あたらしい時代の幕開けは、ふるい時代の終わりとも言う。 あたらしい時を喜ぶ影では、去り行くふるい時に零れる涙がある。 あたらしい命が生まれ、ふるい命は混沌に帰っていく。 あたらしい記憶は、ふるい記憶を消し去っていくように思えるけれど。 わたしたちは、積み上げた時の上に立ち、新たな時をさらに積み上げていくのだから。 ふるい時は、決して消えずにわたしたちのなかに残り、わたしたちの血肉となって生きるのだ。 ふるい時を忘れずに、こころにしっかりと積み重ねて。 わたしたちは、あしたを生きる力を手に入れる。
Last Ceremony -予告ー
フェアルーフ王立魔導士養成学校
「へえっ、国王陛下が退位するんだ?!」
そのニュースは、平穏なヴィーダにちょっとした風を巻き起こした。
大通りで撒き散らされた号外を手に取ったカイが、かなり驚いた様子で声を上げる。
横にいたマルが、カイの手で広げられた号外を覗き込んで感心したように言った。
「王子に王位を譲ってぇ、引退するんですねぇ」
「えーでも、国王陛下ってまだバリバリの現役じゃなかった?」
「そうなんですかぁ?」
「確か4~50歳くらいだったような気が」
「子供じゃないですかぁ」
「あたしたちの基準で言ったら500歳くらいだよ」
「はぁ、それはまだ全然現役ですねえ」
「なになに…?」
引退の理由が気になったカイは、配布された号外をさらに読み進めた。
喫茶ハーフムーン
「自分の果たすべき役割はすべて終えた…意欲ある若い世代にバトンを渡し、この国のさらなる繁栄を望む…ひゃー、かっこいいねえ」
喫茶ハーフムーン。
カウンターの中で号外を広げながら、マスターは感心したように言った。
カウンター席では、同じように号外を広げたミリーが涼しい顔でダージリンを飲んでいる。
「シュライクリヒ14世自身が、父親の早世で若くして王位についたからね。早い退位って言っても30年くらいは王様やってたわけだから、在位期間としてはそこまで言うほどのものでもないでしょ」
「ミリーちゃん見てきたように言うねぇ」
「見てきたのよ」
「でも、こんなに退位が早いと、王子が王位を狙って父王を陥れる陰謀を…とかっていうことじゃないのかなあ」
「それこそ三文小説の読みすぎ。14世はもう5年くらい前から、息子に自分の執務の引継ぎを開始していたのよ。それが完了して、息子が王位を継いで問題ない状態になったからの退位でしょうね。つまりは、予定調和ってこと」
「ミリーちゃんよく知ってるねえ」
「あたし、意外と何でも知ってるのよ?」
「こっわ」
マスターは身震いのそぶりをして、空になったミリーのティーポットを引き上げる。
「お代わりにハーブティーはいかがですか?」
そこにすかさずセールストークを挟むアルヴに、ミリーはにこりと笑みを返した。
「遠慮しておくわ。飲んだらどうなるかわからないし」
「いえいえまさかそんな。何の仕掛けもないハーブティーでございますよ?」
「わざわざ仕掛けとか言うところが怪しさ爆発よ」
「はいはーいっ、アルヴん、なら、ハーブティー、ぼく、のみます!」
しゅたっ、と手を挙げるミニウムに、硬い笑みを向けるアルヴ。
「…ミニウム様にお飲みいただくと、それこそ何が起こるか……」
「ぶぅーぶぅー。ぼくもハーブティー、のみたいですん!」
不満げに口をとがらせるミニウム。
マスターは笑って、ミニウムの前にケーキを置いた。
「まあまあミニたん。これでもお食べよ」
「やたー!」
さく。ぐもぐもぐも。
嬉しそうにケーキを頬張るミニウムに苦笑を投げ、ミリーは話を続ける。
「王位の継承と、新王の即位パレード、あとは祝祭が開かれるそうよ。『継承祭』ですって。新年祭レベルのお祭りになりそうね」
「へー、楽しそうでいいじゃん。そしたら、今はよそに行ってる子たちもヴィーダに遊びに来るかもね」
