誰もが誰もを大事に思っているのに、
それが上手く行かないのは悲しいことですね。

きっと世の中には、悪い人なんていないのに。

ただちょっとだけ悲しい人と、
ちょっとだけ弱い人と、
ちょっとだけ優しい人がいるだけです。

あとは、

…ちょっとだけ、人を許せない人がいるだけです。

Minimum Meeting

「さて、一通り報告が終わったところで、だ」
ラグナは言って、室内の冒険者達をぐるっと見渡した。
日は暮れて、一同城に戻り、与えられた一室で報告会をしているところである。城の者達の話、研究院での話、そして街で得た情報。一通り交換すると、冒険者達はふむ、と唸った。
「どう思う。今回の事件」
あえて先入観を与えないように、ラグナが言葉少なに問う。
「正直、現状では良く分からん。誘拐の手段から探ろうにも、魔道的にも物理的に侵入された形跡も無い。動機から探ろうにも、仮想敵や施政妨害の線はほぼ無い。正直お手上げだな……」
千秋が肩をすくめて言うと、リーシュがおずおずと言った。
「やっぱり姫様方はごっ…ご自身で外に出られたのだと思います。そうとしか考えられない、のですよね?」
ラグナは難しい顔をした。
「いや…今回の事件が誘拐なのか、それともただの家出なのか…と言われれば、俺は誘拐だとそう思う。確固とした理由があるって訳じゃないが、しかし、抜け出したにしては余りにも痕跡が少なすぎる気がしてな」
「城の中で、魔法は探知されなかった……。
寝ている時に連れ去るのも、無理って言ってたし……。痕跡も無かったみたいだし……」
ヴィアロがぼそり、と言い、目線を向けた。フルボディが重々しく頷く。
「そうだな。寝室から消えた方法が不可能過ぎるな。不可能を可能にする魔法があるというなら別だが…」
「俺は、女王が自分から外に出たんだって、思う――。
誰かに呼び出されたのかも知れないし、ふらって抜け出したのかは分からないけど……」
「しかし、室内で女王が魔道を使った痕跡はなかったんだろう?いくら女王とはいえ、その痕跡を残さずに魔道を使う…などということが出来るはずもない」
ラグナは熱心に反論した。
「もし魔法を使わずに抜け出せたとして、警備もそれ以外の人間も数多く出入りする城内だ。誰にも見つからずに抜け出してのける…などといったマネを、熟年のシーフだの何だのとは異なり女王なぞという身分にあって大切に育てられていた娘二人が出来るとも思えん」
「それは……まだ、わからないけど」
ヴィアロは少しだけ困ったように眉を寄せた。
「呼び出されて、連れ去られた。それか、抜け出した時に、さらわれた――。
『家出』は、無いみたいだし……俺にはそれくらいしか、思いつかないんだ……」
「ふむ、部屋から何かの用事で…あるいは誰かに呼び出されて、出ている所を攫われた…それならばまだ可能性があるかもしれないな」
その意見にはラグナも納得した様子で首を縦に振る。
「こうなると、誰が誘拐したか…というのが問題だな。不審者ならばメイドだの執事だのが見回ってはいる様ではあるし、魔法を使って侵入しようにも女王レベルでなければ抜けれぬ結界があるんだろう? だったら、外部からの誘拐犯の侵入…という線は不可能すぎる気がする」
続けて言うラグナに、フルボディが言葉を返した。
「…一番簡単なのは、証言の中に嘘が混じってる場合だ。雇い主の言い分だからって、鵜呑みにする根拠は俺達には無い。メイドか、執事か、ゼータか…あるいは3人ともグルだったりしてな。
そんな訳で、俺は身内が怪しいんじゃないかと思う。推測の域は出てないけどな」
千秋が驚いたように目を開く。
「嘘か…それは考えてもみなかったな」
フルボディは呆れたような声を出した。
「おいおい。依頼人を信用するのは結構だが、足元をすくわれないようにしろよ」
「……悪かったな。嘘吐きは嫌いなんだよ」
「それはともかく、内部の者を疑うという考えは俺も悪く無いと思う。それが名も知られていないメイドや執事などの一人なのか、それとも皆も良く知る人物なのかは判らないが。依頼人だからといって信じる理由が無いというのも同意だな」
ラグナが頷きながらそれに続いた。
「それに、もしも城の内部のものなのだとしたら外部からとは違いまだ誘拐もしやすい立場といえる。何だったか…良く、言うだろう。『第一発見者を疑え』…だったか?そんな事を。今回、女王がいなくなったのをいち早く発見したのが誰だかは知らないが…」
「…そういえば確認してないな~。や、うかつうかつ」
レイジが相変わらずの軽い調子で肩をすくめる。
「これはニューとイオタに確認をしておいた方がいいだろう。他に気になること、といえば。確か、ゼータが言っていたか…魔術師ギルドに女王の魔力を封じる程の魔道具があるか如何かを調べさせている、と。コレの確認は重要だと思う」
「アイテムで魔力探知を阻んでいる、と考えるわけだな」
千秋が口を挟むと、ラグナはそちらに向かって頷いた。
「その通りだ。それに、考えても見ろ、もしもそういった魔道具が存在するとして、買うにしろ、作るにしろ、それについての話を聞くだけしろ…それに関わる人間が判れば重要な情報が得られるかもしれない。犯人の特定にも繋がる可能性がある」
「そうだな…よし、それではそれは俺が当たってみよう。どちらにしろ魔術師ギルドの評議長とやらに会わねばと思っていたところだ」
「そうか、頼む。俺は王宮と、研究院のほうを当たってみようと思う。まだまだ訊きたいこともあるしな」
ラグナが言うと、リーシュがおずおずと手を上げた。
「あ、あの、わたしも王宮を…あの、お聞きしたいことがあるので」
「俺もここに残るぞ。色々調べなきゃならんことは山積みだ」
がしゃ、という音を立てて、フルボディ。
「あ、あの…えっと、ぜ、ゼータさんにお話を聞くつもりでしたら、そ、その…き、訊いて欲しいことが…あるんですけど…」
コンドルが震える声で言うと、ラグナがそちらを向いた。
「何だ」
「ヴィ、ヴィアロさんがダウジングに失敗したっていうのを聞いて、お、思ったんですけど。ダ、ダウジングって、ゼ、ゼータさんからもらった魔道念写を使ってやったんですよね?
そ、それで失敗したのなら、じょ、女王様たちが魔道念写の姿と違う可能性も…あの、ありますよね。
も、もしかしたら、じょ、女王様たちが、へ、変身系統の魔法を使って姿を変えてるから、ダ、ダウジングで見つからなかったのかも知れないって思うんですけど、ど、どうでしょうか?」
「…可能性は、ある…」
ヴィアロがぼそりと言った。
「…違うものを念じたら、ダウジングは上手く反応しない…それに、この魔道念写、本当に、女王を写したものなの…って訊いた時、ゼータ……はっきり返事しなかった。
もしかしたら、そういうことなのかもしれない…」
「や、やっぱり、そうですよね」
少し興奮した様子で、コンドル。
「で、ですから、ゼータさんに訊いてほしいんです…そ、その可能性と、対策はあるのか…」
「わかった。しかし、お前はどこに行くんだ?」
ラグナが訊くと、コンドルはやはりおずおずと答えた。
「ぼ、ボクは、と、とりあえず街に行って、う、裏通りにいた女の子っていうのを探してみよう…と思うんです…き、気になることもあったので」
「あっ、そのお子様の件に関してはどっ…とりあえず一緒にお母さんを探してあげるといいと思います。お母さんの名前ぐらいは言えるでしょうし、お母さんも子どもが迷子になったのなら探しているでしょうから見つけやすいかと…っ」
リーシュが早口で付け足す。
「あ、はいはーい。じゃあ、俺もそっち行くね。大丈夫、俺商売上子供の扱い上手いからさー」
レイジが手を上げると、ヴィアロもそれに続いてぼそりと言った。
「……俺も……。女の子も気になるし…街の様子も見たい」
「では、俺とフルボディとリーシュが王宮。千秋が魔術師ギルド。レイジとヴィアロとコンドルが街、だな」
ラグナがしめて、レイジがひらひらと手を振る。
「お疲れさーん。明日もがんばろうねぇ」
ひとまず作戦会議はお開きとなり、冒険者達は席を立ってそれぞれの部屋へと帰っていった。

「コンドル」
部屋を出たところで声をかけられ、コンドルは振り返る。
そこには、ラグナが立っていた。昼間のこともあり、今度は何を言われるのだろうと不安そうな視線を投げると、意外な言葉が返ってくる。
「昼間はすまなかったな」
「えっ…」
驚きに目を丸くするコンドル。
「少々厳しい態度をとってしまった…悪気はなかったんだが、しかし自論を押し付けてしまうような感じだったかもしれん。まぁ、何だ…人付き合いが下手糞だから、というのもあったのかもしれんが」
「そ、そんな…ぼ、ボクの方こそ」
コンドルは真っ赤になって苦笑した。
「あ、あの、ぼ、ボク、こういうのにその、な、慣れてなくて、どうしていいかわからない…ん、です。だから、い、色んな人のいうこと、ちゃんと聞いて、た、たくさん勉強して、生かしていかなきゃなって…そ、それも、ちゃんとできるかわからないんですけど」
ラグナは居心地悪そうに苦笑して、言った。
「そうか。とにかくすまなかった。明日は、今日聞いたあの少女を探しに行くんだろう。直接聞いた俺も気になっていたんだ…まあ、俺がいないが、よろしく頼む。がんばれよ」
「は、はい!」
コンドルは嬉しそうに笑って、ぺこりと頭を下げた。

Minimum Disappear

卵をようやく取り押さえ、あたりの後片付けも終わった頃には、もうすっかり日も暮れていて、酒場の開店時刻に差し迫っていた。
「ゴメンな…みんな。迷惑かけちゃったみたいで…」
卵を荷物に仕舞ったクルムが、申し訳なさそうに言う。ケイトは苦笑しつつも豪快に笑った。
「気にすることじゃないさ。これくらいの刺激があったほうが人生幅が出るってもんだよ。
さ、もう日も暮れたし、そろそろ飯にしようじゃないか。今日はもうシータちゃんを探すのは無理だろうし、どっちにしろシータちゃんを探すのは長丁場になりそうだしねえ」
「え…っ、やっぱり、そうなりますか…?」
シオンが困ったように声を上げた。クルムがきょとんとして首をかしげる。
「そうだね、エータがこの様子だと、ちょっと腰をすえて捜すのを手伝ってあげなくちゃと思うけど…なにか、困ることでも?」
「あ…あの、僕、さっきも言いましたけど…伯父が結婚式に出席するのについてきただけで、明日には帰らなくちゃいけないんです。だから…皆さんにお付き合いすることはできないんです。
迷子を捜すのなんて、そんなに時間がかからないと思ってたから、安請け合いしちゃったんですけど…ごめんなさい」
困った顔で、ぺこりと頭を下げるシオン。ケイトは苦笑した。
「ああ、そういうんじゃしょうがないねえ。じゃ、早くその伯父さんとこに帰ってあげな」
「しょーちゃ、ばばー」
エータも笑顔で手を振る。
「本当に…すみませんでした」
シオンはもう一度深々と頭を下げると、酒場を後にした。

「フーム、そうなると、困りましたネ…明日からどう探したものカ…」
ケイトの用意した夕食をつつきながら、フロムは思案顔で言った。
「ケイトは、エータを連れてみんなに訊きまわるつもりだって言ってたけど…」
クルムが言い、フロムが頷く。ちなみにケイトは店が始まっているので厨房で大忙しだ。
「フム、それもひとつの手デスネ。クルムさんはどうするおつもりデスカ?」
「オレは、違う方向で調査してみるよ。幾手にか分かれて捜索したほうが、入る情報も多いだろうし」
言いながら、食べ零しているエータの口元をナフキンで拭う。
「まずは、聞き込みをする前に、エータに一緒に今日の裏通りまで行ってもらって…どこからきたのか、どのあたりでシータとはぐれたのか、聞いてみようと思うんだ。周りにいた人たちで、覚えてる人もいるのかもしれないし」
「ナルホド。まあ、昼間の裏通りは人通りが少ないですカラ、あまり期待はできないかもしれまセンが…」
「あとは…俺たちがエータを助けたみたいに、シータを保護してる人がいるかもしれないから、そのあたりもあたってみたいな。自警団にいってみるとか…そうだ、ここは魔道の国だから、もしかしたら人探しの魔法とかもあるかもしれないね。魔術師ギルドに行ってみるのもいいかも…フロムは、何か知ってる?」
「人探しの魔法デスカ、あまり聞きませんガ…行ってみる価値はあるかもしれまセンね」
「オレはギルドは不案内だから、フロム、一緒に行ってくれないかな?」
「いいデスよ、私で良ければ…」
と、フロムが言いかけた、その時。
「…フロム?フロムではないか?!」
後ろからかけられた声に、フロムが雷にでも打たれたかのようにびくっと体をこわばらせた。
「…しっ…師匠っ?!」
彼が振り向いた先には、頭をつるつるに剃り上げた筋骨隆々の壮年の男性が立っていた。やたらたくましいその体にはおよそそぐわない白衣を身に纏っている。しかもその下に何も着ていないあたり(下は履いているが)なにやら変態ちっくな匂いもする。
男性は険しい表情でフロムにつかつかと駆け寄ると、がし!と肩に手を置いた。
「おぬし、しばらく姿を見んと思ったらまだこのようなところでフラフラしておったか!流れの医者などという根無し草のようなことはやめ、いいかげん所帯を持って落ち着いて医業に励めとあれほど言ったではないか!!」
「し、師匠、これはその」
「見合い相手ならわしが見つけてやる!いいから来い!」
師匠と呼ばれた男性はぐいっとフロムの首根っこを掴むと、そのままずるずると引きずっていく。
「し、師匠ッ!私は今、家族とはぐれた子供の助けをデスネ…」
「ええい、問答無用!いつもそのようにのらりくらりと言いくるめようとしおって!今日という今日は連れて帰るぞ!」
「あ………あいるびーばぁぁぁぁぁぁっく!」
私達は一体何語で話しているのでショーウ…というエコーを残して、フロムは師匠に引きずられて店の外へと消えていった。
呆然と成り行きを見守っていたクルムに、仕事がひと段落着いたケイトが声をかける。
「あれ、フロムさんはどうしたんだい?」
クルムはたっぷりの沈黙の後…やや、首をかしげた。
「ええと…………お見合いをしに、行ったらしいよ?」
「はぁ?」
間違ってはいない。

