月の明かりに照らされて
この世で一番楽しいことって何だかわかる? 「計画が上手くいかないこと」、よ。 …ヘンだと思うでしょう? でもね。 髪の毛一筋ほどの乱れもないほど完璧に立てたと思った計画が、 ほんのわずかなイレギュラーの存在で、 全て水の泡になってしまう。 頑丈な堤防が楔一個でもろくも崩れ去ってしまう。 ドラマチックだと思わない? 全て思い通りになるなんて、そんなつまらないことに興味はないわ。 どうやって切り抜けよう。 次はどんな手を使おう。 そんなことを考えるのが、たまらなくスリリングで面白いの。 もっともっと、アタシを楽しませて頂戴。 もっと…もっとね。
まずは名探偵の推理ショー
「あいつだ!あいつが犯人だ!」
(違う…俺じゃない…)
記憶の底に封印したはずの、思い出したくない光景。
「他に誰がいるって言うんだ!状況は全てお前が犯人であると物語っている!」
(違う…何で俺が…大切な人を殺さなきゃならない…)
昨日までは笑顔だった人の冷たい骸。仲間であった者たちの冷たい視線。
「お前が犯人じゃない証拠か…そうでないなら、真犯人でも連れてくるんだな。そうしたら認めてやる」
(違う…違う…チガウ…!)
「…アレックスさん?」
名前を呼ばれ、アレックスははっとして意識を取り戻した。
名前を呼んだ美貌の魔道士は、にっこりと微笑んだ。確かミケといったか。
「安心してください。貴方が犯人だとは思っていません。…というか、犯人ではありません。それは解っています」
「でも…カップに最後に触ったのはアレックス…だろ?」
まだ信じられないといった表情で、クルム。ミケは再びにっこり微笑んだ。
「カップに毒なんて入ってませんよ」
ミケは言うなり、ゴールドバーグの前にあったティーカップを取り上げ、一気に飲み干した。
「!!」
その場にいた全員が、息を飲んでその様子を見守る。
ミケは飲み終えるとふうと息をつき…しばらくしてまたギャラリーを振り返った。
…あーあ、間接ちゅう。
「…ほらね?」
「び…びっくりさせないで下さい。心臓が止まるかと思いました…」
一番びっくりしたらしいディーが、心もち青い顔で言う。
「簡単ですよ。アレックスさん、イルシスさん、千秋さんはご存知ないかもしれませんが、お茶を持ってきた彼女…サツキさんとおっしゃいますが、実はこのお屋敷のメイドではありません」
「え…そうなの?」
きょとんとして、イルシス。
「彼女はユリさん…入り口の彼女ですが、ユリさんのお友達で、今回の事件のことでユリさんを心配して、このお屋敷までいらっしゃったのです。つまり、彼女はこのお屋敷のメイドではありません。当然…客用カップと氏のカップの見分けなどつくはずもありません。実際、氏のカップとアレックスさんたちに出されたカップは同じものでしょう?このお屋敷の主人なら、当然専用のカップがあっていいはずなのに。全部同じカップで、ひとつだけに毒を入れそれを氏に出す…という方法ではあまりにリスクが高すぎます。自分が配る前に、『ありがとう、じゃあ私はこれを』などといって誰かに目当てのカップを取られてしまったらおしまいですから」
全員が黙ってミケの話を聞いている。ミケは続けた。
「もし、自分で毒の入ったカップを何らかの方法で覚えていて、それを首尾よく氏に出せる方法を心得ていたとしても、この警戒態勢の中です。当然毒見はされるでしょう。実際アレックスさんが毒見をしました。アレックスさんは紳士ですから、直接口をつけるということはせずにスプーンで毒見をされました。…この場合、カップの縁に毒を塗りつけておけばそれを回避することは可能ですが、アレックスさんが必ずしもスプーンで毒見をされるとは限りません。むしろ直接飲んで毒見をする確率の方が高いでしょう。ですから、毒見を想定してなおかつそれを回避するために毒を塗りつけた、と考えるのもリスクが高い方法なのです」
「んー…待て。こんがらがってきたぞ」
難しい顔をして唸るルフィン。ミケはそちらに向かってにこりと微笑んだ。
「まぁ、理由はどうあれ、このカップの中に毒が入っていないことは今僕が証明しました。それだけでいいんですよ」
「じゃあ…犯人は一体どうやって氏を殺したんでしょう?」
エルが首をひねる。
「それはですね…」
「ストップ」
いきなり横から口を出したのは、リーフ。
きょとんとして彼女を見る一同。
彼女は天井を見ながら、書斎机の上にあった文鎮をひょいっと持ち上げると、いきなり天井に投げつけた。
ごん。
鈍い音がして、文鎮はそのままごすっとゆかに落ちる。
しばらくして、天井板が一枚ずずずっと横にずれ、中から黒い影が落ちて…もとい、降り立った。
「…ま、君をごまかせるとは思ってなかったけど」
黒装束に白いピエロの仮面。
「クラウンさん…」
知っている者は複雑な表情で彼の名を呼んだ。リーフはふふ、と笑うと、
「立ち聞きはエチケット違反よ…?おとなしくみんなと一緒に聞いていなさい。…ああそうね、千秋…それにルフィン。このコがなんかヘンな真似しないように、くっついて見張っていてくれる?」
「…俺か?」
「別にいいけど…」
2人はクラウンの横に移動して、彼に気を配りつつ話の続きを聞いた。
「…それで、どうやって殺害したか、という話でしたね」
気を取り直してミケが言うと、ジェノが続いた。
「…すまん、俺にはさっぱりわからん」
苦笑しつつも、視線を移動させる。
「意外と、その薬箱が何かありそうな気もしないでも無いんだが…。いや、これはオレの単なる推測でしか無いんだが」
視線の先には、先ほどユリがゴールドバーグの傷の治療をして元の棚に戻した薬箱。
「いい線ですね」
ミケは言って、その薬箱をまた棚から取り出した。
「リーフさん」
「何?」
「毒が入っているかどうか…貴女なら検出することができますよね?」
「そりゃあね。何を調べればいいの?」
ミケは薬箱を開け、中にあった消毒液の瓶を取り出した。
「ユリさん」
「はっ、はい」
ユリはびくっとして返事をした。
