王宮 -ライラの刻-
王宮の周囲一帯の区画は、王より位を賜った一族…要するに貴族の豪奢な屋敷が所狭しと立ち並んでいる。
彼女の屋敷――ウィルウッド家も、そのうちのひとつだった。
名前は賜ったものの、それを維持していくだけの経済力に欠け、没落していった貴族も多い。だが彼女の屋敷はそうではなかった。先祖代々受け継がれた屋敷は老いることも色あせることも無く、その名がまだまだ国内に轟いていることをただ厳然と示している。
が、それは彼女にとっては、ひどくどうでもいいことだった。
やわらかく朝日が差し込む部屋。
目を開けて体を起こせば、不必要なほど広い部屋にひとりきり。
部屋に施された装飾も、大きなベッドも、買い与えられたぬいぐるみも、彼女の心を癒すことはない。
彼女は無表情のままベッドを降り、部屋を出た。
「あっ…おはようございます、レオナお嬢様」
朝の掃除をしていたメイドが彼女の姿を見とがめ、パタパタと駆け寄ってきた。
「お早いお目覚めですね。朝食が出来るまでまだしばらくございますから、その間お茶でもお入れ…」
「…お父様は?今朝はいらっしゃるはずでしょ?」
メイドの言葉を遮るようにしてレオナが問う。
メイドは困ったように眉を寄せた。
「それが…急なお仕事で、昨晩リストフの方へ行かれまして…来週には戻ってこられるそうですが…」
「…そう」
ふい、ときびすを返し、レオナは自分の部屋に戻った。
無駄に広いベッドの傍らに歩いていき、置いてあった枕にぼす、と手のひらを押し付ける。
「仕事……仕事、しごと、シゴト!」
かんしゃくを起こしたように吐き捨てて、そのまま枕に顔をうずめた。
「お父様は…私のことなんかどうだっていいんだわ…」
か細い声が、枕の隙間からこぼれる。
「約束したのに…」
年末は一緒にいるって。
そしてお母様がいた頃みたいにあの別荘に行きましょうって…
声に出せない声を胸の中に飲み込んで。
突っ伏した枕に、じわりと湿り気が広がる。
と。
コンコン。
ノックの音が聞こえて、レオナは顔を上げた。
「だれ?」
問えば、ドアの向こうから先ほどのメイドが答える。
「お嬢様、お目覚めでしたら、お客様がいらっしゃっています」
「お客様?」
こんな朝早くに?
お父様でなく、私に?
レオナは首をかしげた。
「はい。旦那様が、今日一日、レオナお嬢様のお相手をしてくださる方をお雇いになったそうで…」
メイドの言葉に、不振げに眉をひそめるレオナ。
「……私の…相手…?……雇った……?」
王宮 -レプスの刻-
はあ、はあ、はあ……
た、た、たっ。
息を切らせて、レティシアはたたらを踏んだ。
がく、と膝をついて、壁にもたれかかりながら、まだ肩で息をする。
「…って、ていうか、な、何で私、こんなところにいるんだろ…っていうか、ここどこ…?」
辺りを見渡せば、レンガ造りの高級な建物が並んでいる。この、遥か先が見えないところまで続いている壁は、ひょっとして城壁だろうか。
大通りや中央公園の方にみんな行っているのだろう。辺りには不思議なほど人気がない。
「た、確か、ゲーミのフィギュアっていう声に釣られて……走り回ってるうちに、重い荷物を持ったおばあさんを見つけて手伝って、何故かチンピラのケンカに巻き込まれて、やっと逃げたと思ったら何故か落とし穴に落ちて、やっと這い上がったと思ったら何故か怒り狂った犬に追いかけられて…」
はっ。
そこまで言って、唐突にレティシアは顔を上げた。
「もしかして…こ、これって誰かの陰謀?!私を、ミケの新年会に行かせまいとする!」
そんなまさか。
という声が、とりあえずここは聞こえてくるはずなのだろうが。
「やっと気付いたんですか?意外に自分のことには鈍いですよね、レティシアさんは」
ぎく。
聞こえてきた高く澄んだ声に、体がこわばるレティシア。
「そ……その、声は……」
ぎぎぎぎ、と音がするかのように、ギクシャクとした動きで振り返ると。
「お久しぶりです、レティシアさん。相変わらずお元気そうですね」