Minimum Doubt

「手間を取らせてすまないな」
「いえ。これも女王の行方を知る第一歩ですから」
翌日。
王宮の応接室では、朝早くに対面するゼータとフルボディ、ラグナの姿があった。
「昨日は多少遠慮していたのもあり、つっこんで聞けなかったからな。今日はじっくり質問させてもらう。いいな?」
「何なりと」
詰問するようなラグナの語調にも、平然と答えるゼータ。
ラグナは結構、と頷いて、質問を始めた。
「一つ目は、何故ヴィアロの『今回見せられた魔導念写は本当に女王を写したものなのか』という問いに対してはっきりと否定の言葉を言わなかったのか…だ」
ぴく、とゼータの眉が動く。ラグナは続けた。
「確かに魔導念写、というのはかなり正確に其の人物に対しての像を焼き付ける事が出来るらしいことは聞いた。そして俺たちに配られたあの絵は、女王を正確にイメージできる者が描いたものらしい事も聞いた。…だったら、本当に女王を写したのか、と聞かれて即答するのが普通じゃないのか?しかし、ヴィアロからは即答で否定された…とは聞いていない。逆に言葉を詰まらせているようだ、とは聞いたがな。今回の見つからない、という結果といい。其方の態度といい…何かそこら辺、隠している事があるんじゃないか?或いは、ダウジングが上手くいかなかった理由をお前は知っているんじゃないのか?」
ゼータの表情は動かない。ラグナの質問は続いた。
「それから、これはコンドルの質問だが。『女王達が変身系の魔法を用いている為に、ダウジングが失敗し居場所が判らないのだ、という事は有り得るのか』…という事だ。もしもコレが実際に有り得る話であり、女王達がその魔法を使っている…或いは使わされているが為に居場所が判らないのであれば、ダウジングが失敗したのも頷けるという話だ。そこら辺、如何なのか…知りたいものだな。先ほどの質問とも関連があるかもしれんが」
ゼータは少し間を置くと、冷静な口調で答えた。
「順に質問に答えていきましょう。ヴィアロ様のご質問に対しては、即答しなかったことをお詫びいたします。われわれの魔道技術を疑われたような気が致しましたので…あれは確かに、女王の姿を写した物です」
ラグナははぁ、とため息をついた。
「此方としては、少ない情報からたった二人の娘をこんな広い国の中で探そうとしてるんだ。前は遠慮して聞かなかったが…たとえそれが国家機密に関わる話であろうとも、手がかりになるかもしれない情報を隠し立てされるのは困るんだ。俺たちを信用してこんな仕事を受けさせたのなら、隠し事はしないでほしいんだが。本気で女王達を探し出して欲しいのなら、全面的に協力してくれなくては」
厳しい意見を言うラグナに対しても、表情は変わらず、冷静に答えるのみ。
「此方といたしましても、手がかりになるかどうかわからない曖昧な根拠だけで、国家機密を簡単に明かしてしまうわけには参りません。信用する、しないではなく、それが道理です」
「っていうことは、やはり隠していることがあるっていうことだな?」
「例えばの話です。あるともないとも申し上げられません」
しばし、無言でにらみ合う二人。
やがて、ゼータが続けて口を開いた。
「後者の質問ですが、女王は自分の意のままに姿を変える、所謂『変形術』は習得しておりません。
しかし、高レベルの変形術師は、自分だけでなく他のものの外見も変えてしまうことが出来ます。もしそのような術をかけられ、他の姿にさせられていたのなら、それが理由でダウジングが失敗したということもありえるでしょう」
「なるほどな…理屈は通る」
油断のない表情で、ラグナは頷いた。
「では次の質問に行こう。女王二人についてだ。二人がそれぞれ魔道と政治を担っているんだったな? そういう風に役目を分けた…ということは『魔道師を統べるシータは帝王学を実践する才が無く、帝王学を実践する任につくエータには魔道の才が無い』という事になっているのか?」
ゼータは眉を顰めた。
「…それが、今回のことに何か関係が?」
「いや、関係はないかもしれんが、一応、な。両方が同じだけ同じ才を持つならば分担させる、などといった面倒な事はする事も無いんじゃないか…と思ったんで聞かせてもらう訳だが。
其の上で訊くんだが、もしかして『エータには魔道の才が無い』というよりも…お前と同じく『魔力が無い』と言う事は無いのか? 同じ両親から生まれ、同じ血を引く者同士ならばそういった事が何度かあってもおかしくは無いと思うんだが。如何なのか、教えてもらいたい。国家機密なのだとしても、知りたいところだ」
ゼータの表情は先程よりも顕著に不快であることを示していた。
「先ほどと返答は同じです。国家機密であるかもしれないことを、関係があるという確証もないままに漏らすわけには参りません」
「何、俺は口は堅い。俺の命にかけて秘密は護ると誓っても良いが…如何なんだ?結局」
「それこそ、先ほどの返答と同じです。口が堅いとかゆるいとかいう問題ではなく、それが道理です。
ご質問には『そのような事実はございません』としかお答えできません」
曖昧な言い方をするゼータ。
確かに、一国の王にそのような弱点があると知れれば、それこそ何に利用されるかわからない。どのような面からも、情報が漏れることには最大限に注意を払う必要があった。
ラグナはため息をついた。
「わかった、それについては諦める。では次の質問だ。女王二人は外見とは裏腹、それぞれ性格が異なるようだが。王宮内で特に好かれていたのはどちらなんだ?」
「特に好かれていた、ですか?」
質問の矛先が変わったことに少し面食らった様子でゼータが問い返すと、ラグナは微妙な表情で頷いた。
「いや、何…千秋がな。イオタに女王の普段の様子についてを聞いた際、『それはエータのことなのか、或いはシータのことなのか、それとも両方なのか』という問いに対して表情を硬くされたらしくてな。直ぐに両方だ、と返されたようだが…なんで其処で一瞬詰まったのか、と。普通、両方なら即答してもよいのに、何故其処でそんな反応を見せたのかが気になったんだ。実の妹の事なのだから、二人の事は幼馴染だという執事長よりは詳しく知ってるだろう?
イオタが何でそんな反応をしたのか、分からないだろうか」
「…ああ」
ゼータの表情が少し和らぐ。
「あの者は、シータを慕っていますからね」
「慕っている、とは?」
その言葉にフルボディが身を乗り出す。
「そのままの意味です。イオタがシータに特別な感情を抱いていることは、傍から見れば丸分かりですから…彼は昔から、エータとシータを一緒くたにされたり、逆にあからさまに比べられるような発言には、あまりいい顔をしないんですよ。エータもシータも独立した個々の存在なのに、物扱いをされるようで我慢ならないのでしょうね」
「そ、そうなのか…ふむ」
まさかそういう話の展開になるとは思わず、ラグナは少し焦ったようだった。
「で、では最後の質問だ。少し厳しい話になるが、いいだろうか」
「どうぞ」
ゼータも表情を引き締めたので、気を取り直してラグナは訊ねた。
「お前は『生まれつき魔力を持たずに生まれた者』なんだそうだな」
言われ慣れているのか、ゼータの表情は動かない。
「この国では魔道を使うのは日常茶飯事であり、当たり前の事だと聞く。ソレが出来ない故に妹たちに王位を譲り、補佐官として助けながらこの国に留まり続けるのは大変な事じゃあ無いのか? この国では魔力を持たない者が如何いった目で見られているのかは知らんが…それでも王族ともなれば、居心地の悪い立場ではないのか…と思ってな。そこら辺、お前の考えを聞きたい」
ゼータは少し沈黙した。
「…慣れました、というのがお答えになりますでしょうか。あまりそれについてはコメントしたくないのですが…いろいろなことも総合し、私も周りの者も、慣れました。そうなるように努力してきましたから」
「だがそれであんたは納得してるのか?」
鋭くフルボディが横やりを入れた。
「…と、言いますと?」
「2人の女王が許されるのならば、ゼータと姉妹の片方とで王となることもできたんじゃねえか?」
ゼータは再びしばらく沈黙する。表情は動かない。
フルボディは続けた。
「女王が居なくなって、今一番権力に近いのはあんただな。今の気分はどうだ?このまま『女王達が亡き者になって、自分が王に成り代わりたい』と思うことは?それとも、女王が死んだら別の魔力のある奴が王座につくのかもな。『死亡確認はできないが、2人は行方不明』の方が、あんたには都合がいいのか?」
「フルボディ様が、私にどのような返答を期待しているのかがわかりません」
たたみかけるようなフルボディの質問に、ゼータが冷静に横やりを入れた。
「フルボディ様が今仰ったような目で私を見ている限り、私がどのようなことを申し上げてもそのお考えは揺るがないのではないでしょうか。そして、そのような偏った視点で見るのは危険だとご忠告申し上げざるをえません」
その表情には、怒りも悲しみも、何も見えなかった。ただ淡々と、偏った見方をする冒険者に忠告する。
フルボディは息を吐いた。
「…悪かったな、無礼な質問をして。別にあんたが誘拐したのだとは思っていない。ただ、『どの程度女王を心配しているのか』を知りたかったんだ。
何故、国中に知らせて国民総出で探そうとしない?あんたは、国の混乱と彼女達の居場所確保を天秤にかけた。政治家としては正しいのかもしれないが。肉親としては、冷静過ぎねえか?
…それとも、女王が殺されない、という確固とした自信があるのか?」
ゼータはなおも黙っている。フルボディは鎧の奥からじっと彼を見据えた。
「どちらにしろ、あんたは俺達に隠していることがある。本当に2人を見つけたいのなら、話してもらおうか。」
ゼータはゆっくりと目を閉じて。それから、ゆっくりと開くと、言った。
「…自分のしたことが本当に最良の道であったと…お二人はそう確信することはございますか」
逆に問われ、二人は面食らう。
ゼータは続けた。
「私や妹達に立場がなく、普通の家庭で育ったならば…私は近所中に妹達が失踪したことを触れ回り、昼夜構わず走り回って探したことでしょう。しかし、私達が王族である以上、それは許されないことであることを、私達は子供の頃から叩き込まれてきました。私にはそれ以上のことは申し上げられません」
目を閉じたその表情は、先程より少しだけ悲痛に見えた。
「あるいはそういった探し方もあったのでしょう。しかし、この道を選んだ以上…他の道を見ることは、この道を進むことをも阻んでしまう。それを良いとは思いません」
再び目を開くと、真剣な表情で、再び二人に向かって言った。
「お二人が仰る『秘密』を、確かに私は持っているのかもしれません。その『秘密』も、その『秘密』が今回の事件に関係しているということも、憶測の域を出ない以上、私の口からは申し上げることは出来ません。ご理解ください」
ゼータはそう言うと、一礼をして部屋を去っていった。
後に残された冒険者2人は、一様に難しい表情をしていた。

Minimum Estimation

「…もう一度、女王の特徴…詳しく聞かせて欲しい…」
部屋を出たゼータを待っていたのは、影のようなヴィアロの姿だった。
「ヴィアロ様…」
「ダウジング…もう一度やってみる…」
ヴィアロはそれだけ呟くと、ゼータの返事を待たずに歩き出した。
ゼータは慌ててその後をついていった。

「…今度は…外見のこと忘れて…性格だけでやってみる…もう少し、女王のこと、教えて…?」
昨日使ったのと同じ部屋で、地図を前にして立ち、ヴィアロはゼータに問うた。
ゼータはなんとなく物言いたげな表情で、それでもヴィアロの質問に答える。
「そうですね…昨日、お話したとおりです。元気で、好奇心旺盛で…優しく家族思いです」
「そう…じゃ、やってみる…」
ヴィアロはなおも無表情のまま、鎖を垂らして目を閉じ、意識を集中させた。
そのまま、昨日と同様に、丁寧に鎖を動かしてみる…が、やはり反応はない。
「………ダメ、か」
「元気で、好奇心旺盛、優しく家族想いの少女は、いくらでもいるでしょうから…」
ゼータが苦笑してそう漏らすと、ヴィアロは少しだけ眉を顰めた。
「女王に生きて欲しくないの…?妹が、大事じゃないの…?」
その質問に、ゼータの表情が硬くなる。
「そんなことはありません。何故そう思われるのですか?」
「だって…自分の妹のことなのに…何で、二人がいなくなった事を、そうも秘密にするの…?」
「フルボディ様も、同じようなことを仰っていましたね」
ゼータの表情が、寂しそうに歪む。
「私がどうお答えしたかは、フルボディ様に窺ってください。私は、そうすることが最良だと判断した、それだけのことです。それで周りの者が冷たいと私に判断を下そうとも、私は国が混乱することなく女王が見つかれば満足です。
ヴィアロ様のようにお優しい方が、お怒りになるのはごもっともですが…」
「別に…怒ってるんじゃないけど…探してるんだから、信じてて欲しい。諦めてるなら、諦めないで欲しい」
「諦めているように見えるのは心外ですね。ダウジングという手段が駄目なら、他の手段で探してくださいとお願いしているだけです。それは、諦めたことになるのでしょうか?」
ヴィアロは答えず口をつぐんだ。
心の中に浮かんだ言葉は、口にしても意味が無い気がしたから。
(…信じてない、っていうことは否定しないんだね…)