「先ほど使った消毒液は…確かこれでしたね?」
「は、はい…そう、ですけど…」
「他に消毒できそうな薬はないですしね。じゃあ、これをお願いします」
「OK。ちょっとまっててね」
リーフは瓶を受け取ると、懐からなにやら試薬のようなものを取り出して(何故そんなものを携帯しているのかは謎だが)瓶の中に一滴たらした。
瓶を振って、反応を見る。
「…残念ね。入っていないわよ」
がくりときたのは、ジェノのようだった。
「そうか…すまんな、憶測でものを言って」
「そうでもないですよ」
さして気落ちした様子も泣く、ミケは続けた。
「じゃあリーフさん、今度は…」
にっこりと微笑み、ゴールドバーグの骸を指さす。
「あの絆創膏をお願いします」
ジェノははっとしてミケを見た。
リーフはにやりと微笑んで、ミケの言うとおりに絆創膏に試薬をたらす。
しばらく、反応を見て。
「…ビンゴ。毒がついているわ」
次は犯人を追い詰めましょう
「…ちょ、ちょっと待った。どういうことだ?」
ヴォイスが混乱した様子で言った。ミケは微笑みを浮かべたまま説明を続ける。
「そのままですよ。口から入ったのでなければ、どこか他のところから入ったのでしょう。そして僕の知る限りでは、毒の進入できる経路は傷口から血管に直接、としか考えられません。そして絆創膏から毒が検出された、ということは、その考えを裏付ける証拠になると思いますが」
「割られた窓に毒が塗ってあった、っていうのはどうだ?」
ルフィンが指を一本立てて言う。ミケは首を振った。
「それでは確実性に欠けるどころか、他の関係ない人々を巻き添えにする怖れがある。あの窓を割ったセレさん本人も、あの窓ガラスで傷がつく可能性があるわけですからね。それでなくても、誰かがふいに割ってしまって傷つき、死んでしまう確率だってある。それでは駄目なんです。余計に警戒させてしまう。確実に本人だけを、油断している間に殺してしまえる方法。それは、氏の普段の行動パターンと性格をよく知り、上手くその方法に導くことができなければなりません」
ミケは言いながらゆっくりと歩き出した。
「故人を悪く言うのもなんですが、氏は普通の方よりは大分太っていらっしゃいます。そして、大抵はこの書斎の椅子に座ったままお仕事をしていらして、あまり自ら動くということをしないタイプの方のようです。回復魔法の必要のないほどの軽い怪我を、わざわざメイドさんに消毒させていることからしても、それは確かですね」
ミケの言葉に、事態が把握できていなかった者達もようやくわかってきたらしい。視線を、その人物に投げかける。
「犯人の目的はただひとつ。氏に傷を付け、消毒する振りをして毒薬を塗りつけ、死に至らしめることです」
視線の先には、青ざめ、表情を硬くしたメイドが一人。
ミケは続けた。
「そのためには、10人からの冒険者の硬いガードをぐくりぬけ、氏に回復魔法の必要はない程度の軽傷を負わせなければならない。これは結構、思ったより難しいことなんですよね。氏はあまり動かないので、不用意に怪我をすることはあまりない。かといって本格的に襲っても、冒険者たちがガードしていて殺すことはできそうもない。そのために、セレさんの奇襲という2段構えの作戦が必要だったわけです。ああして派手に殴りこんでくれば、さすがに氏も悠長に椅子に座っているわけには行かないでしょう。慌ててどこかに避難します。その時に触る位置。例えば…」
ミケは言って、机の縁から引出しへと手を移動させた。ややあって、少し痛そうに顔をしかめると、手を上げて冒険者の方に向ける。その指には、細い切り傷がついていた。
「普段あまり触らない引出しの縁などに、カミソリなどを仕込んでおけば、その拍子に怪我をし、ものぐさな氏はメイドに消毒をさせるでしょう。セレさんがああして派手にガラスを割って進入してくれば、ガラスの破片で傷を負ったのだと誰もが思いますしね。セレさんの奇襲は、実は普段椅子からめったに動かない氏を動かし、傷を負わせることが目的だったんですよ」
「でもそれって、カミソリに毒を仕込んだ方が早くないかな?」
イルシスが首をひねる。ミケは目を閉じて首を振った。
「先ほども言いましたように、それで他の人が死に至ってしまうような方法を無用心に仕掛けておくわけには行かないんですよ。掃除の時などに、誰かが間違ってそれで傷を負ったらどうします?」
「でも…でも、それって…犯人は…」
言いにくそうに、クルム。ミケは頷いて、言葉の続きを告げた。
「そうです。犯人は、ユリさん。あなたです」
「でも!薬箱の中の消毒液に毒は入ってなかったんだろ?!おかしいじゃないか!」
クルムはなおも、ユリをかばって食い下がる。
「それがむしろ、犯人が彼女であると限定しているんですよ。もし薬箱の消毒液の中に毒が入っていたなら、僕は彼女を犯人だと断定はできませんでした」
「?…どういう、ことだ?」
難しい顔をして言うヴォイス。
「薬箱の消毒液の中に毒が入っていたなら、ユリさんは何も知らずに別の犯人の仕掛けた毒を氏に塗りつけた、という可能性も考えられるからです。ですがそれは出来ません。やはり他の人を殺してしまう可能性がありますからね」
ミケは室内を見渡して、溜息をついた。
「消毒に使った脱脂綿なども、おそらくこの部屋にはないでしょう。毒の入った薬瓶と一緒に、先ほど下にお茶を取りにいった時にどこかに捨てるかしているでしょうから、彼女が持っているとも考えられません。ですが、絆創膏に毒がついていたということ、そして薬箱の中の消毒液に毒が入っていないということ。この2点から、貴女が犯人だということが限定できるんですよ、ユリさん」
ユリは青ざめたまま黙っている。
「先ほどの状況では、まずカップに毒が入っているという線で調べられるでしょう。当然カップを渡した人や、毒見をした人が疑われることになる。そうしてすったもんだしている隙に、ユリさんか…あるいはサツキさんが、カップに本当に毒を入れる手はずになっていた。そんなところじゃないですか?