「ええ、懐かしい顔ぶれにも会えるかもしれないわね」
にこりと笑ったその表情に、今度は嘘が無いように思えた。
ヴィーダ市街・チェルの家
「新王即位記念式典……」
やはり号外を広げながら、チェルは記載されていた文字をぽつりと呟いた。
「今の王から新しい王に位を渡し、新たな時代を迎える祝いとして1週間の祝祭『継承祭』を執り行う……」
淡々と読み上げてから、傍らの置物に指先を触れさせる。
シンプルな装飾が施された、小さな壺。彼女の亡き恋人の遺骨が納められた骨壺だ。蓋の部分には、彼女が冒険者の恋人にと渡したお守りのネックレスがかけられている。
「…ルカが知っている王様は、もういなくなっちゃうんだね……」
わずかに切なげなまなざしをネックレスにそそぐチェル。
この世を去ったものを残して、あらたなものが瞬く間に広まっていく。
時が経つ、というのは、そういうことなのだ。
ガイアデルト商会
「では、継承祭にあたっては、ガイアデルト商会からは戴冠パレードの全面的なバックアップをされる、ということなんですね」
リタ・ユナーギと名乗った雑誌記者の取材に、ガイアデルト商会の現社長であるウラノス・ガイアデルトは鷹揚に頷いた。
「ええ。資金面の調達は当商会に一任いただくこととなりました。プロデュースにも企画から関わらせていただいています。皆さんに楽しんでいただけるエンターテイメントとして、また、王位の継承という由緒あるセレモニーとして、両立できるパレードをお見せいたしますよ」
「それは楽しみですね!」
リタはウルのコメントをメモしながら、さらに質問を進めていく。
「失礼ながら、ガイアデルト商会として、これまでこういった慈善事業に乗り出すという前例がなかったようですが、社長の交代により事業の方向性を一新されたということでいいんでしょうか?」
「そう…ですね……」
言葉を濁すウル。
すると、傍らにいた秘書の女性がにこりと固い笑みを浮かべてそれに答えた。
「そのご質問には、私の方から答えさせていただきますね」
「あっ、はい。ええと…?」
「失礼いたしました。レア・スミルナです。ウラノス社長が就任されてから、先代の秘書を務めていた兄に代わって秘書をやらせていただいています」
レアと名乗った女性は、手早く一礼すると早速言葉を続けた。
「当商会は、仰る通り、これまで利潤追求のみに目標を絞って経営を続けてまいりました。中には、法の目をかいくぐって、かなり恨みを買うような手法も用いていたと伝え聞いています。当商会に、ダークなイメージを持たれている方も少なくない、それは重々承知しています。
先代が亡くなられ、世代の交代を機に、こういったイメージを一掃し、同業種の方々と手を取り合って共存していく、そういった形で商会を発展させていく方針に切り替えました。今回の継承祭のパレードはその一環として、生まれ変わったガイアデルト商会を皆様に見ていただく目的もあるんですよ」
「皆様に見ていただく…ですか」
「ええ。慈善事業と仰いましたが、その実は当商会の新たな姿を皆様に知らしめる、広告塔なんです」
レアはいたずらっぽくウインクして、おどけるように言った。
「ですから、パレードにかかる資金は、言ってしまえば広告宣伝費なんですよ。パレードにご好評をいただければ、イベント企画方面の新たな事業を立ち上げてもいいと考えております。今回の件は、当商会にとっても大きなチャンスなんです」
「なるほど……これは、パレードの内容にも期待が持てそうですね!」
「ええ。ですから、今お話ししたこともしっかり記事にしてくださいね」
「あはは、しっかりしてますね!」
すっかり打ち解けて話すレアとリタを、蚊帳の外にされてしまったウルは嘆息して見やる。