「おお、何だコンドル、早いな」
王宮から出ようとするコンドルに、千秋が背中から声をかける。
「あ、ち、千秋さん。お、おはようございます」
控えめに返事をするコンドルに、眉をしかめる千秋。
「他の連中と一緒に行かないのか。街へ行くんだろう?」
「あ、あの、王宮からぞろぞろ冒険者が出てきたら、こ、国民の皆さんに変に思われるかもしれないし、ボ、ボクは皆さんよりも一足先に街へ出ることに、し、したんです」
「…そうか…?余計な気遣いだと思うが…」
「そ、そうですか?じゃ、じゃあ千秋さん、途中まで一緒に行きましょう」
「構わんぞ。俺はギルドに行く前に、軽く腹ごしらえでもしていこうかと思っているが…お前はどうする?」
「は、腹ごしらえ、ですか?」
きょとんとするコンドル。千秋はあっさりと頷いた。
「ああ。まあ腹ごしらえをしがてら、女王の評判でも聞いてみようかと思ってな。マヒンダの食生活にも興味はあるし…」
コンドルは実はそっちが目当てなんじゃないかと思ったが、言葉には出さないでおいた。
「まあそんなところだ。お前はどうする?」
「ボ、ボクは、外で色々聞いてみます…ヴィアロさんたちとも、ご、合流しなくちゃいけないし…」
「そうか。じゃあまあ、適当な飯屋まで歩くか」
言って千秋が歩きだし、コンドルはその後をとことことついていった。

「はいお待ち」
定食屋の女将が運んできた皿は、赤いスープに色鮮やかな野菜が浮いて、中央に鳥が丸ごとどかんと盛られている豪快な料理だった。
「おお、これはすごいな。マヒンダの伝統料理なのか?」
千秋は感心した様子で、女将に訊いた。
「いんや、うちのオリジナルだよ。なんだい、お客さん旅の人かい?」
「ああ、マヒンダは初めてでな。色々楽しそうなところだな」
「そうだねえ、よその人にとっちゃ、色々と珍しい国だろうねえ」
女将はからからと笑った。千秋はそのまま旅人という風情で、料理をつつきながら女将に質問する。
「女王が双子なんだろう?まだ少女だと聞いたが、どんな女王なんだ?」
「女王様かい?そうだねえ、あたしゃ宮中行事なんてめったに行かないからよく知らないねえ。っていうか、少女?だったかい、ねえ?」
女将は後ろにいる常連らしい年配の男性に声をかけた。男性は麺らしきものをすすりながら、首をかしげる。
「ん?…んにゃあ、俺ぁ即位の記念式典に顔を出したが、少女ってぇ年じゃなかったぜ?別嬪の姉ちゃんだったよ。幾つだかぁわからんが、ま、二十歳後半ってとこじゃないのかね」
「は、二十歳後半?」
千秋は思わず問い返した。昨日貰った魔道念写の女王は、どう控えめに見ても10代だ。いくら着飾って化粧をしたところで、二十歳後半に見えようはずもない。というか根本的な問題があった。
「お前たち…女王の顔をそんなに見ないのか?年も知らないのか?」
呆れたように問うと、女将は眉を顰めた。
「そりゃあ、あたしたちとはおよそ縁のない雲の上の人だからねえ。あんた、そのカッコはナノクニの出身だろう?あんた、王様の顔を見たことがあるのかい?年を正確に言えるかい?」
「…それは…」
千秋は言いよどんだ。彼の出身地であるナノクニの王に当たる人物はミカドと呼ばれるが、上位の貴族のごく一部にしか顔を見せることはない。下級の武士の出である彼は、ミスと呼ばれる布のような物越しに声をかけられたことがあるくらいで、顔も知らなければ、正確な年もわからない。それすらもない庶民は、正確な名前すら知らないのではないかと思われた。
「…なるほどな…では、女王がどのような人柄か、という質問も愚問だな」
「そうだねえ。あたしたち庶民にも分け隔てなく接してくれる優しい方々だとは聞くけどねえ。ま、この国はのんびりとしたところだからねえ、あたしたちがのんびり気楽にやれてるってこた、女王様のおかげなんじゃないのかねえ」
うんうん、と満足げに頷く女将。
千秋はチキンを租借しながら、念を押した。
「…確認するが、本当に女王は二十代後半なのだな?」
「しつこいねえ。ま、そう見えた、ってこった」
先ほどの男性が眉を顰めて答える。
「まぁ、魔道士に見かけの年齢なんてあんまり関係ないけどねえ。腕のいい魔道士なら、いくらでもごまかせるんだし。あたしにゃそんな腕は無いけどねえ」
からからと笑う女将。
そのまま関係ない話を始めた女将と男性をよそに、千秋は一人難しい顔で料理を片付けていた。

Minimum Alien

「…………何か用か。つーか、誰だお前」
財政管理室、と書かれたドアを開けると、仏頂面の青年がぎろりとこちらを見た。
「……ゼータに雇われた冒険者だ。プリオム・フルボディという。少し話を聞きたいのだが」
「ああ………」
青年は得心がいった顔で、しかし面倒げに立ち上がると、顎で中に入るように示す。
「入れよ。椅子、そっち。ちょっと待ってろ」
別段、フルボディの鎧に驚いた風でもない。がしゃがしゃと部屋の中に入っていく鎧に目もくれずに、青年は奥の部屋へと入っていった。
「室長ー。客。冒険者だってよ」
入り口から中に向かって声をかける。ややあって、部屋の奥からのんびりとした声が響いてきた。
「はーい。すぐ行きますから、カッパくん、お茶を入れてくれませんか~」
「ちっ、しゃーねーな」
カッパと呼ばれた青年は、舌打ちをするとやはり面倒臭そうにフルボディの前を通り過ぎ、給湯室と思われるスペースへ歩いていく。
「いやー、すみませんすみません。書類の処理をしていたものですから」
続いて、隣の部屋からいそいそと一人の男性が歩いてきた。
「どうぞ~、おかけになってください」
ニコニコと椅子を勧める男性。
「いや、しかし…」
「あー、そうですよねー。ちょっとそれでは椅子は座れなさそうですよねー。でもうちのソファは丈夫ですから、きっと大丈夫ですよ。遠慮なく座ってくださいねー」
男性はなおもニコニコしながら小首をかしげる。フルボディは一瞬躊躇したが、がしゃり、と大きなソファに腰掛けた。
そして、男性が向かいのソファに座り、先ほどの青年が茶を持ってくる。
「あー、ありがとうございます、カッパくん」
どこまでものんびりと男性が礼を言うと、カッパは無言で頷いて、自然にその傍らに立つ。
「ご挨拶が遅れました。財政管理室室長のヒョウ・ロウケンと申します。ローと呼んでください。こちらはカプシスト・ラディッセといいます。カッパと呼んであげてください」
改めて見ると、そのローと名乗った男性は奇妙な感じがした。年は20代後半といったところか。長い薄茶の髪を後ろでひとつにまとめ、メガネをかけたややさえない相貌をのんきそうな笑顔に崩している。着ているのは、モスグリーンを基調としたエキゾチックな衣装。先ほどの名前からすると、リュウアンのものに間違いないだろう。
傍らに立っているカッパという青年は、おそらく二十歳そこそこ。黒髪を青いバンダナでまとめていて、黒い光は相変わらずやぶにらみをしているような印象を与える。着ているのは、バンダナと同じ青い制服。
フルボディは一通り相手を観察し終えると、挨拶を返した。
「ゼータに雇われた冒険者で、プリオム・フルボディという。フルボディで構わん」
「フルボディさんですねー。よろしくお願いします。それで、こちらにはどんな御用ですかー?」
フルボディの纏う異様な鎧にも、冒険者を雇うような依頼の内容にも一切触れてこない。相変わらずののほほんとした笑顔は、一見何も考えていないように見えた。
「…この国の財政の様子について、少し訊きたいことがあってな。差し支えない範囲で構わん、答えてくれ」
「わかりましたー」
「女王が即位してから、財政に変化はあったか?」
「ありませんねぇ。財政は私が管理しているようなものですから、王権が交替した程度では特に変化はないですよー」
「…あんたが管理してるのか?」
フルボディは意外そうに訊いた。ローは相変わらずの笑顔で、メガネを直す。
「こう見えても、このお仕事はちょっと長いんですよー。先代王から光栄なことにご信頼を頂いておりまして、ゼータ様も女王様方からも引き続き私が仕切るよう仰せつかっています」
「そうなのか…一番多くの部分を占めている収入と支出は?」
「収入は、貿易によるものが一番多いですよー。我が国の魔道技術は良い商品価値を持っていますからねー。
支出のほうはといいますと、実は研究費だったりするんですねー」
「…研究費?」
意外な単語に、フルボディは鎧の中で眉を顰めた。
「はいー。魔道の研究というものはですね、それはそれはお金がかかるものなんですよー。ギルドへの出資や、一般に対しても研究育成費を出していますから、結構な出資ですねー。私達の給料よりもお金割いてるんですよー、どうなんでしょうねこれはー」
ははは、と陽気に笑うロー。カッパは相変わらず仏頂面で傍らに立っている。
フルボディは何とコメントしたらいいか判らない様子で言葉を濁し、次の質問をした。
「…あとは…使途不明金とかはないのか?」
「私がいる限り、ありえないですねー」
即答に近い勢いで、きっぱりと断言するロー。
そのセリフにも、その笑顔にも、妙な迫力がある。おそらくこんな見掛けをしていても、財政の管理を任される者として申し分のない働きをしているのだろう。若そうに見えるが、意外に年を食っているのかもしれない。
「…そうか。わかった。聞きたいのはそれくらいだ」
「そうですかー。念のために昨年度の予算編成の写しでもお持ちになりますかー?」
「そうだな、頼む」
「カッパくん、お願いできますかー?」
ローは傍らのカッパに笑顔を向ける。カッパはあからさまに嫌そうに舌打ちした。
「ちっ、しゃーねーな…」
ぶつぶつ言いながら、先ほどローが出てきた部屋(おそらく資料室か何かだろう)に向かう。
その後姿を見送ってから、フルボディが声を抑えてローに問うた。
「…あんた、室長じゃないのか。何で部下に敬語なんだよ。部下は部下で態度でかいし…」
「あー、カッパくんですかー。根はいい子なんですよー。ただちょっと、ひねくれて育っちゃったんですねー。彼は、魔力を持っていませんから」
「…魔力を持たない…?」
ローは相変わらず飄々とした笑顔で語る。
「はい。この国で魔力を持たないのは、例えは悪いですが身体障害者のようなものです。誰かの助力なしで生きていくには周りの人々の3倍の労力が要ります。そういう風に生活のシステムがなっちゃってるんですよねー。考えてみてください、水を飲むのもご飯を作るのも、彼にとっては他の人より格段にハンデがあるんですよー」
「…なるほどな」
例えば、足を患っている人間は誰かの助け無しで行ける場所は非常に限られる。周りの人間にとって、そういった者に助けの手を差し伸べることは思うほど無理難題ではない。しかし、手を差し伸べられた者にとっては「迷惑をかけている」という意識が絶えず付きまとうだろう。周りの人間は自分と同じではない。ちょっとした異邦人だ。
そんな環境で人生をずっと送ってくれば、ひねくるのも無理はない。なんだかんだいってマヒンダに留まっているということは、カッパはカッパなりにこの国が好きなのだろうが。
カッパが入れてくれた茶は、リュウアン原産のものなのだろう。独特の香りがする。
フルボディは飲みにくそうに茶をすすりながら、カッパがやはり仏頂面で書類の写しを持ってくるのを待っていた。

Minimum Stocking

「よう姐さん、今日はちっと遅いじゃねえか」
朝早くから賑わう市場。仕入れに顔を出したケイトは、顔見知りの店主にそう声をかけられて、からりと笑った。
「ああ、今日はちょっと連れがいるもんでねえ」
と、おぶっているエータをチラリと見せる。さすがに朝が早かったらしく、出かけるときはそれでも起きていたがまた眠り込んでしまっていた。
店主は大げさに驚いて見せた。
「姐さん、いつのまにこんな大きな子を産んだんだい?」
「そんなわけないだろ!この子は…まあ、ちょっと訳ありってやつでね。
そうだ、あんた知らないかい、多分この子の双子で、名前がシータちゃんっていうんだ。はぐれちゃったらしいんだけど…」
店主は難しい顔をして唸った。
「うーん、知らないねえ。それくらいの子が迷子になってたら話題にもなるだろうけど、聞かないなぁ」
「そうかい。ま、他もあたってみるよ。じゃ、そっちのキャベツとにんじん、それからたまねぎもくれるかい」
「あいよ」

「ただいま~。あれ、起きてたのかい、クルムさん」
「おはよう、ケイト。出かけるなら起こしてくれたらよかったのに」
「いやぁ、朝早くから買出しにつきあわせるのも何かと思ってさ」
ケイトは苦笑して、荷物をテーブルの上に下ろす。
まだ宿を決めていなかったクルムは、ケイトが住み込みで働いている宿屋兼酒場に泊まることにしたのだった。
ケイトは荷物を下ろし終えると、背負っていたエータを抱えなおして椅子に寝かせた。
「エータ、つれてったんだ?」
「ああ、何か見知ったやつがいないかと思ってね。手ごたえはなかったけどねぇ」
「そうか…これくらいの女の子が一人でうろうろしてたら、相当に目立つと思うけど…」
うーん、とクルムは考え込んだ。そうだねえ、と、ケイトは改めて買ってきた物の整理を始める。
「あれ…仕入れをしてきたんじゃなかったの?」
何やら、料理の材料とはかけ離れたものが出てきて、そちらに目をやる。ケイトはそれを手に取ると、クルムに差し出した。
「ああ。駄菓子と、それに紙とクレヨンをね。菓子はエータちゃんが食べると思ってさ。これくらいの女の子ならお絵かきも好きだろうし…それに、何か意志の疎通に役立つかもしれないだろ?」
「ああ、なるほどね。起きたらあげてみよう。エータ、きっと喜ぶと思うよ」
クルムは言って微笑んだ。ケイトも同じように笑みを浮かべ、眠っているエータを見やる。
「この子…ちっちゃいけど、何か訳ありなんだろうねえ。ただの迷子とも、ちょっと違うようだし…」
「そうだね。どんな事情かは知らないけど…きっと、シータもエータのこと探してると思う。大切な家族がいなくなって、きっと心細いだろうに…毅然とした態度でいるのはすごいよね。オレも、できるだけエータの力になりたいって思うよ」
「ああ。あたしもこのちっちゃい大物を気に入ったよ。シータちゃんを見つけ出すまで、がんばろうね」
にっと笑って、エータの頭をそっと撫でる。エータはくすぐったそうに身をよじった。
「じゃ、あたしは朝飯でも作ってくるよ。クルムさんはくつろいどいとくれ」
「あ…うん、ありがとう」
ケイトはいいってことよ、と笑うと、厨房へと姿を消した。