カップに毒が入っていれば、当然その線で捜査が展開される。証拠を消す時間も姿をくらます時間も、十分に確保できる、というわけです。
だから僕はあそこでストップをかけたんですよ。ユリさんが証拠となる毒入りの薬瓶を完全に処分してしまう前に。あの短い時間では、どこかに隠しておくのが精一杯じゃないですか?今ここで、ここにいる皆さんで屋敷を探せば、見つかるはずですよ。おそらく…貴女が僕たちのお茶を取りに行った、応接室でね」
部屋に沈黙が落ちる。
まだ信じられない表情の者、厳しい表情をしている者、割と平気な顔をしている者、様々だが、その視線は全てユリに注がれていた。
その中で、クラウンは一人、ユリに攻撃をする機会をうかがっていた。
理由などどうでもいい。殺人が許されない行為だなどとも思っていない。
ただ、自分の仕事の邪魔をした報復だけは、させてもらわなければ。
幸い、リーフに自分を見張るように命じられた2人も今はミケの推理とユリに気を取られている。
今なら…
たっ、と床を蹴って、クラウンは千秋とルフィンの間から飛び出した。
「あっ!こら!」
「何っ?!」
完全に不意を疲れた二人は、あっさりとクラウンに抜かれてしまう。
クラウンはそのまま、ユリに向かって走り…
「うわっと!」
リーフの差し出した足に引っかかって体制を崩した。
「…なんのっ!」
それでも何とか持ち前のバランス感覚で体勢を立て直したクラウンは、ユリに大きな鎌を振り下ろし…
がぎっ。
鎌は、ユリまで届くことはなかった。
いつの間にかユリの前に立ちはだかったサツキが、腕で鎌の軸を止めている。
サツキは今までにない厳しい表情でクラウンを睨むと、
「…ユリに、触らないで下さいまし」
言って、鎌を逆手で掴み、ぐいと引っぱった。
「わっ!」
そして、再び体勢を崩したクラウンの足を払って、そのまま彼の下に滑り込み投げ飛ばす。
クラウンは綺麗に弧を描いて床に叩きつけられた。
サツキは軽く息をつくと、青ざめたユリに目をやり、そのまま複雑な表情を冒険者たちに向けた。
「サツキさん…あなた…一体…」
エルが呆然として呟いた。
戦闘技術に長けたクラウンを軽々と投げ飛ばすなど、普通の人間に出来ることではない。
「何故だ…何故、ユリさんが雇い主であるゴールドバーグさんを殺さなきゃならない?それにサツキさんも…共犯だったってことか?あんたたちに…一体何があったんだ?!」
クルムが悲痛な表情で叫ぶ。
サツキは複雑な表情のまま言いよどんだ。
「それは…」
「……いいよ、サツキちゃん…もう楽になろう」
サツキの後ろから、意外にも強い調子でユリが言う。
ユリはまっすぐ視線を上げると、まだ辛そうな表情で言った。
「…お話します。すべて」
犯人の語りは1回使って
「私がご主人様を殺した動機…それは、…命令だったから、です」
「命令?」
ヴォイスがくり返すと、ユリはそちらの方を向いた。
「…はい。皆さんがよくご存知の…ムーンシャインをご主人様たちを使って流している組織の、です」
冒険者たちに、少なからず驚きの表情が走った。
「…あんたたちは、その組織の一員だって訳かい?」
リンが静かに訊ねる。目は鋭く2人を睨んでいた。
「…はい」
「そんな…オレには信じられない。何であんたたちが、あんなひどい麻薬を世の中に流してる奴らに手を貸したりしてるんだ?一体どこで奴らに会い、命令されるようになったんだ?」
クルムの表情はやはり悲痛そうだ。
ユリは辛そうに目を伏せて、そしてまた顔を上げた。
「私たちは…まだすごくちっちゃいころから、いつも一緒でした。ナノクニでも、ミカドと貴族の方がお住まいになられるようなゴショなどとは全く違う世界…ちょうどこのヴィーダで言う、スラムのような場所。それが私たちの記憶に残る、最初の家でした…」
「…わたくしたちが物心ついた頃には、すでに親と呼べる存在はおりませんでした。…それがあたりまえの世界でした。戯れに産み落とされ、手に負えずに放棄され…生きるために、まだ何の力もないうちから命をかけなければならない。失敗すればすぐに死が待っている…わたくしたちが育ったのは、そんな世界でした」
その後にサツキが続く。冒険者たちも直接経験したわけではないものの、世界を旅していればそのような話はゴロゴロ転がっていた。是認するべきことではないが、やはり確かに存在するのだ。
二人の話は続いた。
「私たちがまだ10歳になるかならないかの時です。私たちの住む街の一角に、突然孤児院と銘打った建物が現れました。その院長と名乗るやさしそうな顔をしたおばあさんは、私たちの寝食の面倒を無償で見るといいました。そんな美味しい話があるわけない、わかっていても…明日の食事にさえ事欠いていた私たちは、その孤児院に集まったんです…」
「わたくしたちは暖かい食事とやわらかい布団を与えられ、その夜はぐっすりと眠りました。…ですが夜中。なぜかとても嫌な予感がして、わたくしはユリを起こしました。なぜか、早くにそこを出なくてはいけないような気がしたのです。そしてわたくしたちが部屋を出た直後…」
サツキははじめて辛そうに目を閉じ、かぶりを振った。
「…誰一人として、呻き声をあげる余裕すらもありませんでした。突然天井から降ってきた無数の槍に、子供たちは体中を貫かれて…わたくしたちは悲鳴をあげることも出来ず、その場に尻餅をつきました…」
凄惨な話に、思わず眉をしかめるものもいる。
ユリは話を続けた。
「すると、私たちの側にはいつの間にか、あの院長のおばあさんがいました。昼間のやさしそうな顔からは想像もつかないような恐ろしい顔で無気味に笑うと、『上手く逃げたネズミがいたようだね。食事に薬を混ぜておいたのに、それも効かなかったのかい?何故部屋を出た?いやな予感がした?』と…次々に質問をしてきました。私は恐ろしくて何も喋れなくて…サツキちゃんが何とか返事をしてくれたけど…」
そのことは2人にとってもトラウマになっているようだ。先程より青ざめた顔で、心なしか震えている。
「院長の老婆は質問を終えると、『お前たちには見込みがあるようだ』と笑って…そこから先は、よく覚えていません。気がつくと、窓のない灰色の建物の中にいました。その老婆によって、組織に売り飛ばされたと知ったのは、それからずっと後のことでした。その時聞いた話では、あの孤児院は、ミヤ…この国で言う政府のようなものですが…ミヤが取った、私たち孤児を一掃するための秘密裏の政策であったと…そんなことももう、どうでもいいことなのですが」
「私たちはそこで、組織のためにいろんな技能を教えられました。私は、精神系の術を中心とした魔法を…サツキちゃんは、武術と精神修養を…組織に半分洗脳されているような状態で、私たちはいろんな命令をこなしてきました。…今回の任務も、そのひとつ…です」
「メイドに身をやつして、ゴールドバーグ以下4人の成金に、それとは気付かれずに麻薬を流させること。それが今回の仕事…でした。万一、そのことが誰かに流れるような危険性が生じた場合…即座に、処分せよ、と…」
命令を語る2人の表情に、辛そうな色は浮かんでこない。むしろ機械的でさえある。
おそらく、機械的にでもならなければ耐えられなかったのだろう。
「けど…けど…!」
クルムは辛そうに、吐き出すように言葉を紡いだ。
「そんな辛い日々の中でも、あんたたちの心は闇に染まらなかった。サツキさんは善い心を持つものを見分けられるし、ユリさんだって俺たちをよく世話してくれた。俺たちに力を貸してくれたじゃないか」
クルムの言葉に、エルが続く。
「そうです。何かに操られて一生を終えるつもりですか?あなた方の心の光は、巨大な悪にも屈せずに生き続けているのです。あなた方に少しの勇気があれば…その巨大な悪から脱却し、立ち向かうことだってできるはずです」
理想的な、聖職者の説得。
ユリは悲しげに微笑んだ。
「それが出来たら…どんなに楽でしょう。光はわたしたちにとって憧れの存在…だからわたしもサツキちゃんも皆さんが羨ましかった。できる限り助けてあげたかった。…でも憧れは憧れでしかないのです。私達は光に憧れても決して光そのものにはなれない…」
サツキの表情は反して厳しいものだった。
「勇気…と一言で仰いますが、それがどんなに厳しいことであるか、皆さんにお分かりですか?