シェリダンからやってきて一連の事件に巻き込まれ、ガイアデルト商会を立て直すために、兄・クロの跡を継いで秘書になったレアは、長かった髪をバッサリ切り、秘書らしくかっちりとしたスーツを身に着け、シェリダンの強い日差しがないからなのかすっかり白くなった肌をきれいに化粧で整えている。先ほどのように、秘書然として堂々と、しかしユーモアを交えて話すその口調には、シェリダン訛りのかけらも感じられない。
女性とは、短期間でこうも劇的に変貌してしまうものなのかと、女性で散々痛い目にあったウルは内心舌を巻いていた。
「お話、ありがとうございました!記事が書きあがったら一度目を通していただこうと思うんですけど、大丈夫ですか?」
メモをまとめてそろえながらリタが言うと、レアは嬉しそうに頷いた。
「もちろん。お持ちいただけますか?」
「はい!私も、経済紙に来て初めての記事になりますので、頑張っていいものにしますね!」
「期待してます。前は違う雑誌だったんですか?」
「そうなんですよー、もう全然畑違いの、オカルト雑誌で。そこで当たり記事を書けたので、こっちに移ってきたんです」
「オカルト雑誌…って待って、あの出版社でオカルトて、ひょっとして『ミッシング』ちゃう?!」
唐突にシェリダン訛りが戻ってくるレアに、リタも驚いた様子で答えを返す。
「えっ、ご存じですか?!」
「ウチめっちゃ読んでるで!ミッシングの最近の当たり記事て、子供の霊に閉じ込められる幽霊屋敷の話やろ?!」
「そうです、それです!あれ、私が書いたんですよ!」
「うそやーんこんなとこであの記事の記者はんに会えるやなんてー!な、な、他にはどんな記事書いたん?」
空になったティーカップに茶を注ぎ、ウキウキした様子で話の続きを促すレア。
ウルはもう一度、うんざりしたように嘆息した。
ヴィーダ北部・街道沿いの宿場町
「へえ、じゃあ、その継承祭に出店するためにヴィーダに行くんだね」
乗合馬車の待合所で、大きな荷物を抱えた青年…オードに、フカヤは感心したように言った。
「おう!人が集まるところは、ウチの村の細工を売り出すいい機会だからな。ビジネスチャンス、ってやつだ」
「すごいんだね。オードが細工を作ってるの?」
「オレはあんま細工とかこまごましたことは得意じゃなくてよ。細工は村の女衆が主に作ってくれてる。男衆は採掘だな」
「採掘……何か、鉱山があるの?金や銀の…」
「昔はな、まあちっと特殊な金が取れたんだが……まあ、いろいろあってよ。金が採れなくなっちまったんだ」
複雑そうな表情でオードがこぼす。
「今んとこは残った金で作れるものを作ってるが……いつか尽きちまうのがわかってるからな。よそで採掘させてもらって、それを持ち帰って加工してんだ。あとは、細工以外で作っていけるもんがねーかも模索してる。いつまでも昔の技術に頼ってばっかりじゃ、先はねえからな」
「すごいのねー。新しいことやるって、簡単そうでとっても難しいことなのー」
フカヤの隣に座っていたパフィが、こちらも感心したように言うと、オードは照れた様子で頭を掻いた。
「なんもかんも手探りだけどよ、でもすげー楽しいんだ。あのまんま、どんよりした村の中で、間違ったことも間違いだって言えねえで、やりたくもねえことやらされてるよか、先は見えなくてもやりてえようにやれる今の方がずっといい」
「…わかるよ、不本意なことを強いられるのはつらいよね。自分の意志を貫けることは、立派だと思うよ」
しみじみと同意するフカヤ。
「お、オレのことはいーんだよ!アンタたちもヴィーダに行くんだろ?」
オードは照れくささが限界に達した様子で、強引に話題を変えた。
パフィが嬉しそうに頷く。
「そうなのー、パフィたちも継承祭に出店するのよー」
「へえ、あんたたちも何か売るのか?」
「パフィはねー、占い師なのー」
「へえ!すげえんだな……フカヤもか?」