「ちゃんっちゅ~ ちゃんっちゅ~ にゃんなにゃっちゃにゃ♪」
時刻は、そろそろミドルの刻。朝食を食べ終えたエータは、何だかよく判らない歌を歌いながら、上機嫌でクレヨンを使って絵を描いている。
描かれているのは、黒いクレヨンでぐちゃぐちゃと描いた…抽象画のような代物だ。これはどうにも、何を表しているものなのか判別できそうにない。
「エータ、何描いてるの?」
クルムが問うと、エータは少々クレヨンで汚れた顔を上げてにっこりと微笑んだ。
「おっちゃー」
「おっちゃー………えっと…どこかで聞いたな…」
視線だけを上に上げ、記憶を反芻する。
「…ああ、シータの好きなもの、だね。黒いものなんだ…へぇ」
クルムはほほえましげに、エータがぐりぐり描くものを見ている。
「そういえば、エータは家族が三人だって言ってたよね」
「うゅ?」
話を切り出したクルムを、顔を上げて見るエータ。
「シータは妹?お姉さん?」
「えーちゃ、ねーちゃ」
しゅた、と手を上げて、エータ。クルムは微笑した。
「エータがお姉さんなんだ。もしかして二人は双子なのかな?」
「うゅ」
エータが頷く。クルムは楽しそうに言葉を続けた。
「もう一人は…お父さん?お母さん?それとも兄弟?」
「にーちゃ」
「お兄さん、かな?」
「うゅ」
「そうなんだ。お兄さんは、今は何をしてるの?」
「ちゃか」
「えっ」
微妙な発音にぎくりとするクルム。しかし、エータの言っているのは当然、彼のよく知る褐色肌の魔族のことではあるまい。
「ちゃか…うーん、何だろう?」
「すごいねえクルムさん、エータちゃんと会話が出来るなんてさ」
首をかしげていると、後ろからケイトが声をかけてきた。クルムは苦笑して顔を上げる。
「オレ、言葉が通じない人や…動物なんかと意志を通わせる力を、少しだけ持ってるんだよ」
「へえ?!便利だねえ。じゃあ、エータちゃんの言ってることもわかるんだ?」
「うーん、ニュアンスとして伝わってくる、っていう感じかな?全然言葉の違う種族の人たちと話す時、長い時間話していると、異なる言葉なのにだんだんと相手の言いたいことが分かってきたりするんだ。
それに、エータの話す言葉は全く違う言語では無いんだから、慣れて理解出来るようになるのも早いかも」
「そうだねえ、エータちゃんはこっちの言うことは判ってるみたいだしねえ」
ケイトが頷くと、クルムは真剣なまなざしをエータに向けた。
「エータも、オレ達の言葉は分かってるのに自分の言葉が伝えられないのは辛いんじゃないかな?
シータとはぐれて、心細い思いをしてるだろうし…不安なこともたくさんあると思う。
だから、こうして話すことで、エータの不安が少しでも薄れていけばいいなって思うんだ」
「クルムさん…相変わらず優しいねぇ…」
ちょっと涙目になって、ケイト。
「そ、そんなことないけど…ケイト、もう出かける?」
「そうだね、仕込みが終わったから、エータちゃんをつれて色々回ってみようと思うよ」
「そうか。じゃあ、その前に、昨日エータを助けた路地裏に行ってみたいんだけど…エータをつれて。いいかな?」
「あいよ。じゃ、いこっかエータちゃん。またオネーサンが肩車してあげるからね~」
言って、ケイトがエータを抱き上げる。
エータは何も言わなかったが、楽しそうな表情を見ると、割と肩車は気にいっているようではあった。

Minimum Guild

「魔術師ギルド総評議長、マリエルフィーナ・ラディスカリと申します。どうぞ良しなにお見知り置きくださいませ」
言って恭しく礼を下のは、その肩書きに全く相応しからぬ女性だった。千秋は呆気に取られたような表情で、礼を返す。
「…一日千秋だ。ギルド長というからもっとその…よぼよぼの爺さんを予想していたのだが。このように美しい女性だとは意外だな」
「まあ。お上手でいらっしゃいますのね」
浮かべたその微笑は、どこか硬質で、人形を思わせる。
人形を思わせるのは、何も微笑みだけではない。エルフであることを主張する長い耳、そしてその類稀なる美貌。が、彼女はおそらくそんな必要は無いだろうに、その美貌をきっちりとした化粧で覆っていた。きっちりとしたというよりは、ありていに言って不必要なほどに濃い。くっきりとした化粧が施された大きな瞳は紅く、きつい癖のある銀髪を左右二つに結っていて、黒を基調とした時代がかった服に身を包んでいる。そのどれひとつを取ってみても、丁寧に作りこまれてはいるが魂のない人形を思わせた。
「それで、マリエルフィー…」
「マリーで結構ですわ。どうぞ楽になさってくださいまし」
呼びにくそうに名前を発音する千秋に、マリーはゆっくりと微笑んで、正面の椅子を指し示す。
「かたじけない」
千秋が一礼して椅子に座ると、マリーはその正面の椅子に静かに腰をかけた。
「それで、マリー。早速質問をしたいのだが」
「どうぞ。このお部屋は防音処置を施してございます。女王様を見つけ出すために、協力は惜しみませんわ」
再び、生気のない微笑を見せて、マリー。
千秋は頷くと、質問を始めた。ラグナから預かっていた質問のリストを見ながら、話し始める。
「魔力を封印できるマジックアイテムを調査していると窺ったが…女王の魔力を封印できるマジックアイテムというのは、実在するものなのだろうか。あるとしたら、それは簡単に入手できるような代物なのか?」
マリーは薄く微笑むと、穏やかな口調で答えた。
「まず、魔力を封印できるマジックアイテムというものは、この国には普通に存在します。暴走する魔力を抑えるために必要になることは多々ございますので。あるいは、犯罪を犯した魔道師などにつけるものとして、など。需要も多いですし、そういったものは多く生産されています」
「なるほど」
「しかし、女王の魔力ほどの大きなものを封印できるものといいますと、数は限られておりますわ。おそらくは、王宮の宝物庫に保管されている『封術輪』のみでございましょう。わたくしの調べましたところでは、それだけです」
「その製作者は?」
「詳しくは明かすことは出来ません。ギルドのトップシークレットでございますので…ですが、それだけに魔道の世界でめったに姿を現す方ではない、とだけ申し上げておきますわ」
「王宮にある…ということは、誰かが買ったり持っていったりする、ということはありえないな」
「そうですわね。事件がありましてから、わたくしも宝物庫を確認いたしましたが、そこには確かに本物の封術輪がございました」
「ふむ…なるほど」
千秋は腕を組んで考え込んだ。
「…そのアイテムを使われると、魔道師はどうなるのだ?自分の力では取れないものなのだろう?」
「はい。自らの力がそのアイテムの容量に満たない場合、アイテムを使用したものにしか解除は出来ません。しかし、そのアイテムの許容量よりもその者の魔力が大きい場合は、普通に術を使おうとするだけでアイテムの方が耐え切れずに壊れてしまうでしょう」
「ほう?」
「例えば、わたくしに通常の人間と同じアイテムで封魔を施したといたしますわね?アイテムは正常に作動し、わたくしの魔力を封じた状態にはなりますが、わたくしが魔道を使おうとするだけで簡単に破壊されてしまいます。あまり意味はございませんわね」
「なるほど。魔力の強い人間には、その魔力より容量の多いアイテムを使わないと封じることが出来ないということだな」
「はい。わたくしや女王クラスの魔力の持ち主であれば、それこそ封術輪でもなければ完全に魔力を封じることはできないでしょう」
「…そうか。わかった。魔力を封じるアイテムについてはそのくらいだ」
千秋は頷くと、次の質問にかかった。
「あとは、王宮にあるシステム…魔道を使ったことが記録される装置があるということだが」
「はい、存じております」
「あれの記録を誤魔化したりというようなことはできるのだろうか?」
「誤魔化す、でございますか?」
マリーが少しだけきょとんとしたような表情を見せる。
「そうですわね…あのシステムをお作りになられたのは、先ほど申し上げました『封術輪』をお作りになった賢者様なのですが…わたくしにもわかりかねる技術を使ってお作りになられたようです。あの装置を止めたり、自在に操るというようなことは…おそらくその賢者様にしか出来ないのではないかと思われますわ」
「そうか…いや、俺もそんなことはないと思うのだが、念の為な」
千秋は嘆息して言い、難しい表情になった。
マリーは薄く笑って、言った。
「差し出がましいとは存じますが…事実をお疑いになるのは、遠回りをさせるだけだと思いましてよ?」
千秋が訝しげに眉を顰める。
「…というと?」
「事実を誤認するのも、事実を捻じ曲げようとするのも、いつでも人の心でございます。事実が虚偽によって作られたと疑うより、事実を誤った方向から見てはいないか、事実を捻じ曲げようという存在の不自然さはないか、そこに焦点を絞られるほうが宜しいのではないでしょうか?」
「………しかし、周りのもの全てが嘘をついているかもしれないと疑うのは、悲しいことだ…」
千秋が少し辛そうな表情をする。
マリーはまたうっすらと笑った。
「人は必要のない嘘はつきません。必要に駆られるからこそ嘘をつくのでございます。その嘘を含めた模様を読み解くのが重要なのです。それは決して、疑うということと同項では無いと存じます」
「………」
黙っている千秋に、マリーはにこりと微笑みかけた。
「わたくしは、立場上王宮の方々を捜査するということは出来ません。皆様のご活躍に、期待しておりますわ」
「………かたじけない」
千秋は深々と礼をした。