絶対的な力を持つ存在に、容赦なく気を失うほどの制裁を加えられたことがございますか?
組織から逃げ出そうとした仲間を、見せしめとして目の前で無残な方法で殺されたことがございますか?」
辛そうに目を閉じ、溜息をついて。
「…わたくしたちが、皆様より不幸などとは申しません。ですがわたくしたちにそれを求める残酷さを…わかってください。わたくしたちは…もう疲れてしまったのです」
「ごたくはいいよ」
今までにない厳しい表情で、イルシスがサツキの言葉を止めた。
「それで…あなた達はどうするつもりなの?自分のやったことも、組織の悪事も俺たちにばらして…その後は?俺たちを殺して、秘密を永遠に封印する?」
「そんなことは…できません」
ユリは再び悲しそうに微笑んだ。
「こういった組織が…世界にどれくらいあるのか、私達は知りませんけど…こういう場合のよくある決まりごと、ご存知ですか?」
冒険者たちは、一瞬きょとんとした。
サツキがゆっくりと、その言葉に続いた。
「…失敗には、死を」
その言葉と同時に、2人は踵を返してドアから走り出ていった。
「ま…待てっ!!」
冒険者たちは一斉に彼女たちを追って走り出した。
みんなで説得、そして…
「う…うう…」
部屋のすぐ外あたりで、律儀にミケの「動くな」を守っていたナンミンは、突如部屋から出てきたユリ、サツキと冒険者の一団に見事に体の上を通り過ぎられていった。うち何人かはまともに踏んでいったらしく、背中にくっきりと痕がついている。
「み、皆さんどこに行かれたのでしょう…?」
一応部屋の中の話が聞こえる程度のところにはいたので、事情はわかっている。
「それにしても、ユリさんが犯人だったとは…森で作った卵人に、かすかに同じ気を感じたのでもしや、とは思っていたんですが…」
言って、卵ドセルから森で作った卵人を取り出す。
「ぎゃー」
相変わらず狂暴そうな卵人だ。だがどこか、悲しそうにも見える。
「ユリさん…死ぬ…おつもりなのでしょうか…止めなければ」
言って、ナンミンはきょろきょろと辺りを見回した。冒険者たちは、吹き抜けのフロアを抜けてテラスの方に行ったようだ。
後を追おうと立ち上がって、ナンミンは体の痛さによろめいた。
「いたたた…皆さん…足元には注意してくださらないと…」
「ほえー」
そんなナンミンの側に、ふよふよと寄って来るイルシスのペット、ぷち。
「ま、マンボウさん…心配してくださるのですか?」
「ほえー」
ナンミンは瞳を潤ませて、手を組んだ。
「ありがとうございます…突発突進気絶系キャラだとか思ってすみませんでした!」
ぷちは気にするなというようにふよふよと体を左右に振った。
「マンボウさん…」
さらに目をうるうるさせながら、ナンミンはぷちを見つめる。
あれ。そうするとクルム君の立場は。
…もつれ合う人と精霊と魚の三角関係。
話の流れを全く無視して異空間が形成されている。
…とりあえず物語は続きます。
「ユリさんっ!サツキさんっ!」
テラスになだれ込んだ冒険者たちは、手すりの傍にユリとサツキの姿を認めて名を呼んだ。
2人はゆっくりと振り返り、冒険者たちは二人の前に広がって足を止めた。
「…死ぬつもりなのか?」
ジェノがゆっくりと訊ねる。ユリはやはりゆっくりと頷いた。
「…そうか。なら好きにしろ。殺して欲しいなら、俺が手にかけてやっても…いい。楽に、してやる。…これが最後の言葉だ。本当に、死んで後悔はしないな?」
「ちょ…ちょっと待ってくれよ!」
大きな黒い槍に巻きつけられた布を取りながら言うジェノを、クルムが慌てて止めた。
「死ぬなんて絶対ダメだ!自殺はもちろん、彼女たちを殺そうとするなら絶対止める!そんなの間違ってるよ!」
「いいじゃねーか、そんなに死にてえなら死なしてやりゃあ」
めんどくさそうな声が後ろから飛ぶ。
「…ルフィン…!」
ヴォイスが咎めるように声の主の名を呼んだ。
「死のうが生きようが、そいつの勝手だろ。あたしたちにそれをどうこう言う権利があんのかよ」
「まったくだ。それがユリ達の決めたことなら、俺たちが口を出すことではあるまい。それがお前たちの生き方なら、勝手にしろ」
アレックスがそれに続く。
「ちょっと待て。それは賛同できんな」
千秋が厳しい表情で言った。
「自殺とは逃げだ。どんな理由があるにしろ、罪を犯しておいて逃げることは俺が許さん。もちろん、安易な逃げ道を作ってやる奴も止めさせてもらう」
「俺も同感だね」
今度はイルシスが言った。先ほどと変わらない、明らかに怒っている表情。敬語も消えている。イルシスはユリとサツキに向き直った。
「たとえ組織に命令されてやってたとしても、だよ。あなたたちが流させた麻薬で、どれだけの人が死んだと思ってる?ゴールドバーグだって、そんなにたくさんの人を殺して、遺族を悲しませて、その償いもさせないまま殺しちゃったんだ、その責任は取ってもらうよ。生きて、ね。俺は死んで欲しくないんじゃない。死なせてなんかやらない、だけなんだからね」
「そうです。ご自分の罪を認めていらっしゃるならなおのこと、安易に死に逃げるようなことはなさらないで下さい。生きて、その手で償ってこそ、でしょう。私たちも、微力ながら手を貸します。どうか…勇気を出してください」
エルも優しい表情で続いた。
だが二人の意志は固いようだった。ユリは俯いて首を振った。
「私たちがしたことで…たくさんの方が犠牲になったのは申し訳ないと思っています。生きて償いができるならそうしたい…でも、私たちがここで死ななかったとしても、組織の追っ手が必ず私たちを殺しにやってくるでしょう。それに…無関係な皆さんを、巻き添えにするわけには行きません。どうか…楽にしてください」