「り、リリィ……」
今日はいつもの桜色の衣は着ていない。リュウアン独特の形の襟のついた白いワンピースだ。亜麻色の長い髪も、後ろでひとつに編みこまれている。
「地面に穴を掘るのは、魔法でそれほど難しくないんですけど。レティシアさんの通るタイミングに合わせて、チンピラさんやお婆さんや犬の精神を操作するのはちょっと大変だったんですよ?褒めてください」
「褒めるかー!」
やけくそ気味にツッコミを入れて、レティシアはじりっと身構えた。
相手は自分の恋のライバルでもあるが、自分以上の魔法の実力を持った魔道士でもある。はっきり言って、魔道で敵う相手ではない。
魔道以外なら敵うのか、と言われると、そこも気後れしてしまうのも事実だが……
「や、やっぱり新年会に行くのを…」
「はい、ライバルはつぶしておかなきゃ、と思いまして」
にこりと言うリリィに、顔を青くするレティシア。
とたんに、リリィはころころと笑い出した。
「うふふふ、レティシアさんったらすぐに気持ちが顔に出て、本当に素直ですよね。ミケさんみたい」
「ううう…」
「だから、ミケさんと同じように、いじめたくなっちゃうんですよねぇ」
レティシアに歩み寄るリリィ。
レティシアは青い表情のまま、それに合わせてじりじりと後ずさる。
リリィはにこり、と笑った。
「あ。魔王ゲーミ10分の1フィギュア」
「ええっ?!どこどこどこ?!」
この期に及んで引っかかってしまうのは、乙女の悲しい性か。
リリィの指差した先を振り返ると、しかしそれは確かにあった。地面の上に無造作に、…不自然なほどに無造作に、精巧に作られ色付けされた魔王ゲーミのフィギュア(えすたる亭:かるろ作)が置かれている。
「いぃぃやっほぉぉぉぉぉう!」
レティシアはとたんに妙な声を上げて、そのフィギュアに駆け寄り、飛びついた。
その瞬間。
「地・牢」
リリィが空中に文字を描き、ぼご、という音と共に、レティシアの周りの土がものすごい速さで盛り上がる。
「え、ええっ?!」
ゲーミフィギュアをしっかりと抱えたまま、レティシアはその土が自分の周りをまるで籠のように取り囲むのをなすすべもなく見守った。
「ちょっ……な、なにこれー?!」
がん、がんがん。
土で作られたとは思えないほどに、叩いてもびくともしない籠。まさに閉じ込められた鳥である。
リリィはニコニコしながら歩み寄ると、言った。
「カーリィさまに、お人形とセットで罠のマジックアイテムをいただいたんです。素敵ですよレティシアさん」
「だ、出してよ!」
再びがんがんと籠を叩くレティシア。もちろんゲーミフィギュアは大事にしまってある。…胸の谷間に。
「レティシアさんも魔道士なら、自力で脱出してください♪
さー、新年会に行く前に、ミケさんの気を引けるようにおめかししなくちゃ♪」
「もおぉぉぉっ!」
「あ、レティシアさん、知ってました?」
リリィは楽しそうに指を一本立てた。
「ヴィーダには、『新年を迎えて一番最初に口をきいた人と、その年一年幸せに過ごせる』っていうジンクスがあるんですって♪」
「ええっ?!」
驚くレティシア。
リリィは満面の笑みを浮かべた。
「レティシアさんもいないですし、私が新年一番にミケさんとお話してあげますね♪きゃっ、ロマンチック」
リリィは楽しげに言って、くるりときびすを返す。
「ま、待ちなさいよー!!」
悔しそうにレティシアが声を上げると、リリィは顔だけ振り返った。
「あ、その籠、原材料はもちろん土ですから、お得意の火の魔法をかけたら余計に硬くなっちゃいますよ。ご参考までに」
それだけ言って、さっさと姿を消してしまう。
「ど……どうしろっていうのよー!!」
豪奢な屋敷が立ち並ぶ通りに、レティシアの途方に暮れたような声がこだました。
「とりあえず急いで出てきちゃったけど……あれ、ここどこだろう…」
萌えフェス(略称)会場から逃げるように抜け出してきたクルムは、同じく長く長く続く城壁に沿って歩いていた。