Minimum Lover

「今回の大失態、誰がどう責任をとるんだろうな?」
秘書室を訊ねてくるなり、開口一番のその問いに、アルファはただ目を丸くした。
フルボディは鎧の奥から剣呑な空気を漂わせながら、続ける。
「そもそも、国の中枢で指揮を執る人間が、若くて未熟過ぎるんじゃねえか?
そんなにこの国は人材不足なのか」
「…はぁ………」
片眉を顰めて、生返事をするアルファ。
突如無礼なことを言われた怒り、というよりは、いきなり現れて何を言ってるのかしらこの人、という感じではある。
「責任は…あえて誰かが『今』取る必要も無いと存じますが。まずどのような状況で女王が消えたのかもわかっていない以上、責任も問いようがございません。
人材不足は、まあどうしようもないのではないかと。今あるものでどうにかしなければならないのは、どこの国も一緒でございますから」
その様子には、怒りも動揺もあまり感じられない。
フルボディはイライラしたように、続けた。
「一番納得がいかないのが、あのメイド頭だ。イオタの様に、昔から仕えていたわけでもない。女王が消えた瞬間に、一番近くに居た。それなのに、ニューが疑われていないよな。
奴の証言を鵜呑みにする根拠はなんだ?」
「実績、でしょうか」
アルファは即答した。
「フェアルーフ王立執事養成学校は、各国の王侯貴族に多くの執事やメイドを輩出し、その誰もが高い評価を受けています。彼女も然り。そして我が国に訪れてからの彼女のここでの働きが、私達に彼女を信頼させているのです。
それはもう、昨日今日雇った冒険者などとは比べようもないほどに、ですね」
にっこり、と答えるアルファ。
フルボディは一瞬答えに詰まった。間接的に自分たちに信頼が置けないと言っているようなものだ。
しかし、先ほど自分がアルファたちを侮辱するような発言をした手前、強くも出られない。
アルファはやんわりと「仕返し」をしたのだ。おそらく、冒険者云々と比べ、というのも本気ではあるまい。
「まあ、信頼するしないはともかく、として」
アルファは穏やかな表情で、しかし好戦的に瞳を輝かせる。
「私達は『彼女の言葉』を鵜呑みにしているわけではありません。『朝起こしに行ったら女王はいなかった』と『彼女が証言したということ』を『事実』として受け止めているだけです。
その答えではご満足いただけませんか?」
その『事実』をどう判断するか、どう裏づけを取るかが、あなたたちの仕事なのだと。
その瞳は、そう語っていた。
フルボディが沈黙していると、秘書室の扉がノックされる。
「誰ですか?」
「ニューでございます」
「入りなさい」
アルファの返事と共に扉が開き、ロップイヤーのメイド頭が姿を現す。
「アルファ様、ゼータ様がお呼びでございます。執務室へお急ぎくださいまし」
「そう。ご苦労様。下がっていいわ」
「待ってくれ。聞きたいことがある。彼女はここに残してくれ」
フルボディの言葉に、一礼して下がろうとしていたニューが足を止める。
アルファはそちらに視線を向けて、やがて頷いた。
「了解いたしました。私は席を外しますので、お帰りになられるときはそのままご退出下さい」
「わかった」
アルファは軽く会釈をすると、ニューの脇を通り過ぎて部屋を出ていった。
ぱたん、とドアが閉められ、がしゃ、とフルボディがニューのほうを向く。
「よう、メイド頭。女王を誘拐されるという大失態を犯したのに、まだそんな地位に居座っているんだな。そもそも、あんたはどの程度有能なんだ?」
先ほどと同じように、ニューに対しても挑発的な言葉を投げる。
ゼータにもアルファにもしてきたこと。『わざと相手を激昂させ、感情的になった相手が見せる素顔を見る』というものだ。
しかし、ニューはいつものように薄く笑っただけだった。
「そうでございますわね。このような失態を犯した無能なメイドは腹を切ってお詫びするのが筋でございましょう。
ですがその前に、わたくしにこのような生き恥をかかせ、あろうことか女王様を拉致するなどという不届き者をこの手で地獄に叩き落さなければなりませんわ。わたくしはその責を果たすまでは死ぬ訳には参りません」
に、と笑みを少し深くして。
「自らが真実を探り当てることが出来ないからといって、他人の粗を探して嘲笑う無能な冒険者のようにはなりたくはございませんから」
フルボディは鼻白んだ。
「…それは、俺のことを言っているのか?客にそんな口をきいていいと思っているのか?」
「一般論ですわ。フルボディ様にお心当たりがおありかどうかは存じ上げませんが」
直球もさらりとかわす。先ほどのアルファと同じ、ささやかな「仕返し」だ。
フルボディは息を吐いて、続けた。
「実はあんたに頼みがあってな。そろそろ、この重い鎧を脱いでくつろぎたいと思っているんだ。だが、1人じゃ脱げなくてな。
俺の鎧を脱がせて、客人がくつろぐのを手伝ってくれねえか?」
ニューはしばし沈黙した。
フルボディの大きな鎧は、女の細腕ひとつで脱がせるには多少無理のある代物である。しかも、それだけではない。
「…わたくしはフルボディ様が仰いますとおり、無能なメイドでございます。
残念ながら、そのような重い呪いのかかった鎧の解呪は出来かねますわ。申し訳ございません」
「……!」
フルボディは息を飲んだ。
彼がこの鎧を決して脱ぐことが出来ない理由。簡単だ。この鎧は鉄壁の防御を誇るが、その代わりに一度着たら決して脱ぐことの出来ない呪いがかかっているのである。
呪いがかかっていることを一目で見抜いたのは、彼女がマヒンダの民であるからか、それとも彼女が優秀なメイドであるからか。
いずれにしても、脱がせられない時の文句は決まっていた。
「…その程度か。メイドという職業に随分プライドを持っているようだが、大したことないな。ちゃちな守秘義務は捨てて、こちらの質問に答えてもらうぞ」
「…仰っている意味がよく判りませんが、わたくしにお答えできる事でしたら何なりと」
ニューの表情は相変わらずだ。
フルボディは遠慮なく質問を始めた。
「女王が就寝するまで部屋の中に居たと言ったな。その時その場に他のメイドは居たのか?」
「おりません。わたくしとイオタ様の二人で、イオタ様は外でお待ちになっておられました」
「夜はメイドが見回りをするそうだな。女王の部屋付近を担当した者は誰だ?」
「見回りはわたくしとイオタ様が交代で一刻ごとに城の全域を見て回ります」
「女王が居なくなった後、無くなっていた女王の服はあったか?どんな服だ?」
「いつもお召しになっておられる服でございます。皆様方がご覧になった魔道念写に写っていたものです」
「最後だ。女王に、部屋を抜け出すので口裏を合わせてくれと頼まれた場合、あんた等メイドはそれに従うか?」
「主人が間違った道を進もうとした時にご忠告差し上げるのも執事の勤めであると、わたくし達は教えられました」
曖昧なニューの答えに、イライラしたようにフルボディが押す。
「…従うのか、従わないのか」
「わたくしがそうするべきではないと判断しましたら、僭越ながら拒否をさせていただきます。問題ないと判断いたしましたら、従わせていただきます」
「…そうか、判った。手間を取らせたな」
「滅相もございません。では、失礼致します」
ニューは何事もなかったかのように一礼すると、部屋を出ていった。
フルボディはそれを見送って、ちっ、と息を吐いた。

「あっ、フルボディさん」
イオタを探して歩いていると、ちょうど彼と一緒にいるリーシュに行き当たった。
「リーシュ。お前もイオタに何かあったのか」
「ええ、でもまだお会いしたばかりで、今から訊くところなんです」
リーシュは少し嬉しそうにそう言うと、イオタに向き直った。
「何度も何度も申し訳ありません、よろしいですか?」
「ええ、構いませんよ」
イオタはにこりと微笑んだ。リーシュは安心したように質問を始める。
「女王様方が常より仰っていたことなどございますか?例えばこれは極端な例ですけれども゛っ………女王でない立場を体験してみたい、ですとか…」
「女王でない立場、ですか…そう仰っていたのをお聞きしたことはありませんね…」
少し考えるようなしぐさをして、イオタは言う。
「あの方々はご存知の通り、ご自分のしたいことは何憚ることなく実行される方々です。あまり現在の状況に不満をお持ちになられていたようには…私には見えませんでした。ただ…」
「………ただ?」
イオタは言いにくそうに口に手を当てた。
「シータ様が…一度だけ。ご自分が、何と不公平なのだろうと仰っていたのをお聞きしたことがあります」
「不公平……だと?」
フルボディが言い、イオタは疑問が残る様子で眉を顰めた。
「はい。他の人よりも大きな力を持っている自分が、他の人より話せることも、出来ることも少ない…それは不公平だ、と仰っていたのを…」
「不公平…ねぇ」
フルボディは何か考え込んだ様子だった。
リーシュは質問を続けた。
「そうですか…イオタさんは、女王様方とはおさななっ……幼馴染でいらっしゃるのですよね?」
「あ…はい、光栄なことに幼い頃はよく共にお遊びいただきました」
イオタの表情が少し明るくなる。
「今は昔のように遊んだりはしないのですか?」
リーシュが重ねて問うと、イオタは苦笑した。
「もう遊ぶという年でもないでしょう。私も女王様方も職務がございますし…昔と変わらずに接して下さってはいますが…私などには、身に余る光栄です」
そこで、表情が寂しげに曇る。
「ゼータさんとは仲が宜しいのですか?」
「ゼータ様、ですか?」
イオタが問い返し、リーシュは慌てて手を振った。
「あ、深い意味は無いのですがっ。女王様方と仲が宜しかったと聞きましたので…」
「とても良くして下さっていますよ」
イオタは柔らかく微笑んだ。
「とても冷静で、ともすれば冷たく見えてしまう方ですが…城の者は皆知っています。ゼータ様がとても女王様方を大切に思っていらっしゃるということを。一緒に遊ぶという感じではありませんでしたが…とても頼りになるお兄様、でしたよ」
「そうなんですかー…あ、ありがとうございましたっ」
リーシュは満足そうに言って頭を下げた。
と、フルボディが何かを考えながらイオタのほうに向き直る。
「幼馴染…か。思ったんだが、あんたなら女王を寝室から連れ出すのは簡単なんじゃねえか?」
リーシュがびっくりしたようにフルボディを振り返った。
イオタも驚いて目を丸くしている。
「執事長なら、見張りのメイド1人くらい口止めできるだろ。鍵を使って部屋に入り、合意の上か、もっともらしい理由をつけて女王をドアから連れ出し、また鍵をかける。どこに警護がいるかも分かっているだろうから、それを避けて3人で外へ出れるはずだ。
動機だって簡単だ。若い男と女、しかも幼馴染ときたもんだ。どちらか片方に身分を越えた想いを抱き、彼女を手に入れる為には王宮という場が邪魔だった。もう片方は口止めだな。どこか土の中に埋めとけばいい。女王失踪の責任を取って王宮を辞めたあんたは、先に国外へ出ていた彼女と二人、遠い国へ…」
イオタは苦笑した。
「女王を殺したり、連れ去ったりなど…私にはそのようなことは出来ません」
「…あんたが手引きしていないと、証明できるものは?
女王には職務以上の感情は一切無いと、言い切れるか?」
フルボディが鋭い視線をイオタに向ける。
イオタはしばらくそれをまっすぐ見つめ返し、やがてふわりと微笑んだ。
「…お慕いしておりますよ。もう、ずっと昔から」
臆面もなく言い切ったので、フルボディは少し驚いた。
『あの者は、シータを慕っていますからね』
特に躊躇もなくゼータが言っていたのを思い出す。何と切り出していいものか判らず、言葉を探りながらフルボディは問い返した。
「慕っている…というのは…その、女王に恋愛感情を持っている、と?」
「はい。もっと正確に言えば、シータ様に、です」
きっぱり。表情は柔らかくとも、瞳にははっきりとした意志が窺える。ゼータもイオタも、それが許されるかどうかについては全く言及していない。身分違いの想いだと割り切っているのか、それとも身分など問題にならないお国柄なのか。どちらにせよ、彼が普段からあからさまに…もちろん、職務に支障が出るということはないのだろうが、言葉や表情の端々に女王への想いを隠さずに出しているのはまず間違いないようだった。
フルボディはイオタをじっと見つめ、言った。
「…あんたは信用できそうだな。ひとつ聞きたい。
女王が居なくなって、一番得をする王宮内部の人間は誰だと思う?」
「…あまりそういったことは考えたくないのですが……」
イオタは悲しそうに眉を顰めた。
「少なくとも現在の状況を見て、どなたかが得をしているようには、私には見えません。もし女王が崩御されれば、後継者がいない今、補佐官であるゼータ様のご意向が強く反映されるでしょうが…それでも、ゼータ様が即位できるというわけではないのは明らかですから…。
この国は研究者が集まって出来たようなものですから、あまり政治的な事件などとは無縁だったのです。そんなわずらわしいものに関わっているよりは、自分の好きな研究をしていたい、というタイプの方が多いのですよ。実際、宮廷に派閥があるわけでもありませんし…ちょっと、ご返答いたしかねます」
「本当に心当たりはないんだな?」
「申し訳ありませんが…」
「わかった。手間をかけたな。また何かあったら訊くことにする」
「はい、承知いたしました。では、私はこれで失礼致します」
イオタは丁寧に礼をして、その場を去った。
「…フルボディさん、いきなり過激なことを仰るからびっくりしちゃいましたよー…」
リーシュがまだ胸を押さえながら、フルボディを見上げる。
「すまんな。ま、多少の収穫はあったようだ…」
フルボディは去っていくイオタの背を見つめながらひとりごちた。

Minimum Remembrance

「昨日のところに来たはいいけど、ここでなにをするつもりなんだい?」
エータを肩車したまま、ケイトがクルムに訊ねる。
「うん、エータに、シータとどの辺ではぐれたのか、詳しい場所が判ったら、訊こうと思って…この辺の人たちで、エータを見た人がいたら、その人たちにも訊けるし」
「なるほどねぇ…でも…」
ケイトはエータを肩に乗せたまま、辺りをぐるりと見回した。
「昼間は、ここは閑散としてるからねえ。どうだろう…見た人がいるかどうか…」
「エータ」
クルムはケイトに肩車をされているエータを振り返って、言った。
「ここに来るまでに、どの辺りから歩いてきたか…わかるかな?どっちの方向から、でもいいよ。
エータがシータとどこではぐれたのか、知りたいんだ」
エータはきゅっと眉を寄せた。
「えーちゃ、わぁんな…」
困ったような表情で、首を横に振る。
「じゃあ、エータがシータとはぐれたのはいつ頃の話かな?俺たちがエータを助けた時間と逆算して、エータの足の速さから、そこを割り出すことができると思うんだけど…」
「く、クルムさん、すごいね…」
もはや何を言っているのか判らない様子で、ケイトが息をつく。
「どうかな、エータ?なにか、覚えていることはある?」
エータは無言で首を振った。
「じゃあ、どっちから来たかな?それだけでも、思い出せない?」
エータは辺りをきょろきょろと見回した。しばらく必死に、何かを思い出そうとしているようではあったが…やがて、がっかりしたように首を振る。
「そうか…」
「まあ、ここが全く土地勘のないところなら、闇雲に探してたら自分がどこから来たかもわからなくなるよ。
エータちゃんにそこまで求めるのは、酷なような気がするねえ…」
「そうか…そうだね。ごめん、エータ。無理に訊いてしまって。俺たちできっと何とかするから、安心して?」
「うゅ…」
エータはなおも心配そうだ。
「それにしても…エータは、どういう状況でシータとはぐれたんだろう?二人、一緒に歩いていたのかな?
お兄さんがいるって言うけど…お兄さんは一緒じゃないのかな。お兄さんも今頃心配してるだろうに…」
「そういえば、そうだねえ。お兄さんのところに帰れないような事情があるのかい…?」
そっとケイトが言うと、エータは辛そうな表情で黙り込んだ。クルムはどう言葉をかけていいか判らない様子で、それでも言葉を紡ぐ。
「…エータは、シータと一緒に歩いてたの?それで、はぐれてしまったの?」
エータは黙って首を振った。
「…じゃあ、シータはどこかに連れて行かれてしまったとか?」
ぴた。エータの反応が止まる。
「…そりゃ大変だ!誘拐事件じゃないか!」
ケイトが大仰に驚く。クルムも表情を引き締めた。
「そうだね。俺たちが探すのはもちろんだけど、自警団にも届出た方がいいのかも…」
「いやにゃ!!」
エータがはじかれたように反応し、クルムは驚いてそちらを見た。
「くーちゃ、いやにゃ、ちけーだ、やーにゃ!!」
ケイトの肩の上でバタバタともがきながら、必死に訴えている。クルムは眉を顰めて、エータに訊いた。
「エータ、自警団に連絡して欲しくないの?」
「やにゃー、しーちゃ、なっちむにゃー」
エータは必死で頷いている。言葉はわからないが、どうしても自警団には行かないで欲しいと言っているらしい。
クルムはしばし考えて、やがて頷いた。
「…わかったよ。自警団には行かない。安心して」
「うゅ…」
申し訳なさそうに俯くエータ。クルムは微笑して、彼女の手を握った。
「じゃあ、オレはケイトと別行動で、シータを探すことにするよ。冒険者が出入りしそうなところに行ってみたり…ああそうだ。ギルドに行ってみてもいいなって思ってたんだっけ。エータはケイトと一緒に、シータを探して」
「任せといておくれよ。あたしはクルムさんみたいに、頭を使った探し方はできないから…大声で触れ回るくらいしかできないけどねえ」
「うん、ケイトもがんばって」
ケイトにも笑顔を投げかけ、再びエータに向かって、励ますように言葉をかける。
「大丈夫だ、きっとシータは見つかるよ。オレ達みんなで、エータの力になるから。
早くエータがシータに会えたら、オレも嬉しいな」
「くーちゃ…」
エータの表情が少しだけ和らぐ。クルムはくすっと笑って、おどけたように言った。
「そうだ、昨日見せた卵人、置いていこうか?
昨日はちょっと興奮してたけど、普段はもう少しおとなしいんだよ。エータのことももうちゃんと覚えたし、やっちゃいけないことは、ダメだって言えばちゃんと分かるから」
「たぁご?」
エータが首をかしげる。さして興味がある風でもない。
「クルムさん、何があるかわからないし、その卵はクルムさんが持ってた方がいいよ。せっかくナンミンさんがくれたものなんだろう?」
ケイトが言い、クルムはそうだね、と頷いた。
「じゃ、エータ。行ってくるね」
「くーちゃ、ばいばー」
「また後でね、クルムさん!」
手を振るエータとケイトに見送られて、クルムはその場を後にした。