クルムは必死に首を振った。
「何言ってるんだ!俺たちはとっくに無関係なんかじゃなくなってる!この『ムーンシャイン』に関わる依頼を受けたその時から!俺達の力、そんな組織を動かしてる力から比べたら頼りなく思うかもしれないけど、でもやってみなくちゃ、分からないだろ!!」
必死の説得に、サツキが悲しそうに微笑む。
「クルム様は…おやさしいのですね。皆さんも…とてもお優しい。そしてお強い。そんな皆さんだからこそ…わたくしたちは協力したのです。皆さんならば…終わらせてくださるだろうと。そう…思いましたから」
「勝手なこと言ってんじゃねえ!」
ヴォイスが耐え切れないように叫んだ。
「勝手に麻薬流して、勝手に人殺して、あげくに自殺を見逃してくれ、でなきゃ殺してくれだと?!俺はごめんだからな!お前たちが死ぬのも許さねえし、お前たちを誰かに殺させるのも絶対に許さねえ!」
しばらく、沈黙が落ちる。
自殺肯定派のジェノ、ルフィン、アレックスはとりあえず二人の様子をうかがっているようだった。
自殺否定派のクルム、千秋、イルシス、エル、ヴォイスは二人の様子ももちろん、肯定派の様子も用心深くうかがっているようだった。ディーは、口に出して説得はしないものの否定派の様子だ。
いつの間にか、先ほど投げ飛ばされたクラウンもテラスにやってきている。様子を見ると、まだユリを殺すのをあきらめてはいないようだった。サツキにしてみれば、クルム達ならばともかく、彼にユリが殺されるのは我慢ならないといったところだろう。
その向こうにはナンミンも見える。勢ぞろいだ。
何故か、ユリに一番近い存在であるはずの瑪瑙と、推理をしたミケだけが何も言わずに後ろに控えて様子をうかがっている。肯定とも、否定とも取れない様子だった。
さらに彼らと並んで、リーフ、リン。リーフは例によっておもしろそうに見物。リンは厳しい表情で様子をうかがっている。
「…では、こうしましょう」
沈黙を破って、サツキがゆっくりと言った。
ちらりとユリを見る。ユリは悲しそうな目をしたが、わずかに頷いた。
サツキは冒険者たちに向き直った。
「失敗には、死を。さもなければ…関係者全員を、抹殺せよ」
冒険者たちの…特に否定派の表情が驚愕の色に染まった。
「私たちが死ぬか…皆さん達が死ぬか。二つに、一つです」
ユリとサツキの目は、優しいメイドのそれではなかった。悲しげな色に染まっていながらも、どこか冷徹で残忍な輝きを宿した、殺人機械の目。
「わたくしたちは、殺す気でかかります…油断は、なさらない方が身のためです」
ちゃきっ。
ジェノが、アレックスが、それぞれに武器を構える。ルフィンも油断なく戦闘体制をとった。
「ま…待ってくれ!ユリさんたちも、ジェノたちも!オレにはあんたたちを傷つけることなんてできない!殺しあうのを見るのも、もう沢山だ!」
クルムが必死になって間に割って入る。
『ごめんなさいね…もう、後には退けないの。私の手はもう、血みどろなんだから…』
クルムの脳裏に、悲しい目をした少女の姿が甦る。
月のない村で…憎しみのために銀色の異形に姿を変えてしまった、哀れな少女。
あんな悲劇は、もう二度と見たくなかった。
「自分たちの今までを後悔しているのなら、生き直してそこから、自分たちがしてしまったことの分いくらだって返したらいい!
どうか、生きて…!生きることを選んでくれ!!!」
ユリは、悲しげに微笑んだだけで、何も言わなかった。
すっと後ろに下がって、両手を心もち広げる。その前にサツキが立ち、少し腰を落として構えを取った。
それに習うように、ジェノたちも戦闘体制をとる。
「ユリさんっ!」
クルムの叫びも空しく、一触即発の空気が流れた。
その時だった。
ぱんっ!
いきなりの場違いな音に、一同は動きを止めた。
ぱち。ぱちぱちぱちぱち、ぱち。
手のひらを叩く音。最初の一発は皆の動きを止めるために、風の魔法か何かでわざと音を大きくしたのだろう。
「…ミケ?」
沈黙の末に、ディーがやっとその人物の名を呼ぶ。
ミケはにこにこ微笑んで手を叩きながら、ゆっくりとユリたちの元に歩いていった。
「ご苦労様でした。大変結構なお芝居でしたよ、ユリさん、サツキさん」
と、そこで手を叩くのをやめる。
あまりの行動に、一同声が出ない様子だ。ミケは微笑んだまま、続けた。
「自分たちの罪を悔いながらも、闇に染まるしかない少女たち。それを悲しみの内に討ち果たす冒険者。少女を倒した後も、彼らは自責の念にかられ続ける…それが、あなたの書いたシナリオだったんですね」
そして、そこでくるりと振り返る。
「そうでしょう?リーフさん」
探偵は二度推理する
「……………は?」
たっぷりの沈黙の後の、気の抜けた声は、果たして誰のものだったか。
あまりの展開に、誰も何かを言い出す気配がない。
「み、ミケ…何を言って」
と、声をかけようとして、ディーはぎょっとした。
一見温和な笑顔で冷静に話をしているように見えるが。
…怒っている。
長年つきあってきた親友だからこそわかる。ミケは、今までに見たことがないほどに、激しく怒っていた。
そして、さらにしばらくの沈黙の後。
「……アナタの言っている意味が、わからないわ?」
さして慌てた様子もなく、リーフはにやりと笑って言った。
ミケはやはり笑顔のまま、それに答える。
「この事件を仕組んだのは、全てあなただ、と言っているんです、僕は」
「な…何言ってんだよ…ミケ…」
呆然と…というか、気の触れた人物を相手にしているような、どうしたらいいかわからない様子で、クルムがミケに言う。
「この事件…というと、どこからどこまでのことだ?ゴールドバーグさんが殺された事件のことか?」