「俺は残念ながら、戦いの技術しかないんだ。彼女と一緒に旅をして、冒険者として仕事を受ける時はあるけれど…パフィが占いの仕事をしているときは、そばにいて手伝いをしているよ」
「なるほどなー。なあ、オレのことちょっと占ってくれねえ?この金細工と交換でどうだ?」
オードはウキウキとした様子で、荷物袋の中から金のブレスレットを出した。驚いて首を振るパフィ。
「こんないいもの、受け取れないのー。ちょっとだけなら、見てあげるのねー」
「マジか!んじゃあ、この出店がうまくいくかどうか、占ってもらっていいか?」
「わかったのー。じゃあ、簡単なやつでねー?」
パフィは言って、荷物の中からタロットカードを取り出した。
ふわり。
手をかざすとカードが浮き上がり、ひとりでにシャッフルを始める。
「すげー…!」
子供のような歓声をあげるオード。
手早くシャッフルされたカードは、パフィの手の上にまとまって着地した。
カードの1番上をめくって示すパフィ。
「これは、過去のカードなのー。ファルスの正位置……旧体制の崩壊、正しい流れへの変革。古く澱んだ流れが途絶え、新しい良い流れが生み出される」
「すげえ、当たってる!」
驚きの表情でうんうんと頷くオード。
パフィはさらにカードをめくった。
「これが、現在のカードなのねー。ムウラの逆位置…豊穣の兆し。たくさんの人の心を引き寄せられるかどうかは、自らの魅力をどう表すかにかかっている…上手くいけば多くの富を得る」
「マジか!じゃあ頑張って売り込みしねーとな!」
オードは素直に頷きながら気合を入れなおす。
続けてカードをめくったパフィは、少しだけ目を見開いた。
「未来のカード……フルーの正位置。これは……新しい命?」
「えっ」
きょとんとするオード。
パフィは首をひねって、言葉を続けた。
「愛しい人と紡ぎだす、新しい命がやってくる。…オード、奥さんいるのー?近いうちに、赤ちゃんがやってくるのねー」
「マジか……えっ、マジか?!いやっっっったああぁぁぁぁ!」
オードは信じられない様子で、それでもすぐに喜色満面でガッツポーズをした。
「マジかーオレが父親かー!こりゃ何が何でもガッツリ稼いでかねーとな!うっわー、めっちゃ楽しみ!」
ウキウキした様子であれこれと未来のことを語るオードに、パフィとフカヤは微笑まし気に顔を見合わせるのだった。
リゼスティアル王国・皇女の執務室
「シュライクリヒ14世陛下の継承祭でしょ?うん、行くよ」
魔道を使った通信画面に映る双子の女王に、ラヴィは気さくな様子で答えた。
リゼスティアルの皇女とマヒンダの女王を結ぶ、いわばホットラインだが、交わされているのはもっぱら女子トークとも言える気楽なやり取りである。
フェアルーフで催される王位継承の式典の招待状は、近隣の諸外国はもちろん、遠くマヒンダやリゼスティアルにも届いていた。
「久しぶりにラヴィさまにお会いできるの、とっても楽しみにしておりますわー!」
「ますわー!」
「うん、あたしも楽しみにしてるよ。街のお祭りも、新年祭みたいに盛大になるんでしょ?ちょっと抜け出して遊びに行かない?」
「いいですわね!わたくし、タピオカミルクティーというものをつねづね飲んでみたいと思っておりましたの!」
「ましたの!」
「タピオカ!あたしも飲んだことない!行こう行こう!」
「ごほん」
わざとらしい咳が乙女の会話の邪魔をする。
ラヴィがそちらを向くと、何かをこらえるような表情のティアがじっとりとした視線を投げかけていた。
「従者の前で脱走計画とはいい度胸ですね」
「脱走計画なんて大げさだなー」
ラヴィは悪びれることもなくへらっと笑った。
「ただちょっと抜け出してタピオカ飲みに行くだけだよ?」
「女王と皇女が式典を放り出して『ちょっと抜け出す』ことを世間一般では『脱走』と言うんです!」
ティアの特大の雷に肩をすくめて苦笑するラヴィ。