「人探しの魔法ですか…その方がどんな魔力を持っているかがわかれば、魔力の波動を探知することなら出来ますが…でも、その方がいないから探してるんですよね…?」
魔術師ギルドの窓口の若い女性は、申し訳なさそうに首をかしげた。クルムは眉を寄せてさらに問う。
「…そう…だね。いないから探してるんだけど…その人の家族、とかでも、魔力の手がかりは得られませんか?」
「魔力は、指紋と同じようなものなんです。家族だからって、指紋で判別は出来ないでしょう?
あとは…その方の使っていたマジックアイテムなんかがあったら、そこから魔力を採取することはできそうですが…」
「うーん…そういうものもないなあ…」
魔法といっても、そんなに融通の効くものではないのだな、と変に感心をするクルム。
「うーん…魔法に頼れないのでしたら、原始的ですけど物理力を使って探す方が早いんじゃないですかねえ。
自警団に届け出るとか」
「あ…うん、やっぱりそのほうがいいですよね。ありがとう、参考になりました。お仕事の邪魔してごめんなさい」
クルムは丁寧に礼を言うと、魔術師ギルドを後にした。
「うーん…やっぱり、魔法だから、ってぱぱっとなんでもできると思っちゃダメか…」
ギルドの前の大きな通りを歩きながら、考える。
「エータは、自警団に行かないで欲しいって言ってたから…自警団には行かない方がいいんだろうな。
でも…どうして、自警団は嫌だなんて言ったんだろう…?」
シータは明らかに何者かに連れ去られたようなのに、エータは自警団に届け出て欲しくないと言う。
自分の双子の妹が誘拐されたというのに、公に協力を求めたくないというのは、一体…?
「…っと。あれ。ここどこだ」
考えにふけっているうちに、足を伸ばしたところのないところに来てしまったらしい。
あわてて辺りを見回すと、はるか遠くまでのびた壁が見える。そのまま上をみると、クリーム色の壁に赤い彩が入った風変わりな大きな建物が見えた。
「ああ…そうか、お城まで来たんだな」
クルムは感慨深げに城を見上げた。
以前、仕事でマヒンダに来た時には、城の方にまで来る機会がなかった。唯一城まで行った仲間が、女王と会ったと言っていたのを思い出す。
マヒンダの双子の女王、エーテルスフィア、シーティアルフィ。エータとシータ、という愛称で親しまれているこの国の女王は、まだ年端も行かぬ少女であるという。
姿は珍しい紫がかった赤い髪、髪と同じ色の魔法装束の少女だったと聞いた。
「ちょうど、エータが大きくなったらそんな感じなんだろうな」
なんとなく微笑ましくなり、くすっと笑うクルム。
きっとエータの両親は、女王と似た髪の色の姉妹が生まれたのであやかって名付けたんだろう。名だたる魔道大国の女王でありながら、国民がその名を自らの子供につけているのだから、きっと慕われている女王に違いない。
と、クルムは唐突に、エータが言っていたことを思い出した。
『えーちゃ、しーちゃ、ちおーにゃ、ちゅんじゃ』
「………エータとシータは……城に、住んでる?」
自分で言ってみて、何だか可笑しくなってしまった。
「まさかね」
苦笑して自分の言葉を否定し、頭を掻く。と、そこに、裏門のようなところから人が出てきたのが見えた。
「あの、すみません」
クルムはその男性に声をかけた。二十代後半ほどの、軽い服装をした商人風の男だ。何か大きな籠を抱えている。
「ん?なんだい?」
彼はクルムに気付くと、体をそちらに向けた。クルムは彼のほうに歩み寄りながら、尋ねる。
「ここって、お城ですよね。お城の御用商人の方ですか?」
「ああ、そうだよ。調理場に野菜を卸しているんだ」
「じゃあ…女王様には、会った事ありますか?」
男性は大げさに苦笑した。
「さすがにないねえ。御用商人ごときが直接お会いできるようなお方じゃないよ」
「そ、そうか…じゃあ、女王様って、どんな方ですか?国の行事とかには顔を見せるんですよね?」
「あぁ、そりゃあ別嬪さんでなあ。今年はミドルヴァースの月の新年祭の時に、顔をお見せなすったよ。あんなに別嬪さんで、しかも魔道も達者とくりゃ。あんな姉さんを嫁に欲しいもんだねえ」
………姉さん?
微妙な齟齬に、首をかしげる。
「あの、女王様って、何歳くらいなんですか?」
クルムが問うと、男性は上を向いて考えた。
「うーん…詳しい年は知らないが……俺より少し下、くらいじゃないのかな」
「え………?」
クルムはきょとんとした。では、かつての彼の仲間が見た、女王と呼ばれた双子の少女は一体?
「女王様のことが聞きたきゃ、いつも野菜を仕入れてもらってる料理長さんを呼んでやるよ。ちょっと待ってな」
クルムが首をかしげていると、男性は元来た門へ引き返していった。
「あ、あの」
止めようと思ったときにはもう遅い。男性は裏門から程近い、おそらく調理場と思われる建物の方へ歩いていった。
「プサイさーん!ちょっといいですかー。話聞いてやってくださいよー」
建物の中からは何か返事があったようだったが、男性は頷いてすぐに戻ってきた。
「来てくれるってさ。じゃ、俺は仕事があるから。またな」
「あ、ありがとうございます」
少し慌てつつも、男性に礼を言って、クルムは見送った。ちょっと訊いてみただけなのに、城の中の人間を呼ばれてしまうとは。恐縮しながら、裏門から調理場のほうを見てみる。
と。
「なーんしよんじゃーこのスっっっっカタンがあぁぁ!!」
どがちゃーん!
何か派手な音がして、どこかで聞き覚えのある訛りが耳に届く。
「おんしらぁ何べん言うたら仕込みの手順覚えるんね?!なんなぁこの味は?!作り直しじゃあボケぇ!うちが戻るまでに完璧にしとかんかったらおんしら明日の朝日は拝めん思とけやあ?!」
もう一度、どがしゃーん、という音がして、きぃ、と裏戸が開く。
手をぱんぱんとはたきながら出てきたのは、クルムと同じくらいの火人の少女だった。赤褐色の肌によく映える白茶けた金髪が、決して形容でなく逆立っている。コックの衣装に身を包み、勝気そうな琥珀色の瞳をまっすぐにクルムに向けた。
「話がある言うんはおんしかいや?」
言って、にっこりと笑った姿は、なかなか年相応に可愛らしい。呆然としていたクルムははっと我に帰ると、慌てて言った。
「あ、あの、話があるってほどじゃ。女王様のことを聞いたら、さっきの人が城の人を呼んでくれるって言って…そ、そこまでして訊きたい話でもなかったんだけど…」
「はっは、リノラーさんはせっかちじゃけぇのう。ま、うちもあいつらに仕込みさせとるうちは暇でぇ、話に付き合ったるけぇね」
少女は気さくに笑ってそう言った。いつだか聞いた、シェリダンの西の方の訛りである。その様子に、クルムも気楽な様子で彼女に対した。
「ありがとう。オレはクルム・ウィーグ。旅の途中でこの街に寄ったんだ。クルムでいいよ」
「うちはサイキテクティ・エルダ。ここの料理長じゃけぇ。プサイって呼んでぇや」
「じゃあ、プサイ。料理長って言うと、女王様に料理を出したりもするんだよね?」
「あぁ、女王様方はうちの料理を気に行ってくださってるようじゃね。いつもうれしそうに食べてくださるでよ」
「へぇ、すごいな。どんなものが好きだったりするの?」
「割と年相応に、ちょっとおしゃれで綺麗なものが好きじゃね。パスタとか、肉料理でも彩りが華やかなものとか。でも未だに子供舌でぇ、実はハンバーグとかグラタンとかも好きじゃけぇね」
「へぇ。何かアンバランスで、可愛らしいね」
割と不敬なことを言っているのだろうが、プサイは笑顔で同意した。
「まったくじゃー。ま、そういうのやら、甘いお菓子やらを食べよる時の方が、年相応という気はするけぇな。女の子らしくて微笑ましいでよ」
プサイの言葉に、クルムが再び首をかしげる。
「…あの、さ。女王様って、何歳?」
「んー、うちも最近入ってきたばかりでようわからんけぇが、うちよりちょい上くらいちゃうかいねえ」
「…………」
クルムが返事に詰まっていると、調理場のほうで「プサイさーん」と呼ぶ声がする。
「お。何な呼んでるでぇ。じゃ、うち行くけぇね」
「うん、ありがとう。お仕事がんばって」
プサイは笑顔で手を振ると、小走りで調理場のほうへ駆けていった。
クルムはそれを見送って、そして無言で城を見上げた。