混乱した様子で、ジェノ。ミケは首を振った。
「いいえ。ユリさんとサツキさんに命令して、ゴールドバーグ氏以下4人の豪商にムーンシャインを流させ、ムーンシャインを守る森に魔法をかけ、セレさんに守らせていた…つまりこの事件は、最初から彼女が仕組んでいたものだったと言うことです」
「な…そ…そんなわけないだろ?!リーフはムーンシャインを守るために動いていて、むしろ麻薬を流した組織とは対立関係に…」
「そう思わせるのもまた、彼女のシナリオのうちだったんですよ」
クルムの言葉を遮って、ミケは強い口調で断言した。
「…ふ…っふふふ」
リーフがおもしろそうに笑って、再びミケの方を見た。
「…面白いじゃない。聞かせてもらいましょうか?アナタの推理を」
「言われなくても、そのつもりです」
ミケの表情からは、すでに微笑みは消えていた。
怒りの表情ではないものの、真剣な表情をリーフに向ける。
「…あなたがこの街に来たのは…確かではありませんが、ちょうど一年程前だったそうですね。ムーンシャインが…ゴールドバーグ氏等が流した麻薬が、スラムで爆発的に流行し始めたちょうどそんな時です。
あなたは、表通りから少し外れた、スラムに近い裏通りに、目立たない一軒の薬屋を構えました。
…何のためか。自分の撒いた種が、どんな花を咲かせたか、見届けるために。
あなたは、部下の報告のみではなく、自分の目で事の完成を見るために、自らこの町にやってきたのです。
そう。その時にはすでに、あなたはあの森にムーンシャインの花畑を作り、森自体に強力な魔法をかけ、セレさんというガーディアンを置き、ユリさんとサツキさんをそれぞれのお屋敷に指示及び監視員として潜入させていたんです。
…そして、全てが計画通りに運んだことに満足したあなたは、自分の咲かせた花を…摘み取りにかかった。
あなたは4氏に盗みの予告状を出し、自ら怪盗として、自らが4氏に与えた、森に入るための鍵である像を次々に盗み出した。僕たちのような冒険者が介入することは、すでに予定のうちであったのでしょう。だからこそいずれ『組織の一員』として悪事が発覚する予定のユリさん、サツキさんとは一切接触を持たなかったし、彼女たちもリーフさんのことを知っているそぶりなどカケラも見せませんでした。
そして…あとは僕たちが知っているとおりです。あなたはまずは僕たちには正体を知らせずに接触し、ゴールドバーグ氏のお屋敷から像を盗み出す時に怪盗としての正体を明かし、『麻薬を流すのを止めるために盗みを働いていた』と説明して僕たちを味方につけ、ゴールドバーグ氏に真相を話すように急き立て…ユリさんに氏を殺害させて、僕たちに彼女たちを殺させようとした。
全て、あなたの書いたシナリオどおりに。
考えましたね。一度悪人から善人に翻った存在を、もう一度悪人にするなどという発想は、まずありません。貴女は初めにあえて『怪盗』という悪役を演じることで、まず疑われることのないポジションを手に入れたのです」
ミケが言葉を切ると、あたりは水を打ったように静まり返った。
リーフは上目遣いでミケを見つめたまましばらく黙って…やがて、おもむろに口を開いた。
楽しそうな表情は、そのままに。
「…面白い話ね。でもそのままじゃあ、ただの『妄想』の域を出ないわよ?確証はあるの?」
「…僕が疑問に思った点は、次の3つです」
ミケは変わらぬ表情で、指を1本立てた。
「ひとつ。もしムーンシャインを流した組織というものが存在するとして、その組織がゴールドバーグ氏等に麻薬を流させたとしましょう。
ゴールドバーグ氏の話を聞いたときに、おやと思ったんですよ。
果たしてそんなことを4氏にさせて、その組織とやらに何のメリットがあるというのでしょう?
ゴールドバーグ氏は、自分に命令を与えたのがどんな存在であるか、全く知らないと仰っていました。
ということは、自分が麻薬を売って得た利益を、麻薬を与えた存在に献上はしていない、ということです。
そんな利益のないことをさせる組織が、一体どこにあるというのでしょう?ユリさんたちの話では、彼女たちはその組織に金で売られた、ということです。戦闘員を金で買い、麻薬を動かすような組織が、銅貨一枚の得にもならないことに金をつぎ込むなど、不自然ではないですか?」
そして、2本目の指を立てる。
「ふたつ。セレさんの行動について、です。リーフさんと一緒にいた方々から聞いた話によると、セレさんは『像を持つ人間を尾行する人物を止める』という命令を受けて行動している、と。あなたはそう説明したそうですね。
…なんだか、とても曖昧な命令だとは思いませんか?どこまでが尾行で、どこまでが尾行でないのか?何メートル以上離れて後をつけているのが尾行で、それ以内は同伴者である、だとか。特にセレさんのように、曖昧な点を自分で判断せず、命令を忠実に実行するような方には、そこまで細かく規定しないと不可能なんです。
では、そうではないと仮定したら、どうか?尾行している人物を、などという曖昧な要素ではなく、誰々が像を持つ人物を尾行するのを止める、という命令だとしたら?それなら、確定要素は格段に跳ね上がります。セレさんに、その人物の情報をインプットすればよいのですから。
この疑問と仮定は、リーフさんがムーンシャインの畑に皆さんを案内したときの話を聞いて浮かびました。像を持っていた人物は、リーフさんです。あの時、リーフさんのほかに、5人の同行者がいらっしゃいました。そして、途中で千秋さんとイルシスさんが不意に加わりました。クラウンさんも少し離れて尾行していらっしゃったようです。さて、セレさんはどうやって尾行者とそうでないものを見分けていたと言うのでしょう?