通信画面の向こうではエータとシータが同じように執事に怒られていたのだった。
マヒンダ王国・魔術師ギルド総本山
「フェアルーフの継承祭…ですか」
セイカは多少面食らった様子で、告げられた言葉を反復した。
にこり、と作り物のように綺麗な笑みを浮かべるマリー。
「ええ。わたくしもご招待いただきましたので参列させていただくのですけれども、それとは別に、中央公園で催される魔道ショーのプロデュースを頼まれましたの」
「魔道ショー、というと?」
「言葉の通りですわ。魔道を用いた、華やかな見世物を披露する場です。内容は何でもいいということですが…マジックショーのようなものや、魔道の対戦演武、呪歌のステージやゴーレムによる集団演技などを想定しておりますの。セイカさんにもそのお手伝いをしていただきたいのです」
「なるほど…しかし、最初の2つはともかく、呪歌やゴーレムについては未修なのですが…」
わずかに眉を寄せてセイカが言うと、マリーは鷹揚に頷いた。
「そちらは手配しております。もうすぐいらっしゃると思いますわ」
まるでその言葉を待っていたかのように、コンコンとノックの音が響く。
マリーは扉の方を一瞥し、迷うことなく言葉を返した。
「どうぞ」
「失礼いたします」
ドアが開き、扉の向こうから3人の男女が足を踏み入れ、丁寧に礼をする。
「お招きいただきまして幸栄至極。マヒンダ王宮付呪歌研究室室長、イプシロン・プライマルエディクタです」
「…同じく、呪歌研究室、ミュールレイン・ティカです」
「…疑似生命研究室室長、クスコートレク・ディアノーツの代理で参りました……ベトリクス・アムラムです……」
入るなりポーズをとって意気揚々と自己紹介したイプシロンとは対照的に、淡々と挨拶するミューとベータ。
マリーはまた作り物のような笑みを浮かべた。
「ようこそおいでくださいました。こちら、魔術師ギルドダザイフ支部の…」
「セイカ・ミナザキです。よろしくお願いいたします」
一礼するセイカに、王宮付研究室の面々も丁寧に礼をする。
マリーは満足げに微笑んで頷いた。
「マヒンダの魔道学校からも人員を手配しますし、フェアルーフのギルドにも協力を要請しております。わたくしの友人も協力いたしますので、詳細はフェアルーフに移動してから詰めてまいりましょう」
「……ギルド以外のメンバーにも協力していただくことは可能でしょうか」
「もちろん。冒険者を雇っていただいてもかまいませんわ。予算は融通いたします」
「その…魔道が使えれば、冒険者ではない…例えば、ダザイフの教会に属する僧侶に助力をいただいても?」
「問題ございませんわ。ご協力いただけるのであれば、報酬もお渡しいたします」
「報酬は辞退されそうですが……人手は必要であると想定されますので、打診してみます」
若干ほっとした様子でそう言い、セイカは改めてイプシロンたちに向き直った。
「私はショーという点では全くの素人です。そのあたりのことはお任せすることになりますが、よろしくお願い申し上げます」
「ふっ、安心したまえ」
ナルシスティックなポーズで鷹揚に答えるイプシロン。
「この、地上に舞い降りた黒衣の堕天使!セブンス・ヘヴンの『ルシフェル』が、ヴィーダの中央広場を罪深き子羊たちで埋め尽くし、終わりなき狂宴を繰り広げへぶっ」
ボルテージの上がってきた口上が、ミューが投げた灰皿によってさえぎられる。
「……すみません、こんなですけどステージプロデュースの腕は確かなんで、そっちの面についてはお任せください」
「は、はあ……」
額から血を流しながら床に倒れるイプシロンをよそに淡々と告げるミューに、セイカは若干引き気味で生返事を返すのだった。
ヴィーダ住宅地・ミシェルの家
「へー、そんでミシェルも中央公園に出店すんの?」
