をかけられ振り向くと、久しぶりに顔を合わせる友人の姿があった。
彼女は嬉しそうに駆け寄ると、ジルの顔を見て少し驚いたような顔をする。
「あれ、どうしたの?リボンなんかつけちゃってさ」
そう。
ジルの髪には、あの日リィナから貰った黄色いリボンが、ちょこんと飾ってあったのだ。
「………秘密」
ジルはいつもの無表情で、それだけぼそりと答えた。
「……来年も、乞う、ご期待」
「……誰に話してんの?」
“Happy New Year!!2” 2008.12.31.Nagi Kirikawa