「これは…ひょっとして城壁、かな。今日は王宮を開放してニューイヤーパーティーをするって言ってたな。でもその時間はきっと真昼の月亭だから…一度、王宮って入ってみたかったけど」
マヒンダの王宮には、少しだけ入ったことがあったが。
そんなことを、懐かしく思い出していると。
ふっ。
「うわぁっ!」
突如目の前に現れた2人の少女に、クルムは思わず声を上げて後ずさった。
「あら、人がいましたのね。失礼致しました」
「したー」
「……って、ああっ!エータとシータじゃないか!」
見知った顔にクルムが驚きの声を上げると、二人の少女たちも顔を輝かせた。
「まあ、クルムさま!お久しぶりでございますわ!」
「ますわー」
エータの言葉の語尾を繰り返すシータ。しかし、その表情から、彼女もクルムとの再会を喜んでいることが伺えて。
「本当に久しぶり。どうしてヴィーダに?」
「シュライクリヒ陛下が、ニューイヤーパーティーにご招待くださいましたの」
「たのー」
「ですけれど、ちょっと退屈してまいりましたので、楽しそうな町を拝見したいと思いますの」
「ますのー」
「相変わらずなんだな、2人とも…」
そこまで言って、唐突に思い当たる。
「あ、二人が招かれたってことは…他の国にも招待状が行ってるってことだよな?」
「ええ、いろいろな国の方々がいらっしゃいましたわ」
「たわー」
「その中に、ラヴィ…リゼスティアル国の皇女様はいた?」
慎重に問うクルムに、2人はにっこりと微笑んだ。
「まあ、ラヴィさまをご存知ですの?」
「ですのー?」
「ああ、やっぱりラヴィも来ていたんだね。遭いたいなぁ…あ、そうだ」
クルムはふと思いついて、ごそごそとポケットをあさった。
取り出したのは、ミケの招待状。
「…ね、ストゥルーの刻くらいに、王宮を抜け出して来られないか?
ラヴィも知り合いのオレの友達がね、年越しのパーティを開くんだけど、そのパーティだったらゆっくり話も出来るし…」
「まあ、楽しそうなお誘いですわね!」
「わねー」
2人は嬉しそうにそのカードを覗き込んだ。
「ちょっとでいいんだ、顔を出してくれて話ができたら…って思って。その後、王宮のパーティーの方に戻ってくれればいいからさ。
出来たらラヴィも一緒に連れて来てもらえると嬉しいんだけど…どうかな?」
恐る恐る問うクルムに、2人は快く頷く。
「わかりましたわ、ラヴィさまもお誘いしてみますわね」
「わねー」
「ありがとう。ごめんな、無理言って」
「とんでもございませんわ。わたくしたちも、皆様とお話がしたいですもの」
「ですものー」
「ありがとう、エータ、シータ」
「お気になさらず。真昼の月亭、ですわね。後ほど、お邪魔致しますわ」
「ますわー」
「うん、ありがとう。また後で」
クルムが手を振ると、2人はまたふっと姿を消した。
クルムは満足そうに微笑むと、また歩き出す。
「エータにシータに、ラヴィも…来れるといいな。皆で積もる話もしたいし…」
上機嫌である。
そのまましばらく、城壁に沿って歩くクルム。
すると。
「……ん……?何だろう、あれ……」
前方に、辺りに立ち並ぶ建物とは明らかに違う、妙な籠のようなものを見つけて、クルムは足を速めた。
近づいていくと、それはまさに鳥かごのような形をしていた。中に誰かいる。
あの金髪は……
「あっ!クルム?!クルムじゃない?!」
「れ、レティシア?!」
籠の中に閉じ込められている見知った顔に呼びかけられ、クルムは慌てて駆け寄った。
「ど、どうしたんだ、こんなところで。一体何が…?」
心配そうに問うクルム。レティシアはげっそりした様子で答えた。
「ちょ、ちょっと、リリィに閉じ込められちゃってね……」
「リリィに?!リリィもヴィーダに来てるのか?」
「そうみたい…私を新年会に行かせたくないみたいで…」
「それは、酷いな…出られそうにない?」
「うん、私の魔法をかけても、土を硬くしちゃうだけみたいで……」
「そうか……よし、レティシア、ちょっとここから離れてて」