この不自然な状況を説明できるのは、ただひとつ。『命令が解除された』という説だけです。像が盗まれた後で急に彼女の行動が変わったのは、『尾行する人間を止める』という命令を与えられた、などと説明するよりそう考えた方がよほど自然です。
そして、組織がそんな命令を解除する必要がない以上、セレさんが森を守っていた理由は、別のところにあるということです。
すなわち。リーフさんが像を盗み終えるまで、僕らにムーンシャインと像の関係を知られたくなかった。リーフさんが盗み終えたあとなら、彼女の行動に真実味を持たせるために、むしろ僕たちに知らせる必要があった。すべてがリーフさんの都合のいいように動いている以上、セレさんに命令を与えたのはリーフさん、あなただということです」
そしてまた、3本目の指を立てた。
「みっつ。これが僕にあなたが首謀者だという確証を与えました。
…ユリさんとサツキさんが運んできた、お茶です」
「…お茶?」
ディーが眉を寄せて相槌を打つ。ミケはそちらを向いて頷いた。
「ええ。ユリさんはずっとこのお屋敷に、サツキさんはご自宅にいらっしゃいました。…サツキさんは、まぁ外に出るチャンスもなかったとは言いませんが…ですがお二人とも、僕、ディー、クルムさん、ジェノさん、ヴォイスさん、ルフィンさん、エルさん、瑪瑙さん…つまり、ゴールドバーグ氏に最初から冒険者として雇われていた面々としか、面識がないはず、なんです。
ですが、あの時。
ユリさんを先に行かせてしまってから、しまったと思ったんですよ。僕たちはともかく、リーフさんとリンさんは、ユリさんとは面識がないはずなんです。説明が足りなかったな、と。
ところが部屋に戻ってみて、新しい面々と挨拶をしているうちに、僕はユリさんにそのことを説明し損なってしまった。ですがユリさんは、間違えることなく、そして本人に問いただすこともなく、リンさんにはコーヒーを、リーフさんにはウインナティーを出しました。…ユリさんは、同じ金髪の妙齢の女性であるリーフさんとリンさんを、説明なしにはっきりと見分けていたんです。
これは、サツキさんがお茶を持って来られたときも同じことが起こりました。
サツキさんは、リーフさんが怪盗ムーンシャインとしてこのお屋敷に侵入した時に僕たちと顔を合わせていますから、やはりユリさんと同じメンバーと面識があります。ですがそれ以後のメンバー、ゴールドバーグ氏に雇われたアレックスさん、リーフさんの仲間に加わった千秋さんとは、面識がないはず、なんです。ですがサツキさんは迷わず、はっきりと名前を呼びながら、お二人にお茶を出しました。サツキさんは、どちらが千秋さんでどちらがアレックスさんなのかご存知だったんですよ。そしてお二人に、こちらの詳細な情報を提供できるのは…全てのメンバーと面識のあるリーフさん、あなたしかいないんです」
「…アタシはあの夜から、ずっとクルム達と一緒にいたのよ?カノジョたちに情報を与えるなんて、不可能だわ」
「…使い魔、というのをご存知ですか」
ミケは言って、肩に乗った黒猫を見た。
「ポチは僕の使い魔ですが、普通の猫より数段賢く、僕の意志とリンクしていて、僕の意思を正確に汲み取り、時に実行することが出来ます。時には感覚を共有し、ポチの見ているものを見ることも出来ます。もちろん、より熟練すれば、逆のことも」
そして、再びリーフに視線を戻す。
「あなたは、カッツェという猫を飼っていらっしゃいましたね。貴女は直接ユリさんたちと接触をしない代わりに、どこに潜入しても不自然でなく、また素早く逃げ去ることもできる猫を、通信手段として利用していたんですよ」
リーフはにやりと笑った。
「残念だけど確定要素としては今ひとつね。一番最初のは、単に世の中を混乱させるのが目的の組織だって言える。二番目のも三番目のも、偶然だって言い張れないこともない。犯人を追い詰めるには、いささか説得力にかける証拠だと思わない?」
ミケは一呼吸置いて、ゆっくりと言った。
「僕はずっと考えていたんですよ。自分の手で麻薬を流しておいて自分の手でそれを妨害することに、何の意味があるのか?あなたの目的が読めなかった。ですがユリさんとサツキさんが、最後まであなたの名を口にすることがなかったので、確信しました」
そこで初めて、視線を怒気をあらわにした、厳しいものに変える。
「あなたは、ゴールドバーグ氏たちを、僕たちを使って遊んでいたんですよ。こういう状況を与えたらどう行動するか、どういう感情を抱くか、まるで実験動物を観察するように、自分も状況のひとつとなって、傍観して楽しんでいたんです。
ですから、こうして僕があなたのたくらみを暴いた以上、あなたがあえてそれを否定する必要は、なくなるんです。
もう僕達がユリさんたちと戦うことはない。あなたの実験は、失敗に終わったんですよ」
あたりが再び静まり返る。
しばらくの沈黙の後。
「……ふふ…」
リーフは、声を押さえて笑い出した。
「…ふふ…ふ、くっ、はは、あははは、きゃはははは!」
徐々に高らかに、狂ったように笑い声を上げていく。
「面白い、面白いわ!だからやめられない、生きることって!」
そこで笑いを止め、不意に視線を鋭くする。口元は微笑んだまま。
「リリィ!」
初めて聞く名を呼び、意味ありげに声のトーンを落として。
「もういいわよ」
すると、可愛らしいが落ち着いた声が、それに答えた。
「畏まりました」
声に振り向くと、ユリがにっこりと微笑んで、両腕を顔の前で重ね、恭しく礼をしていた。
ユリは腕を下げると、指で空中に何やら文字を書き始めた。同時に、不思議な呪文を唱える。
「解・呪・放・析」
ユリの描いた文字が、不思議な光を放ったと思った瞬間。
一瞬にして、辺りが暗くなった。
初めまして、こんにちは
「?!…な、何だ…?!」
驚きの声を上げたのは、ルフィンのようだった。
一瞬にして辺りが暗くなった。それは、屋敷中の魔道の明かりが、一瞬にして全て消えたことを意味していた。
今まで明かりに目が慣れていたこともあり、全くあたりの様子は見えない。わずかに遠くの町並みの明かりが見えるのみだ。
「…ライト!」
いつかと同じように、ヴォイスが魔道の明かりを灯す。彼の手のひらで光を放つ球は、わずかだがテラスの冒険者たちを照らし出した。
「…だからわたくしは嫌だと申し上げたのですわ。こんなお芝居まがいのことなど…わたくしに勤まるはずもないのですから」
サツキの声がして、ヴォイスはそちらに光球を向けた。
サツキ…によく似ているが、やや歳が下に見える少女。15、6歳といったところだろうか。長い黒髪を後ろで三つ編みにし、切れ長の黒い瞳を頂いたエキゾチックな顔立ちが魅力的である。ノースリーブの異国風の上着に、膝までの丈の短いパンツ。いかにも格闘家といった雰囲気の身軽な衣装で、メイド服よりもそちらのほうがよく似合って見えた。
「メイは真面目だからね、心にもないことなんか言えないんでしょう?私みたいに、かっこいい人に夢中になるフリくらいしなきゃって何度も言ったのに…しょうがないわねぇ。でもそこがメイの可愛いところなんだけど」