Minimum Laboratory

「何か、ご用~?」
リーシュから話を聞いていたので、研究所のドアの隙間からおそるおそる覗いていると、後ろから声がかけられた。
慌てて振り向くと、ラグナは後ろにいた人物にまくしたてる。
「い、いや、怪しいものではない、俺は王宮に雇われた冒険者で…って」
そこまで言って、ようやく後ろに立っていたのが年端も行かぬ少女であることを認識し、思わず言葉を失う。
ニコニコと上機嫌で立っていたのは、おそらく14、5ほどの少女だった。ストレートの長い銀髪を後ろで括り、臙脂色のベレー帽と同じ色の可愛らしい服に身を包んでいる。
「お兄さんのことはどうでもいいの~。研究所に何かご用?ご用もないのにそんなところ突っ立ってると、その邪魔な足斬り飛ばして塔のてっぺんに突き刺しちゃうから~」
ほややんとした口調でものすごいことを言ってくる。
「…す、すまない。お前は、ここの研究所の人間なのか?」
「そうよ~。魔道科学研究室所属、デルティン・マッサ。デルタって呼んでね~。っていうか本当にそこどいてくれない?デルタ、早く中に入りたいんだけど~」
「す、すまん。少し話を聞きたいのだが、俺も中に入っていいか?」
「いいわよ~、勝手に入って~?」
言って、デルタと名乗った少女はドアの前から体をずらしたラグナの脇を通って中へ入っていく。ラグナも慌ててその後に続いた。ドアを入っても、話に聞いていたナルシスト呪歌研究室長はいない。そこは、少し安心する。
デルタはこちらのことなど気にせずに、すたすたと迷いのない足取りで奥へ進んでいく。やがて、突き当りのドアを開き、休憩所のようなスペースへと入った。リーシュの言っていたロビーとはここのことだろう。
中には男性が一人と、少年が一人いた。デルタを認めて、少年の方が陽気に手を振る。
「やー、デルタ。久しぶり~」
「ガンマ、お久しぶり~。ベータもお久しぶり」
「………どうも」
最初にデルタに声をかけた少年は、よく見ると耳が尖っている。エルフのようだ。すると、見かけどおりの年齢でもないのだろう。隣の青年は目まで隠すほどのボサボサ頭で細かく判断は出来ないが、人間のようだった。
「そっち、誰?知り合い?」
少年の方が、ラグナを指差す。デルタはラグナを振り返って、可愛らしく首をかしげた。
「ん~、よくわかんない。冒険者さん?デルタたちにお話聞きたいんだって」
微妙な紹介をされて、ラグナは軽く会釈をした。
「ラグナ・クレストという。王宮に雇われた冒険者だ。少し、話を聞きたいのだが」
「あー、はいはい。話は聞いてるよ」
少年は言って立ち上がると、ラグナの方に少し歩み寄った。
見た目の年齢はデルタと同じくらいだ。エルフらしい綺麗な顔立ちに、短く揃えられたブルーグレーの髪。身軽そうに改造された制服は淡い水色だ。
「僕は魔道具研究室所属、ガムニデス・テスミオーラス。ガンマでいいよ」
続いて、ガンマの後ろにいる青年が、座ったまま会釈をして、ぼそぼそと言う。
「……擬似生命研究室所属、ベトリクス・アムラムです……ベータ、でいいです…」
耳も目元も覆い隠すほどの、白茶けたぼさぼさの金髪。ガンマと同じ色の制服は、ところどころボタンが外れたりしてだらしない印象を与えている。僅かに見える目元と鼻には一面のそばかす。一見して、おしゃれというものに全く頓着しない青年であるようだった。
ラグナはガンマに導かれるままに椅子に座り、向かい側にガンマとデルタも腰を下ろした。
「で、聞きたいことって?あ、言っとくけど僕たちあんま王宮の中のこととかわかんないよ。研究者だから」
いきなり釘を刺され、ラグナはうっと言葉に詰まる。しかし、何とか言葉を搾り出した。
「…聞きたいのはその、王宮内のことなんだが。まあいい、わかる範囲で答えてくれ」
「ま、いいけどね。それで?」
「そうだな。『この城の女王寝室から、魔法を使う事無く二人の少女が抜け出す…或いは攫うなどといった事が出来る可能性』はあるだろうか? 研究者、としての目線で見て欲しい。抜け出したり攫われたり、逆に攫ったりするヤツが誰…とは固定して考えないで欲しい。この城の作りや、巡回の時間や経路、結界の仕組み、城に勤務する人員の性別や役職…そんな諸々から推察して、出来るか否か。出来るのならば、その条件は何なのかを理由を交えて教えてくれないだろうか」
ラグナの言ったことに、ガンマは無言で目を丸くした。ベータは表情が窺えず、デルタは相変わらずニコニコしている。
ややあって、ガンマがため息交じりで言った。
「…そんなこと訊かれるとは思わなかったな。女王の寝室から、抜け出す?攫う?」
ラグナは肩をすくめると、続けた。
「俺は自慢じゃないがそんなに頭が良く働く方ではない。無理だ、と言われてしまっているその事実に粗は無いか、見落とした事があるんじゃないか、まだ他の方法があるんじゃないか…そんなのを考えて思いつける程の頭は無いんでね。そこら辺、考え調べ尽くすのが研究者というものだろう?こういった事は得意なのではないのか、と思ってな。質問させてもらう訳だが」
「研究者ったって、僕たちは魔道の研究者だよ?人攫いの研究してるわけじゃないからねぇ」
ガンマは同じように肩をすくめた。
「研究者ってのは、自分の興味あることを心行くまで調べつくすから研究者っていうのさ。そんな、興味もないし知識もないようなこと訊かれてもねえ。さぁ、としか言えないね」
「しかし、王宮にいるのだから王宮のことは俺より詳しいだろう」
「王宮にいるったって、僕らの入れる場所はせいぜいこの研究所くらいだからねえ。女王の寝室なんて、見たこともないよ。そこから人攫う方法ないかとか訊かれても、データなさすぎて何とも言えないね。君、会ったこともないし家も知らない女の子の家からその子攫う方法ありますかって訊かれて答えられる?」
「………まぁ…そうだな」
ガンマはつまらなそうに息を吐いた。
「王宮で何があったかなんて、知らないし興味もないけど。少なくともそれを調べるために君たちは雇われていて、それを導き出すためのデータも、僕なんかより君たちのほうがはるかにたくさん持っているんじゃないのかな?なのに、考えることを全部関係ない他人に投げちゃうのは、どうなのかなー?」
ガンマはシニカルな笑みを浮かべて、さらっと言った。ラグナがむぅ、と唸ると、彼は隣のベータに視線を向ける。
「僕はそう思うんだけど、ベータはどう?」
ベータはしばらく黙っていたが、やがてぼそりと言った。
「……データ不足です……」
「だよねー」
研究者達のにべも無い意見はラグナを落胆させたが、考えてみれば道理だった。研究者だからと言って、全ての道に思考が働くわけではない。
「あ、はぁいはぁい、デルタ考えたんだけど~」
「ん、なになに?」
デルタが手を上げて、ガンマがそれを促す。彼女は得意顔で言った。
「ドアを開けて入って、出てからドアを閉めればいいと思うの~」
一瞬の沈黙。
ラグナは出鼻をくじかれたように息を吐いた。
「…い、いや、鍵の問題とか、警備の問題とか、色々あるだろう」
「鍵も警備も、デルタ知らないもの。だからぁ、それくらいしかわからないわ~」
「ま、案外そんなどうでもいいことが重要だったりするもんさ。その辺で考えてみたら?」
他人事のように、ガンマ。ラグナはため息をついて、話を変えることにした。
「それから、女王達、或いはそのどちらかは『変身系の魔法』を用いたりする事は出来るか? もし、出来るならばソレを用いている為に、ダウジングが失敗し居場所が判らなくなる…という事は有り得るか?」
「変身系の魔法?聞いたことないなー。できるならもっと色んな姿を見てたと思うけどね~。あのお祭り好きの二人のことだからさ」
「そうなのか…ダウジングについては、どうだ?」
「ダウジングって、目的の物を探す時に針金や鎖を使ったりする、あれ?あれって魔道なのかな、僕は専門外だけど」
どう?とガンマがベータの方を向き、ベータも黙って首を振った。
ラグナはむぅと唸って、続けた。
「もしそれがありえるとして…其の状況を打破する事は可能だろうか。つまりは『変身系魔法を使っていてもダウジングで発見できるようにする方法』という事なんだが」
「何度も言うけど、専門外だからねえ」
ガンマは肩をすくめて首を振った。
「それが出来るかどうかは、そのダウジングをする本人に聞いた方がいいんじゃないのー?たぶん、地方独特の技術とかだったりするだろうしさ。リュウアンにさ、ほら、気功とかっていうのがあったりするじゃん、あの類でしょ、要するに。魔法っぽいことは全部判ると思われても、ちょっとねー」
皮肉げに言うガンマに、肩を落とすラグナ。仕方なく、次の質問に移る。
「それと、だ。女王二人に対するそれぞれの印象を聞いておきたい。公務に励む様子…が見られるのかは知らないが、そんな所や、普段のプライベートの様子だとか、或いはまだ二人が幼い頃の様子でも良い。見て、感じた事を細かく教えてくれ」
研究者たちは顔を見合わせた。
「…デルタ、女王様たちとあまり話したことないからわからないわ~」
「僕もかな。タウはよく相手をしてたようだけど…僕はあまりね」
デルタとガンマが口々に言う。ベータは黙っているが、何も言わないところを見ると同じ意見なのだろう。
ラグナは押して訊いた。
「全く姿を見たことが無いのか?奔放な女王だったと聞いているが」
「ん~、そうだね。二人であちこち駆けずり回ってるのは見たよ。大変だよね、あんなに若いのに女王とかさ。それも二人でやるのは結構手間じゃないのかな」
それほど興味のない様子で、ガンマが答える。ラグナはそうか、と相づちを打つと、さらに訊いた。
「女王二人のうち、どちらに好感が持てる?ちょっとした印象で構わないんだが」
「どちらに、かぁ?」
ガンマは首をひねった。デルタがきょとんとして答える。
「デルタ、どっちも好きよ?どっちかなんて決められないわ~」
「………というか、とてもよく似ていますから…お二方とも、言うことはあまり変わりませんし……」
ぼそぼそと、ベータが続けた。ラグナが眉を顰める。
「…言うことが変わらない?エータもシータも、同じような発言をするということか?
どちらかというとエータの方が活発で、シータを連れまわしているというようなことを聞いたが…」
「そうだね、そんな感じがしたけど。でも、二人同じこと言ってたよ。っていうか、エータ様が言ったことをシータ様が繰り返す、っていう感じじゃないかな?」
「…………繰り返す?」
ますます首をひねるラグナ。
「そうそう。なんか、あの二人って喋り方独特だよ。エータ様が言って、シータ様が最後だけ繰り返す…みたいな。これはちょっと、実際にそのやり取りを聞いてみないと想像できないと思うけど」
ガンマの言葉に、色々と想像してみるものの…
「…すまん。やはり思いつかない。どんなものなんだ…」
「ま、実際に聞いてみるのが早いんじゃない?百聞は一見にしかず、ってね」
実際に聞くことが出来るのなら俺は雇われてないんだが…
ラグナは奇妙な表情でガンマを見た。先ほど、女王の部屋から人を攫う云々という話をしていたのだから、ラグナたちが何故雇われたのか想像出来ない訳ではあるまい。ベータはつっこんで訊けないタイプなのだろうし、デルタは天然でわかっていないのだろうが…ガンマは、判っていてなお触れないようにしているような気がした。面倒事は御免、ということなのだろうか。
「…昨日いた、タウ、というやつは今日はいないのか?」
「タウ?今は昼寝してるんじゃないのかな。昨日は結構喋ったって言ってたから、今日聞いたとしても大して収穫はないんじゃない?具体的な質問があるんなら別だけど、女王の印象、ってだけでしょ?」
「むぅ…」
「デルタじゃ不十分だっていうの~?せっかく質問に答えたのに~、そういうこと言うと目ん玉くりぬいて脳髄引きずり出しちゃうから~」
相変わらずのほほんとしたデルタの猟奇台詞を訊きながら、ラグナはむぅと考え込んだ。

Minimum Chasing -Side Adventurers

「その、女の子を助けた冒険者ってのは、大通りの方に行ったって言ってたよねぇ」
のんきな口調で言いながら大通りを歩くレイジの後ろを、静かにヴィアロがついていく。
コンドルも合流して、その後についてきていた。不安げにきょろきょろと辺りを見回している。その様子に、レイジがははっと笑い声を上げた。
「コンドルくん、そんなにキョドってたら不審者だよ~。もっと堂々としてなよ、見つかる時は見つかるし、見つからないときはどうしたって見つからないんだからさ~」
「は、はぁ……」
コンドルが曖昧に頷く。ヴィアロは二人の会話には感知せず、静かに辺りを見回しながら歩いていた。
と。
「えー、シータちゃんっていう子を知らないか~い?!シータちゃん、この名前に心当たりがあるヤツはいないか~い?!」
突如聞こえた大声に、3人はぎょっとして声の主を探した。
大声を出しているのだから、それはごく容易に見つかった。行き交う人の群れより頭ひとつ高い大柄な女性が、さらに小さな女の子を肩車して歩いて回っている。ただでさえ大きい声に、さらにメガホンを使ってそこらじゅうに声をかけて回っているらしい。嫌が応にも目立った。
3人は視線を合わせて頷くと、その女性に向かって走っていった。
「シータちゃ~ん!シータちゃ~ん、いたら返事してくれないか~い?!」
「あ、あの……」
「シータちゃ~ん!怖くないよ~、出ておいで~!エータちゃんも探してるよぉ~!」
「………あのっ!!」
コンドルが精一杯の声をかけて、ようやく女性は彼らに気付いたようだった。
「なんだい、あんたがシータちゃんかい?」
そんなわけないって。
心の中でつっこみつつ、レイジがへらへらと声をかけた。
「ごめんね、俺たちそのシータちゃんって子のことはわかんないんだけど。違ってたらごめん、もしかしてさ、昨日裏通りで小さな女の子を助けた冒険者って、おねーさんのこと?」
女性は豪快な笑い声を上げた。
「はははは、おねーさんたぁ嬉しいねえ!どっから聞いたのか知らないけど、確かにこの子は昨日裏通りでチンピラに絡まれてたよ。人を探してるみたいだったから、手伝ってるのさ」
「あ、あの」
コンドルが遠慮がちに声をかける。
「そ、その時のお話を聞かせてもらえませんか?ひ、人を探してるんです」
「人探し?この子を探してるのかい?」
「い、いえ、あの、ええと、て、手がかりがあるかもしれないので…え、と、人には話せない理由があって、ち、ちょっと…」
割と支離滅裂な返事をするコンドル。どう話していいか判らない様子だ。
女性は片眉を寄せて、ぽりぽり頬を掻いた。
「その時のお話って言ってもねぇ。この子が誰かを探して裏路地にいるところを、チンピラにぶつかって絡まれて、下品な絡まれ方をしてたからさ、ちょいとぶっとばしてやったのさ。ね、エータちゃん」
肩車をしている少女に向かって、笑顔を投げる。エータと呼ばれた5、6歳くらいの少女は、きょとんとして首をかしげた。
レイジはニコニコしながら頷いた。
「ふぅん、その子、エータちゃんっていうんだ。で、シータちゃんっていう子を探して、裏路地にいたって訳だね?」
「え、えぇと…」
コンドルは何を言っていいか判らない様子で、あわあわとまごついている。
「……ねぇ、この子って、やっぱり女王とそっくり、だよね……?」
ヴィアロがぼそりと言い、レイジとコンドルははっとしてそちらを向いた。
同時に、女性の肩の上の少女の目も、はっと見開かれる。
「いくら何でも、こんなに印象が似てる人が、いるなんて思えないよ……しかも…名前が『エータ』で、探してるのが『シータ』……この子は、女王が子供に変えられてる姿……? もしそうじゃなくても、絶対女王に関係、あると思う」
「ヴィアロ…ちょっと、ちょっ」
レイジは明らかにまずいという表情をして、ヴィアロを静止しようとした。コンドルが言葉を濁しているのも、同じ理由だ。こんな街中で、そんなきわどいことを口に出すのはあまりよろしくない。
が、ヴィアロはお構いなしに、無表情のまま続けた。
「エータがこんな姿なら…シータもこんな姿かも…それを元にダウジングすれば…見つかるかもしれない。どっちにしても、日が暮れる前にはこの子、王宮に連れて帰ろ……」

「いやにゃーー!!!」

突然、少女が大声を上げたので、ヴィアロは驚いて言葉を止めた。
見れば、少女は女性の肩の上から降りようともがいている。女性はびっくりして少女に言った。
「ど、どうしたんだいエータちゃん?!」
「けーちゃ、いやにゃ!えーちゃ、かなーの!にげゆのー!!」
少女はばたばたともがきながら、訳のわからない言葉を喚いている。その様子に女性は何かを察したのか、さっときびすを返した。
「あんたたち、エータちゃんの追っ手か何かだね?!エータちゃんが嫌がってる以上、あんたたちに協力するわけには行かないよ!」
言い残して、だっと駆け出す。
「あ、ちょっと!!」
レイジが慌ててその後を追い、呆然と取り残されたヴィアロと、なにやらメモを取っていたコンドルも慌ててその後に続いた。