クルムが腰の剣に手をかけて、レティシアは頷いて反対側の柵まで退がった。
「……はっ!」
きんっ。
硬い音を立てて剣が一閃し、次の瞬間、レティシアを囲んでいた柵は見事にバラバラに崩れ落ちる。
「す、すごぉいクルム!ありがとう!!」
レティシアは歓声を上げて、籠の中から出てきた。
「どういたしまして。さ、早く真昼の月亭に行きなよ。ミケも待ってるだろうし」
「うん…クルムは?」
「オレは待ち合わせをしてるんだ。その人と一緒に行くよ」
「わかったわ。じゃあ、また後でね」
「うん、また後で」
2人は互いに手を振りあい、レティシアは足早にその場を後にした。
「……さあ、オレも行くかな」
クルムも、再び歩き出す。
豪奢な住宅街に、再び沈黙が戻った。
王宮 -マティーノの刻-
「楽しかったですね、レオナ」
「うん!ありがとう、ママ」
すっかり上機嫌な様子のレオナを真昼の月亭から連れ出し、オルーカは一路レオナの屋敷へと向かっていた。
美味しい料理をたらふく食べ、お土産ももらってすっかりご満悦のレオナ。
「ねえママ、ちょっと寄り道したいな。いいでしょ?」
甘えるように言うレオナに、オルーカは厳しい表情を作った。
「ダメですよ、これ以上遅くなったら。今日一日充分歩き回ったでしょう?」
しかし、レオナは引かない。ワガママというよりは、懇願といった様子で、繰り返す。
「お願い。ママと一緒に行きたいの」
オルーカは少し考えたが、やがて嘆息した。
「…分かりました。少しだけですからね」
貴族の屋敷が立ち並ぶ、王宮の区画の端の端。
少し小高い丘を登ったようなところに、その屋敷はあった。
元はそれなりに豪華な建物であったことを偲ばせるその建物は、使い手もおらずすっかり寂れてしまっている。貴族の別荘だろうか。
ぐるりと辺りを見回していると、レオナが廃屋の横で手招きをした。
「ママ、こっち」
「レオナ?」
横の壁に、粗末なはしごがかけられている。
「ここから屋根に上れるの」
「危ないですよ!」
「平気。ママも来て」
レオナは慣れた様子ではしごに足をかけ、とんとんと登っていった。
オルーカも、恐る恐る足をかけ、後を追う。見かけほど痛んではいない様子だった。
「ふう……レオナ、ここに何が…」
「見て、ママ」
レオナの指差す方向には、新年祭で賑わうヴィーダの街の夜景が美しく広がっている。
「うわぁ………すごいですね」
素直に感嘆の声を上げるオルーカに、レオナは嬉しそうに微笑みかけた。
「うん。いつもならお父様たちと一緒に来るはずだったの」
「あ…じゃあここは、ウィルウッドさんの…」
「そう、別荘よ。ママが生きてた頃は、パパと3人でよく来てた。でも……」
そこまで言って、うつむくレオナ。
「お母様がいなくなってからお父様は変わったわ。お仕事しかしなくなった」
オルーカはいたわるようにレオナを見下ろした。
「それで色んな人をママなんて呼んでたんですか」
「ごめんなさい」
「別に謝ることではないですけど」
苦笑するオルーカを見上げ、レオナは言った。
「お父様と結婚してくれれば本当のママになれるわ、オルーカ」
必死な様子の懇願に、しかしオルーカは苦笑する。
「そういうわけにもいきませんよ」
レオナは寂しそうにまた俯いた。
「……オルーカだけよ。私のことを本当に心配してくれるのは」
オルーカはそれを聞いて、少し悲しげな表情になる。
「レオナ……本当にそう思ってるんですか?さっき、ミケさんとこで思いませんでしたか。皆さん、心配して下さったんですよ。今日レオナに初めて会ったミケさんやジルさんコンドルさんリィナさんまで」
「……それは………」
「…それに、お父上も」
その言葉には、レオナは激しく反発した。
「…ウソよ!」
オルーカはにこりと微笑んだ。
「ウソじゃありません。ほら」
言って、懐から封筒を取り出す。
「これ……」