くすくす笑いながら、光の届く範囲にもう一人歩いてくる。これは、ユリの声に思えた。
こちらもやはり、15、6歳ごろの、ユリに良く似た面立ちの少女。膝までほどもある淡い亜麻色の髪を頭の後ろできっちりと結わえ、桜色を基調にした、丈が長すぎて手が見えないほどの異国風のローブを着ている。はしばみ色の大きな瞳の両脇には、髪の間から薄紫色の大きな鰭が覗いていて、彼女が水の女神フルーの従属人種、マーメイドであることを思わせた。
ユリとサツキ…に見える2人は、冒険者たちの方に向き直って、にっこりと微笑んだ。
「この姿では…初めまして、になりますわね。ご挨拶をさせていただきますわ」
まずはサツキが、片膝をついて恭しく礼をした。
「炎の拳闘士、メイでございます。お見知り置きを」
続いて、ユリが先ほどと同じように、袖で隠れた手を合わせて、小さく礼をした。
「私は水の外法師、リリィ。よろしくお願いしますね、冒険者様」
にっこりと。明らかに嘲っているように笑って、彼女はそう言った。
「ほら、セレもご挨拶しなさい」
ユリ…リリィが後ろの方に向かってそう言ったので、ヴォイスは光球の照らす範囲を広げた。
ベランダの手すりに、いつの間にかセレが腰掛けている。先ほどと同じく、白い服と褐色の肌に、べっとりと血のりをつけたまま。
セレは手すりを蹴ってベランダに着地すると、変わらぬ無表情で、ぼそりと言った。
「…大地の軽剣士、セレ」
誰も何も言い出す者はいない。あまりのことに二の句が告げない様子だった。
すると。
「みぃ」
リリィ達の足元に、いつの間にか一匹の猫が歩いてきていた。
「カッツェ…」
ミケがその猫の名前を呼ぶ。茶色のトラ縞に、青い瞳のかわいらしい猫。
「みゃおうぅ」
カッツェがひときわ高らかに鳴いたその時。
猫の輪郭が、ぐにゃりと曲がった。
「?!」
驚く冒険者たちをよそに、カッツェだったものはどんどんと形を変え、大きく変化していく。
やがてそれは、一人の小さな少年の形を取った。短くそろえたピーコックブルーの髪と、やんちゃそうな同色の瞳。
「クルムお兄ちゃんには、こっちの姿のほうが馴染みだよね」
少年は、そう言って無邪気に微笑んだ。
「か…カティ…」
呆然と、クルムが少年の名を呼んだ。
「クルムお兄ちゃん、ムーンシャインを守ってくれてありがとう。ちなみに、風花亭のマスターに子供はいないから。彼、独身なんだよ」
信じていた全てが、ガラガラと崩れていくような感覚に、クルムは言葉を失った。
カティは視線を別の方向に移した。
「ミケお兄ちゃん、エルお兄ちゃん、瑪瑙お兄ちゃんには…」
とそこで、さらにぐにゃりと形が変化していく。さらに大きく変化して…やがて、一人の成人女性の形を取った。
「…こっちの姿の方が、馴染みだろう?」
ミケとエルは、ぎょっとして彼女を見た。さすがにそこまでは予想していなかったのだろう。
短い金髪に、少し濃いめの化粧。あちこち切り裂かれたような、露出度の高い服を身に着け、皮肉げな笑みを浮かべた女性。
「リ…リン、さん…?!」
リンはにやりと笑うと、また体の形をぐにゃりと変化させた。今度は小さく縮んでゆき…カティよりは少し大きな、少女の姿を形作る。
年のころは、リリィ達よりやや若い13、4歳。ややウエーブのかかったふわふわの金髪を、左耳の上でまとめてお団子にしている。少しきつめの青い大きな瞳の両側には、トラ縞の毛が生えた大きな耳が覗いている。やはり異国風の半袖の上着に、白いホットパンツ。そこから長いトラ縞のしっぽが長く伸びて揺れていた。猫の獣人、ワーキャットである。
少女はくるりと回って、笑顔でポーズをつけた。
「あア、やっと本当ノ姿になレタわ。いロンな役くるクルやらさレテ、頭パニックよ、まっタク」
少し…というか、かなり難解な発音で喋る。
「ようヤク本当の名前、名乗レルわネ。風の変化師、キャットよ。よロシくネ」
キャットと名乗った少女は、そう言うと面白そうにくすくす笑った。
「キャットの役目はネ、リリィやメイに変化の魔法をかケルこと。キャットの変形術、すゴイでショ?普通は変身の術なンテ、自分にシカかけラレナいものナノ。キャットのハ他人にもかけラレテ、しかもとっテモ強力ヨ。キャットが元に戻スか、リリィのディスペルマジックじゃなキャ解けナイの。
それカラ、もっと大事な役割。あナタたちみタイな、本筋から外れよウトしてるイレギュラーを、流れに導くコト。依頼をうけヨウとしなカッたクルムに、依頼を受けさセルようニ。リーフ様についテ行かナカったミケたちを、リーフ様の思う流れに誘導すルヨウに。リリィにあナタたちの毎日の予定を聞いテ、色々姿を変えテ行動するの、結構大変だッタのヨ」
「なるほど…ね…」
ミケは苦々しげに呟いた。結局は手のひらで踊らされていた、ということか。リンが言ったムーンシャインに恋人を殺されて云々も、おそらく全て嘘であったのだろう。
メイ、リリィ、セレ、キャット。地水火風の属性を名乗った彼女たちは、姿勢を正して冒険者たちの前に並んだ。
「わたくしたちは、全てあの方の命令で動いておりました」
「あの方の望むままに」
「…命令のままに」
「あの方が書イたシナリオに、忠実ニ事が運ぶヨウに」
そのセリフが終わったその時。
4人が並んだその後ろのベランダの手すりに、ひとつの影が降り立った。
「陽・照・華」
リリィが指先の見えない袖で、再び文字を空に描いた。
瞬間、4人の周りに光の球が次々と現れ、辺りを明るく照らす。
もちろん、手すりに乗った、その人物も。
「…ふふ、ふふふ。楽しませてもらったわ…とっても楽しかったわ!」
年のころは、17、8歳。外見は。
闇に溶けるような、漆黒の髪に褐色の肌。膝までの髪の毛を頭の両脇でまとめ、異国風の飾りをつけている。
光の加減によって金色にも見える、濃いオレンジ色の大きな瞳。真っ赤に彩った大きめの口元と合わせて、意志の強そうなはっきりとした顔立ちを際立たせていた。
尖った耳には、大きな耳飾り。露出度の高い異国風の衣装を身に纏い、挑戦的な笑みを冒険者たちに向けている。
「とっても気分がいいわ、ゴキゲンよ!ホントは人間なんかに愛称は呼ばせないんだけど…どうせアナタたちには長くて覚えられないでしょうし?特別に呼ばせてあげる!」
ぐちゅっ。
耳障りな音がして、彼女の背中から何かが生えてきた。
ぬらぬらと謎の液体で濡れている、コウモリのような漆黒の翼。彼女はばさりと大きく羽ばたかせて液体を弾き飛ばすと、自分の背丈ほどもある翼をゆっくりと確認するように動かした。
同時に、彼女を中心に禍々しい気配が広がる。この世界にはない、あってはならない、明らかに異質で、触れたものに本能的な恐怖を呼び起こさせる気配。
瘴気。
「アタシの名前は、チャカ!」
彼女は大きく羽ばたいて空を飛び、くるりと回って空中に静止した。
「チャクラヴィレーヌ・フェル・エスタルティ!」