リビングで継承祭のことを聞いたロッテは、興味深げに身を乗り出した。ミシェルはいつものようにニコニコと笑みを浮かべたまま、ゆっくりと首を振る。
「実際に出店するのはー、私じゃなくて、私が開発した化粧品を取り扱うメーカーの人たちねー」
「ママ、まだやってたのね、それ……」
若干あきれたようにリーがこぼすと、ふふふと笑うミシェル。
「お化粧は女の子の夢じゃなーい?」
「まあ、それは否定しないけど…じゃあ、ママ本人は継承祭では特に何もしないの?」
「さあ、どうかしらねー?もしかしたら、いつかみたいにまた謎のダンジョンが現れるかもしれないしー?」
「ちょっと待ってください」
それまで他人事のように話を聞き流していたエリーが、その言葉に反応して眉を寄せる。
「まさかまた先生が来るとか言わないでしょうね?」
「さー、ジョンおじさまの動向を私が知ってるわけないじゃないー?」
「勘弁してくださいよ……」
げんなりした様子で肩を落とすエリーに苦笑を投げて、リーはロッテの方を向いた。
「新年祭と同じ規模のお祭りなら、楽しそうね。あたしたちもいろいろ回ってみましょうよ」
「そだね!んふふ、楽しみー!」
乙女二人は微笑みあって、継承祭の参加を約束するのだった。
魔界・チャカの部屋
「で、キルくんは継承祭に行くの?」
「何ですか、藪から棒に」
唐突に問うてきた叔母に、キルは特に動揺することもなくにこりと微笑み返した。
「訊いてこないっていうことは、知ってるのね?継承祭のこと」
なおも押してくる叔母…チャカ。
「現世界のことには叔母様の方がお詳しいのでは?」
「お姉様」
いつものように無駄な抵抗をしてから、チャカは笑みを深めた。
「最近ご無沙汰だったけど、ちょっとまた遊びに行こうと思って。そうしたら、なんか楽しそうなお祭りをやるっていうじゃない?」
「現在の王が退位し、次の王に王位を渡すための式典だそうですね」
さして興味なさそうに、キルは言った。
「私達には理解できない概念と言わざるを得ませんが」
「そうねぇ、王位なんて殺して手に入れるものだしねえ」
クスクスと楽しそうに笑いながら同意するチャカ。
「アタシも行こうかしら。リリィたちも連れて。楽しいお祭りになりそうよ?」
「それはつまり、私に連れて行けということですか?」
チャカは格闘の才はあれど、魔道はからきしだ。魔界と現世界の壁を越えようとすれば、もっぱらその能力を持つ誰かを頼ることになる。そしてそれは往々にして、ここにいる不運な甥の役目だった。
「そんなこと言わないで、どうせキルくんだってあのコと遊びに行くんでしょう?にいさまには黙っていてあげるから、ちょっと便乗させてよ」
「やれやれ…」
やんわりとした脅迫にため息をつくキル。
「現世界ならば、ロキ叔父様やイシュ叔母様もいらっしゃるようですよ?」
「そうなの?なら、どこかで会えるかもしれないわねぇ」
暗にそちらを頼れというキルの発言は、案の定さらりとかわされる。まあ、頼みごとをするのに面倒な種類の人物ではあるが。
キルはあきらめて嘆息した。
「わかりました。調整してまいりますので、準備ができ次第お迎えに上がりますね」
「ありがと。ふふ、楽しみだわ。最後のセレモニー」
「最後の?」
チャカの言葉の意味が分からず、問い返すキル。
チャカは楽しそうに目を細めた。
「新たな王の始まり。新たな時代の始まり。でもそれは同時に、古い王の終わり。古い時代の終わりでもある。
新しい王にとっては最初のセレモニー。でも、古い王にとっては、これが自分の、最後のセレモニーになるのよ」
にこり。
心底楽しそうに、笑みを深めて。
「とても、楽しみだわ。
あのコたちが、自分の生きざまに、どう決着をつけるのか」
あたらしい時のはじまりは、ふるい時の終わり。 明日を生きる力を手に入れるために。 わたしたちは、ふるい時に決着をつけるのだ。