女性の足は意外に速かった。少女を肩車したまま、大通りから細い道へと入り、細い路地や裏道を潜り抜けていく。後姿を見失わないようにするのが精一杯だ。途中、誰かと遭遇したのか、逃げながら話し声もぽつぽつと聞こえる。
3人は必死に、声と僅かな後姿を頼りに後を追った。
と。
「待った!」
わき道から突然現れた人影に、3人は驚いて足を止めた。
栗色の髪を短く揃えた、冒険者風の少年である。彼は腕を広げて通せんぼの姿勢を作ると、こちらに厳しい視線を向けて、よく澄んだ声で言った。
「エータは渡さないよ。君たちは、一体何者なんだ?何故エータを追ってるんだ?」
「ちょーっと、なんか誤解されてるみたいだねー」
息を切らしながら、参ったねーというように、レイジ。
「別に、エータちゃんを追ってるわけじゃないんだよー。だけど、何でかあの子が嫌がって逃げ出しちゃったんだ。こっちだってわけわかんないよ」
「エータを追ってるわけじゃない?エータはすごく嫌がって、行くのは嫌だって、逃げるって言ってたけど?追ってるんじゃないなら、何故しつこくあの子を追いかけるんだ?」
少年はなおも詰問口調だ。こちらのことを概ね敵と認めているらしい。
コンドルが困ったように言った。
「あ、あの、僕たちが探している人の…その、手がかりになるかもしれないんです…ですから、あの、お、お連れして、お話を聞こうと…」
「君たちが探している人っていうのは誰?誰が探させてるんだ?」
少年は視線を厳しくした。コンドルはますます困ったように、声をすぼめる。
「そ、それは…あの、い、言えません…すいません…」
「自分たちのことは言えない、でもそっちは嫌がってる女の子を差し出せ、そんな道理が通るわけないだろ?」
少年は言って、す、と懐から何かを出した。
「残念だけど…エータを君たちには渡さない!」
「ぎゃー!!」
少年が投げたボールのようなものは、奇怪な音を発してこちらに向かってきた。
「うわっ!」
とっさに避けたレイジの、派手な帽子がそのボールに奪われる。
「な、なんだこれ?!」
驚いてそちらを見ると、それは卵に目と口がついたような、奇妙な生き物だった。レイジの帽子をもしゃもしゃと租借して、あっという間に食べてしまう。
「ああ、俺の帽子…」
微妙に悲しそうなレイジ。卵のようなものはさらにくわっと口を開けて、こちらに向かってきた。
「ぎゃー!!」
「うわあぁぁっ!」
コンドルが驚いて尻餅をつく。ヴィアロは一歩退いて髪に絡めていた鎖を素早く引き抜くと、卵に向かって投げた。
「ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー!!」
サイズが卵なだけに、なかなか狙いも定まらない。卵は奇声を発しながらあたりを駆けずり回り、その辺りにある箱や植木、ゴミや石ころなどを手当たり次第口に入れては飲み込んでいく。
3人はパニックになりながら、必死にその卵に応戦した。

そして、ようやくその卵(らしきもの)を追い払った時には、すでに少女と女性の姿はおろか、あの少年の姿も足取りも、すっかり見失ってしまっていた…。
コンドルは息を切らせながら地面に座り込み、ヴィアロは無言で辺りをきょろきょろと見回している。
しかし、手がかりなどあるはずもなく。
「…まいったね、どーなってるんだか…」
レイジはいつもの軽い口調で、ため息をついた。

Minimum Chasing -Side Guardian-

ケイトはエータを肩車したまま、大通りに出ていた。
始めに宣言したとおり、メガホンを使ってあたりに大声で呼びかけている。
「えー、シータちゃんっていう子を知らないか~い?!シータちゃん、この名前に心当たりがあるヤツはいないか~い?!」
が、いまだ成果は上がっていない。…というか、あたりの人々はどちらかというと近寄り難そうに遠巻きにしている。
「うーん、なかなか見つからないねえ…シータちゃん」
「うゅ…」
頭の上のエータは、困ったような…見つからなくて困るというよりは、この状況をどうしてくれようといった表情でケイトを見下ろしている。
ケイトはさらに続けた。
「シータちゃ~ん!シータちゃ~ん、いたら返事してくれないか~い?!」
「あ、あの……」
「シータちゃ~ん!怖くないよ~、出ておいで~!エータちゃんも探してるよぉ~!」
「………あのっ!!」
ケイトはようやく、後ろで賢明に声をかけている存在に気付いて振り返った。
小柄で可愛らしい少年が、泣きそうな表情でこちらを見ている。
「なんだい、あんたがシータちゃんかい?」
とりあえずボケてみると、少年の後ろにいたしゃれた身なりの青年がひらひらと手を振った。
「ごめんね、俺たちそのシータちゃんって子のことはわかんないんだけど。違ってたらごめん、もしかしてさ、昨日裏通りで小さな女の子を助けた冒険者って、おねーさんのこと?」
ケイトは豪快に笑った。
「はははは、おねーさんたぁ嬉しいねえ!どっから聞いたのか知らないけど、確かにこの子は昨日裏通りでチンピラに絡まれてたよ。人を探してるみたいだったから、手伝ってるのさ」
「あ、あの」
と、先ほどの少年がおそるおそる声をかける。
「そ、その時のお話を聞かせてもらえませんか?ひ、人を探してるんです」
ケイトはきょとんとした。
「人探し?この子を探してるのかい?」
「い、いえ、あの、ええと、て、手がかりがあるかもしれないので…え、と、人には話せない理由があって、ち、ちょっと…」
あわあわと説明になっていない説明をする少年。ケイトは眉を顰めた。
「その時のお話って言ってもねぇ。この子が誰かを探して裏路地にいるところを、チンピラにぶつかって絡まれて、下品な絡まれ方をしてたからさ、ちょいとぶっとばしてやったのさ。ね、エータちゃん」
青年の方が、意味ありげな笑顔を見せる。
「ふぅん、その子、エータちゃんっていうんだ。で、シータちゃんっていう子を探して、裏路地にいたって訳だね?」
「え、えぇと…」
やはりオロオロと何かを言いたそうにしている少年。
と、青年の傍らにいた、黒いマントの変わった雰囲気の青年が、突如口を開いた。
「……ねぇ、この子って、やっぱり女王とそっくり、だよね……?」
他二人が、驚いてそちらを見やる。
同時に、肩に乗せたエータが、びくっと身をすくませた。
(女王……?)
首をかしげるケイト。青年は続けた。
「いくら何でも、こんなに印象が似てる人が、いるなんて思えないよ……しかも…名前が『エータ』で、探してるのが『シータ』……この子は、女王が子供に変えられてる姿……? もしそうじゃなくても、絶対女王に関係、あると思う」
「ヴィアロ…ちょっと、ちょっ」
仲間たちは彼が喋るのを止めようとしていたようだったが、あまりその様子も目に入っていない様子で、彼は無表情のまま続けた。
「エータがこんな姿なら…シータもこんな姿かも…それを元にダウジングすれば…見つかるかもしれない。どっちにしても、日が暮れる前にはこの子、王宮に連れて帰ろ……」

「いやにゃーー!!!」

その言葉を遮って、唐突にエータが叫んだ。
ケイトの肩から降りようとするかのように、じたばたともがく。ケイトは驚いてエータを見た。
「ど、どうしたんだいエータちゃん?!」
「けーちゃ、いやにゃ!えーちゃ、かなーの!にげゆのー!!」
エータはケイトの髪の毛を引っ張りながら、必死に何かを訴えている。
ケイトはぴんと来た。
エータがシータを探していても、自警団に訴え出られない理由。きっと、この青年達が関わっているに違いない。
ぱっと見たところ、悪い人間のようには見えないが…そこは、人は見かけによらないというものである。
ケイトはさっときびすを返すと、彼らに向かって言い捨てた。
「あんたたち、エータちゃんの追っ手か何かだね?!エータちゃんが嫌がってる以上、あんたたちに協力するわけには行かないよ!」
「あ、ちょっと!!」
慌てた声を出す彼らを尻目に、ケイトは全力で走っていった。

ケイトは走った。とにかく、彼らを撒かなければならない。地の理がないこのマヒンダで、とにかく追ってくる彼らをかく乱しようと、細い路地に入り、狭い裏道を潜り抜けていく。
が、意外に彼らはしつこかった。彼女の後を懸命に追ってくる。
「ええい、しつこいねえ!」
ケイトは走りながら毒づいた。
そして、何度目かの角を曲がった時。
「ケイト!」
「クルムさん!」
偶然にもばったりクルムと出会う。ケイトが必死に走っている姿を見て察したのか、クルムもケイトに合わせて横を走り始めた。
「どうしたんだ?!」
「エータちゃんの追っ手が現れたのさ!エータちゃんがすごい嫌がってるんだよ、とにかくあいつらを撒かないと!」
「追っ手…後ろをついてきてる3人のこと?!」
「そうさ!」
「わかった!ここはオレに任せて、ケイトはエータをつれて逃げて!」
「あいよ!じゃ、またあとで、ウチの酒場でね!」
「わかった!」
言うなり、クルムはきびすを返した。ケイトはそのまま走っていく。
クルムはいったん細い路地に入ると、彼らの行く手に回った。
バッと飛び出して、彼らのゆく手を遮る。
「待った!」
通せんぼをするように両手を広げ、追っ手の3人は慌てて足を止める。
クルムより年下であろう魔道師風の少年と、こざっぱりした服を着た陽気そうな青年、黒いマントとカラフルな装飾品をつけた青年の3人連れだった。
クルムは厳しい表情で彼らに言った。
「エータは渡さないよ。君たちは、一体何者なんだ?何故エータを追ってるんだ?」
「ちょーっと、なんか誤解されてるみたいだねー」
陽気そうな青年が、息を切らしながら言った。
「別に、エータちゃんを追ってるわけじゃないんだよー。だけど、何でかあの子が嫌がって逃げ出しちゃったんだ。こっちだってわけわかんないよ」
クルムは眉を寄せた。
「エータを追ってるわけじゃない?エータはすごく嫌がって、行くのは嫌だって、逃げるって言ってたけど?追ってるんじゃないなら、何故しつこくあの子を追いかけるんだ?」
その問いには、魔道師風の少年がおずおずと答える。
「あ、あの、僕たちが探している人の…その、手がかりになるかもしれないんです…ですから、あの、お、お連れして、お話を聞こうと…」
「君たちが探している人っていうのは誰?誰が探させてるんだ?」
少年の言葉を受けて、クルムはさらに質問した。が、少年は困ったように首を振る。
「そ、それは…あの、い、言えません…すいません…」
その様子は、あまり嫌がるエータを追う不届き物、というようには見えないが…しかし、だからといってエータを渡すわけにはいかない。
「自分たちのことは言えない、でもそっちは嫌がってる女の子を差し出せ、そんな道理が通るわけないだろ?」
クルムは言って、懐の卵人を取り出した。
「残念だけど…エータを君たちには渡さない!」
「ぎゃー!!」
クルムが卵人を思い切り投げつけると、卵人は奇怪な叫び声と共に3人へ飛び込んでいった。
「うわっ!」
「な、なんだこれ?!」
卵人は、陽気そうな青年の帽子をぱくっとくわえるともぐもぐと咀嚼する。
「ああ、俺の帽子…」
「ぎゃー!!」
さらにぎらりと目を光らせて、大暴れを開始する卵人。
「うわあぁぁっ!」
尻餅をつく少年。黒マントの青年が何か反撃を試みるが、いかんせん卵人はすばしこく、攻撃は当たらない。
「ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー!!」
3人を撹乱しまくる卵人を尻目に、クルムはきびすを返した。
「人を食べないようには教えてあるから大丈夫だと思うけど…あとはよろしく、クル玉」
小声で言って、足早にその場を去った。

「お帰りクルムさん。あいつらは?」
不安そうに出迎えるケイトに、クルムは笑みを返した。
「撒いてこれたよ。エータは無事?」
「ああ、なんとかね」
振り向いたケイトの視線の先に、椅子に座っているエータが見える。
「よかった…そうか、追っ手までかかるなんて…エータは一体、どんな事件に巻き込まれてるんだろう…?」
「ああ…自警団にも届け出られないんじゃ、よっぽど厄介なことになってるんじゃないのかねえ…」
心配そうに表情を曇らせるケイト。
「あの3人は…何か言ってたの?俺も出来るだけ情報を集められたらと思ったけど…言えませんの一点張りだったんだ」
「うーん…詳しいことは言えないって…あのナヨナヨした坊ちゃんが言ってた気はするけど…あの、黒いマントのやつがいたろ?」
「あ、うん。不思議な飾りをつけた人だね」
「あいつが…何か、妙なことを言ってたんだ。『女王に似てる』とかなんとか…その時に、他の二人の態度も、エータちゃんの態度も急に変わったんだよね」
「女王…か」
クルムはふむ、と考え込んだ。
エータの名前。女王と同じ名前。同じ髪の色、髪の色と同じ服。
妙齢の女性かと思いきや、甘い物好きな少女でもある、年齢不詳の女王。
「エータ…って…女王の名前、だよな」
クルムの呟きに、ケイトは眉をしかめた。
「ああ…まあだけど、子供にアイドルの名前をつけたりするのはよくあることじゃないか。第一、女王ってのは女王をやってるくらいなんだから、それなりの年なんだろ?まさかこんな子供が女王だなんてこと、あるはずないよ」
「そう…そう、だよな…」
しかし、もしエータが女王だとしたら?彼らが、女王を追っている者達だとしたら?
女王が、こんな姿になっている一体どういうことか?そして、彼らは何者で、どうして女王を追っているのか?
「…うーん、やっぱり情報不足だな…」
クルムは眉を寄せて、再びエータの方を見…
「………エータ?!」
彼女が椅子から崩れ落ちそうになっているのを見て、慌てて駆け寄った。
クルムはエータが床に落ちる寸前で抱きとめる。
「エータちゃん!」
ケイトも駆け寄って、エータを覗き込んだ。クルムが抱き上げると、エータは真っ青な顔をして、浅く息をついている。
「エータ、しっかりして、エータ!!」
クルムが必死に声をかけるが、エータの返事はない。
苦しそうな表情で浅く息をつきながら、エータは何か、うわごとのように喋っていた。
「エータ…?」
クルムが眉を寄せて耳を近づける。
か細い声が、切れ切れに紡がれた。

「………にぃ……ちゃ……」

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