「お父様のお手紙です。昼間、連絡したら心配なさって…すぐ帰ってくるそうです。転移魔法で信書まで送って下さいました。あなたをとても心配していますよ。あっちには人を転移できるほどの術師がいないので、帰るのは早くても明日の夜になるみたいですけど」
中に綴られているのは、慌てているのが伺える、短いメッセージ。
レオナは複雑な表情でその手紙をじっと見やった。
「レオナ、今日のことは、あなたを見失った私に全面的に責任があります。私は大人ですし、あなたを守る依頼を受けたわけですからね。しかし軽々しく行動したあなたにも非はあります。私も皆さんも依頼とは関係なくあなたをとても心配したんですよ。反省して下さい」
決して叩きつけるようにではなく、穏やかに、しかし反論を許さない口調で言うオルーカ。
レオナは俯いて小さく言った。
「………ごめんなさい」
オルーカは微笑んでレオナの頭を撫でた。
「分かってくれればいいんですよ…私こそすいませんでした。護衛失格ですね」
「ううん、オルーカは悪くないわ。お母様がいなくなってつらいのはお父様も同じなんだもの。我慢しなきゃ…私、わがままだったね」
「子どもは多少わがままなくらいがいいんですよ。お父上が帰ってきたら、レオナの口から直接話してみたらどうですか?今回のことを踏まえたら、きっと聞いてくれるはずです。私も一緒についてますから」
「オルーカ……ありがとう」
「どういたしまして。さぁ、もう時間も遅いですし冷えてきました。そろそろ帰りま…」
「あ…」
ひらり、ひらり。
綺麗に雪が舞い降り、王宮の方から鐘の音が響き渡る。
2人はしばし、黙って空を眺めた。
「新年の鐘を聞いてから初めてしゃべった相手とは、その一年一緒にいられるらしいの。オルーカは誰か話したい人いる?」
レオナが言い、オルーカはそちらを向いた。
「私ですか?レオナと話せて良かったですよ。お母さんにはなれませんが、友達ですからね」
「私…」
レオナは何かに絶えるように、俯いた。
「…………お母様に、会いたい…!」
「……レオナ……」
レオナはオルーカの胴に腕を回し、静かにすすり泣いた。
黙ってレオナの頭を撫でるオルーカ。
と。
「…レオナ!」
下から声がして、オルーカはそちらを向いた。
その姿に驚いたオルーカは、レオナの背中をぽんぽんと叩く。
「れ、レオナ、あれ!」
「え……?」
顔を上げたレオナは、下にいた人物に驚いて声を上げる。
「お……お父様?!」
弾んだ息が白く空に消えていく。レスターはオルーカたちの登ってきたはしごを伝って、屋根まで上がってきた。
「男爵……到着は明日になるのではなかったのですか?」
オルーカが驚いた様子で問うと、レスターは息を切らせたままははっと笑った。
「途中で転移魔法を使える術師を捕まえた…ここに来ていると思った」
「……お父様…」
レオナが信じられないといった様子で呟く。
レスターのいでたちは、本当に取るものも取り合えずここに駆けてきた、といった様子だった。高価そうなスーツはヨレヨレになっている。額にはびっしりと汗が浮かび、髪の毛も乱れてぼさぼさだ。
「……レオナ」
レスターは体ごとレオナに向き直り、真剣な表情で言った。
「すまなかった、約束を破ったりして…私は、悪い父だな」
「お父様……」
レオナの目尻に、また涙が浮かぶ。
「……私こそ、ごめんなさい」
「いや、これからは仕事よりお前といる時間を優先しよう。レオナは私と母さんのたった一人の娘だからな。何者にもかえられない」
「お父様……本当?」
レオナの潤んだ瞳に、嬉しそうな輝きがともる。
レスターは豪快に破顔した。
「ああ、新年の鐘が鳴って初めて口を聞いた相手とはその一年を幸せに過ごせるというが」
レオナの肩にそっと両手を回し、いとおしげに抱きしめて。
「私とお前はこれからもずっと一緒だよ」
「……パパ!」
レオナも、レスターの大きな体に精一杯腕を回して、抱きしめた。
心が通い合った親子を祝福するように、静かに雪が降り積もっていく。
オルーカは穏やかな表情で、いつまでもそれを見守っていた。